みなみつきひ

小説、エッセイを書いています。黒猫、インド、まわり道。よく迷子。

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小説『モモタマナと泣き男』 第1話

Mana eva manuṣyāṇāṃ kāraṇaṃ bandha mokṣayoḥ | 人は心。 束縛も、解放も、あなたの心のうちにある。                        (サンスクリットのことわざ)                第1章 紅葉の冬                1.   小さな背中をさすりながら、真那は後悔をしていた。  五歳になりたての子どもがはじめて乗るフェリーは、夜行の長距離ではいけなかったのだ。 「きぼち

    • 小説『モモタマナと泣き男』 第10話 【最終話】

      前話へ  もくもくと、黒い線。  あれはなに?  真那の鼓動が勝手にはやまっていく。  民宿に近づくにつれ、その線はくっきりと太く浮かびあがる。混ざり合わない青と黒。その不気味な色合いに、胸がざわつく。車の窓は閉めきっているのに、焦げくさい臭いが鼻をついた。  民宿が燃えていた。  屋根から煙がもうもうと上がり、窓から赤い炎がちらついている。    車から飛びだし、真那は走った。  まこと、お父さん、サワオ、保井先生、お客さん。  みんな、どこ? どこにいる?  火の熱さ

      • 小説『モモタマナと泣き男』 第9話 

        前話へ 次話へ             第4章  花咲く初秋                 1.    ようやく夏の終わりを感じられてきた頃、モモタマナの木に花が咲いた。  大きな木なのに、小指の爪先にも満たない小さな花は、房状につらなり、緑色の葉の合間に白い流星痕を描きだしている。  母から聞いていたとおり、夏休みはあわただしく過ぎていった。宿泊客も多かったし、「弔いの式」や「

        • 小説『モモタマナと泣き男』 第8話 

          前話へ           次話へ                   2.  夫の紘平が突然、民宿をおとずれたのは、その週末のことだった。    ちょうど庭で洗濯しおえたシーツを干していると、民宿の前にタクシーがとまった。中から降りてきたのは、白いTシャツに黒いスラックスを着た男性で、やや遠目ではあったが、真那は一瞬でそれが紘平だと確信できた。 「来たよ」  近づいてきた紘平が真那を認識し、声をかける。目が合って、真那の心臓がどきんと跳ねる。シーツを留めないといけな

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        小説『モモタマナと泣き男』 第1話

        マガジン

        • 宝物ねじねじ
          1本
        • モモタマナと泣き男
          10本
        • 旅の記憶
          5本
        • 子どもとの日々
          5本

        記事

          小説『モモタマナと泣き男』 第7話 

           前話へ   次話へ                      第3章  葉を広げる夏            1.  今年も、うだるような暑い季節がやってきた。  モモタマナのチューリップみたいな芽は、あっという間に幅広の大きな葉へと成長し、今では、夏の日差しを立派に受けとめてくれている。    木陰に身をひそめる側からすると、その葉は献身的すぎ

          小説『モモタマナと泣き男』 第7話 

          プロフィール

          はじめまして。 お越しいただき、ありがとうございます。 自己紹介は苦手なのですが、noteもそろそろまる4年。あんただれやと自分でもよく思うので、ふりかえりのためにもまとめてみました。 2020年からnoteでぽつぽつとエッセイを、2年前から小説を書きはじめました。お読みくださる方々に心より感謝しています。ありがとうございます! 【プロフィール】◎宮崎県生まれ ◎左利き ◎黒猫飼い ◎引っ越し多い (高校卒業後、12回!) ◎趣味 ・読書 今村夏子さん、森絵都さん、

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          小説『モモタマナと泣き男』 第6話

          前話へ                  次話へ                   2.  高齢化の進んだこの町では、日々だれかが亡くなっている。  「お葬式」はたいてい、町にひとつしかない葬儀場か、自宅かで執り行われることが多かった。葬儀場の前の道路に看板が出ると、どこのだれが亡くなったのか、町中にすぐ知れわたっていく。  同様に「泣き男」の存在も、この町ではいつのまにか広く知られるようになっていた。 『泣き女は、どうして《女》だったのか』  こんなタイトルの記事

          小説『モモタマナと泣き男』 第6話

          小説『モモタマナと泣き男』 第5話

          前話へ                  次話へ            9.    父を乗せたワゴンは五時きっかりに、民宿の前に到着した。  母と一緒にむかえに出る。緊張しないわけがない。罵声を浴びる覚悟もできている。もう、逃げるわけにはいかない。真那はこくりと唾をのんだ。    車内から、オレンジ色のポロシャツを着た男性が「ただいま帰りましたー」と、ほがらかな声であいさつしながら降りてきた。  男性にあいさつをかえしたあと、「あれが遠山さんよ」と母が真那に小声で言った

