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都内の某会社勤務。最低週1ペースで短編小説などを投稿していく予定です。まずは50作を目…

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都内の某会社勤務。最低週1ペースで短編小説などを投稿していく予定です。まずは50作を目標に頑張ります!

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好きなものは最後に食べるタイプなんで

 私が教室に入って席につこうとすると、美咲が挨拶もなく話しかけてきた。 「今度は上履きがないんだけど。」  クラスの男子からもかわいいと人気のあるその美しい顔が、梅雨の空のように暗く曇りがかっていた。近頃、美咲の所持品が消えてなくなるという現象が立て続けに起こっている。私が「自分でどっかにやっちゃったんじゃないの?」と言うと、美咲は「島田さんが怪しいと思うの。」と眉間にしわを寄せながら言った。島田さんと美咲は何となくそりが合わず、お互いが存在を無視した冷戦状態が続いていた。島

    • デザイナーズマンション

       草野雄太が次の住居として選んだのは、東急田園都市線の三軒茶屋駅から徒歩5分で家賃が7万5千円のデザイナーズマンションだった。新居は、周辺の家賃相場と比較すると破格の値段だ。苦労して探したかいがあったと雄太は感じている。入居当時は何となく落ち着かなかったものの、住み始めて1週間が経過した今はだんだん新しい環境にも慣れてきた。憧れだった東京での生活。愛知にある支社でIT関連の営業をしていた雄太は、急遽東京本社へ異動となり、新天地での営業を任されることになった。願ってもいなかった

      • 艶感のある白Tシャツ

         田中渉は、今日手に入れたさまざまな服を眺めると満足そうに笑った。艶感のある白Tシャツに黒のオープンカラーシャツ。ネイビーのポロシャツにグレーの9分丈のスラックス。大学に来ていく服のレパートリーがまた増えた。数少ない友人から、なんかおしゃれになったね、と最近言われるようになってきている。また友人たちから褒められたくて、渉は大学に行くのが待ち遠しくてたまらない。  彼の中で「試合」と呼ぶ、この一種のゲームを敢行する時のスリルが彼は忘れられない。平凡で刺激のない生活を送る渉には、

        • 文鳥

           毛が白色だったからという安易すぎる理由でシロと付けた名付けたその文鳥は、掃除のために鳥かごを私が開けた瞬間を狙いすまし、この東京の青い空に自由を求めて飛び立っていった。毎日毎日欠かさず餌をやり、臭いと思いつつも適度に鳥かごの掃除を行ったのにも関わらず、その恩も知らずに彼は自由を求めて飛び立っていった。きっと鳥かごという閉鎖的な空間に嫌気がさしていたシロは、この世界の広さに驚愕していることだろう。  もともと彼女に振られて一人になってしまった悲しさに耐えきれず、飼いだしたその

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        好きなものは最後に食べるタイプなんで

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          可愛いの概念が分からない

           困ったことになった。僕は可愛いの概念が分からない。  僕にはすでに2年ほど付き合った彼女がいる。付き合いたての頃はお互いに社会人になりたてで、いろいろと戸惑いも多かったが、二人で支えあいながら互いに支えあいながら乗り越えていった。しかし、それなりに一緒に時を過ごした今となっても、彼女が可愛いと感じるものが分からない。  最近、某タレントが飼育しているハムスターがテレビに映ったとき、彼女は可愛いといった。これについては僕にもその可愛さは理解できる。ふわふわと柔らかい毛を身にま

          可愛いの概念が分からない

          初めての一人暮らし

           新居に持っていくものを一通りカバンに詰め終わると、吉岡大樹は小さくため息をついた。まぁ、忘れたものがあればいつでも実家に取りに帰ればいいんだとあまり深刻に考えすぎないように自分に言い聞かせている。最低限、財布とパソコンがあれば、今の時代、何とかやり過ごすことができる。  社会人2年目に差し掛かって何となく社会の明文化されない規範的な部分についても立ち振る舞いが分かってきた大樹は、このタイミングで家を出ることにした。部屋探しの適切な方法もよくわからないまま不動産屋に行き、何

          初めての一人暮らし

          見届け人

           高橋哲郎は、今日もまた東北地方のとある森林に来ていた。哲郎の周囲にそびえたつ大木のせいで、夏の気配も感じさせる6月の強い日差しは、地表に到達することができない。森林の内部は冷たい空気で満たされ、その冷たさはどこか死を連想させた。ところどころに人が首をつって死ぬのに適切と思われる、適度な高さの木がある。このような状況が重なり、厭世観で心が充溢してしまった人々は、この場所を自分の最期の場所として選択するのだろう。  哲郎はこの森林の奥へ進んでいく。さっそく哲郎の前方の木の後ろ

          見届け人

          祖母のこと

           私の祖母は、正直に言ってあまり感じの良くない婆さんだった。典型的な嫁いびりに、無神経な言動。自己中心的な行動が目立ち、家族みんなからあまりよく思われていなかった。入院中も、病院側が家族の宿泊はできないと言っているのに対し、半ば強引に宿泊を許可させようと病院側に迫った。本当に病人なのかと母親は皮肉を言ったりしていた。  私が高校生だった時に、最後にお見舞いに行った日のことを鮮明に覚えている。もう何時亡くなってもおかしくないという状況の陥ったと母から聞かされ、一緒に病院に行った

