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【旅行記8】C104御礼&愛媛大分周遊旅行


0. C104御礼

先日8/12(月祝)に東京ビッグサイトにて開催された,コミックマーケット104(以下,C104)でお会いした皆様,初めまして.とらんすです.この度はC104へご来場いただきありがとうございました.初のサークル出展だったので緊張しておりましたが,結果的には会場に持ち込んだ34冊すべて完売という素晴らしい結果に終わりました.これもひとえにご来場いただいた皆様のおかげです.本当にありがとうございました.

コミケへの出展は実はかねてからの「悲願」でした.当初は2023年夏のコミケ参戦を目論んでいましたが,予定があり行けず.コミケ初参戦は2024年の冬のコミケでした.この時は偵察目的で一般参加で行きましたが,朝の8時から並び始めて,ずっと待たされるのがしんどかった思い出があります.中に入り,私の狙っていた鉄道・旅行系の同人誌のエリアに行くと,そこはまるでユートピアのようでした.気になる本がいくつもあり,どれを買おうかと品定めをするのもよし,出展者と趣味トークで盛り上がるもよし,色々な楽しみ方があると感じました.その時出会った同人誌は想像よりも簡素な作りで,「もしかしたら自分でも作れるかも」なんて思いながら東京ビッグサイトを後にし,帰省先の高知行きの飛行機に飛び乗った思い出があります.

そして2024年2月.今回のC104のサークル申込締切が迫るなか,サークルカットをどうするか思い悩んでいたところ,結構グルメな方だと自負している私らしい同人誌をと思い,今回の「たび×めし」を思いつきました.コンセプトは「うまいたびには、うまいめしが必要だ。」.あくまで「たび」ありきの「めし」というところに主眼を置いて,旅行の中でどのようにご飯と出会い,どのような旅を送ったのか,というところを楽しんで貰えたらと思い,執筆を決意しました.サークルカットに掲載していた「四川雲南越南旅行記」は執筆が間に合わなかったですが,何らかの機会で披露したいです.

2024年6月.いよいよ「たび×めし」の執筆を始めます.当初は日本各地バラバラに紹介する予定でしたが,ざっくり50ページ弱の本にしたいという構想があったのと,東から順にネタを考えてみると東日本だけでも結構ネタがあることに気がついたため,今回は東日本編と題して関東甲信越以東の話題を掲載することにしました.フルカラー本で原価が高いので,高い売値でも満足してもらえるような誌面作りをと思い,文字は少し小さめの8ptに設定し,なるべく情報量を詰めるだけ詰め込むように意識しながら制作しました.そのおかげで,文字が小さいという苦情もいただきましたが,そこは一つの「こだわり」だと捉えていただいてお許しください.

そして2024年7月末に原稿完成.8月5日に納品しました.箱を開けて自分の作った本が山積みになっているところをみると,嬉しさが込み上げてきました.早く多くの人に読んでほしいという思いでいっぱいでした.

当日の設営のようす

ようやく迎えたコミケ当日.リュック1つに36冊もの本を詰め込んで,当初売り子として呼んでいたが結果的にクリアファイルを売ることになった友人ヤマリクと合流し,設営作業をしました.何もかも初めてなことばかりで,売れ残った本と戦利品を入れる用にレターパックを準備したり,100円のお釣りが大量にいるだろうと思い100円玉を135枚持って行ったりと,十分すぎるくらいに準備して臨みました.10時30分に開場すると,アーリー入場の人が次々と会場に流れ込んできましたが,私のブースには目もくれず,一目散に壁際のサークル(壁サー)に流れて行きました.午前入場が始まる11時以降も特に鳴かず飛ばずで,12時ごろまでは売れても3冊程度でした.どうせ売れても10冊くらいだろうと諦めていましたが,12時以降がすごかったです.ブースの前を通りがかる人に次々声をかけていると,興味を持って止まってくれる人,見本を手に取ってくれる人,そして最終的に買ってくれる人に次々と巡り会いました.そんな調子で最終的には50人くらいの人が私のブースの前で足を止めてくれたのではないでしょうか.持ち込んだ本は全て完売.レターパックは戦利品を5冊程度入れるだけに過ぎず,荷物はものすごく軽くなっていました.

というわけで大成功に終わった今回のコミケ.次回の冬コミにも出展する予定ですが,冬はおそらく「たび×めし」は封印します.また新たな本で挑戦しようと思いますので,続報をお待ちください…


1. 帰省

というわけでいつもの旅行記のスタイルに戻る.文体も書き慣れていない「です・ます」調から「だ・である」調に戻り,ここではコミケ後の旅行について綴っていく.

私のお盆休みは8/10〜18の9連休だった.コミケはその中で3日目にあたり,あと6日もの長い休みが残されていたのである.それなのに何もせず無為に過ごすのは勿体無いだろうと思い,まずは親の顔を見に高知に帰ることに.たまたまANAのANAキュンで減額マイルセールがあり,そこで確保していた8月13日の朝イチの便に搭乗し,地元高知へ帰る.

第2ターミナル47番搭乗口.田舎だとこのように島流し(サテライト)の憂き目に遭うことが多い.これでも人口60万強はいるんだからもう少し優遇してくれてもいいんじゃないかと若干キレながらも,少々早めにサテライトに移動し,飛行機に搭乗.

機窓から眺める富士山

お盆休みの繁忙期だというのに,たまたま窓側席が予約できたのが唯一の救いだった.この日はよく晴れていて,すっかり雪が溶けて夏模様になった富士山が顔を出してくれる.

着陸直前.物部川河口付近.

静岡上空を通過し,伊勢湾から太平洋へ出て,白浜をかすめ,四国の東側の海岸線を通って高知空港に着陸した.高知空港からは空港連絡バスで知寄町へ出て,知寄町から路面電車に乗って地元の街へ向かった.私のような高知市西部民からすると,900円もの高い運賃を払って高知駅に出て電車に乗り換えるよりも,800円払って知寄町で降りて,同じ200円の運賃で路面電車に乗った方が安上がりなのだ.

この日の晩は親と飲んで,実家にて宿泊.


2. 脱藩への道程

《8/14(水) 旅程》
実家最寄駅→佐川6:37 JR土讃線
佐川駅6:45→名野川7:19 黒岩観光
名野川7:22→高瀬口7:29 仁淀川町町民バス
高瀬口から岩川まで徒歩55分
岩川8:57→落合9:04 久万高原町町営バス
落合9:10→久万高原9:38 久万高原町町営バス
久万高原10:30→大街道11:31 ジェイアール四国バス
【観光 道後温泉】
松山15:46→伊予大洲16:57 JR予讃線
伊予大洲17:05→八幡浜17:17 JR予讃線特急宇和海21号
八幡浜港18:45→臼杵港21:10 九四オレンジフェリー
臼杵21:34→津久見21:44 JR日豊本線
ビジネスホテル久月 泊

翌朝.4時起床.5時半には実家を出るのがいつもの帰省の流れである.親の元気な顔は見れたし,近況報告はできたし,もうこれ以上地元・高知にいる理由は全くない.だから始発で実家を離れるのがもはや通例と化している.

