4「〈シルヴァー・ブレーズ〉号の失踪」vs「『オカアサン』」 ―動物ぎらい―

動物ぎらい

「〈シルヴァー・ブレーズ〉号の失踪」アーサー・コナン・ドイル(1882)vs「『オカアサン』」佐藤春夫(1926)

 動物がきらいです。
 体質的なものもあるのでしょうが、どうも苦手なのです。まず何を考えているかわからない。世の中には、「動物の気持ちがわかる」という方がいらっしゃいますが、私には俄かには信じ難い。いや、わかるというのなら、強いて否定はいたしませんが。
 さて、「〈シルヴァー・ブレーズ〉号の失踪」の《〈シルヴァー・ブレーズ〉号》とは競走馬の名であります。物語はウェセックス・カップの本命馬である《〈シルヴァー・ブレーズ〉号》の失踪から幕が開き、我らがシャーロック・ホームズの“出馬”と相成るわけですが、実はこの物語にはもう一匹、重要な動物が登場します。それが犬です。かの有名な〝吠えなかった犬の問題〟を引き起こしたこの犬は、吠えないことによってホームズの合理的な推理を引き出すのみならず、不合理なる〝神の御業〟を想起させる馬との鮮やかな対比を為して物語を特に印象深いものとしています。
 対する「『オカアサン』」に登場するのはオウムです。《私》の家にやってきたオウムの《ロオラ》の話す《「オカアサン」》《「ト、ト、ト、ト、ト、ト、ト」》《「ハトポッポ」》といった断片的な言葉やその習性及び傾向から、以前の飼い主の推理へと発展していきます。そして読者は終末で示される〝ある可能性〟に胸を締め付けられることになるのです。
 さて、ここまでで一頭と一匹と一羽の動物が登場したわけですが、彼ら(もしかしたら彼女らかもしれませんが)は、事件を彩る小道具ではありません。もちろん、依頼者が手に持っているステッキや現場に残されたヨードチンキの瓶やもともとなかったはずのタイプライターのように、そこから推理を引き出すことも不可能ではありません。しかし、神から生命を与えられた彼らは、それぞれ固有の意識に従って行動を起こします。当然、前述した小道具たちよりも、不確定な要素の多い探偵にとっては実に扱いづらいキャラクターなのです。しかしながら、一応キャラクターとは言ってみたものの、彼らは具体的なパーソナリティを与えられたキャラクターでもありません。別に、探偵と会話をしたりもしませんし、探偵だって獣医ではないのです。しかし、彼らが事件の解明に極めて重要な役割を担っていることも間違いありません。むしろ、彼らは、人間的な意思を持たないが故に、なにかこの世のものならぬ者の意志を耳打ちされた存在のようにも思えてきます。そう、例えば〝神〟のような――。
 となれば、私も彼らをきらってばかりもいられないようです。

【底本】
「〈シルヴァー・ブレーズ〉号の失踪」…『回想のシャーロック・ホームズ』アーサー・コナン・ドイル(創元推理文庫)/「『オカアサン』」…『日本探偵小説全集〈11〉名作集1』岡本綺堂ほか(創元推理文庫)

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