記事一覧
事の終わり、朝に帰る──『ドライブ・マイ・カー』雑記と感想
濱口竜介『ドライブ・マイ・カー』(2021年)は、家福(西島秀俊)という妻に先立たれて間もない壮年の劇作家が、ある若い女性ドライバー・みさき(三浦透子)との出会いと交流を通して、ふたたび舞台に立つまでの時間を描いた映画である。ヘミングウェイの短編集に由来して『女のいない男たち』と題された村上春樹の短編集に収められた同名の原作小説は、ごく短い短編作品であった。実写化をするにあたって濱口は、同短編集
もっとみる“アウステルリッツ”をめぐって
Ⅰ. アウステルリッツ 『アウステルリッツ』は、ドイツの作家W.G.ゼーバルトによって2001年に著された、彼の遺作である。語り手であるドイツ人男性が、偶然かつ運命的に出会ったアウステルリッツなる人物の半生を聞き、時にはそれを書き留めているといった体裁がとられている。前半部には、衒学的とも呼べる主人公アウステルリッツによる建築や地政学的な知識のあれこれが延々と述べられる。しかし、様々な類縁性を辿る
もっとみる災禍の顔貌──『寝ても覚めても』雑記と感想
■『ビリジアン』における「わたし」の位置 私が柴崎友香にはじめて触れたのは、美術作家であるミヤギフトシの連載で取り上げられていたのをきっかけに、『ビリジアン』という小説を読んだ時だった。その本は、話者である一人の女性の十歳から十九歳までの記憶が断片的につづられているのだが、二十篇の掌編の連なりは時系列に沿わぬ形で、場面や出来事が散発的に起こる。この小説の端的な特徴を表すのは書き出しの一節である。