佐川駅にて

駅から汽車(高知県民は路面電車を「電車」,JRを「汽車」と呼ぶ)に乗って西へ進み,佐川駅で下車.佐川は昨年春に放送された朝ドラ「らんまん」の主人公・牧野富太郎のふるさとである.駅は朝ドラきっかけで内装がリニューアルされており,すっかり観光地のようになっていた.

佐川駅にて停車中の黒岩観光・川渡行

佐川駅からは黒岩観光のバスに乗り換える.この日の最初のゴールは松山市内.高知から松山に出るには,高速バスやJR特急がメジャーな手段だが,実は路線バスを乗り継いで行くこともできる.しかし,全て完璧に乗り継げるのは月・木のお昼の時間帯のみ.この日は火曜日の朝だった.それでも,バスが繋がらない高瀬口から岩川まで歩いても1時間弱と,十分歩ける距離である.そこで,途中徒歩で連絡しながらバスを乗り継いで松山へ向かう脱藩の旅に出ることにした.

名野川バス停.ここから高瀬口行きに連絡.

終点・川渡の少し手前,名野川バス停にてバスを降りると,すぐ後ろに仁淀川町の高瀬口行きバスが停車していた.すぐに乗り込んで,終点の高瀬口に向かう.

高瀬口バス停

高瀬口までは約7分の短い旅だった.高瀬口にてバスを降りる際,運転手に「どこに行くの」と聞かれ,「松山方面へ歩きます」と言うと驚かれた(そりゃそう).少々心配されながらもバスを後にした.

バス停の目の前に架かる赤い橋

バス停の目の前では真紅の橋が朝日に照らされて輝いていた.ここから愛媛県側の最初のバス停・岩川バス停まで55分の徒歩移動が始まる.

仁淀川沿いに進む

国道33号線を西へ進んでいく.高知と松山を結ぶ幹線道路だけあって,車の往来は激しい上に,田舎なので結構飛ばす車が多い.それなのに十分な広さの歩道もないため,恐る恐る道路の端を歩いていた.20分強歩くと,途中からバイパスと旧道が分岐し,岩川バス停がある旧道のほうへ進むと交通量は激減した.道路の真ん中をのんびり歩きながら,県境へと歩みを進めた.

県境付近にある看板

旧道を進んでいると,「ぜひまた高知へ」と書かれた看板が現れた.まもなく県境なのだろうか.バイパス開通でこの看板があまり目につかなくなってしまったのが惜しいところ.

県境

そして脱藩の旅はいよいよ県境に差し掛かる.先ほどの看板から5分ほど歩いたところに県境はあった.ここからゴールの岩川バス停まではあと少し.

岩川バス停

そのゴールは突如現れた.民家も何もない道を進んでいくと,左手に現れたバス停.そこが目指していた岩川バス停であった.当初55分かかる予定が,45分で歩き切ったため,バスが来るまで少し待つことに.

バスが到着

バスは写真右奥の細い坂道を下ってこちらにやってきた.バスというよりマイクロバスだ.

落出バス停で乗り継ぎ

7分ほど乗車して落出でバスを降りて,ここから久万高原行きのバスに乗り継ぐ.久万高原行きのバスは少々大きなサイズ.落出から久万高原までの区間はかつてジェイアール四国バスが運営していたのだが,現在は久万高原町に運営主体が引き継がれている.

久万高原バス停

落出から30分ほど走行し,久万高原町の中心となる久万高原バス停に到着.ここからいよいよ松山行きのバスに乗り継ぐのだが,乗り継ぎに50分ほど時間があったので,バス停の近くに松山生協のスーパーがあったので,朝ごはんを買い込み,バスの待合室で食べることにした.

ジェイアール四国バスで松山へ

いよいよ松山行きのバスが到着.お客さんもそこそこいて,県庁所在地・松山への需要の高さが窺える.このバスの終点はJR松山駅だが,その道中では四国随一の繁華街・大街道や,松山市内のターミナル駅・松山市駅を経由する.

バスは国道33号線を北に進んで行く.途中,三坂峠で峠越えし,松山市内まで一気に山を駆け下っていく.市内に入ると幅広な3車線路に様変わりし,松山の中心地へと入っていく.


3. のんびり松山旅

大街道電停にて

こうして高知から路線バスを乗り継いで松山にやってきた私は,大街道の電停から路面電車に乗って,工事が終わったばかりの道後温泉本館に向かうことにした.道後温泉本館は2019年から5年にも渡る工事をしており,この度ようやく工事が終わって綺麗になったということで,早速見にいくことにした.

道後温泉電停にて

路面電車は終点となる道後温泉電停に到着.ここから商店街を突っ切って道後温泉へ向かう.

道後商店街の様子

この日はお盆真っ只中.道後温泉への道のりにも多くの観光客の姿が見られた.ちょうどお昼時だったこともあり,写真左の鯛めし屋には長い列ができていた.

道後温泉本館

そしてついに本館の姿が見えてきた.日本最古の温泉街と言われる道後温泉のシンボルである.早速入浴券を買って本館の中に入り,入浴.お盆ということもあり人は多かったが,硫黄がほのかに香る透明な硫黄泉で,入り心地は良かった.

坊っちゃん団子でひと休み

道後温泉の湯上がりは名物の坊っちゃん団子に限る.商店街にはいくつか坊っちゃん団子を取り扱う店があるが,私は「坊っちゃん団子冷えてます」ののぼりに目を奪われ,本館から少し離れたお店で坊っちゃん団子を食べることに.緑・白・茶色の独特な色味をした3色団子で,のぼりに書いてあった通り冷えていて美味しかった.

道後温泉駅の目の前を横切る古めかしいバス

道後温泉で温泉と坊っちゃん団子を楽しんだあとは,少し遅めの昼食をとることに.お目当てだったので松山名物・鯛めし.鯛めしには,炊き込みご飯風の松山鯛めしと,鯛の刺身を乗せた宇和島鯛めしの2種類がある.鯛に火が通っているか通っていないかが大きな違いだが,松山市内ではどちらの鯛めしも食べることができる.

ん…鯛めしの話はいずこ?

というわけで大街道に戻り,松山城のロープウェー乗り場に向かって伸びる松山ロープウェー商店街を歩いていると,どうしても気になる新宮茶のソフトクリームの文字.新宮茶とは,愛媛県最東部・四国中央市の山奥で生産されるお茶のことで(立地的には松山より高知の方が出やすいのだが),私も以前から新宮はお茶の名産地と知っていた.そのお店の抹茶ソフトがどうしても気になって,昼食前につい買ってしまった.優しいお茶の味を感じるソフトクリームで,甘いものがそこまで得意ではない私でもペロリと完食.

