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母のコロッケ便


子どもの小学校で、インフルエンザB型が大流行している。

息子も先週もれなく発熱したが、結果は陰性だったので、抗インフル薬はもらえなかった。それでも子どもの免疫はたくましく、おとなしく寝ていたら三日で熱が下がり回復。結局、学級閉鎖もあって、先週はまるまる自宅にいたものの、今週は元気よく登校している。

息子の復活を喜んだのもつかの間、次はお前だと言わんばかりに、私の体にウイルスが乗りこんできた。まあ、でも、息子の様子を見ていたら、そこまででもないだろう。コロナやインフルAよりずっと楽だった。そう息子も言っていた。

金曜午後から発熱し、土曜も微熱程度。もう勝ったも同然でしょう。まあ念のため、安静にはしておくか。はやばやと勝利宣言を出した私に、やつらはよほど苛立ったのか、一気に士気を高めたようで、私の体で猛威をふるいはじめたのは日曜日だった。

全身が熱く、一睡もできないまま朝を迎えて熱をはかる。朝から38℃を超えていた。

とはいえ、息子の風邪がうつったのは間違いないし、救急に駆けこむのもどこか申し訳ない。息子は三日で治ったのだ。明日こそ治るはず。そうこうしているうちに、熱は40℃近くまで上がっていき、結局5日間、私の熱は下がらなかった。


☾ ☾ ☾


いちばんきつかった夜に、夢を見た。

遊びなれた実家の庭に、それはそれは大きなクモの巣があって、そのひとつひとつの網目に水晶みたいなまるい雨粒がついていた。よく晴れた青空を背景に、太陽に照らされたそれはきらきらと輝いていて、自然のシャンデリアみたいだった。美しさに息をのみ、ただひたすら見とれていた。そんな夢だった。

本当に体が苦しい時は、こんなにも美しいものを見てしまうのか。熱にうなされながらも、目を閉じては瞼のうらに、何度もその景色を思いかえした。

翌朝、母から偶然電話がかかってきた。こういう時は心配をかけないようにとこちらから連絡はしないのだけど、もれなくかかってくるから不思議である。

え、行こうか? だめだよ、絶対うつるし、大丈夫だから。そっかあ、わかった。じゃあ、送るから。え? 送るからね。

そうして翌日、ダンボールが届いた。そこには黒豆や、ほうれん草のお浸し、金柑の甘露煮など、畑で育った栄養のありそうな面々が、こまごまとジップロックに分けて入れられていた。弱った心にじーんとくる。

それから、中くらいの箱を開けると、手づくりのコロッケが入っていた。

母のコロッケといえば、家族にとっていちばんの味だった。小さい頃から山盛りに揚がったコロッケを、父や兄たちと競いあって食べていた。みなが大好きな一皿。

実家をはなれた後も、母はよくコロッケを作って宅配便で送ってくれた。浪人の時も、仕事が激務の時も。疲れた時に送られてくるコロッケ。こうやって、送ってもらったのはいつぶりだろうか。

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電子レンジで温めてから、トースターで加熱する。衣が少しパリッとする。母のコロッケは、多めの玉ねぎをゆっくり炒めてあって、ミンチがたくさん入っていて、甘くておいしくて、泣けてくる。

いい歳になっても、こうやって、まだまだ守られていて、私はいつだって母の「子ども」なのである。ジャガイモがなめらかに、舌の上で溶けていく。いくつになっても、母の愛にはかなわない。



発熱5日目にして抗インフル薬を飲んだところ、翌日すっと下がりました。まだ頭がぼんやりしています。48時間以内に飲まないと意味がない、と思い込んでいたのですが、効き目はゼロではなさそうです(個人談)。また、自身の血液型がB型ということで妙な親近感を持っていたのですが、やつらはやはりインフルエンザウイルスです。みなさまどうぞお気をつけください。


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