冷房の効かない部屋の午後2時に
夏の暑さがわたしの憂鬱に拍車をかける。冷房の効きが悪いこの部屋で、わたしはただ希死念慮と寝転がる。「逃げてちゃダメだよ」ひとは簡単にわたしの逃げ道を塞ぐ。それはきっとやさしさで。何度言い聞かせても、染みついた被害妄想はわたしを救わない。それでも隣にいてくれるのはこいつしかいないから、わたしは簡単に絶望する。
こないだ、部屋の中でシャボン玉をした。ふわふわ浮く透明なガラス玉は光を閉じ込めて、夢のように光る。いくつ作っても弾けて消えてしまうその儚さに囚われて、何度も何度もストローを吹いた。普段暮らす台所、ベッドの上、玄関。夢に染まってゆくわたしの"暮らし"。ほんとうは綺麗な生き物なんじゃないかって勘違いしてしまうほどに、美しかった。
SNSはみんな浮かれ気分で、夏を全身に浴びている。例に漏れずわたしも青春したけれど、それは期間限定の味。家に帰ってきた途端、待っていたのはヒステリックな母親、横暴な父。ゲストハウスに滞在していたせいで、母親は狂ったように怒ってる。「知らない男と女が一つ屋根の下なんて!」「あんた、彼氏裏切ってんじゃないの?」「神様に裁かれるんだから!」「地獄に堕ちるよ」やりすぎ都市伝説でもやりすぎだろ!と笑われそうな死刑宣告を、真剣なトーンで叫んでる。狂った家で、地獄に堕とされそうなわたしはいまだなぜ生きてるのかわからない。
わたしがいない間にわたしの部屋は模様替えされていて、わたしは帰らないと何度伝えてもわたしの好物を作りつづけていて。「今日もあなたの好物を作りました。なのに帰って来ないんですね?」毎日が拳銃を突きつけられる脅迫は、三十路前も続いてる。
それを簡単に「心配なんだよ、お母さんも」とか「何歳になっても子どもは子どもだからねえ」と言う人間がいる。なんとなくまとめられて、わたしの苦しみも悲しみも綺麗な包装紙に包まれていい感じ。誰の絶望もきっと、そうやってラッピングして同じショーケースに並べるんでしょう?やめてよ、やめてよ。
わたしの絶望と彼女の絶望を同じにしないで。彼の絶望とわたしの絶望を一緒にしないで。わたしも彼女も彼も、みんな生身のにんげんなんだよ。生きて、血を流して、汗をかいて、涙を流して、それでも起きて、寝て。苦しみながら何度絶望したって足りないほどのこの世界で、必死で生きてるんだよ。だから、わたしたちの絶望を同じにしないで。わたしに向き合ってよ、彼女に、彼に、ひとりひとりに疲れても飽きても、必死で向き合ってよ。
そんなのわがままだって分かってる。子どもじみたセリフだってこともわかってる。
それでもわたしの世界ではせめて、わたしが主人公でいさせてほしい。わたしの幸せも、わたしの不幸も、わたしに決めさせてよ。誰からの評価もいらない、誰からの意見もいらない。わたしが作ってゆくしかない脚本は、永遠に幸せのつまんないB級映画であってよ。
何度だって床を濡らしながらシャボン玉を吹いて、何度だってヘッドホンをつけながら河川敷で歌って、何度だって灰皿の上で線香花火をしよう。狂ったわたしの青い春も、青い夏も秋も冬も。そのために生まれてきたんだってせめて言い訳程度でも言わせてね。
きらっきらのSNSに流れ続ける浴衣姿と花火大会。デートの約束、綺麗な横顔。鮮やかな海、水着姿で自撮り。何もかも縁遠くても、この部屋に永遠に閉じ込められていても。カップ麺をすすって、ただ腕を切るだけの夏でも。君の夏は、君だけのものだよ。
夜中にお腹が減って、カップ麺を食べるかどうか迷うくらいの気軽さで、生きるか死ぬか迷おうよ。それで、明日のむくみとかお湯沸かすのすらめんどくさいとか、そんな理由で死ぬのをやめてよ。
死ぬな!なんて歌も流行ったけど、死ぬな!なんてわたしは言えないから。死にたいわたしと死にたい君で、死にたいままぼんやり生きてこうよ。君が悲しくなったらシャボン玉を吹いてあげる。いくらでも、いくつでも。そのうち夜は明けちゃって、また最悪な一日が始まって。そんな後ろ向きな乗り越え方で、夜を越えようよ。
どんなに光っても、どんなにきらめいても、わたしは今だって変わらず死にたくて。閉塞感で息は詰まってしまいそう。だからわたしにむけてくれるやさしい目線と同じように、自分自身を見てあげてね。いつか世界も見てみてね。幸せそうなあの子にも、いつだって満足げなあいつにも、充実しかしてなさそうなあの人にも、絶望はあるよ。みんな濃さの違う絶望を、同じように背負ってるから。
その絶望をいつか分け合おう。君のオチのない話を朝まで聞きたいんだ。痛みも傷も、誰にも話せなかった過去も。恥ずかしいことも、好きなものも。ただ聞いてるよ、わたしは。
永遠に一つにはなれない、ひとりぼっちとひとりぼっちのiとiのままで愛になろう。
( i _ i )なんてね。
また明日、愛してるよ。今日を生きてくれて、ありがとう。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?