宇和島鯛めし

話を鯛めしに戻そう.ソフトクリームを食べたあと,松山ロープウェー商店街を右往左往しながら鯛めしやを物色していた.どのお店も2.000円くらいが相場で,松山市内だというのに,松山鯛めしを出すお店より,刺身を乗っけた宇和島鯛めしを出す店の方が多いようだ.せっかく松山に来たなら松山風を…と食指が動くものの,松山風を出していたお店は食指が止まるほどの長い列を成していた.じゃあ松山風を諦め宇和島風をと思い店を探していると,なんと1,000円以内で鯛めしを食べられる店を発見した.鯛の刺身を取り出して,卵の黄身をつけて,再びどんぶりの上に戻してから,熱々の出汁をたっぷりかけていただく鯛めし.じゃこ天・じゃこカツとのセットで1,500円くらいだったが,大変美味しくいただくことができた.

大街道商店街の入口

鯛めしのあとは大街道商店街から銀天街を抜け,松山市駅まで移動した.

坊っちゃん列車ミュージアムの入口

松山市駅のほど近くには,伊予鉄の蒸気機関車「坊っちゃん列車」を展示する坊っちゃん列車ミュージアムがある.入館無料の小さなミュージアムだが,そこに入るにはスタバの店内を通りぬける必要があり,少々気まずい.

坊っちゃん列車ミュージアム内部

中に入ると,目の前にあったのが伊予鉄道1号機関車.日本初の軽便鉄道として開業した伊予鉄の歴史を伝える機関車である.ミュージアムの中には,伊予鉄の年表や路線図,車両銘板,さらには社長自ら作曲した出発メロディの楽譜まで展示してあった.15分ほど時間を潰し,松山市駅を後にすることに.

JR松山駅

そしてたどり着いたのがJR松山駅.JR松山駅と松山市駅は少々距離があり,歩いて25分程度かかる.松山市駅が松山市内の一大ターミナルなのに対し,JR松山駅は松山市外の利用者が多い,市外行きのターミナルとして発展している.しかし,街の中心からは少々離れているので,駅前は少し寂しい印象がある.そんな松山駅だが,現在高架化工事が進捗中で,9/29(日)から新駅舎での営業をスタートする.そんなわけで,現在の三角屋根が特徴的な松山駅はもうすぐ見納めということになる.そこで今回は現在の松山駅の見納めを兼ねて訪問することにした.

現在の松山駅の隣に建設された新・松山駅

現在の松山駅は2面3線の地上ホームで,県の中心駅というには簡素な構造になっている.一方,隣の新駅舎は,2面4線のホームを備えている.

工事が進む新駅舎

新駅舎が建っているエリアは,かつて松山運転所があり,車両基地となっていた.しかし車両基地は2020年に移転し,空いた土地に新・松山駅が建設された.車両基地があった駅西側は今の駅舎のちょうど裏手にあたり,まだ都市化が進んでおらず,見に行った時にはだだっ広い平地が広がっていた.四国最大の人口を抱える松山の新たな玄関口として,今後の西側の発展にも期待したい.

新駅舎の様子.セブンイレブンらしき店舗が見える.
現駅舎の改札の様子

駅の東側へ戻り,改札口の様子を撮影.松山駅は長らく有人の改札だったのだが,新駅舎開業に伴い,自動改札機が備えられる予定だ.改札口に列を成して,駅員にきっぷを切ってもらう光景もまもなく見納めとなる.

新駅舎の駅名標をチラ見

改札を抜けて,跨線橋から新駅舎を眺めてみる.よくみると駅名標のデザインが変わっているようだ.JR四国では長らく白地の駅名標が使われてきたのだが,新駅の駅名標は黒地のもよう.スタイリッシュで個人的には好みかも.

松山駅名物・縦列停車

そして松山駅といえば名物の縦列停車である.先述の通り,松山駅は2面3線の簡素な作りがゆえに,ホームの数が不足している.そこで苦渋の策として長年使われてきたのが,岡山・高松方面へ向かう特急しおかぜ・いしづち号と,宇和島方面へ向かう特急宇和海号の縦列停車である.行先の違う2つの特急列車が顔を向かい合わせるかのように停車する光景は,日本でもここだけの名物である.そんな縦列停車も,実は新駅舎の開業をもって見られなくなる.理由は単純で,ホームが1本増えるからである.こうして数多くの鉄道ファンを楽しませてくれた縦列停車.最後の機会にぜひ見に行ってみては.

特急しおかぜ・いしづち号からの乗り換え客も多い

岡山・高松方面から宇和島方面へ乗り換えるには,長い1番乗り場をまっすぐ進んで乗り換える必要があり,乗り換えの手間がかかる.この日はお盆ということもあってか,特急しおかぜ・いしづち号からまっすぐ特急宇和海号に乗り換えるお客さんも多く見られた.


4. 四国から九州へ

新駅舎を横目に入線するキハ32形

そしていよいよ松山を後にする.入線してきたのはキハ32形.1両での運転だったのだが,お盆ということもありホームには大行列ができていた.もちろん座れることもなく,長椅子の間の通路に立ったまま伊予市駅まで向かった.

この列車は伊予市駅から予讃線新線・内子線経由で伊予大洲駅まで運転される列車だった.近年観光客が増えている下灘駅を経由しない便だったのだが,伊予市駅で下灘駅を経由する八幡浜行きに乗り換えが可能である.それもあってか,伊予市駅ではほとんどの人が向かいに停車中の八幡浜行きに乗り換えてしまい,車内はガラガラになっていた.

伊予大洲駅に入線する特急宇和海21号

線形の良い予讃線新線をかっ飛ばし,伊予大洲駅からは特急宇和海に乗り換え.1駅分だけ乗って八幡浜駅へ向かう.

振り子装置を備えるN2000系

特急宇和海号に使用されるN2000系は制御振り子を備えており,カーブに合わせて車体が傾く構造となっている.カーブに合わせて右に左に振られながら高速走行し,あっという間に八幡浜駅に到着した.

八幡浜駅

内陸部にある伊予大洲駅と違って,八幡浜駅は沿岸部にある.歩いて20分ほどの場所に港があり,そこから九州行きのフェリーが出ている.この日の私の目的地は大分県の津久見市.なぜ津久見なのかという答え合わせは一旦置いておこう.

八幡浜フェリーターミナル

20分ほど歩いて八幡浜港に到着した.フェリーターミナルはかなり新しく,調べてみると2年前に開業したばかりとのこと.フェリーまではまだ1時間ほど時間があったのでここで腹ごしらえをすることに.

