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Moon Wood Dialy

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その名の通り、月曜日と木曜日に更新される約500文字の雑文。都内に住むある四十代会社員の虚実入り乱れた日常生活の記録。
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2022年2月の記事一覧

真冬の夜の夢(最終話)夢の終わり

真冬の夜の夢(最終話)夢の終わり

それは鈍く輝く飛行艇のようだった。機体の左右にジェットエンジンが4個づつ、計8個もついている。そしてやけに翼が短い。これでは飛べないのではないか。

「エクラノプラン!」とミハエルが叫んだ。

エクラノプラン?
何かまくしたてるミハエルを無視して、木村さんが説明を始めた。

「旧ソ連軍が開発した地面効果翼機です。別名カスピ海の怪物。時速500kmで海上を航行します」

「うちの会社がなぜそんな物を

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真冬の夜の夢(4)王宮の魔法

真冬の夜の夢(4)王宮の魔法

吹雪が止み、漸く周りの様子が分かりはじめた。

幾つもの照明の中に巨大な工場が浮かび上がっている。至る所から膨大な白煙が噴き上がっている。それはまるで、魔法によって現れた砂漠の王宮のようであった。

「あれは製鉄所です」と木村さんが言った。
そう言えば数年前、うちの会社がなぜか製鉄所の土地を買収したという噂を耳にした。その時は懇意にしている製鋼メーカーとの付き合いだろうと言われていたが、真相はどう

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真冬の夜の夢(3)北天の夜空

真冬の夜の夢(3)北天の夜空

ここにいたら遭難する。
たった数分外にいただけなのにそんな恐怖を感じ、慌ててプレハブ事務所に駆け込んだ。

決して目を合わそうとしない女性事務員に案内されて、会議室に入った。そこは会議机と椅子しかない至ってシンプルな部屋だったが、エアコンが効いているだけでありがたかった。

部屋の中では例の外国人と上品な年配の女性が待っていた。
外国人が何か話した。ロシア語だろうか。案外、声が高い。通訳によると彼

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真冬の夜の夢(2)サーチライト

真冬の夜の夢(2)サーチライト

星運転手は、真夏の第三京浜を走るのと変わらないスピードで雪道を飛ばした。視界は数mしかない。

夕方4時ごろ、工場の門に着いた。未だ吹雪は止まず、昼か夜かも分からない。社員証を見せる準備をしたのに、運転手が守衛室の警備員に何か告げるとそのまま通された。一体、セキュリティはどうなっているのか。

タクシーは工場内を先ほどよりはやや慎重に進んだ。
前方で警報が鳴り赤ランプが点滅した。
踏切だ。
吹雪の

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真冬の夜の夢(1)ホワイトアウト

真冬の夜の夢(1)ホワイトアウト

特急が札幌を出た時は快晴だった。
私は車窓を流れる一面の銀世界に見とれていた。

ある日、社長に呼び出された。秘書に案内され部屋に入ると、社長と共に歳をとった見知らぬ外国人がいた。社長は私に北海道出張を命じた。しかも休暇を取って行くこと、仕事内容は明かせないこと、断っても良いがこの件は他言無用であることなどを丁寧に、しかし有無を言わさぬ態度で告げたのだった。不気味に感じたが好奇心に負け、私はこの不

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オニ地獄

オニ地獄

その二人組は私とほぼ同時に入店して隣のテーブルに座り、ほぼ同時にとんかつ定食を注文した。二人ともメガネをかけた若い普通のサラリーマンであった。

とんかつ定食を待つ間、二人の会話が耳に入ってきた。仮にAとBとしよう。

Aは地方から東京にやって来て一人暮らしをしている。当然近所には家族も親族もいないし、友人もまだあまりいない。そんな彼が何を思ったのかコストコに入会し、大量の玉ねぎを購入してしまった

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カワセミイノベーション

カワセミイノベーション

ある晴れた休日のこと、吉祥寺の井の頭池に張られたロープの上に一羽のカワセミがちょこんと止まった。

「見て、あの鳥」
「カワセミ?」
「なんでじっとしてるの?」

次第に人が集まり、俄か撮影会が始まった。群衆というのは軽薄である。そして私もその一人だった。彼女(?)の方は群衆のことは気にせずに景色を眺めていた。まるで公園に遊びに来た大女優のようであった。

