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【最終章:昭和初期の医療事情⑥】曾祖父と私を繋ぐもの

祖母が遺してくれた曽祖父の論文(昭和10年発表)の現代語訳。今回が最終章。最後の機会なので、曽祖父の話を少し…。

実は祖母から伝え聞いていた曽祖父の特徴は、たったの3つだった。

①開業医だった。②身体があまり丈夫でなくよく臥せっていた。③かなりの読書家。ジャンルは多岐に渡り天文学の本なども読んでいた。

なので、私が子供の頃から抱いていた曽祖父のイメージは、和室に臥せっている病弱な老人。けれど論文を読んだ後、イメージは大きく塗り替えられる。一本気で正義感の強い意志的な男が浮かび上がった。

こんな風に曽祖父を見つめ直すことに、どんな意味があるのかは分からない。本当はどんな人だったか、知る人はもう皆無と言っても過言じゃない。それでも曽祖父の言葉は生き続けている。人の言葉は時空を超えて響き続ける。

この論文で気に入っている箇所のひとつは、最後の締めくくり。当局者に込めた願いだ。

>また賢明な当局者に対しては、「断」の一字をもって、これに善処し、我が治療界のために、百年の大計を建てて頂けるよう切望する。

私は曽祖父を知らない。でも、その言葉には嘘がない。深く澄んだ思いが、私にも染み渡り、確かに残った。

第9章 結論

医業公営の実施によって直接改善できる点を、ここに再録し結論とする。

1.医師のいない町村にも医療を普及できる。

2.医療費を軽減することにより貧しい人を救済できる。

3.行き詰まってしまった医療界の悪い慣習を改善できる。

4.医療を確実に、かつリーズナブルに提供できる。

5.保健衛生の対策を整備できる。

6.困憊(困って疲れはてること)している農漁山村を、間接的に救済できる。

7.理想的な医業国営に向かって歩を進められる。

往々にして制度改革には、その案の良否にかかわらず、必ず反対意見が立ちはだかる。せっかくの良案も、画餅に帰す(考えたり計画したりしたことが、実際の役に立たず無駄になること)ことが多く、内閣成立時にいつも堂々と標ぼうしている制度改革案が、いつしか影も形もなくなってしまうのは、この為だ。これは当局に決行する勇気がないこともあるが、改革事業といったものが、いかに困難なものかをよく知るべきである。全体の情勢や時代の推移をよく見極め、国家発展のためには時に、自分が不利になることにも耐えなければならない。

我が医師会は、医事衛生の改良と発達を図ることを目的として生まれた公法人である。それなのに、ややもするとその使命を忘れ、社会の利益に反するような態度を示すことがある。これを機にこの点を深く反省し、医療制度の改善のサポートに、率先して力を注ぐことを願ってやまない。

また賢明な当局者に対しては、「断」の一字をもって、これに善処し、我が治療界のために、百年の大計を建てて頂けるよう切望する。

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【曽祖父論文の後日談~国民皆保険ができるまで~】

・昭和3年(1928)年:当論文発表。

・昭和13(1938)年:医者にかかることのできない農漁山村の住民を救済するために、農民(及び自営業者や都市部の低所得者)を対象とした国民健康保険制度が創設。

・昭和17(1942)年:国民健康保険法の改正が行われ、国主導で国民健康保険の普及・拡充が図られる。その後、戦争の拡大によって一時停滞。

・昭和23(1948)年:GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の勧奨などを受け、国民健康保険法の公共性を強化するため、抜本的な改正が行われた。これにより国民健康保険は市町村が運営することを原則とし、保険への加入は任意ではなく強制となった。

・昭和33(1958)年:新国民健康保険法が成立。60年までに未加入者を全て加入させるという「国民健康保険全国普及4カ年計画」のもと、行政の積極的な指導勧奨が行われ、国民健康保険制度は全国に広がった。

・昭和36(1961)年:ついに国民皆保険が達成される。

※国民皆保険の成立により、誰でも、どこでも、いつでも、医療を受けられる制度が確立した。日本の医療保険制度は世界的にも定評があり、2000年にはWHOから世界最高との評価を受けるにまで至った。一方で高騰し続ける医療費への対応もまた課題となっている。

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日本公衆保健協会10周年記念応募懸賞論文(第一等)本邦医療制度論

日本公衆保健協会雑誌第11巻第1号(昭和10年1月発行)

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