三和食堂のちゃんぽんセット

訪れたのは港のすぐ近くにあるビジネスホテルに併設された三和食堂.八幡浜といえばちゃんぽんが名物なのだが,こちらのお店のちゃんぽんは鶏ガラのスープにあっさり塩味が効いていて美味しかった.からあげとおにぎりのセットで注文したのだが,ボリューム満点で大満足のセットだった.

すずめの戸締まりにまつわるセット

ちゃんぽんを食べたのちにフェリーターミナルに戻る.八幡浜は新海誠のアニメ映画・すずめの戸締まりの舞台のうちの1つ.フェリーターミナルの中には,作中で出てくる扉と,三本脚の椅子が飾られていた.

九四オレンジフェリー・おれんじ九州

そして船の乗船時間がやってきた.今回乗船するのは九四オレンジフェリーのおれんじ九州.八幡浜港には宇和島運輸と九四オレンジフェリーの2つの会社のフェリーが就航しており,大分県の臼杵と別府を結んでいる.今回乗船する船は臼杵港行きである.

八幡浜港を出港

そして定刻通りに八幡浜港を出港.時刻はすでに18:45だった.船内の雑魚寝席に陣取って,のんびりと外を眺めていたが,4時半起きで高知からはるばるやってきた疲れからか,いつの間にかぐっすり寝てしまっていた.

大分・臼杵の町あかり

気づいた頃にはすっかり夜になっていた.向こうに見える町の灯りは大分県の臼杵だろうか.いよいよ九州が目前に見えてきた.

大分県・臼杵に到着

そして船は大分県・臼杵港に到着.四国から九州まで船で渡ってきた.臼杵港からは暗い夜道を歩いて進み,10分ほどすると臼杵駅に到着.この日の目的地・津久見までは臼杵駅から電車で1駅である.

臼杵駅から佐伯行きに乗車

臼杵駅に入り,佐伯行きの列車に乗車.四国から船で渡ってきたので,JR九州の赤い車体が新鮮に映る.八幡浜は気動車しか走っていなかったが,臼杵にはちゃんと電車が走っている.

津久見駅に到着

そして電車は1つ隣の津久見駅に到着.1つ隣とはいっても,電車で10分ほどかかっている.ここから宿までは歩いて10分ほど.もう一息.

宿の様子

この日のお宿に到着.直前に予約した割には安く取れてよかった.少々古い感じもしたのだが,寝るだけなら全く問題のない部屋だった.ここで1泊し,翌朝,いよいよ憧れの場所へと足を踏み入れることになる

5. 保戸島の朝

《8/15(木) 旅程》
津久見港6:45→保戸島港7:10
【観光 保戸島】
保戸島港9:40→津久見港10:05
【津久見で昼食】
津久見12:05→暘谷13:45 JR日豊本線
松屋寺入口13:54→杵築城入口14:17 大分バス
【観光 杵築城下町】
杵築バスターミナル18:20→武蔵19:00 大分バス
【観光 むさしの里夏の夜まつり】
宿まで徒歩40分
アネックス空港Ⅰ 泊

津久見港に停泊するマリンスター

翌朝.宿を出て途中ローソンで朝食を買い,津久見港にやってきた.この日はよく晴れていて,気持ちの良い日和だった.

私が津久見を目指していた理由,それは保戸島への訪問だった.保戸島は津久見市から船で25分くらい進んだところにある離島で,山の斜面に所狭しと住宅が建ち並ぶ様子から,「日本のナポリ」とも称される島である.そんな保戸島にはかつて訪問しようと企てたことがあったのだが,まだコロナ禍が落ち着いておらず,島のカフェや飲食店に電話しても,観光客の来島を断っているとのことで,行けずじまいになっていた.そこで今回のお盆休みの機会を利用し,帰省ついでに九州へ渡り,保戸島を訪問しようと決意したのである.

保戸島へ渡る船は1日4〜5往復運行されているが,夏の暑い時期だったこともあり朝イチの便に乗ろうと計画した.そこで,津久見で宿泊することで,朝イチの船に乗って,保戸島を散策することにした.

マリンスターに乗船

港にある事務所で乗船券を買い,マリンスターという船に乗り込み,いよいよ津久見港を出港.

セメント工場の光景

津久見ではセメント産業が発達しており,船からはセメント工場を望むことができる.

保戸島に到着

そして船は保戸島に到着.朝だというのに利用者は思いの外多かった印象だ.

島に上陸

保戸島の港を降りると,盆踊りの舞台と提灯が飾られていた.島で盆踊り大会でもあるのだろうか.そして目の前に現れたのは斜面に建ち並ぶ家々.これこそが私の求めていた保戸島の風景である.

路地を進む

港から左に折れて細い路地を進んでいく.島の移動手段としては車はあまり使われておらず,徒歩や自転車が中心になっている.

路地を抜けた先に現れた猫
突如3階建ての住居が建ち並ぶ

そんな路地を先を抜けると,突如目の前に現れたのは,3階建ての住居が隙間なく建ち並ぶ光景.さっきまで島の路地の雰囲気を楽しんでいたところだったが,急に地方都市に飛ばされたかのような幻覚を覚える.

島唯一のトンネル

そんな地区の先には,島で唯一のトンネルがある.トンネルの上は切り立った断崖絶壁となっている.

ロープづたいに山道を進む

そんな断崖絶壁の上には神社があり,そこまで登ってみることにしたが,道中は荒れた山道だった.ロープを頼りに山道を進んでいく.

石鎚神社

そしてたどり着いたのが石鎚神社.鳥居の先はご覧のように切り立った崖になっており,一応この先も道は続いていたものの,本格的なロッククライミングコースに様変わりしていた.流石に体力に自信もなく,登れるとこまで登って引き返すことにした.

神社から見た風景

断崖絶壁に鎮座する神社からの眺めは最高だった.手前には先ほど通ってきた3階建て住宅群,奥にはもう1つ島が見えるが,そこは九州本土.保戸島と九州本土はわずか150mほどしか離れていない.

港周辺を見下ろす

神社から山を降りて,再び港のほうに帰ってきた.少し高台から港周辺を見下ろす.漁業を生業とする保戸島らしい風景だ.

加茂神社から街を見下ろす

そんな漁師町には高台に神社があることが多い.保戸島も例外ではなく,港から登ったところに加茂神社が鎮座している.高台の鳥居と港の風景は漁師町ならでは,離島ならではの光景だ.

細い階段が張り巡らされた住宅街

神社にお参りした後は,いよいよ保戸島観光のメインディッシュ・街歩きをスタートする.保戸島といえば,高低差のある斜面上に張り巡らされた路地と階段が有名.神社から港の方に下ろうと,細い階段をつたって標高を下げていく.

私有地なのか?路地なのか?

進めど進めど次々と現れてくる細い道.どこが人の家の敷地か,どこが公共の路地なのか,わけもわからないまま進んでいくと,見晴らしのいい場所に出た.あいにくこの先は行き止まりとなっていたので引き返したが,迷路のように迷いながら散策できる保戸島ならではのアクティビティだ.

