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クッキーレス時代のマーケティングを高度化するリテールメディア。注目の海外スタートアップ企業もご紹介

前回に引き続き、国内外の小売業界で注目を集めている「リテールメディア」のトレンドをレポート。前回は小売業界でリテールメディアが躍進している背景についてご紹介しましたが、今回は、広告主がリテールメディアにマーケティング予算を割いている現状に着目し、マーケティングの視点からなぜリテールメディアの活用が求められるのかについて深堀りします。また、リテールメディアビジネスの構築や拡大を支援するスタートアップ企業もご紹介したいと思います。

リテールメディアの構築を後押しする、プライバシー保護の流れ

世界的にプライバシー保護の潮流が高まる中で、海外ではGDPRやCCPAといった個人情報の取り扱いに関する法律が施行され、国内でも2022年に改正個人情報保護法が施行されました。大手プラットフォームでも個人情報に関する規制を強めており、特にGoogleがChromeにおけるサードパーティクッキー ※1を段階的に廃止する方針を発表したことは、データビジネスに携わる企業にとって大きな影響をもたらしました。

2022年にMcKinsey & Companyが公開した記事では、「AppleやGoogleなどの企業がプライバシーへの取り組みを強化することで、サードパーティデータ ※2の有効性が今後2年間でさらに低下する可能性があり、ターゲットを絞り込んだマーケティングを実施したいブランドにとって、ファーストパーティデータ ※3へのアクセスがさらに重要になるだろう」とし、すでに豊富なファーストパーティの顧客データを持つ小売企業は、実店舗とオンラインの両方でイノベーションを起こすチャンスがあることを指摘しています。

 ※1「サードパーティクッキー」…アクセスしたWebサイトとは異なる「第三者」ドメインが発行したクッキーのこと
 ※2「サードパーティデータ」…顧客と直接的な関係を持たない第三者により収集された顧客情報等のデータ
 ※3「ファーストパーティデータ」…企業が自社で収集した顧客情報等のデータ

同じく2022年にMcKinsey & Companyが公開した別の記事によると、広告主は長年にわたって広告費を顧客の購買行動につなげることに課題を抱えており、そこにクッキー廃止の計画が追い風となったことで、顧客のプライバシーを保護しながらファーストパーティデータを活用してコンテンツとコマースを結び付けて、ブランドが顧客に関連性の高いオファーやインセンティブを提供するリテールメディアネットワーク(RMN)が成長すると予測しています。
さらに顧客IDと広告インプレッションを在庫管理単位(SKU)レベルの売上と結び付けられるようになると、マーケティングファネル ※4の短縮につながり、広告エコシステム全体が破壊され、最終的には広告を最適化する方法が変わる可能性がある、とリテールメディアネットワーク(RMN)の成長が波及する効果についても指摘しています。

 ※4「マーケティングファネル」…顧客が商品を認知してから購入するまでのプロセスを段階的に分けたフレームワークのこと
このような成長の波を受け、多くの広告主はリテールメディアを重要な戦略的優先事項と評価しているそうです。例えば、広告主にとってリテールメディアのデータから得られる洞察は、新たなインスピレーションの源となる可能性を秘めており、新たな顧客層を発見し、新製品を立ち上げるといったことも考えられると、広告主にもたらす影響についても言及しています。
実際にMcKinsey & Companyの調査では、広告主の約70%がRMNのパフォーマンスが他のメディアと比べて優れていると感じており、広告主の82%が来年のRMNへの支出を増やす予定であると回答。さらに、広告主の80% 以上が既存のマーケティング予算等をRMNに回すのではなく、新たな予算から捻出すると回答しています。

一方で、広告主はRMNの「広告キャンペーンのパフォーマンスに対する透明性の高いレポート」「独自のショッパーインサイト(店舗内購買行動分析)」「妥当なメディアコスト」「使いやすさ」などを重要視しており、消費者は自分のニーズに合ったパーソナライズされた情報を期待しているものの、期待に応えている小売企業はまだ少ないと考えられているようです。

そこで、小売企業が広告主や消費者の期待に応えられる魅力的なバリュー・プロポジションを持つRMNを構築するため、複数のアクションを提案しています。
その1つとして、メディアビジネスの構築は、小売企業にとってまったく新しいスキルであることから、テクノロジーパートナーやコンテンツパートナー、レポート/測定パートナーなどの外部パートナーと連携し、厳選されたパートナーエコシステムを構築することで、広告主にシームレスな体験を提供できると解説しています。