数年前、近所の用水路にカワセミが現れた。

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たい焼きの分け方

たい焼きの分け方

妻が鯛焼きを買ってきた。一匹だけである。そしてこれを二つに分けて欲しい、と言う。

妻はシュークリームも食べたかったから、これは和洋両欲を満たすと共に胃の限界を考慮した折衷案であった。ならば自分で切れば良い、と言うと「あなたは理系だから」と意味のわからない理由をつけた。

私は一応理系の学校に行ったが、その内実は惨憺たるものであった。卒業後数分で微分積分と三角関数を忘れ、今や九九も危うい。大体学校

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広島(3)名将の条件

広島(3)名将の条件

私は広島城について何も知らなかった。

広島城はかなり近くに行かないと見ることができない。近くで見ても随分低く感じる。背景にそびえる「市営基町高層アパート」のせいかもしれない。こちらにも大変興味があるが、まずは城を目指そう。

親しみ易さ、高貴さと共に戦国特有の「殺気」も感じさせる城だ。コンクリート造とは思えない古びた雰囲気がある。原爆で破壊されてから13年後に再建されたそうなので再現性が高いのだ

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広島(2)消せない記憶

広島(2)消せない記憶

広島は予想以上の大都市だった。

車と路面電車がスムーズに並走する広い道路。その両側に高い建物が壁のように連なっている。穏やかに流れる幾筋もの川に架かる橋を人や車や路面電車が行き交う光景は、白黒写真で見た昔の東京を彷彿とさせた。それにしても広島には他の街にない独特の雰囲気がある。

私は原爆ドームを見学し、それから平和資料館に向けて歩いた。恐ろしい過去から早く逃げ出したいような気持ちになり、つい早

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広島(1)憧れの街へ

広島(1)憧れの街へ

話は60年前に遡る。

当時の男子が皆そうであったように父は野球に熱狂、祖父の働く国鉄の球団「国鉄スワローズ」を応援した。

それから30年ほど後、スワローズはヤクルトになっていたが非常に弱かった。父は絶望の余りひたすら巨人の敗北を神仏悪鬼に祈念するという暗黒面に堕ちており、そのせいで私もまたアンチ巨人になった。ちょうどその頃、打倒ジャイアンツの急先鋒だったのが黄金期を迎えた広島カープだったのであ

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メガネにまつわるエトセトラ

メガネにまつわるエトセトラ

古来、日本人は眼鏡の人に畏敬と軽蔑の入り混じった複雑な感情を抱いてきました。眼鏡の人はテスト前になるとノートを貸してほしいと懇願されますが、サッカーの試合ではスタメンから外されます。パソコンの調子が悪いと頼りにされるのに、女子と遊園地に行く時には呼んでもらえません。

しかし、電子機器の普及とともに目の悪い人が増え、今や猫も杓子も月もスッポンも美女も野獣も眼鏡です。こうなると逆に眼鏡をかけていない

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ワイルドスピード KISARAZUミッション

ワイルドスピード KISARAZUミッション

家族は体調を崩し、仕事は多忙を極め、いきなりパソコンが壊れた。そんな時に限って仕事先でトラブルが発生。急な呼び出しを食らった私は怒りながら社用車でアクアラインを爆走した。

さて、覆面パトカーというのは案外簡単に見破れるものである。地元ナンバーの白いクラウン、或いはスズキの「キザシ」という珍しい車が左車線を法定速度で走っていたらほぼ100%警察車両と考えて良い。これでは覆面の意味がないように思うが

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三年ぶりの帰還

三年ぶりの帰還

警察から、私の財布を預かっているという葉書が届いた。

一瞬何のことか思い出せなかった。とっくに諦めていたし免許証もカード類も全て再発行した。財布も新調した。今は何不自由ない生活をしている。

三年前のある夏の夜。スーパーで買い物をしようとしたらリュックのポケットが開いていた。

「まさか」

そのまさかだった。悪夢と現実の狭間に落ち込むようなあの感覚。誰もが思うことを私も思った。

「お金はいい

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