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次の駅までのひとときに

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わたしのなんでもないエッセイ
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#思い出

夢みるハニーチュロ

夢みるハニーチュロ

きいろ、ピンク、しろ、ちゃいろ……色とりどりのドーナツたちは涙と一緒に光の筋となってにじんでいく。

「チュロスが食べてみたい!」

床をダンダン踏みつける私。

「あかん。あんたにはかたすぎる」

ぴしゃりと母。

「これは大人の食べもんやねん。いつものふわふわにしとき」とごねる私をにべなくはねつけ、うっすら砂糖をまとったフレンチクルーラーをさっとトレーに乗せた。

母は頑としてミスドのハニーチ

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ときにはプロットを破り捨てて

“〆切に追われる“

あの押しつぶされそうになる感覚をはじめて味わったのは高校生のときである。

西日に暖められた教室で、私たちは煌々と光るノートパソコンを前にもう30分ほど黙っていた。ぱちぱちとキーを打つ音、止まる、ぱちぱち、止まる、ぱち、ぱち……。教卓をデスクにしてSちゃんは首を捻りbackspeceを長押しする。私とMは膝を抱きしめて、教壇から静かに時計を見上げた。今日中に書き上げなければ。

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瓶ビールはまた、そのときに

瓶ビールはまた、そのときに

「俺、飲めへんから、都村付き合ったってくれや」

ぱたんと部長はメニューを閉じ、「烏龍茶と瓶ビール、グラス」とおばちゃんに指を2本立ててみせた。向かいの席のA先輩は「おお」とだけ言うと、椅子の背にずかっと体をあずける。それは「頼むわ」や「たくさん飲めよ」と受け取っていいのだろうか。まじまじと表情を窺っていたが、威圧感に負けて私は視線を机の上に落とした。ホテル1階の定食屋は他に人けがなく、食器を洗う

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