世代(短編小説)

運転手さん、ありがとう。
だいぶ、気持ち、落ち着いた。
うん、大丈夫。

あら、もう、こんな時間。
真っ暗だから、海、ほとんど見えないけど、
私、ここまで来れて、本当によかったわ。

*****

一度でもいいから、タクシーの運転手さんに
「適当に流して・・・」って、言ってみたかったの。

今日は、まさに、そんな気分。

ほら、今って、ほとんどのタクシーが、無人の自動運転でしょ。
現在地と目的地をスマホで入力すれば、すぐに車だけ来て、目的地へ連れて行ってくれる・・・。

でも、そうじゃないの。

今日は、あてもなく、どこか遠くへ行きたい・・・。
誰かと話したい・・・。
そんな気分だったの。

*****

会社でね。些細なミスがあったの。
幹部の会議資料のセットの仕方を間違えただけ。
でも、私のせいじゃないわ。
いつも通りにやっただけなんだもの。

それなのに、課長ったら、
「言わなくても、それくらいわかるだろ。」
だって。

みんなの前で、あんなに怒らなくてもいいじゃない。
指示をしない方が悪いわ。
全く、嫌になっちゃう。

彼氏にメールしたら、
「コミュニケーション不足だね。」
だって。

一体、誰の味方なの。
私は、ただ、話を聞いて欲しかっただけなのに・・・。

*****

会社を出たら、ちょうど良く「人間タクシー」が来たから、思わず乗っちゃった。

最近、ずっと、ついていないことが続いていたから。

やさしい、運転手さんで良かった。
いろいろ話せてよかった。

*****

私と運転手さんって、今日、会ったばかり。
年齢も違う。
なのに、こうやって話せるって、不思議よね。

私、思うの。
私たちって、お互いに、もう、たぶん、会うことはないでしょ。
だから、私、こうやって、自分をさらけ出して話せるのかもしれないって。

私ね、年上の人の話を聞くの好きよ。
豊富な人生経験を教えてもらえるから。

でも、「世代」に注意して聞くわ。
その人が、私と同じ年齢のとき、どうだったのか・・・。
その後、年齢を重ねてどう変わったのか・・・。
それを、聞くようにしているわ。

ときどきね、たまたま上手くいった成功体験に固執している人がいるわ。
あたかも、昔からそう考えてきて、今があるような話し方をする人。
今、ようやくたどり着いた答えなのに。

本当に成功している人って、数多くの失敗や挫折を経験しているものよ。
でも、コツコツと積み重ねてきたものがあるから、成功しているのよ。
私はね、きちんと、「世代」を分けて考えられて、誠実に話してくれる人を信頼しているの。

わかるかしら?

ねぇ、運転手さんって、20代の頃、何してたの?
何を考えていたの?何を目指していたの?

そうよね。思わず聞いちゃった。
ごめんなさい。
こんなこと聞くなんて変よね。
質問が間違えていたわ。

*****

いいわ。ここで降ろして。
潮風にあたって、ちょっと自分を見つめてみるわ。

運転手さんが、話を聞いてくれたおかげで、元気が出たわ。
明日からもがんばれそう。
どうもありがとう。

*****

帰り?
大丈夫よ。
無人タクシーをMaaSアプリで呼ぶから。

市のMaaSサービスのサブスクに入っているの。
もったいないから、帰りはそっちのサービスを使うわ。

最後に運転手さんの名前を教えて。

「音声認識発話型 アンドロイド 次郎君2号(第3世代AI)」ね。

あなたのAI、かなり学習しているわ。
第3世代AIはさすがね。

目的地を設定していないのに、海に連れてきた判断も完璧よ。

アラサー会社員女性にも対応可、とコメントして、人間タクシーの「次郎君2号」には、高評価をつけとくわ。

やっぱり、話を聞いてもらったり、人のぬくもりって大事よね。

ありがとう。

*****

やっぱ、そうよね。おかしいと思ったわ。

以前、「人間タクシー」アプリをダウンロードしたんだけど、
「SNS投稿・検索ワードと連動」と「GPS位置情報の提供」をONにしていたわ。

私のSNSのつぶやきや、サイトの検索ワードからAIが判断して、
「人間タクシー」は、最適なときに最適な場所に来てくれるのね。

だから、会社を出たとき、私は思わず乗っちゃったのね。

なんでもお見通しね。

これじゃあ、また、「人間タクシー」に、私が捕まっちゃうじゃない。

まあ、それでも構わないわ。

余計なこと言わずに、話をひたすら聞いてくれるんだもの。

第3世代AIのアンドロイドの方が、私が求めている会話をしてくれる気がするわ。



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