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続 浦島太郎

 玉手箱が開封されたという報を受けたとき、乙姫はいつものように優雅に美酒と高級な料理をたしなんでいた。乙姫の前のテーブルには芳醇な香りを漂わせる日本酒と、その日にとれた新鮮な魚をふんだんに使った刺身や給仕はせわしなく乙姫の食事の世話を行っている。
 「少しは期待していたんだけどね。やっぱり彼もただの地球人だったのね。」
 乙姫は残念そうにつぶやいた。浦島太郎はこれまで乙姫が抱いていた地球人の固定観念をいい意味で裏切る地球人だった。地球に送り込んだ亀の使いが暴行を受けている際、これまでの地球人では確認されなかった慈悲の心をもって彼は亀の使いを救出したのだ。地球人は、他の生物に対し暴行を加えることで優越感に浸る野蛮な人間たちだけではないことが、この一件で証明された。しかし、やはり地球人たちを完全に信用することは危険であるという竜宮城の人間たちの懸念は的中してしまった。地球人たちは、自分自身の尺度をもって善悪を判断することができない。彼らの行動基準は、必ずと言っていいほど他人の目、評価が付きまとう。今回の玉手箱の件のように、他人の目が触れることのない状況下では、人はいとも簡単に大切な約束を破る。結局亀の使いを救出したのも、浦島太郎は自分の行いを他者から称賛されたかったのに過ぎなかったのだろう。竜宮城に住む人々は、なぜ地球人が他者からの評価というあまりにもうつろいやすい脆弱な尺度でもって自分たちの行動を決めてしまうのか理解ができなかった。もし彼が乙姫との約束を果たし、玉手箱を開封することがなければ、今頃彼は竜宮城に再度招聘され、一生もてなしを受ける身分を獲得することができたというのに。
 玉手箱を開いてしまった浦島太郎は、竜宮城の人々の信頼を失うとともに、その罰として時間という代替の利かない資産を失うことになった。失った時間はあまりにも大きく、彼が生きることのできる時間は残りわずかだ。浦島太郎には、これまでの自分の行動を内省し、残りの人生ではまっとうに生きてほしいと乙姫は祈るのだった。

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