艶感のある白Tシャツ

 田中渉は、今日手に入れたさまざまな服を眺めると満足そうに笑った。艶感のある白Tシャツに黒のオープンカラーシャツ。ネイビーのポロシャツにグレーの9分丈のスラックス。大学に来ていく服のレパートリーがまた増えた。数少ない友人から、なんかおしゃれになったね、と最近言われるようになってきている。また友人たちから褒められたくて、渉は大学に行くのが待ち遠しくてたまらない。
 彼の中で「試合」と呼ぶ、この一種のゲームを敢行する時のスリルが彼は忘れられない。平凡で刺激のない生活を送る渉には、あの時の胸の高鳴りは自分が生きていることをありありと実感させてくれる。そして、法という絶対的ルールを破ったときの、自分が社会の一般的な枠組みの中から逸脱する感覚。超えてはいけない一線を軽々と越えてしまう全能感。法という人々に繋がれた鎖から彼は自由になり、どこまでも遠く飛び立てる気がした。こうした感覚が渉を「試合」へとかき立てる。
 「試合」中の彼の感覚は研ぎ澄まされている。五感を最大限に活用することで、自分の置かれている状況を適切に把握する。防犯カメラの位置、店員の視線、そして客の関心。いずれも自分には向けられていないと判断した時、渉は狙った商品を素早くトートバッグに入れて、何食わぬ顔でその場を立ち去る。
 それはただの万引きなのではないかと多くの人は思うだろう。しかし、彼にとってはただの万引きではない。その「試合」は彼にとって自分の存在をかけた、一種のゲームなのだ。何も社会に対して働きかけることもできず、集団の中で存在感を示すことができない彼が唯一可能な、いわば社会に対しての勝負なのだ。
 彼は先ほどからずっと戦利品を見ながら、その「試合」の余韻に浸っている。また明日にでも「試合」に出かけよう。その黒くくすみきった渉の胸の内とは対照的な、艶感のある白Tシャツを軽く撫でると彼は小さく微笑んだ。

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