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【読書案内】ブルームーンから連想して…絵本『つきのオペラ』とジャック・プレヴェールとイーラの猫

この記事は2023年8月30日に公開したものですが、ぜひまた紹介したいと思い、若干の加筆を加えました。お月見の季節に、月の絵本はいかがでしょうか?

* * *

暦上、2023年8月31日は満月なのですが、この日の月は「スーパーブルームン」なのだそう。

2023年8月には、2日と31日の2回満月が訪れるそうで、この2度目の満月はブルームーンと呼ばれます。
一方スーパームーンとは、月が地球に一番近づいたときに出る満月のこと。
つまり8月31日は、最も大きく明るい月が見られる日ということで…少し凌ぎやすくなった夏の終わりに、夜空を眺めるのもいいかもしれません。

太古の昔から夜空を照らしてきた月は、人間の想像力をかき立てるものでもありました。月を題材にした物語はたくさんあり、どれも魅力的で美しいものばかりです。それは文学作品だけでなく絵本にも当てはまること。
ブルームーンという名を聞いて『つきのオペラ』という絵本を思い出したので、この機にご紹介したいと思います。


『つきのオペラ』 ー ジャクリーヌ・デュエムとジャック・プレヴェール

『つきのオペラ』はジャック・プレヴェールが文を、ジャクリーヌ・デュエムが絵を担当したフランスの絵本。青を基調とした素敵な絵と、男の子が語るうつくしい月の世界、そして物語の合間に挿入された音楽(楽譜が載っています!)が魅力的な不思議な物語です。

ジャクリーヌ・デュエムは、1927年ヴェルサイユ生まれの挿絵画家兼イラストレーターで、数々の児童文学にステキな絵を添えてきました。日本では『つきのオペラ』の他にポール・エリュアールの『わたげちゃん』等が見られます。

私が初めて『つきのオペラ』を手にとったとき、その色づかいに魅了されてしまったのですが、デュエムのことはよく知らず…名前もなかなか覚えられませんでした。

ところが以前、東京都美術館で開催されているマティス展を見に行った際にマティスのことを調べていたら、偶然デュエムの名前が出てきてびっくり。
実はデュエムは20歳のころマティスの助手を務めていたのだそうです…!
そのとき参考にしたマティスの本の巻末にデュエムの言葉も載っていて…これを読んで初めてデュエムという女性が、一人の人物として浮かび上がってきたのでした。

マティスの記事に載せたイラスト

デュエムは「偉大なる師匠のもとで全てを学んだ」と語っていますが、その恩恵は絵画だけには止まらず…マティスのおかげで20世紀の偉大な詩人たちと親交を結ぶことができました。
そのうち一人が『つきのオペラ』の文を担当した、ジャック・プレヴェールです。


ジャック・プレヴェールの『ちいさなライオン』

ジャック・プレヴェールはフランスの詩人。日本では、シャンソン『枯葉』の作詞や映画『天井浅敷の人々』の脚本で有名でしょうか。

プレヴェールは娘が生まれたことを機に童話を書くようになり、『つきのオペラ』以外にも多数の作品を残しています。中でも私が特に好きなのが『ちいさなライオン』という絵本です。

これはアメリカの動物写真家であるイーラ(オーストリア・ウィーンの生まれだが、1940年にアメリカ移民に)が撮影したライオンの子どもの写真に、プレヴェールが文章を添えた写真絵本なのですが…とにかく一枚一枚の写真が可愛くて仕方がないのです‼︎

興味深いことに、マーガレット・ワイズ・ブラウンの『ねむい ねむい ちいさな ライオン』という絵本でも全く同じ写真が使われています。
ブラウンの絵本は1947年にアメリカで出版されたもの。一方プレヴェールの『ちいさなライオン』は、イーラがプレヴェールの文章を強く希望したことから、同じ年にフランスで出版されたのだそうです。

