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好きなものは最後に食べるタイプなんで

 私が教室に入って席につこうとすると、美咲が挨拶もなく話しかけてきた。
「今度は上履きがないんだけど。」
 クラスの男子からもかわいいと人気のあるその美しい顔が、梅雨の空のように暗く曇りがかっていた。近頃、美咲の所持品が消えてなくなるという現象が立て続けに起こっている。私が「自分でどっかにやっちゃったんじゃないの?」と言うと、美咲は「島田さんが怪しいと思うの。」と眉間にしわを寄せながら言った。島田さんと美咲は何となくそりが合わず、お互いが存在を無視した冷戦状態が続いていた。島田さんが美咲のことを、陰で悪く言っているといううわさもよく耳にする。
「こんな仕打ちを受けるなんて、私ちょっと黙っていられない。直接島田さんと話してくるわ。」
 少し気の強いところのある美咲は、島田さんが座っている席におもむろに近づく。私はもめごとになるのではないかと思い、その様子を後ろから見ている。
「島田さんさぁ、私の上履き知らないかなぁ?」
「上履き?何のこと?」
「私の下駄箱から、上履きが消えたんだけど、どこにある?」
「知らないわよ。」
「いや、絶対島田さんでしょ?」
「知らないよ。証拠でもあんの?」
 特に決定的な証拠もつかんでいない美咲は、とても悔しそうな表情を浮かべながら、観念して島田さんの席から離れていった。そして「なにあいつ。ハァー、マジでウザっ。」と言って席に着く。

 結局、その日は一日中美咲は体育館履きで過ごすことになった。下校の時に、「マジで島田むかつくわ。」と美咲は漏らした。
「嫌がらせされるなんて、何か恨まれることやったの?」
「いや、全く心当たりはないんだけどね。なんで島田さんはあそこまで私を目の敵にするんだろう。」
 美咲は不満げな表情を浮かべている。
「でも、こんな苦しい時も、由美子がこうやって話を聞いてくれてよかった。本当にいつもありがとうね。」
「いえいえ、こちらこそいつも一緒にいてくれてありがとうね。いつも私を楽しませてくれて、毎日楽しいよ。」
 私は目いっぱいの笑顔を美咲に投げかける。美咲も私の笑顔に応じるように、先ほどの暗い表情とは打って変わって楽しげに笑った。「本当に何でも話せる友達って大切だよね。」
 そうこう話しているうちに、いつもの交差点についた。ここで私たちは違う道を通ってそれぞれの自宅へ帰っていく。「じゃあ、またね。つらいだろうけど、明日も学校来てね。」と私が言うと、「もちろんだよ。由美子がいれば大丈夫。」と笑顔を見せながら美咲は言い、私たちは手を振って別れた。

 なんでも言える仲かぁ。私は一人で家までの道を歩きながらつぶやいた。なんとも聞き触りのいいフレーズだ。苦しみを共有できる友人を持てるなんて、なんて幸せなんだろう。私は別れ際の美咲の無邪気な笑顔を思い出す。また明日も早く会って話がしたいなぁ。またいろいろな話をしてね。ただね、美咲。何でも言える仲って言ったけど、私はまだあなたに言っていないことがあるんだ。

 上履きとか隠したの、私だよ。

 私はね、あんたのその美しい顔が、負の感情で醜く歪むさまを見るのが何よりの楽しみなんだ。いやぁー、今日も島田さんへの憎しみで、なんとも言えない汚い顔になってて、本当に愉快だったなぁ。ただ、確固たる証拠もないのに、島田さんのせいだと決めつけて本人に直接言い寄るのは、ちょっといただけないなぁ。そうやって、すぐ人を疑うのはよくないと思うよ。まぁ、ちょっと容姿がきれいだからって、周りの人間から甘やかされて育ったんだろうから、そういう礼節を持ち合わせずにこれまで来ちゃったんだよね。クラスで一番人気の神田君といい感じになっているのも、たまたまちょっと周りと比較して可愛いっていうだけだからね。まぁなんでもうまくいっちゃったら、ついつい調子に乗っちゃうよねぇ。

 あー、いつホントの言おうかなぁ?気の置けない友達、と思っていた人が、本当はいじめの主犯格だと知ったとき、人はどんな気持ちになるんだろう?私だったらちょっと耐えられないなぁ。もう人のことなんて、信じられなくなっちゃうよねぇ。ただ、もうちょっと細かいいたずらを何個かやってから、発表することにしようっと。やっぱり最高の楽しみは最後に取っておきたいしね。私、好きなものは最後に食べるタイプなんで。

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