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エー・ピーホールディングスと串カツ田中。大手外食チェーンの新社長が仕掛ける新業態と海外戦略の全貌

今や様々なジャンルのレストランが国内に存在し、気軽に世界の料理が食べられるようになっていますが、一度は現地で本場の料理を食べたいと思ったことがある人も多いのではないでしょうか?そして、海外で食した際に、その本場の味に感動し、満喫する一方で、日本で食べた時と少し違うかも?という体験をしたことがある人もいると思います。
この「違い」が重要な要素。海外出店を成功させるためには、それぞれの国の食文化や食生活に合わせてローカライズするなどの工夫が必要なようです。さらに味の工夫以外にもマーケットを見据えた戦略が重要です。
今回は外食産業で新業態や海外戦略に取り組む企業の事例を、「飲食店経営」副編集長の三輪大輔さんにレポート頂きました。

コロナ禍が落ち着き、ポストコロナ社会が見え出す中、外食企業の代表交代が相次いでいます。例えば、「いきなり! ステーキ」を運営する株式会社ペッパーフードサービスは2022年8月、創業者の一瀬邦夫氏から同氏の長男の一瀬健作氏に社長を交代しました。
また、2022年9月、株式会社サイゼリヤは堀埜一成氏が退任し、松谷秀治執行役員総務本部長が社長に就任しています。
アフターコロナとなり、多くの外食企業が新体制を構築し、新しい競争環境下で生き残りをかけた戦いを繰り広げています。株式会社エー・ピーホールディングスと、株式会社串カツ田中ホールディングスもそうした企業です。

「塚田農場」や「四十八漁場」などを展開する、エー・ピーホールディングスは2022年11月15日付けで社長が交代し、代表取締役社長執行役員CEOを務めていた米山久氏が退任。後任に取締役上席執行役員COOだった野本周作氏が就任しました。これに伴い、米山氏は代表取締役会長兼ファウンダーに就任し、同社は代表2名体制でポストコロナ社会での成長戦略を描いています。

一方で「串カツ田中」の展開で知られている串カツ田中ホールディングスは、2022年6月15日付で創業者であり、代表取締役社長を務めていた貫啓二氏が代表権を持たない取締役会長に就任。代わりに、取締役(経営戦略部及び人事総務部管掌)の坂本壽男氏が代表取締役社長CEOに就任しました。

現在、両社は新業態や海外戦略などに注力しており、新社長の下で、新しい可能性を切り開こうとしています。今回は、その詳細をレポートします。

“脱”塚田農場を進めるエーピーホールディングスの挑戦

エー・ピーホールディングスといえば「塚田農場」という認識を持つ人は多いのではないでしょうか。しかし、それはすでに過去のものになっています。確かに、「塚田農場」は同社の主力事業に変わりませんが、現在、売上の6割は海外をはじめとした他の事業で生み出されています。その変革を牽引した人物こそ、新社長の野本氏に他なりません。
かつてエー・ピーホールディングスは、主力業態の「塚田農場」の既存店売上高が、2014年5月から前年割れが続き、激しい客離れを起こしていました。プラスに転換するのは、そこから54カ月後の2018年10月となります。
その大きな要因になっているのが、6月に行った経営体制の一新であり、野本氏の入社です。同氏は18年8月に同社に入社すると、長年既存店売上が前年度割れを続けていた「塚田農場」を再生させるとともに、海外事業や国内新規事業なども黒字化させるなど、辣腕を振るっています。

新事業の目玉の一つが、コンプレックス型モデル「アルチザンアパートメント」です。アルチザンアパートメントは、フランス語で職人を意味する「アルチザン」と、集合体の意味を持つ「アパートメント」を掛け合わせた造語です。
生産者や目利き、料理人などの職人が連携して作る上質な専門店が集合した複合業態で22年3月に一号店を八王子に、そして同年7月には赤坂に二号店がオープンしています。「アルチザンアパートメント」は営業している店舗の専門性が高いのが特徴で、例えば、赤坂ではすし店「鮨 若尊」と焼き鳥店「赤坂 希鳥」、カモ肉料理専門店「赤坂 Na Camo guro」の3店が入っています。

