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「ネット情報の海に溺れないための学び方入門」第1回:「ネットで何でも分かる」時代に、なぜ学ぶのか? ~これまでに自分が得てきた情報は信用できるか?~

ネット情報は、即時性と双方向に優れ、ほとんどの場合は「その場を乗り切れる」便利なものですが、「間違っていても責任を問えない怖さ」に加え「ライバルを含めて誰でも使えるので“その他大勢”に埋没する恐れ」、そして「自分の意見に近い情報への偏り」といった欠点があります。
また、ネットに答えがないときこそ、その課題の開拓者として探究し、解決策の発信者となる価値が生まれます。
明日の天気や電車の乗換方法を調べるならネットは便利ですが、こうした単品の情報は誰にとっても同じ価値であり、稀少性はありません。いっぽう、真剣に取り組むべき問題がある場合には、材料としての情報を集め、仮説を立て何通りも組み合わせてアイデアを生む必要があります。
こうして導き出せた解決策は、いわば既製品ではなくオーダーメイドのため、他者には真似のできない独創性があり、誰よりも自分自身にとって絶対的な価値を持ちます。これこそが、学び、探究することの意義です。

ところが、もしも材料にした情報が間違っていると、せっかくの解決策は土台から崩れ落ちてしまいます。たとえば「地元の活性化」は全国的な課題ですが、最近の観光業界ではアニメや映画・マンガ・小説の舞台を訪れる「聖地巡礼の旅」が集客の原動力となっています。
よくSNSに「あの作品の舞台を訪れたぞ!」という写真が投稿されていますが、その根拠は確かでしょうか?旅行者(アマチュア)ならば間違っても恥をかくだけで済みますが、自治体や旅行業者の側(プロフェッショナル)ならば、誤った情報に基づいて戦略を立てるわけには行きません。
たとえば「アニメ映画『千と千尋の神隠し』の舞台はどこか?」を調べるとき、多くの人は作品名と「舞台」あるいは「モデル」等のキーワードでネット検索をするでしょう。すると膨大な情報がヒットして、読んでみると台湾の九份という街や日本の温泉宿などが多く紹介されています。
ところが「ここが舞台である」と言い切っているのは、SNSなど個人発信の情報ばかりで、旅行業者やホテルのような「逃げ隠れできない」企業のサイトは「……とも言われている」や「……と噂されている」「作品の世界観そのもの」等、曖昧な表現をしています。
興味があれば、ツアーのパンフレットやガイドブック等も調べてみてください。巧妙に断言を避けていることに気づくでしょう。どうやら、雲行きが怪しくなってきました。

それでは、どうすれば信頼できる情報に辿り着けるでしょうか?そのために最も重要なのは、「誰が言ったか」を辿れることです。ネット情報であっても、たとえばこの映画をつくったスタジオジブリが発信しているならば、堂々とその出所を示すことができます。
そこで公式サイト訪れてみると「Q&A」に「作品の舞台はどこですか?」というコーナーがあり、「ここが、舞台と言えるもの」にある8作品には記載がなく「大いに参考にした場所」として「江戸東京たてもの園」とありました < http://www.ghibli.jp/qa/ > 。
答えが1つならばこれで解決ですが、同サイトには「様々な地域が部分的に取り入れられている作品がほとんどです」ともあるので、調べてみるとサイト内だけでも「色々な温泉が入っていて特定のモデルはないけれど、道後温泉は確かに入っている」という宮崎駿監督のコメントが見つかります(その他複数の温泉地については実名を挙げて「正解ではないようです」との記載あり) < http://www.ghibli.jp/storage/diary/000060/ > 。

公式サイトの情報がすべてとは限らないので、図書館の資料を検索してみると、まず2001年公開当時の映画パンフレット(東宝株式会社)が見つかり、監督へのインタビューで目黒雅叙園や霜月祭(日本中の神様をお風呂に入れて元気にするお祭り)も参考にしていることがわかりました(この情報は、公式サイトにもありません)。
このように、ネットから離れて本等の文献資料を紐解かなければ知り得ない情報は多いのですが、「ここまでやる人」が少ないほどライバルに差がつくので、得た情報の価値は相対的に上がります。まだまだありますが、発見する楽しみも味わって欲しいので、この辺で。なお、台湾の九份については、こちらのインタビュー動画で監督自身が否定しています(2分50秒あたりから)。
【FOCUS新聞】TVBS專訪宮崎駿 72歲不老頑童 < https://m.youtube.com/watch?v=XJ9BnbkRzOg>

どんなに多くの人が「舞台だ」と主張しても、製作者本人の言葉や声で否定されれば、そこで決着です。多数決ではありません。もちろん、虚偽や改竄があった場合には、製作者本人がその責任を問われます。それほどまでに「誰が言ったか」は重要なのです。

このように、世間やネット上の常識や通説も、一度立ち止まり、ひと手間かけて調べてみると、その真偽や新たな事実がわかります。筆者は、大学図書館の司書として、また別の大学では教員として「学ぶ技術」を教えて来た経験から、特にネット社会では「情報の信頼性を見極めて使いこなす力(情報リテラシー)」が大切だと痛感し、この連載を始めました。
これから社会での活躍を目指す若者から、実際にさまざまな課題に挑戦し続ける大人たち、そして人生100年と言われる時代を、一生涯を通じて知的好奇心を持ち、心豊かに生きて行きたいと願うすべての世代の方に、本連載が役立つことを願っています。

【続きはこちら】
第2回:ネット時代に、なぜ読書?なぜ図書館?~自分だけの世界地図と、脳内四次元ポケットを持とう~

※この連載が、大幅な加筆のうえ書籍化され、
岩波ジュニア新書から
「ネット情報におぼれない学び方」として刊行されました。https://www.iwanami.co.jp/smp/book/b619889.html

[筆者の横顔]

梅澤貴典(うめざわ・たかのり)中央大学職員。1997年から現職。2001~2008年理工学部図書館で電子図書館化と学術情報リテラシー教育を担当。2013年度から都留文科大学非常勤講師を兼任(「アカデミック・スキルズ」・「図書館情報技術論」担当)。2012~2016年東京農業大学大学院非常勤講師(「情報処理・文献検索」担当)。主な論文は「オープンアクセス時代の学術情報リテラシー教育担当者に求められるスキル」 (『大学図書館研究』 (105) 2017年)等。

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【初出】ACADEMIC RESOURCE GUIDE (ARG)メールマガジン 807号(2020-07-20)
http://www.arg.ne.jp/mailmagazine

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