          小説『モモタマナと泣き男』 第5話

          小説『モモタマナと泣き男』 第4話

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          小説『モモタマナと泣き男』 第4話

          小説『モモタマナと泣き男』 第3話

          前話へ                  次話へ          門からひょこっとあらわれたのは、よく知っている顔だった。 「え? 真那? 真那なの?」  母は目をみひらくと、え、ええっ? と何度も大きな声をあげた。うすい黄緑色のエプロン。頭にそろいの三角巾をつけたその顔は、しばらく驚いたあと、花のようにほころんだ。 「お母さん、ただいま」  なるべく、何の感情も込めずに言う。ほんとうは泣きつきたかったし、笑いたかった。でもそれ以上に、母の前では淡々とした冷静な自分であ

          小説『モモタマナと泣き男』 第3話

          小説『モモタマナと泣き男』 第2話

          前話へ                  次話へ    真那は、じっと目をこらす。  車道をはさんだ階段に、藍色の服をきた背のたかい男が立っていた。海のほうを見たまま、ぴくりとも動かない。肩まである長い髪だけが、ふわふわと海風にのって揺れている。  こんなところで何をしているのだろうか。釣りではなさそうだし、真冬に海水浴でもないだろう。というか、あんなに薄着で寒くないのか。  変な人だとは思ったが、ここらの住民かもしれない。もしかしたら、道を聞けるかもしれない。真那は気

          小説『モモタマナと泣き男』 第2話

          伊豆文学賞の授賞式、はじめての熱海

          このたび大変ありがたいことに、 第27回伊豆文学賞、掌編部門にて優秀賞に選んでいただきました。 審査員の先生方、ご準備いただいた関係者の方々に深く御礼申し上げます。 というわけで、授賞式に出席するため、はじめての熱海に行かせていただきました。 熱海駅から会場の起雲閣まで歩いて向かいます。 側溝から湯気が噴きでていて、まさしく温泉街という趣。 坂が多いので、スニーカーで正解でした。 集合の前に昼食をすませておこうと、近くの公園でお弁当のフタをひらいたら、突然、手に持って

          伊豆文学賞の授賞式、はじめての熱海

          母のコロッケ便

          子どもの小学校で、インフルエンザB型が大流行している。 息子も先週もれなく発熱したが、結果は陰性だったので、抗インフル薬はもらえなかった。それでも子どもの免疫はたくましく、おとなしく寝ていたら三日で熱が下がり回復。結局、学級閉鎖もあって、先週はまるまる自宅にいたものの、今週は元気よく登校している。 息子の復活を喜んだのもつかの間、次はお前だと言わんばかりに、私の体にウイルスが乗りこんできた。まあ、でも、息子の様子を見ていたら、そこまででもないだろう。コロナやインフルAより

          母のコロッケ便

          ヨガの服に着がえたら、お風呂そうじがはかどった

          格好からスイッチを入れる、ということは往々にしてあるけれど、いつも狙ったスイッチが押せるとはかぎらない。 つい先日のこと。 雨が降っていたので、ランニングには出かけなかった。代わりになにか体を動かさなければと(コロナ時代に初めて挑戦し、胸骨をいため挫折して以来)ひさびさに、ヨガ用のTシャツとタイツに着がえた。 気合い十分。汗をかく気満々。 お、待てよ。その前にお風呂を沸かしておいたら、汗をかいてもすぐに入れて最高じゃないか。妙案とばかりに浴室へ向かう。 数ある家事のなか

          ヨガの服に着がえたら、お風呂そうじがはかどった

          法然院にて谷崎潤一郎の墓に手を合わせ、新年がはじまる

          今年こそ一年の目標を掲げようと思っていた矢先、つぎつぎと大変なことが起こって、しばらく言葉を失っていた。 被災地と、遠い場所で新年を迎えた。揺れさえ感じなかったことに罪悪感を感じた。ずいぶん前だが、イカ焼きやおやきを片手に歩いた輪島の朝市のあったかい風景を思いかえしては、胸が押しつぶされるように苦しくなった。 思いがまったくまとまらなかった。 言葉が見つからず、自然の強烈なエネルギ―と無慈悲さとを、嘆きくりかえすことしかできなかった。 *** 年明け早々、京都に行く機

          法然院にて谷崎潤一郎の墓に手を合わせ、新年がはじまる

          イチゴジャムと、たまごペースト

          月曜日の朝、わたしはとても慌てていた。 ベランダの非常口点検から逃れるために。初対面の点検者が自宅に上がりこみ、居間を通ってベランダを点検するという、半年に一度おとずれる恐怖の訪問日がやってきたのだ。 月曜日の朝の居間は、決まって、おそろしい。 週末の子どもたちは盛大に散らかし、床の洗濯物は畳まれる暇がなく、洗われるべき茶碗には手さえ付けられていない。   以前、その点検の知らせをすっかり忘れて、インターホンに出たことがあった。流れるがままにドアを開け、おじさんたちが上が

          イチゴジャムと、たまごペースト