同業態の誕生の背景は、大箱の居酒屋の活用です。コロナ禍以降、企業の宴会の減少やリモートワークの浸透で、大箱の居酒屋の運営が難しくなりました。そこで同社では一店舗を細かく区切って、複数の専門店を営業するスタイルに切り替えました。そもそも大箱を一店舗つくるには大きな投資が必要で、回収にも長い時間がかかります。しかし、「アルチザンアパートメント」なら、バックキッチンや共用部を共有できるので投資効率が高くなります。また、全て自社の店舗で運営を行うので、互いにお客様を取り合ったりする競合も起きません。加えて、専門店の展開なので、スタッフのキャリアパスも豊かにできるなど、メリットも多数あります。
一方で、コロナ禍で同社は「戦略的職人育成システム」という制度をつくりました。戦略的職人育成システムの目的は、スタッフのモチベーション向上やキャリアの選択肢を増やすこと。その上で、キャリアパスを豊かにするため、新業態をつくっているという背景があります。「アルチザンアパートメント」も、そうした流れの中で誕生するとともに、2022年度の下半期には専門店業態の構成比が50%を超えました。
また、同社は海外事業が非常に好調です。しかし、野本氏が入社する前は危機的な状況にあった。そこからの立て直しについて、野本氏は次のように話しています。

「シンガポールや中国などに月1回は飛んで、現地にいる事業責任者たちとミーティングを重ねました。海外事業の課題は、日本の居酒屋市場しか知らないまま海外に行ってしまった点にありました。
しかし、シンガポールにはシンガポールなりの、中国には中国なりの、そしてインドネシアはインドネシアなりの戦い方があります。本来ならマーケットを見極めて、自社の強みが発揮される戦い方をしなければなりません。それなのに、どの国でも同じ戦い方を日本側の本部が強いていたので、事業が行き詰まっていました。
だからこそ、まず行ったのが、現地の事業責任者に状況をヒアリングすることです。そこで課題を洗い出して、売上が向上する施策を一緒に考えながら実行しました。結果的に中国市場からは撤退しましたが、その他の国の事業が軌道に乗ったのは、そうした地道な取り組みに各国の事業責任者とそのもとで働いてくれているスタッフが協力してくれたからに他なりません」

現在、香港とシンガポールでは中高級価格帯を、アメリカやインドネシア、その他のエリアでは中価格の業態を積極的に展開しています。新しく生まれ変わったエー・ピーホールディングスの快進撃はまだ始まったばかりです。

第2、第3の矢を磨く串カツ田中ホールディングス

串カツ田中ホールディングスは、コロナ禍でも新たな挑戦を続けた企業の一つです。全国300店舗を超える「串カツ田中」のさらなる拡大はもちろん、「鳥と卵の専門店 鳥玉」と「タレ焼肉と包み野菜の専門店 焼肉くるとん싸다」といった新業態の出店に力を注ぐ傍らで、新業態のカフェブランド「TANAKA」をアメリカ・ポートランドに出店もさせました。そうした挑戦の陣頭指揮をとっているのが代表取締役社長CEOの坂本氏です。
同氏は慶応義塾大学経済学部卒業後、化学メーカーを経て、公認会計士の資格を取得。串カツ田中ホールディングスに入社する前は、新日本監査法人(現EY新日本有限責任監査法人)に在籍していました。独立に向けた準備を始めていたところ、創業者の貫氏に誘われて、2015年2月に取締役管理部長として株式会社串カツ田中(当時、株式会社ノート)に入社し、CFO(最高財務責任者)として、同社の株式上場をけん引されました。

現在、同社が掲げている目標は、1,000億円の売上の達成です。しかし、「串カツ田中」が300店舗を超えているとはいえ、売上高は150億円なので、もし1,000店舗を達成しても、売上は500億円ほどしかいきません。残りの500億円をつくるためにも、第2、第3の矢となる新業態が必要です。その開発を担っているのがグループ会社の株式会社セカンドアローに他なりません。同社は1回目の緊急事態宣言が発出される直前の、2020年3月16日に誕生し、これまでに二つの新業態をつくっています。それが「鳥と卵の専門店 鳥玉」と「タレ焼肉と包み野菜の専門店 焼肉くるとん싸다」です。

「鳥と卵の専門店 鳥玉」は、もともと沖縄に本社を置く、株式会社みたのクリエイトが展開していました。それをセカンドアローで譲り受け、現在、3店舗を展開しています。
業態として、特にこだわっているのが卵です。料理に使っているのは100%平飼いで養鶏されているニワトリの卵で、ケージフリーで優しく育てており、人工的な栄養強化も行っていません。産まれて2日以内の卵を使っているので、高い鮮度ならではの味わいを楽しめます。

ブランドを譲り受けたのが20年2月だったため、出店を始めたのはコロナ禍に入ってからです。当時、商業施設の売上が好調だったこともあり、施設での展開を行いました。ただし、商業施設は、どうしても施設自体の集客力に売上が左右される側面があります。これからブランディングを行っていく上で、それだと力強い成長ができません。そのため、今後は路面での展開も考えているそうです。