          祖母のこと

          続 浦島太郎

           玉手箱が開封されたという報を受けたとき、乙姫はいつものように優雅に美酒と高級な料理をたしなんでいた。乙姫の前のテーブルには芳醇な香りを漂わせる日本酒と、その日にとれた新鮮な魚をふんだんに使った刺身や給仕はせわしなく乙姫の食事の世話を行っている。  「少しは期待していたんだけどね。やっぱり彼もただの地球人だったのね。」  乙姫は残念そうにつぶやいた。浦島太郎はこれまで乙姫が抱いていた地球人の固定観念をいい意味で裏切る地球人だった。地球に送り込んだ亀の使いが暴行を受けている際、

          続 浦島太郎

          幸せの尺度

           田中誠が憂鬱そうに時計を見ると、時刻は午後5時になろうかというところだった。あと定時まで1時間の辛抱だと誠は心に言い聞かせる。一方で誠のPCに表示されている、取引先への新製品のプレゼン資料は一向に仕上がる気配を見せない。期日内に仕上げないといけないことは彼は十分わかっているのだが、なぜか作業の手が止まってしまう。こんな状態に陥ると、彼はしょうがないか、と思い、隣の席に座っている入社3年目の後輩の山中正平に声をかける。 「山中君さ、ちょっと俺の来週までのプレゼン資料の作成手伝

          幸せの尺度

          究極の決断

           神奈川県のとある閑静な住宅街にそのコンビニはあった。当時、店内には子供連れの母親と一人の30代前半の男性がいた。いつも通りの平穏な平日の夜。ある一人の男の登場により、いつもの日常が一変する。その男は目出し帽をかぶり、そのコンビニに押し入っていった。 「おい、金を出せ。」  その強盗犯は店員に銃を突きつけ、金を要求した。店員はあまりの恐怖に言葉を失い、茫然としている。はやくしろ、と怒鳴る強盗犯を前に、震える手で店員はレジの金を出そうとした。しかし焦るあまり、店員はレジの金を床

          究極の決断

          私の心の中の猛獣

           私は夜しかこの家の外に出ることはない。この美しい世界で、昼間の人が多く出歩く時間帯に私が行動することなど、決して許されない。人々が寝静まった夜の、活動の波がおさまり凪のように変化に乏しい夜中の空気が僕は好きだ。日の当たらない人生を歩んできたと自負のある僕にとって、夜の空気は僕の体にぴったりとなじんだ。  毎日決まって歩く散歩道を、今日も歩く。多摩川沿いのこの道路は、大型トラックがたまに通るくらいで、人通りの少ない道だ。私の存在など夜の闇に溶けて、もはやこの世界のだれからも認

          私の心の中の猛獣

          私の犬

           竹永雄二は首に異常な重さを感じ、その朝は目覚めた。何気なく雄二が首に手をやると、その異変の原因が分かった。彼の首には首輪が取り付けられていたのだ。まるで飼い犬がそうされるように。数mほどある鎖を介してその首輪とベッドはつながれ、雄二はその鎖が届く範囲のみしか動けない状態になっていた。美奈子の悪ふざけだと思い、雄二の顔に思わず笑みがこぼれる。 「おい美奈子、なんだよこれ。」  台所で朝食の準備をしている美奈子に言う。 「なんだ、もう起きちゃったんだ。」  抑揚のない声で美奈子

          私の犬

          格別なコーヒーの味

           よく晴れた土曜日に、高島大樹は気分よく散歩をしている。体が浄化されるような5月下旬の風を体に受け、大樹は思わず両手を広げて静かに目を閉じる。平日の過酷な業務から解放される休日の朝が大樹は好きだった。住宅街の中に中途半端なサイズで作られた公園に植えられた木々の枝が揺れ、ゆさゆさと音を立てた。  こんな気持ちの良い休日には、温かい缶コーヒーでも飲もうと考えた大樹は、何気なくコンビニに入った。コンビニには実に様々な製品が販売されている。近頃のコンビニの製品の質は、明らかに向上して

          格別なコーヒーの味

          休日の散歩

          いつも歩いている道も、別の方向から歩くとまた違った道に見える。使い古された野暮な比喩だ。自分にとって不都合な出来事も、違った側面から見れば好都合な事象ととらえることができるのだと。物事は多分に多面的な側面を有しており、一面的に解釈するべきではないのだと。一昨日のやけ酒で脳の奥から湧き上がってくる頭痛も、動画配信サイトでだらだらと時間を浪費し終了していったせっかくの休日も、良き思い出として自分の中で消化できる日は果たしてくるのだろうか?あぁ、また暗い内面世界に入っていってしまっ

          休日の散歩

          試行錯誤の製品開発

          試行錯誤の末、これさえ食べていれば生活に必要な栄養素をすべて賄えるという完全食を岸本大吾は開発した。彼は興奮で震えている。これを販売開始すれば、飛ぶように売れるだろう。金におぼれていた岸本は、自分の未来を思い描くと、自然と笑みがこぼれた。 この製品の販売にあたり、広告もどんどんと作成した。これだけ食べれば一日分の栄養素が摂取できるのです。特殊技術を用い、人間に必要な成分を配合した夢の食事。このキャッチコピーに多くの人が興味をもち、岸本のもとに問い合わせの電話や取材が相次いだ

          試行錯誤の製品開発