階段道はつづく
鉄筋コンクリート造の家が所狭しと並ぶ
島の住人は竹製の背負いかごを背負って移動する

島の散策を続けていると,おばあさんが背負いかごを背負って歩いていた.この背負いかごは「テボ」という名前で,階段の多い島で荷物を運ぶのに重宝しているようだ.

細い階段が張り巡らされた高低差のある街並み
住宅街を抜けると墓地に入る

住宅街を抜けるとそこは墓地になっている.住宅街と向かい合うように配置された墓地.まるで住んでいた街を見守るかのように配置されており,これならご先祖様も安心だろう.

階段道を抜け,細い路地に入った

墓地から坂を下っていると,階段道から細い路地に入った.ここで2人くらいすれ違ったので意外と往来はある.

傾いたポスト

港まで降りてきた.降りた先には商店がいくつかあり,島の商業の中心地になっているようだ.そして目に入ったのは傾いたポスト.台風で壊れたのだろうか,その経緯はよく知らないが,傾いたまま放置されている光景が新鮮に映る.ポストは使用中止になっていたものの,島の郵便局はそこまで遠くないので,郵便物の投函はあまり苦労しないのかもしれない.

これぞ「日本のナポリ」

そしてようやく出会えたこの光景.傾斜地に所狭しと建ち並ぶ家々が目をひく漁村.この風景こそが保戸島を「日本のナポリ」たらしめる所以だ.

路地ではなく「県道」

港から保戸島の南側へ向かうのだが,その道中で見つけた路地.先ほどの住宅地からすると幅広な路地のようにも思えるが,こちらは路地ではなくれっきとした「県道」.道幅わずか1.2mの日本一狭い県道として有名になっているようだ.

ゆったりと流れる島時間

散策していると,防波堤で猫が寝そべっていた.朝から眠そうだ.保戸島の朝はこんなのんびりした雰囲気が漂っている.

島から九州本土を望む

島の南端まで歩いてきた.向こうに見えるのは九州本土の間元.島から九州本土までは100mちょっとしか離れておらず,こうみると泳いで行けそうな気がする.こんなわずかな距離なら橋でも架ければいいのにと思うのだが.電線は本土から直接のびており,電力のほうは問題なさそうだ.

再び路地に入る

帰りの船の時間が迫ってきたので,島の南端から港に戻る.その道中で再び路地を散策することに.

平坦な道が多い印象

こちらの地区は平坦な道が多く,散策にもそこまで難がない.階段が張り巡らされた地区も良かったが,こっちはこっちで違う趣があっていいものだ.

島の郵便局

路地の先には島の郵便局がある.

いよいよ帰りの船に乗船

路地を抜けた先に港があった.港にはすでに帰りの船が停泊中.再びマリンスターに乗って,2時間半歩きっぱなしで疲れた体を冷やしながら島を後にすることに.

津久見に戻ってきたのは10時過ぎ.津久見駅から出発する次の大分方面の電車は2時間後.しばらく時間があったのでここで昼食をとることにした.先ほど訪問した保戸島はマグロの遠洋漁業の基地となる漁師町だったのだが,そんな漁師町で愛された漁師めしに「ひゅうが丼」というものがある.

ひゅうが丼

津久見市内では,そんなひゅうが丼を提供する店がいくつかある.私はその中でも一番朝が早い,10時半開店のお寿司屋さんにお邪魔することに.提供されたひゅうが丼は,一見するとただのマグロ丼のようだが,上にかかっているタレは甘みのあるごまだれ.一口食べてみると,マグロの優しい旨みにごまだれの甘みがよく絡み合う.

カボススカッシュ

ひゅうが丼を楽しんだ後は,少し歩いて「空カフェ」へ.こちらでカボススカッシュを持ち帰ることにした.大分といえばやはりカボスだろう.

レトロな津久見の街並み

津久見駅まで街を歩いてみる.中央町という地名がついたこの地区は,かつて津久見の中心として栄えたのだろうか.今でも居酒屋やスナックが立ち並んでおり,町の中心としての役割を保持しているようにも思える.右の酒屋は神品という少し変わった名前.大分中南部発祥のローカル名字だとか.

津久見駅に到着

そして列車が出発する1時間ほど前に津久見駅に到着.だいぶ時間が余ったので,駅のすぐ横にあるバスの待合所でしばらく待つことにした.待合所の中は冷房が効いていて涼しかった.途中で待合所に入ってきたおばあさんと少し話をしたのだが,この日のバスは平日だがお盆で土曜ダイヤになっており,1時間くらい余計にバスを待たされたと愚痴をこぼしていた.私が帰省ついでに高知から九州に来たことを話すと,おばあさんは思わず腰を抜かしそうになっていた.あぶないあぶない.

サザエさんのエンディングに出てきそう

ようやく待ちに待った列車の時間.津久見駅のホーム上には津久見の名産であるみかんのベンチがあり,まるでサザエさんのエンディングのような雰囲気が漂う.私はここから日出(ひじ)行きに乗って大分県を北上することに.


6. 坂の城下町散策

暘谷駅に到着

日出行きの電車に揺られて大分県を北上していく.途中で大分県最大の駅・大分駅や,一大観光地である別府温泉を抱える別府駅を通り過ぎて,暘谷(ようこく)駅で下車.

サンリオのキャラクターがあしらわれた駅舎

暘谷駅はサンリオのテーマパーク・ハーモニーランドの最寄り駅.駅舎にはサンリオのキャラクターが描かれており,暘谷といういかつい名前に似合わないファンシーな駅になっていた.

大分バスに乗って東へ

暘谷駅から少し歩いた松屋寺入口バス停から,大分バスに乗って城下町・杵築へと向かう.ここの路線は本数が少ないのだが,電車を降りてから9分の乗り換えと好接続だ.

杵築城を望む

杵築城入口でバスを降りて,まずは杵築城へ向かうことにした.河口の台地上に位置する杵築城の天守.

思ったよりこじんまりとしている

城の中は資料館になっており,かつての杵築藩の歴史を伝えている.入館料 400円を払って早速中へ.

天守から城下町を眺める

天守の最上階に登ると,杵築の街を一望することができる.横を流れる八坂川に沿って形成された杵築の街並み.城下町は写真右側にあたる.

城下町のほうをよく見てみると,真ん中に谷地があり,その右手と左手に小高い台地がある.杵築の城下町は小高い台地と谷地で形成されており,身分の高低に合わせて,身分の高い武士は台地上に,身分の低い商人は谷地で暮らしていたようだ.武士が暮らしていた武家屋敷は左右の台地上にあり,右手の台地は北台,左手の台地は南台と呼ばれ,それぞれ国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている.

勘定場の坂

そんな高低差のある城下町を持つ杵築には坂が多い.写真は城を出て北台の武家屋敷群へ登る「勘定場の坂」.石畳が敷かれ,白壁の塀が立ち並ぶ風情ある坂だ.

