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私はインドで寄付がうまくできなかった

何度やっても、うまくできないことがある。

これまで幾度となくやっているのに、自分でも不思議なくらい、できるようにならないということが、私にはけっこうある。

道案内で右と左をとっさに伝えることができないし、角ばった割り箸でモノを上手につかむことができない(なぜだか丸だと大丈夫)。

ささみの筋取りも、そのひとつ。何度やっても、破れてしまう。みんなどうしているんだろう。料理番組などでは、「はいここで筋取りをして~」と流れるように進んでいく。フォークや包丁の背を使っていろんな方法を試してみたけど、裂ける。10分の10、裂ける。むしろ退化しているんじゃないかと思う日もある。

そのくせ、ささみのチーズフライが大好きなので、破れたささみをそっとのばして無理やりチーズを巻きつける。衣で阻止するぞと息巻いて、小麦粉、卵、パン粉をしっかりつけたとしても、出る時は出るものだ。

「揚げたチーズが香ばしくて美味しいね」という家族の言葉に、目を細めて悲しく笑う。

さらに、うまくできないもののひとつとして、寄付がある。

最近でこそ寄付文化は活発になり、クラウドファンディングなどで活動資金を集める話もよく聞くようになった。

少し敷居の高いイメージだった寄付が、今は、より気軽で身近なものになっていて、やる方もやられる方もなんかかっこいい。夢を応援する人と、その応援に応えて夢を実現する人。うん、やっぱりすごくかっこいい。

そんな世の中になっているのに、私は置いてけぼりである。寄付と聞くとどうしても思い出してしまう、あるインドの光景。それが邪魔をしているのか、いつまで経ってもうまく寄付ができずにいる。

もう10数年も前のこと、バックパックでインドを旅した。

大学時代にインドの研究をしていた私は、その研究のため電車を乗り継ぎ、小さな田舎町までたどり着いていた。

じめじめと蒸し暑く曇ったある日、駅のホームの壁に、白髪のおばあさんがひとり座り込んでいた。くすんだ柄のワンピースが、おばあさんの顔色をさらに暗く映していた。

よく見ると、太ももから先の脚が片方なかった。私の心臓がドキンと波打った。

どうしても近くを通らなければならない。乗りたい電車のホームは、そのおばあさんのいる先の方だったから。私は平静を装って、前に進んだ。

横目でちらりと見やると、おばあさんはお金の入った小さなアルミの箱を持っていた。あ、あれは……。「寄付したい」と思った。いや、「寄付しなければいけない」と思った。

そしておばあさんに目を向けると、おばあさんは私を突き刺すような鋭い眼光で見つめていた。その視線はあまりにも強烈だった。深く強く凛とした瞳に、私はたじろいだ。

私などが寄付をしていいのか、こんなにも強い目の人に私なんかが。

寄付しなさいと言われているんじゃないか。でも寄付ってそうやってするものなのか。

その一瞬でいろんな考えが頭の中を交錯し、絡み合い、ぐちゃぐちゃになった。

そして、どうすべきか決断できなかった私は、おばあさんの前を通り過ぎた。そっとその場を逃げ出すしかなかったのだ。あの時の黒いモヤモヤが、今も胸に残っている。

輪廻転生を信じるインドの人たちにとって、困っている人を助けるのは当然で、義務のようにも考えられていると知ったのは、この後のことだった。

寄付をすることで自分の功徳を積み、来世の平安を手に入れられる。だから、寄付される方はその機会を与えてやったのだということで礼は言わない。それが輪廻に基づいた寄付(布施)の考え方だった。

おばあさんは、困っている自分をどうして助けないのかと、訴えていたのだろうか。功徳を積むチャンスを逃してしまうぞとという忠告の目だったのだろうか。いや実はただ単に、珍しい外国人をまじまじと眺めていただけだったのかもしれない。

なんにせよ、あのおばあさんに寄付ができなかったという悔いが消えない。

それからの私は、災害時など、大した額はできないものの、率先して寄付をするようにしている。

でもそのたびに、偽善者ぶっているんじゃないかとか、いいことをしたなと調子に乗ってんじゃないぞとか、その人の本当の苦労をお前は分かっているのかとか、あのおばあさんに寄付ができなかった穴埋めじゃないのかとか、ついついいろんなことが頭をもたげてしまう。

寄付と聞いて思い出す、インドの光景。

どんよりとした曇り空の駅のホームで、足のないおばあさんとカラスが鋭い眼光で私を見ている。

寄付する側と、される側との関係。その時のそれぞれの心持ちについて。寄付をするのも、されるのも、さらりとできる人がまぶしく見える。

おばあさんくらいの歳になったら、何かしら見える世界は変わっているのだろうか。少なくともその頃までには、ささみの筋も手際よく取れるようになっていたい。



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