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茜色の紅茶

平日の午前中

院内の小さな喫茶店は、
付き添いの人達の待合室になる。

大学病院の診察は、
いつだって一日がかりだ。

神妙な顔つきの人
待たされてイライラしてる人
晴れやかな表情を浮かべた人

ここには様々な感情が散らばっている。

わたしは今、
どんな表情をしているんだろう?


混み合う喫茶店の
窓側の特等席に座れたわたしはツイている。


血液検査を終え、
診察まで少し時間があったので
病院という無機質な空間の片隅で
温かい紅茶を飲んでいた。

甘くてほろ苦い香りと
茜色の液体がゆっくりと
わたしの体を循環していく。

そして、
ほんのり心を曇らせる。

秘めた想いをそっと隠すように。





順番が近づいてきた。

窓ガラスの向こうでは雨が降っている。

湿気はわたしを憂うつにさせた。
髪型もぜんぜん決まらなくてため息がもれる。


自分を必死に整えようとすればするほど
何かに邪魔されているような気がした。



もうすぐだ。

わたしの心臓は、
通常よりも早いリズムを刻みながら
診察室前の電光掲示板を見つめていた。

呼び出し番号が点滅する。

心臓はさらに早くなった。


三か月ぶりにあの人に会える。


柔らかな笑顔と
変わらない穏やかなしぐさに
心をぎゅっと掴まれて
切なくなった。

どうしてこんな感情が生まれるのか、
自分でもわからない。



外の世界はこんなにも慌ただしく
雑然としていて、落ち着きがないのに
あの人の声が響くこの空間だけは
とても静かで、
優しく温かな世界だった。

この世界にずっといたいと思った。

いつもどんなに忙しくても
わたしが診察室を出るその瞬間まで
見つめ続けていてくれる。

カルテよりも、
わたしの背中を優先してくれる人。

住む世界も違う
遠い存在だと思っていたけど

あなたは、

わたしを特別だと言ってくれた。

 

病院を出て、バス停へ向かう。

もう夕方だった。

うっすらと空がオレンジ色に染まって

茜色の紅茶を思い出した。

あの人の温度は、
茜色の夕陽のような温かさだった。


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