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夢みるハニーチュロ

きいろ、ピンク、しろ、ちゃいろ……色とりどりのドーナツたちは涙と一緒に光の筋となってにじんでいく。

「チュロスが食べてみたい!」

床をダンダン踏みつける私。

「あかん。あんたにはかたすぎる」

ぴしゃりと母。

「これは大人の食べもんやねん。いつものふわふわにしとき」とごねる私をにべなくはねつけ、うっすら砂糖をまとったフレンチクルーラーをさっとトレーに乗せた。

母は頑としてミスドのハニーチュロを買ってくれなかった。「こぼれる・派手な色・歯に悪そう」のどれかを満たすと何度お願いしてもダメ。ハニーチュロは独断と偏見で3つ目に該当した。手が届かないとますます気になる。


ポン・デ・リングが彗星のごとく登場したあの頃、「ミスドでどれが一番好き?」は小学生の私たちのお決まりの話題だった。穴のないエンゼルクリームにどこから食べるか迷うチョコファッション、ゴールデンチョコレートはきいろのつぶつぶが楽しい。定番のドーナツが挙がる中、「やっぱチュロスやな」と誰か。「あー!忘れてた」と一番を乗り換える子が出てきて、「牛乳に浸すとおいしいねん」とアレンジを披露する子も。

これだけ夢中になるってどんな味だろう?

おいてけぼりの私はをめいっぱい想像をふくらませる。かたいから牛乳でふやかすの?唐辛子みたいにスパイシー?口の中でパチパチはじけたりするのかな?母や友人の言葉をもとに仕上がったチュロスはこの世の味覚を全部詰め込んだみたいにきらびやかだった。


あれから約20年。きらきらのショーケースを前に私はどれでも好きなドーナツを買うことができる。ぎっしり詰まった生地にはちみつがじゅわっとしみたハニーチュロだって。その代わり、あの空想の味を舌によみがえらすことはもうできない。あれは子どもだけの秘密のごちそうだったのかな。その淡い蜜色は懐かしくてちょっぴりまぶしい。


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