この二つの絵本、使われている写真は同じですが、展開される物語は全く異なります。
特にプレヴェールのほうは、写真を見ただけではちょっと思いつかないような発想があり感心してしまう。でも、プレヴェールの真骨頂は、豊かな発想よりもむしろ、本質をつくような鋭いセリフにあるように思われます。

『ちいさなライオン』の中で、男の子が『あおひげ』や『人くい鬼』の話をする場面がありますが…恐ろしい話を聞いて驚いたライオンに、男の子がこんなことを言うのです。

「もちろん、妻をころしたり、子供をたべるなんて、いやなはなしだよね。でも、ライオンだって人をたべるっていうよ」

それに対するライオンの答えはこう。

「ほかになにもたべるものがないときはね。…」

軽い気持ちで読んでいるとドキっとしてしまうセリフです…。


動物写真家イーラの『85枚の猫』!

さて、そんなプレヴェールの文を希望したイーラは1911年オーストリアのウィーンの生まれ。元々は彫刻家を目指していたそうですが、動物専門の写真家になります。
当初はパリで活動していましたが、ナチスのフランス侵攻から逃れるためニューヨークに渡り、写真スタジオを構えました。
イーラの絵本にはライオンの他に、こぐまをモデルにしたもの等があるのですが…彼女は絵本を作るために、実際、ニューヨークのアパートにライオンの子やクマの子どもを飼っていたというから驚きです。

そんなイーラの傑作と言えるのが『85枚の猫』。そう猫の写真集です…!

まだ写真が一般的でなかった時代に写真家に(しかも動物専門!)になることを決意したイーラ。今でこそ、可愛い動物の写真は私たちの日々の癒しとして定着していますが、その素地をつくったのが彼女だと言っても過言ではありません。

この写真集、手元にないので残念ですが…検索して見るだけでも猫たちのありとあらゆるシーンが盛りだくさんなのがわかります。
(そして心なしか、登場する猫ちゃんたちが現代の猫よりも野生的な顔をしていると感じるのは気のせいでしょうか…?)

お月さまの話から猫のことまで、つい話が広がってしまいましたが…最後に『つきのオペラ』についてもう少し。

この記事を書くにあたりデュエムのことを調べた際にENSEMBLE ANTIQUEさんのブログを拝読して知ったのですが、『つきのオペラ』には、全く異なる挿絵の版が3つ存在するそうです。

そのブログでは、1974年版と2007年版の挿絵の変更点として、動物や植物や子どもたちが「つきのオペラ」で踊るシーンのイラストの写真が掲載されているのですが…そもそもこのイラスト自体、私の手元にある絵本には載っていないんですよね。
ネットでフランス語版の古書などを見ていると、他にも見たことのない挿絵が見つかり…。フランス語版と日本語版の違いなのか、日本語版の版の違いなのかは分かりませんが、幾度か挿絵の改変がなされているようです。

私個人としては、デュエムのもっと色々な絵を見たいと思うので、削除されてしまった挿絵があることは残念なのですが…版が新しくなるたびに手を加えているデュエムの様子を想像すると、彼女のこの絵本に対する思い入れが感じられます。

もう一つ、この絵本が重要なのは、これが訳者の内藤濯(ないとう あろう)さんの遺作であるということ。内藤濯は、サン=テグジュペリの『Le Petit Prince』(直訳では『小さい王子』)を『星の王子さま』のタイトルで邦訳した方なのです。

色々なものを読んだり、調べたりするうちに、それまでバラバラだった知識が一つにつながっていくことがありますが…『つきのオペラ』はまさしく、幾人もの思いが交差するところに存在する絵本のようで特別なものに思えるのです。

つらつらと長くなってしまいましたが…皆さまにも素敵な本との出会いが広がっていきますようにと願いを込めて。読んでくださってありがとうございます。



ジャクリーヌ・デュエムも登場するマティスの記事はこちら^ ^

今回ご紹介した絵本・写真集

※イーラの写真集は出版社のページが見当たらなかったので、吾輩堂さんのHPで




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