北台の武家屋敷群

坂を登りきった先は北台の武家屋敷群になっている.車の往来も少なく落ち着いた武家屋敷の街並みは荘厳な趣を感じる.

上級武士のお屋敷「大原邸」.こちらは客間

武家屋敷群の中でも特に見どころなのが,位の高い武士のお屋敷だった「大原邸」だ.中に入るとちょうどガイドさんの案内が始まっていたので便乗して聞くことにした.最初に案内されたのは白い壁が特徴の客間.大原邸は接客部分と居住部分の作りが異なっている.こちらの客間は白壁に畳が敷かれており,畳は現在では一般的となったい草の畳.広い庭園が見渡せる居心地の良い客間になっている.

居間部分

一方で,居間部分に入ると様子が変わる.黒っぽい壁は土壁で,客間に比べると質素に見える.そして畳にも違いがあり,こちらの畳は大分の名産である七島いの畳.現在ではほとんど生産されなくなっている伝統的な畳である.ちなみに耐久性の面では七島いの方が優れており,客間よりも長持ちする畳を居間で使っているというのは,なんともちぐはぐな感じがする.

屋根は茅葺になっている

居間部分には台所があり,台所から上の方をみると,茅葺の屋根を裏から見ることができる.定期的に葺き替えているようだが,最近は結構お金がかかるらしいと聞いた.

立派な茅葺屋根

瓦屋根の上にかかる分厚い茅葺屋根.綺麗に残してあるのが素晴らしい.

正面玄関

ぐるりと回って正面玄関まで戻ってきた.立派な茅葺の屋根と玄関の大きな庇に武家屋敷らしい厳かな印象を受ける.

大原邸の隣・能見邸にてかき氷をいただく

大原邸を出て1つ隣のお屋敷・能見邸の中にはお茶処がある.この日は猛暑日でめちゃくちゃ暑かったので,冷たいかき氷を食べることに.かき氷にはいろんな種類があったのだが,数量限定の杵築産みかんのかき氷を注文.どっさりと盛られたかき氷は,みかんの優しい甘みが効いていて美味しかった.やはり暑い夏は冷たいかき氷に限る.

 北台から伸びる坂道を見下ろす

かき氷で体を冷やした後は,北台から南台へ移動することにした.大原邸の隣には北台から南台まで坂道が続いている.北台から谷地を結ぶのが「酢屋の坂」,谷地から南台を結ぶのが「志保屋の坂」である.坂の多い城下町らしい風情ある光景.

対岸の志保屋の坂から酢屋の坂を望む

酢屋の坂を降りて,向かいの志保屋の坂を登っていく.振り返ると,石畳の美しい坂道と石垣に古い建物が相まって,まるでタイムスリップしたかのような光景が広がっていた.酢屋の坂は杵築に数ある坂の中でも特に著名で,ポスターなどでよく使用されている.

南台から杵築城を望む

南台に登り,きつき城下町資料館の隣の展望台から杵築城を望む.

きつき城下町資料館

城を眺めた後は,きつき城下町資料館に入り,杵築の歴史を学ぶ.1階には杵築城下町の復元模型があり,北台・南台の武家屋敷,真ん中の谷地に広がる商人街がよく再現されていた.2階では企画展で生き物をモチーフにした絵画が展示されており,3階ではかつて盛んだった杵築歌舞伎の豪華な衣装や,七島い生産で使われる農具や機織り機が展示されていた.資料館で体を冷やしつつ,杵築の歴史に存分に触れることができた.

南台の武家屋敷群

資料館を出て,今度は南台の武家屋敷群を散策.北台と比較すると広々しており,車の往来も見られた.

S字に折れ曲がった「飴屋の坂」

南台を散策したのちに,「飴屋の坂」を通って谷地におりる.こちらの坂は途中でS字に曲がっているのが印象的だ.

杵築市役所

坂を下りた先には杵築市役所がある.歴史ある城下町の風情にも合う瓦屋根風の庁舎が美しい.

重要文化財に指定されたお茶屋さん・とまや

市役所のほど近くには,重要文化財に指定されたお茶屋さん・とまやがある.実は次に乗る予定のバスまでまだ1時間ほど時間があり,ここでお茶することに.

夏季限定メニュ・クールグリーンティー

歴史あるお茶屋さんでいただく夏季限定メニュー・クールグリーンティー.冷たいながらも抹茶の旨みを感じる一杯.

食後の煎茶のサービス

お茶菓子が3つ付いてくる上に,食後の煎茶もサービスで提供してくれるので,手厚いおもてなしを受けることができる.席に座ってゆっくりお茶を飲みながら,席に置いてあった杵築城下町の雑誌を読んで過ごした.その雑誌の中にもここのお茶屋さんが紹介されており,江戸年間から300年にわたって続く伝統的なお店で,重要文化財にも指定されたと紹介されていた.

季節で装いが変わる茶室

奥には茶室があり,ここは夏と冬とで装いが変わる.この時は夏の装いで,すだれで風が通りやすく,涼しげな印象を受ける.四季の移ろいを大事にしている点に伝統を感じる.

昔使用されていた商売道具

店内には重さを測るのに使われていた天秤と,勘定に使われていたそろばん,そして茶葉を入れていた茶がめが置いてあった.まるで博物館のような店内なのだが,それ故に小学生がよく社会科見学で訪れるとのこと.

杵築バスターミナルからバスに乗車

思いの外お茶屋さんで長居してしまったので,急いでバス停へ向かい,国東行きのバスに乗ってさらに東へ進む.


7. 乱れ打つ大輪の花

武蔵港まで歩く

途中の武蔵バス停でバスを下りた.この日武蔵港では夏の夜まつりが開催されており,バス停の付近から人だかりができていた.人の流れに従って武蔵港まで歩いていく.

出店が建ち並ぶ

武蔵港では出店が建ち並んでおり,夏祭りらしい雰囲気を感じる.若い人を中心に屋台には多くの人が列をなしていた.

大分名物・宇佐からあげの屋台

その屋台の中でも,大分らしさを感じる宇佐からあげの屋台.こちらでからあげを買っていくことにした.

花火を待つ人の群れ

この夏の夜まつりのメインイベントが,わずか20分で4000発を打ち上げる花火大会.打ち上げ会場の港付近には,打ち上げ1時間前にもかかわらずすでに人だかりが.

からあげとビールで乾杯

打ち上げまであと1時間も時間があるので,先ほど買ったからあげと杵築ですでに仕入れていたビールで一杯やることにした.ゆっくりと味わいながら,花火の時間まで待っていた.

