可愛いの概念が分からない

 困ったことになった。僕は可愛いの概念が分からない。
 僕にはすでに2年ほど付き合った彼女がいる。付き合いたての頃はお互いに社会人になりたてで、いろいろと戸惑いも多かったが、二人で支えあいながら互いに支えあいながら乗り越えていった。しかし、それなりに一緒に時を過ごした今となっても、彼女が可愛いと感じるものが分からない。
 最近、某タレントが飼育しているハムスターがテレビに映ったとき、彼女は可愛いといった。これについては僕にもその可愛さは理解できる。ふわふわと柔らかい毛を身にまとい、愛嬌に満ちた目を潤わせながら、愛らしい尻尾をふってせわしなく動くさまは、なんともいとおしく、可愛い。またあるとき、彼女は彼女の姉から定期的に家族に共有される、今年で2歳になる姪の動画を見ながら可愛いといった。これも理解できる。見るものすべてが新鮮に映る彼女は、何から何まで手を伸ばし、触れる。そしてその新たな世界との出会いに対し、毎回喜びや恐怖などの心に感じたことを表情豊かに表す。その様子はなんともかわいらしい。
 しかし、付け合わせの焦げたブロッコリー、ヒトの瞳が大きく描かれたマグカップ、胸のあたりにデカデカとguiltyと白文字で描かれた黒のパーカー。これらはどうだろうか?彼女はこれらを見て、普段の声の高さから2オクターブほど高い声で可愛いと発しながら、私をまじまじと見つめ同意を求めてくる。その様子を見て、僕は何となくこれ可愛いね、といって何となく同調しなんとかその場を取り繕う。この彼女の感性が僕には理解できないのだ。これらのものの共通点を探そうと僕は躍起になるも、結局その答えは見つけられずにいる。
「なんか可愛いもの買ってほしいな。」
 彼女は自分の誕生日が1か月後に迫ろうとする時期に、何の気なしにこう言った。あまりにも抽象度の高い注文に、僕は適切な選択肢すら提示できずにいた。こうなったら、ちょっと奮発していいものを買ってくるしかないだろう。結局彼女は普段接している所持品より高級のものを与えれば、喜ぶに違いない。
「今、高いもの買い与えておけばどうせ満足するだろうと思ったでしょ?そういうことではないからね。」
 完全に僕の考えが見透かされていた。僕は「そんなことするわけないでしょ。」と言い返したが、その言葉には力がなく、あまりに頼りない響きがした。長い付き合いなんだから、わかるでしょ、と彼女は念を押し、痛みすら感じるほどの圧力を僕は感じる。
 ベタにアクセサリー類がいいか。僕は一旦アクセサリー類にターゲットを絞り、検討することにした。スマートフォンで20代女性に人気のアクセサリーを調べてみる。しかし、人気があるものとそうでないものの違いが判らない。彼女は比較的シンプルなデザインが好みだと認識している。無駄な装飾がそぎ落とされたデザインの中で、彼女の思う可愛いの要素を見出すことができない。
 スマートフォンの画面を見ながら、僕は途方に暮れた。

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