「人生で一番感銘を受けた本は?」
もう何年も会っていない友達からたった一言、こんなメッセージが届いた。
いつも意表を突くようなことを言う子だから、久しぶりの前置きが無くても驚かなかったが、
「何で突然そんなことを聞くのだろう」
とためらいながら、私は思いつくままに返事を書いた。以下、実際のメッセージに基づいているので敬称略。
「オースティンと田辺聖子、カズオ・イシグロと松本清張は好きだけど、感銘を受けたというのとは違う気がする」
「『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』(ジュノ・ディアス著、新潮クレストブックス)は変わった小説だけど、なぜか思い出した」
「『百年の孤独』(ガブリエル・マルシア=マルケス、新潮社)とか、海外文学はそもそも小説の概念から違う気がするから印象に残りやすいのかも」
「すごいな、という意味では塩野七生のエーゲ海三部作かな。
『コンスタンチノープルの陥落』で、金角湾ていう海峡に鎖を沈めて船の侵入を防いだって話が衝撃的だった」
初めは返信するのが少し億劫だったのに、自分の本棚を見返しながら返事を書いていると、けっこう楽しくなってきた。本が好きであることを、改めて自覚もした。
メッセージをくれた相手は中学校からの古い友達で、真面目で努力家の彼女と私とでは、真逆と言ってよいほど性格が違っていたし、長い間には良いことばかりではなかった。ただ、少なくともお互いの能力や感性については認め合っていたと思う(たぶん)。
何より、小説や映画について、いつも一番話が弾むのが彼女なのだった。
彼女がしたのと同じ質問を返してみたら、今考えているところだ、と言いながら、
「『ローラ・フェイとの最後の会話』はすごく感動した」
という返事だった。論理的思考に長けた彼女は、推理小説も好きらしい。それから最後にもう一つ質問された。
「小説書いてる? また時間ができたら書いてみたら? 読みたい」
私は嬉しくて、目のあたりがじんわり暖かくなるのを感じた。娘はまだ三歳。夫も何かと忙しく、私自身も経済的に自立することを目指しているのもあって、一年以上小説を書いていなかった。でも、小説家になりたいという夢は消えていなかった。
その子は、私の友達の中で一番優しい人というわけではない。けれど、そういう人が時々思いがけず励ましてくれることがある。
だから、という訳ではないが、完璧な人格の持ち主と言えなくても、縁のあった友達とは細くともよいからつながっておくのは、悪いことではないのかもしれない。
特に今のような状況では、遠くからの気軽な励ましが案外、人の気持ちを強くさせるようだから。
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