そして打ち上げ時間の20:40が迫る中,会場本部から放送が入る.どうやら近隣の大分空港の飛行機の発着状況によっては,開始が遅れる可能性があるとのこと.「皆様ご存知のことと思いますが…」とアナウンスされていたのだが,どうやらこの花火大会は,打ち上げ場所が大分空港のほど近くにあり,飛行機の発着の合間を縫って花火を打ち上げる関係で,打ち上げ時間が遅れることがよくあるらしい.そういえば,放送で来賓の方が紹介されていたが,来賓で大分空港の関係者が招かれていた.空港からの全面協力を受けて開催される花火大会は,日本でもそうそうないように思える.

そして予告通り少し打ち上げ時間が遅くなったが,定刻より5分遅れくらいで花火大会が始まった.

武蔵港の夜空に鮮やかに浮かぶ花火.まだまだこれは序の口に過ぎない.

そして花火大会は一気にフィナーレを迎える.

最後の一発

わずか20分もの間に4000発を打ち上げた密度の濃い花火大会.最後の一発が打ち上がった後は,会場は大歓声に包まれていた.今年の夏は花火大会に行く機会がなく,この武蔵港の花火大会が最初に見た花火になったのだが,最初から最後まで飽きさせることなく絶え間なく打ち上がるうえに,打ち上げ場所までの距離が近く,まるで花火の中に吸い込まれているかのように見えるその臨場感が素晴らしかった.

さて花火の後は足早に宿へと向かう.この日予約した宿は大分空港のそばにあり,武蔵港からは歩いて約40分ほどの距離にある.そこで,花火帰りで大混雑している道路を横目に,宿に向かって一目散に歩いた.平坦な道だったので,イヤホンで音楽を聞いていたらあっという間に到着した.

アパートタイプの宿

宿は近年よく見かけるようになったアパートタイプの宿.向かいにセブンイレブンがあり,買い物にも至極便利な場所にある.

部屋の様子

宿の人に電話して鍵の取り出し方を聞く.暗証番号を入れて鍵を取り出す方式だったのだが,蓋が固くてなかなか取り出せず苦戦した.なんとか取り出して鍵を開けて中に入る.普通の賃貸アパートの一室のような部屋で,キッチン付き,風呂トイレ別,洗濯機付きの部屋だった.洗濯物が溜まっていたので,向かいのセブンイレブンで洗剤を買い,備え付けの洗濯機で洗濯した.乾燥機はなかったので,ハンガーで部屋干しした.こうしてコインランドリー代を節約するのも,旅のテクニックの一つ.


8. 姫の島へ

《8/16(金) 旅程》
大分キヤノン前8:44→田深橋9:09 大分バス
田深橋9:14→伊美港9:48 国東観光バス
伊美港9:50→姫島港10:10
【観光 姫島】
姫島港15:20→伊美港15:40
伊美港15:52→宇佐駅前16:58 大交北部バス
宇佐17:02→中津17:17 JR日豊本線特急ソニック96号
中津17:20→小倉18:23 JR日豊本線
【小倉で夕食】
小倉港21:55→松山観光港5:00 松山・小倉フェリー

大分キヤノン前からバスに乗車

翌朝.私の旅行としては珍しく8時過ぎの出発となった.向かいのセブンイレブンで朝ごはんを調達して,近くの大分キヤノン前バス停から国東行きのバスに乗車した.

田深橋から国東観光バスに乗り継ぎ

途中の田深橋でバスをおりて,ここから国東観光バスに乗り継ぐ.やってきたバスはいかにも古そうな見た目.

国東半島の海岸線を進む

おんぼろバスは国東半島の海岸線にそって進んでいく.この日も絶好の天気で,青い海を眺めながら北上を続けた.バスの乗客は私ともう1人のみ.

終点・伊美の1つ手前,伊美港でバスをおりた.ここから沖合の姫島へ向かうフェリーに乗り継ぐのだが,バスが到着したのが9:48.フェリーの出港が9:50.乗り換え時間わずか2分の限界乗り換えだったのだが,走って往復の乗船券を買いに行き,タラップが外されようとしたところをギリギリ乗り込んだ.

なんとか出港

なんとか船に乗り込んだ直後,タラップが外され,船はいよいよ伊美港を出港.

姫島が見えてきた

奥に見えた島が目的地の姫島.遠目で見ると東西に2つの山を持つ島のように見える.

港の様子

そして姫島の港が見えてきた.

港から国東半島を望む

伊美港から姫島まで20分の船旅を終えて,姫島に上陸.時刻は10:10.帰りの便は15:20の予定だったので,たっぷり5時間も時間が取れる.港のあたりを彷徨ってレンタサイクルを探していると,近くの商店でレンタサイクルを貸し出してくれた.しかし,すでに多くの自転車が借りられており,私に残された選択肢はボロボロの2台のみであった.

姫島村役場

ボロボロの赤い自転車に乗って島を巡り始める.港から少し進むと姫島村役場があった.島にある建物としては大きい方だが,役場としてはとてもこじんまりとした印象だ.

ジオパーク天一根

役場から少し進んだところにはジオパークについて紹介している施設がある.せっかくなので中に入り,姫島の紹介ビデオを15分くらい視聴し,ジオパークに関する展示を見学した.

姫島の模型

中にあった姫島の模型を見ると,東西に山があるように見えた姫島が,実はもっと複雑な地形をしているのが見て取れる.港周辺はなだらかな平地となっているが,その東側は山がちで,さらに東に行くと陸繋砂州のようになっており,さらに東側にはまた山がある.西側の方も,1つだけに見えた山は前後に2つあり,意外と山がちな地形をしていることが分かる.実は7つの別々の火山による噴火活動によって1つの島となったらしい.港がある平坦な場所も実は陸繋砂州の1つで,周りの火山から土砂が集まり,堆積した結果できた土地だった.

そんな姫島では塩田での塩作りが江戸時代からの主要産業だったのが,現在ではその跡地を利用して車えびの養殖を行っており,車えびの島として名高い.ちょうどお昼時だったので,姫島の車えびを食べに行くことにした.

エビフライ定食

自転車で少し行ったところにある姫乃家で車えびのエビフライ定食を注文.大きな車えびを使った贅沢なエビフライ.お頭付きでいただくと,頭からしっぽまでえびの旨み満点だった.えびの優しい甘みと旨みでご飯が進む.

向かいの席では家族連れが車えびのフルコースを食べていて,ちょっと羨ましかったのが,車えびの踊り食いをしているところ,えびに指を噛まれたようで,痛がっていたのが面白かった.それだけ新鮮なえびを提供されるのは嬉しい反面,新鮮すぎると思わぬトラブルもあるようだ.ちなみに車えびのフルコースは5,000円〜と完全に予算オーバーだったので,今回は断念.

千人堂

エビフライをいただいたあとは,島の北側へチャリを走らせ.途中から歩いて山道を上がっては下りて,ようやく辿り着いたのは千人堂.姫島七不思議の1つに数えられる姫島の観光地の一つ.千人堂からは青々とした海原を望むことができる.