「タレ焼肉と包み野菜の専門店 焼肉くるとん싸다」は、不採算店舗を資産活用できるモデルをつくっていくという狙いで開発されました。実際、1号店の北浦和(埼玉・さいたま市)は、もともとは串カツ田中の不採算店舗です。それを業態変更して、くるとんとしてオープンさせました。そこでの運営を通して気づいたのは、住宅街でも十分に戦える業態だということです。

串カツ田中でもさまざまな仕掛けを行い、家族で利用しやすい店作りを進めています。くるとんはそれをもう一歩押し進めて、非アルコール業態という色合いが強く、週末を中心に子連れのファミリー客がたくさんいて食事メインで利用されています。くるとんは、北浦和(埼玉・さいたま市)と代官山(東京・渋谷区)、刈谷(愛知・苅谷市)の3店舗の展開です。中でも、北浦和は代官山と遜色のない売上を上げていて、業態として大きな可能性を持っています。

また、くるとんは、「串カツ田中」と同じ商圏に出店できるのも強みの一つです。実際、焼肉くるとん刈谷店は、串カツ田中刈谷店の並びで出店していますが、どちらの店舗の売上も好調です。今後、「串カツ田中」のすぐ横で「タレ焼肉と包み野菜の専門店 焼肉くるとん싸다」を見るケースが増えていくかもしれません。

同社は2022年6月に、新業態の「TANAKA」をアメリカオレゴン州ポートランドにオープンさせました。アメリカを選んだ理由は、マーケットが大きくて、カントリーリスクも比較的小さいからです。アメリカの中でも、ポートランドはブランドの発信地として知られています。「ナイキ」や「コロンビア」といった世界的なブランドの本社があるのもポートランドです。今後、全米での展開を見据えたとき、ポートランド発だということは強い武器になるでしょう。

アメリカでの展開を進めていく業態を串カツ田中にしなかったのは、酒造免許の取得がネックだったことや、14年にロサンゼルスに出店して手痛い失敗をした過去などがあるからです。そこでアメリカのマーケットを研究し、現地で展開するための業態を開発されました。

しかし、TANAKAの看板メニューのカツサンドが揚げ物であるということはもちろん、串カツ田中のソースを使っているので、串カツ田中のメニュー開発のノウハウは活かされています。また、アメリカでは食パンはほとんど食べられていないので、その真新しさも狙って、カツサンドを看板メニューに据えたブランドづくりを行った背景もあります。
現在、一日5,000ドルほどの売上をたたき出すなど好調です。近い将来、「カツサンド」が新たな世界共通語になってもおかしくはありません。

こうした事業展開を踏まえて、坂本氏は、会社の今後の展開について、このように話しています。

「串カツ田中ホールディングスの経営理念は『どんな時代においても必要とされる会社・組織・人材になる』というものです。不確実性が高まっていて、これから世の中がどう変化していくのか誰にも分かりません。だからこそ、そのときどきでの臨機応変な対応が、これからさらに大切になっていくでしょう。一方で、串カツ田中で掲げている『串カツを日本を代表する食文化にする』という目標は変わっていません。少しだけ時代の先を読んだ経営をしていきながら、理念と目標の実現を力強く目指していきたいです」

坂本氏の手腕で、串カツ田中ホールディングスが、どういった成長を見せていくのか目が離せません。

(取材・文:「飲食店経営」副編集長 三輪大輔)

国内の新業態展開と海外展開で挑戦を続ける2社の取り組みをレポートしていただきました。いずれの事例も、外食に対する世の中のニーズを捉えることはもちろん、立地の特性を生かした店づくりや不採算店舗の有効活用、そしてスタッフのモチベーションやキャリアパスまでを考慮して新業態を設計しているところが印象的でした。

海外展開に関しては、エー・ピーホールディングスはその国・地域のマーケットに詳しい現地の事業責任者と一緒に施策を考えることで、各国のマーケットに自社の強みをフィットさせています。そして串カツ田中ホールディングスはアメリカでは目新しさのある食パンに、自社のノウハウ・資産を組み合わせた「カツサンド」で新たなニーズを開拓しています。他の外食企業でも代表交代が相次いでいるとのことなので、新社長のもとでこのような新しいチャレンジに取り組むケースが今後も続くかもしれませんね。国内だけでなく、日本のブランドが海外のマーケットで活躍することも楽しみにしながら、引き続き注目したいと思います。