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短編小説集

84
短編小説を挙げています。
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#野球

きっかけ

きっかけ

 タバコが無くなって随伴反射のように外出の準備をした日曜の朝。街は休日を訴えるように静かさと独特の高揚感を混ぜ合わせた空気が漂っていた。この空気、僕は正直苦手だ。なんだか、お前の居場所はどこにある? と問いかけられているような感覚に呼吸が少しばかり苦しくなるからだ。
 住宅街を抜け、大通りに出ると普段よりも車が多い。ニュースでは、越県が可能になったと報道していた。自粛という我慢大会から解放された人

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グラウンドの中心を見つめて~青年編~

グラウンドの中心を見つめて~青年編~

「まさか、こんなことになるとは思わなかったよ」
 真夏の横浜スタジアムのマウンドの上で、奏多と正対して亮太はこぼした。
「オレは、そうは思わなかったけど?」
 あっけらかんと、ここにいることは当たり前だと言わんばかりの表情で、奏多が口にした言葉は疑問文であった。まるで、その先に隠した何かを触ってほしいと訴えているように亮太の目には映った。
「さすがだよ」
 亮太は敢えて触れることなく、奏多の後方で

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グラウンドの中心を見つめて~思春期編~

グラウンドの中心を見つめて~思春期編~

[いよいよだな」
 そう呟いて亮太は三塁側のベンチでストレッチをしている奏多を見つめた。奏多は、防具を着た背番号二番と談笑をしている。それがなんだか気に入らなかった。
 お互いの意思で選んだ道で、再び交わることになった現実は亮太を高揚させ、いつも以上にアドレナリンが脳内から放出され、全身に通っていくのを自覚していた。しかし、それと同時に奏多のボールを受けるのが自分でないことへのやるせなさと相手捕手

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グラウンドの中心を見つめて~少年編~

グラウンドの中心を見つめて~少年編~

 亮太が奏多と出会ったのは、九歳の春。
 教室で見ていた時の彼の印象は、いけ好かない奴だと思っていた。でもグラウンドで見た印象は、それとは大きく異なっていた。今思えば、単純な嫉妬。好きとか付き合うとかいう概念が乏しい、けれど幼く淡い恋心を抱いていたかおりちゃんが、奏多のことを好きだという話題が教室の中で広がっていた。
 本当か嘘かは分からなかったけれど、そのことが亮太は気に入らなかった。生まれて初

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まっすぐに純粋に

まっすぐに純粋に

 アスファルトに陽炎が出来ている。夏らしい風景ではあるが、連日のように続くと嫌気が差す。だからと言って梅雨のように雨が降り続けたとしたら、それはそれで暑さと同じように嫌気が差す。人間という生物はない物ねだりだ。そんなことが不意に頭に浮かび、苦笑してしまう。
「人は後悔する生き物です。だからこそ、後悔の無い人生を歩んでほしい」
 高校生活最後の日、学生服を着て受ける最後のホームルームで担任の教師が言

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