リテールメディアの構築を支援する企業が登場

このように外部パートナーとの連携に対する小売企業のニーズが高まる中、リテールメディア構築やファーストパーティデータの活用を支援する企業が登場しています。その中でもグローバル規模で存在感を高めているのが、2005年にフランスで設立されたCriteoです。
コマースメディアプラットフォームで世界をリードする同社は、2020年よりUSとカナダの小売企業向けのリテールメディアプラットフォームを提供開始し、その後ヨーロッパやアジア太平洋地域にも展開。2022年時点で100以上のグローバルな小売企業、120社以上の代理店パートナー、1,000以上のブランドへとリーチを拡大しています。このサービスは、ファーストパーティデータを活用して購入履歴や閲覧傾向に基づいて消費者にターゲティングすることが可能で、ネイティブ広告やディスプレイ広告、オフサイト広告など、消費者のショッピングジャーニーのあらゆるフェーズに対応する広告フォーマットを展開しています。
Criteoのリテールメディアを活用することで、小売企業は自社ウェブサイト上のネイティブ広告枠をブランドに販売して新たな収益源を生み出し、ブランドはリアルタイムの行動データとAIにより最適化されたパーソナライズド広告を活用して、商品の認知度向上を図ることができます。そして、顧客は自分にとって関連性の高い広告により、快適な買い物体験を楽しむことができるようになります。
同プラットフォームはWalmartやTarget、Best Buy、CVS/Pharmacy、Staplesといった小売企業が活用しており、ドイツのスポーツ用品小売大手SportScheckのデジタル最高責任者Jan Kegelberg氏は「Criteoのリテールメディアは、特定の商品に対する消費者の購入意欲が高まったタイミングを見計らって広告を配信してくれるので、より自然な形でのアプローチが可能です」とその実力を評価しています。

このように、小売企業の新たな収益モデル構築や顧客体験向上などをサポートするパートナーの存在は重要性を増してきています。

ユニコーン企業も誕生!リテールメディア領域のスタートアップ企業

近年はスタートアップ企業の中からもリテールメディアプラットフォームの構築を手がける企業が出てきています。

例えば2017年にオーストラリアで設立したCitrusAdは、eコマースに特化した広告プラットフォームとして小売業界の専門家により設計されました。
その後、2021年にはフランスのコミュニケーショングループPublicis Groupeが買収を発表。これにより、クライアントは「高いコンバージョン率と広告費に対するリターンの最大化」、「ファーストパーティデータに基づく消費者に関する優れた知識」「パフォーマンスの完全な透明性」といった3つの競争優位性が得られるようになったそうです。
現在は、小売企業がデジタル上のタッチポイントを収益化できるようにすると同時に、メーカーやブランドは投資対効果(ROI)の高いデジタルキャンペーンを展開することで売上を伸ばすことを可能にしています。
Publicis Groupe の CEO 兼会長Arthur Sadoun氏はCitrusAdとの連携でブランドの成長を支援し、2025年までに従来のテレビ番組への支出を上回るチャネルになると述べています。実際、Publicis Groupeは2022年11月に食品小売企業のCarrefour Groupと 合弁会社を設立する意向を発表し、複数の新しい小売企業とともに比類のない在庫ネットワークを構築することで、ヨーロッパとラテンアメリカにおけるリテールメディア市場のさらなる開発を目指しています。

同じくオーストラリアで、パフォーマンス・メディア・エージェンシーのThe Pistol社内でインキュベーションされ、2022年に独立したZitchaも、リテールメディアプラットフォームの構築を支援する企業です。
同社のプラットフォームを活用することで、小売企業は電子メールやアプリ、Webサイト、ソーシャルメディア、店内のデジタルサイネージといった自社の資産全体を収益化することができ、ブランドは小売企業のファーストパーティデータを活用し適切な顧客にリーチすることができます。
例えばニュージーランドの大手小売企業The Warehouse Groupとグループ傘下の家電小売企業Noel LeemingはZitchaでリテールメディアプラットフォームを構築し、オーディオ業界をリードするドイツのグローバル企業Sennheiserを支援しています。
SennheiserはNoel Leemingの顧客に効果的にリーチすることで、より大きな投資対効果(ROI)を実現し、現地での存在感を高め、顧客との関係強化につながったそうです。
2022年には独立1年足らずでOIF Venturesがリードする資金調達ラウンドで480万ドルを調達。OIF Venturesの投資家であるOliver Darwin氏は、Zitchaを「小売企業が他社に広告スペースを提供する際の課題を解決するのに役立つ“業界最高”のプラットフォーム」であると述べています。現在はUSへの進出も含めた事業拡大を検討しているとのことです。

