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究極の決断

 神奈川県のとある閑静な住宅街にそのコンビニはあった。当時、店内には子供連れの母親と一人の30代前半の男性がいた。いつも通りの平穏な平日の夜。ある一人の男の登場により、いつもの日常が一変する。その男は目出し帽をかぶり、そのコンビニに押し入っていった。
「おい、金を出せ。」
 その強盗犯は店員に銃を突きつけ、金を要求した。店員はあまりの恐怖に言葉を失い、茫然としている。はやくしろ、と怒鳴る強盗犯を前に、震える手で店員はレジの金を出そうとした。しかし焦るあまり、店員はレジの金を床にぶちまけてしまう。
「馬鹿野郎、殺されたいのか!」
 強盗犯は怒鳴る。その様子を見ていた小学校低学年と思われる少年が、恐怖のあまり大声で泣き始め、店内中にその声が響き渡った。うるせぇな、そのガキどうにかしろ!と強盗犯はわめき散らした。皮肉なことに、その怒声を聞いてさらに少年は大声で泣きだした。彼の母親が、大丈夫だから、泣かないで、と必死になだめる。
「おい、そこの男!」
 コンビニの店内に居合わせた男性客に対し、犯人は呼び掛ける。
「その親子がうるせぇから、これを使って殺しとけ!」
 強盗犯は、持っていたナイフをその男性客に投げて渡す。床に落ちたナイフは、キーンと高い音を立てた。急な展開に、その男性客は戸惑いを隠せない。おもむろに、その男性客は床に落ちたナイフを拾い上げる。ナイフの刃が光を反射し、不気味に光った。
「早く殺せよ、さもないとお前を殺す。」
 強盗犯は銃口をその男性に向けた。その男性客は、咄嗟に究極の判断を迫られ、どうすることもできないでいる。殺人など、これまでの人生で彼は一度も考えたことがなかった。他人の命を奪ってまで自分が生きる意味はあるのか?彼は答えを出せないでいる。自分は特に守るべき者もいない独身男性で、死んだとしても悲しんでくれる者はわずかなように感じた。そんな自分が、この親子を殺してまで生きる意味とは?彼は自問自答した。
「タラタラしていないで、早く始末しろ!」
 強盗犯の度重なる怒声と銃口を向けて迫ってくる様を見て、完全に理性を失った男性客は意味不明な叫び声をあげながら、そのナイフでまず母親の首を切り裂き、その後少年の首も切り裂いた。噴水のように、彼らの首から血が噴き出し、あたりは血の海と化した。
強盗犯の下品な笑い声が、店内に響き渡る。
「お前、本当に殺しちまったんだな。」
 強盗犯は楽しさを隠しきれない。
「お前は未来がある母親や少年の命を奪ったんだよ。お前みたいな、さえない人間がよ。お前こそが死ぬべきだったんじゃねえの?」
 男性客は痙攣を起こし、その場に倒れこんだ。口からは泡が噴き出し、体は小刻みに震えている。
「警察だ、手を上げろ!」
 店員の通報を受けた警察がコンビニの中に突入してきた。その後は一瞬の出来事だった。数十人の警官が犯人を包囲すると、もう逃げ場はないと悟った強盗犯は観念し、あっけなく逮捕された。親子を殺害した男性客もその後保護された。防犯カメラの映像から彼の潔白は証明され、簡単な取り調べの後、釈放された。
 自分は死ねばよかったのか?自分のようなのうのうと生きている人間は、あのとき素直に殺されているべきだったのか?罪悪感で生きる希望が見いだせずにいたその男は、今日もナイフを見つめながらそんなことをずっと考えている。ナイフはあの時のように、不気味な輝きを放っていた。

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