食材図典表紙-001

英語での献立と食材図典

2006年10月 3日 (火)

在所は地方の一中堅都市ですが、いろいろな会社の主力研究所があったり、医科大学の研究棟があるせいか、年間を通すとそこそこ外国のお客様の利用があります。

もちろん、宿泊部には英語に堪能な人間がおりますが、レストランのスタッフは私を含めて覚束ないので、笑い話が山ほどあるんですねぇ……今日は言いませんけど―w

まぁ、外国からのお客様は遠路はるばる来ていただくわけですから、ホスト側も気を使って、いろいろと私たちにリクエストを出されます。

たとえば
「生の魚は食べられないから出さないで!」
と言う場合もあれば
「食べられなくても”日本料理ってこういうもの”というのを見
 せたいので、そのまま出して!」
と言われることもあります。

また、外国からのお客様にわかっていただけるよう、当日の会席料理の献立を英語で書いて欲しいという依頼もありますが、これが意外と難しいんですよね…。

なんとかわかって欲しいと思うあまり、ついつい一所懸命に細かく書いてしまいがちなのですが、それが裏目に出ることもあります。

なぜならば、1から10まで説明しちゃうと、かえってわかりにくくなるからなんですね―。

たとえば、日本語で
「小線長芋の黄身酒盗掛け 天山葵」
というのを英訳するとします。

これを全部説明しようとしたら、最低でも次のような文章を英訳しなければなりません。

「細く切った長芋の上に、カツオという魚の内臓で作った発酵
 食品である”塩辛”を、日本の伝統的な調味料である”味噌”と
 卵の卵黄ですりのばし、米から作った甘味料酒である”みり
 ん”と、日本酒で味を調えたものを掛けてある。
 また、薬味として、独特の辛さを持つ”山葵”をすりおろした
 ものを上に乗せてある」

どうですか?簡単な小鉢ですらこんな感じですから、この調子で10品を英訳していったら、いったい何ページの「取り扱い説明書」(笑)が出来上がるでしょう?

日本料理について研究しに来ている方たちならまだしも、ただ食事を愉しみたい人たちにとっては、いちいち細かい字を読みながらというのは、ストレス以外の何ものでもありませんよね。

こんな時は、思い切って単語を並べるぐらいの簡単さのほうが伝わるものです。

 「Japanese yam/delicacies(salted guts of bonito)
  Japanese horse-radeish(wasabi)」

※ちなみに”bonito”は「カツオ」のことで、スペイン語やフラ
 ンス語で使われますが、獲れるところでの呼び名が広まった
 ものか、英語圏でも通じるようです。

 英語での正式名称は”skipjack tuna”と言います。

 ワサビは、世界的な「スシ」の流行のおかげ 
 で、”wasabi”で通じますけどね―。

学校での英訳テストではありませんから、絶対的な正解不正解ということはありません。

2時間の食事時間を愉しく「へぇぇ…日本料理ってこんなのが出るんだぁ…」と思いながら食べていただければ、それが何よりだと思うのです。

考えてみれば日本人だって、献立に書かれている食材を全部理解しているわけじゃぁないですものね。

野菜や魚の名前だけで「ああ、あれか!」って全部わかる人のほうが少ないんじゃないでしょうか。

「アマゴって、なに…?」
とか、
「へ?チシャトウ?トンブリ?」
などとよく聞かれますし、詳しくご説明したとしても「???」という場合も多いですしね。

また、たとえ同席の日本人が英語の堪能な方でも、食材の単語を詳しく知っている方は少ないですから、
「栗って英語でなんて言うんだっけ…?マロン…?」
「白菜って?ごぼうって?海苔は…?」
などという質問もよくお受けします。
(ちなみに「栗」は英語で”chestnut”です)

そして、それは外国の方も同じですよね―。

魚をほとんど食べない土地の方に、
「アジ ”yellow fin horse mackerel”」や、
「マダイ”red sea bream”」
と言ってもピンとこないですし、野菜も同様です。

そうなると、もう長ったらしい説明文よりも、ビジュアルで見せるのが一番だったりしますよ。

写真の「食材図典」「料理材料大図鑑”Marche”」は、場合によりお客様の席までどんどん出張いたします。

百聞は一見にしかず、アジもヒラメもタイもマグロも、白菜長芋茄子長ネギ三つ葉まで、思い切ってそのページをお見せするとお客様は即、納得!

まぁ、アナゴだのウナギだのはちょっと退かれましたが、それでも「チャレンジする!」とおっしゃって、「思ったよりも美味しい!」と喜んでいただくこともしばしば…。

―遠い国の人たちですから、別にリピーターになってくれるわけでもありません。

在所に滞在中でも、二度と来ない方たちかもしれません。

でも、だからこそ、少しの時間でも愉しんで帰っていただきたい―。

私たちスタッフは心からそう思って、今日も発音すらわからない単語を書き写し、図典に付箋を貼り付けています。

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