また、プラットフォーム以外にもリテールメディアの構築・拡大を支援するスタートアップ企業が出てきています。

例えば2016年にスイスで創業したAdvertimaは、店舗内のメディア在庫の価値を高め、小売企業のリテールメディア収益を拡大するために、実店舗でのリテールメディア構築に特化した企業。3DコンピュータービジョンとAIを活用して来店客の店内行動をリアルタイムに分析し、特定のターゲットに合わせたクリエイティブやメッセージ配信といったマーケティング機能をブランドに提供しています。これにより、小売企業は広告配信による収益を得られるだけでなく、買い物客の顧客体験向上も実現することができます。
例えば、同社のクライアントである家具・インテリアの大手小売企業は、6 週間にわたって来店客の人口統計、行動に関するインサイトを取得すべく、Advertimaのソリューションを活用して店内11箇所にスマートサイネージを設置。来店客の性年齢を把握するだけでなく、行動データに基づく店舗設計・デジタルサイネージコンテンツの改善につなげることができたようです。
なお、このソリューションでは性別、年齢、コンテンツの閲覧時間、行動ルートといった人口統計メタデータの収集が可能で、性別検出精度95%、平均年齢推定精度+/-4歳差の高精度を誇ります。また、GDPR 準拠のプロバイダーであり、顔認識や生体認証データを収集せずに最小限の匿名化されたデータを利用することでプライバシーに配慮した形でソリューションを提供しています。

オランダに拠点を置くアドテック企業のBeatgridは、OOH広告 ※5を中心としたクロスメディア広告の効果測定とマーケティング最適化を支援するプロダクトを提供しています。例えば、「Footfall Beat」というプロダクトでは、位置情報技術やACR技術 ※6などを駆使して、OOHなどの広告が実店舗への来店や購買行動にどう影響を与えたのかという、キャンペーンの効果測定を実現しています。
オーストラリアのスーパーマーケットColesは、広告の投資対効果(ROI)を把握すべく、Beatgridのアプリを活用して、TVやラジオ、YouTubeなど各種メディアで展開している広告キャンペーンが来店や客数にどのくらい貢献したのかを検証。店舗に来店した顧客がどの広告に触れたのかを測定し、購買データなどのファーストパーティデータと連携することで、クリエイティブごとの成果を比較検証しました。1年目に150の広告、2年目に270の広告をテストした結果、1年目にはラジオが最も効果的な媒体であることが分かり、2年目にはテレビとラジオの組み合わせが最も多くの人々に効果的かつ効率的にリーチすることを発見しました。さらに、テレビのリーチは年齢によって異なることも分かり、年齢別にメディアプランを最適化するのに役立ったそうです。この検証で得られたノウハウは、現在も同社のメディア戦略に生かされているとのことです。

 ※5「OOH」…Out Of Home。交通広告や屋外広告など、家庭以外の場所で展開するメディアのこと
 ※6「ACR技術」…Automatic Content Recognition。自動コンテンツ認識技術

小売企業は、こうしたスタートアップ企業と協業することで、自社のリテールメディア構築・拡大を推進していくことも選択肢の一つとして考えられます。

今回は海外の事例を中心にトレンドを紹介しましたが、国内でも大手小売企業がリテールメディアの構築に着手するなど、注目度は高まっています。USと比べると顧客規模や商習慣の違いなどはありますが、今後どのようなプレイヤーや新しいソリューションが生まれるのか、引き続きチェックしていきたいと思います。


このたび、東芝テックはリテールメディアプラットフォームを提供するCatchに出資いたしました。
Catch社はイスラエル出身のメンバーにより、2022年5月にUSで設立したスタートアップ企業。買い物客のリアルタイム店内行動に基づいたパーソナライズされたデジタル広告エコシステムへの接続を可能とするプラットフォームを展開しています。
具体的には、例えばショッピングカート付きタブレット型のデバイスを用いて、買い物客の属性を認識し、店内での買い物行動に合わせて最適化されたコンテンツ配信を提供したり、買い物リストや買い物動線に応じた商品提案などのサービスを提供することができます。
現在、Catch社ではサービス本導入に向けて海外でPoCを進めており、今後、当社はCatch社の成長を支援しながら、事業連携の可能性を検討していく予定です。またリテールメディアに関する新しい動きやご紹介できるプロジェクトがある時は、noteでも情報発信していきたいと思います。