千人堂の入り口

千人堂までは自転車で直接行くことができない.途中から山道を歩いて越える必要があり,地図で見るよりも思いの外時間がかかる.この入り口の雰囲気も個人的に好みだ.

車えびの養殖場

千人堂からは島の北岸を東へ進んでいく.このエリアはかつて大規模な塩田があったところで,今では車えびの養殖場となっている.池に浮かぶプロペラが養殖場の目印.

七不思議の一つ・浮洲

海岸線を進み,浮洲という場所に出てきた.こちらも島の七不思議の一つで,写真ではかなり見難いが,砂州の上に小さな鳥居が建っており,ここに漁業の神様・高倍様を祀っている.写真に映る場所はかつて浮洲火山の火口だったところで,大きく窪んでいる.

足場の悪い砂州上を進む

せっかくなら沖合の小さな鳥居まで行ってみようと,手前に自転車を停めて行ってみることにした.この日は大潮でちょうど干潮の時間帯にあたり,普段は海に浸かって行けないところが行けるようになっていた.自転車を降りて歩いて進むこと10分.ようやく鳥居が近づいてきた.しかし足場が悪く,想像以上に時間がかかる.

ようやく鳥居に到達

さらに歩くこと5分.ついに目指していた鳥居に到達した.石造りの小さな鳥居には「高倍社」と書かれており,ここに漁業の神様・高倍様が祀られていることが分かる.鳥居の前でお祈りして,15分かけて来た道を戻る.もうすでに汗だくになっていた上に,ペットボトルのお茶もなくなりそうで,もはや限界状態だった.

島唯一のトンネル・長尾トンネル

そんな状態から島の東へと進んでいくと,長い上り坂が始まった.水分が不足してへとへとな上に,上り坂を登る羽目になって大変だった.上り切った先にはトンネルがあり,トンネルの先は長い下り坂に変わった.

下り坂の途中にある逆柳

下り坂を一気に下っていく途中に,七不思議の一つ・逆柳がある.ここはお姫様が使った柳の用事を逆さまに挿したところ芽が出たといういわれがある.

七不思議の一つ・かねつけ石

逆柳のさらに先には七不思議の一つ・かねつけ石がある.こちらはお姫様がおはぐろをつける時に,石の上に猪口と筆をおいたところ,その跡がついたといういわれがある.

七不思議の一つ・拍子水

かねつけ石の少し先には,こちらも七不思議の一つである拍子水がある.おはぐろをつけたお姫様が,口をゆすごうとしたところ水がなく,手拍子を打つと水が湧き出てきたといういわれをもつ.拍子水は飲用可能で,柄杓を使って早速飲んでみると,炭酸と金属の苦い味がする.海の近くに湧き出る水というのに,海水の塩味は一切感じない.

比売語曽神社

拍子水の裏手には比売語曽神社がある.日本書紀にもその名が出てきたという由緒正しき神社で,姫島の名前の由来となった神社だとか.

拍子水温泉

拍子水のすぐ隣には村営の拍子水温泉がある.入湯料310円で貸しタオル付きとお手頃な価格設定.ここで汗だくになった体を癒すことにした.

拍子水温泉の浴槽

早速中に入って入浴することにした.浴槽は2種類あり,左手が冷泉,右手が温泉.拍子水温泉の源泉は約25℃と冷たく,左の冷泉は源泉掛け流しで,右の温泉は源泉に温水を加えて加温している.この日は暑かったので冷たい冷泉の方が体には心地よく,炭酸泉のシュワシュワした感じを楽しんだ.鳥居まで往復30分歩き,トンネルまで長い上り坂を上り切ってへとへとになった体を十分にクールダウンさせることができた.

湯上がりのコーラ.デポジットで10円加算されている.

冷泉から上がって,自販機で湯上がりのコーラを購入した.コーラには見慣れないシールが貼られていた.これは姫島独自の空き缶の回収制度によるもので,自販機で10円高く販売し,空き缶を商店などに持っていくと,空き缶の回収と引き換えに10円がもらえる制度になっている.

石造りの立派な姫島灯台

拍子水温泉から自転車に乗って再スタート.島の東端にあたる姫島灯台まで自転車を走らせていく.途中からまた上り坂が現れて,自転車を押しながら坂を登っていくと,目指していた姫島灯台に到着した.石造りの立派な灯台で,伊予灘・周防灘・豊後水道を隔てる海上交通の要衝として機能している.

小さいながらも石造りの存在感は抜群

階段を登り灯台のもとまで近づくと.山口の島々や遠くは四国まで望むことができる.小さいながらも石造りの灯台は存在感抜群だ.

ともに旅をしてきた自転車と撮影

灯台の横には休憩所があり,麦茶を無償で提供していた.よく冷えた麦茶が体に染みる.その隣に和室の居間があり,そこでは管理人がのんびりテレビを眺めていた.どうやら当番制で灯台に常駐しているようだ.居間には冷房がなく,扇風機でなんとか涼んでいるようだったが,電気が来ているなら冷房でも入れたらいいのにと思う.

島の東側にも車えびの養殖場がある

14時すぎに灯台を出発.帰りの船は15:20であり時間が迫っていた.そろそろ港の方に戻り始める.行きとは違って,帰りは島の南側の海岸線に沿って進んでいく.島の東側にも車えびの養殖場があった.

大海のコンボリュートラミナ

道中にあった大海のコンボリュートラミナ.大分県の天然記念物にも登録されており,写真では少し見にくいが,地層の中に瓦のようなものが入っている珍しい地層だ.

海食崖が広がる

島の南側は山がちな地形で,大規模な海食崖が見られる.ポコポコと穴が空いており,春から初夏にかけてハヤブサが営巣することから,鷹の巣と呼ばれている.

サイダーで休憩

14:30ごろ,港まで帰って来た.船の時間まで少し余裕があったので,港の前にある姫島エコツーリズムで休憩することにした.冷房がガンガンに効いていて涼しい店内で,冷たいサイダーを注文.氷の部分までサイダーでできており,ストローで氷を割りながら飲んでいく.

店内には帰省客が席に座っており,おとといと昨日に開催された盆踊りについて話をしていた.実は私が訪れるちょうど前日まで,伝統の姫島盆踊りが開催されており,名物のキツネ踊りをはじめ,数々の踊りが披露されたのだった.そんなこともつゆ知らず,お店の人と話をしていると,盆踊りの映像がケーブルテレビで放送されているとのことで少し見せてもらった.子供達がキツネに扮して踊るキツネ踊り以外にも,キツネに対抗するために踊られるようになったたぬき踊り,アヤ踊りといった様々な踊りを鑑賞した.キツネ踊りの振り付けは各地区で代々伝承されているようで,島の子供達はみんなキツネ踊りを踊ることになっているようだ.

実はこの日も盆踊りが開かれるそうで,島の人はその準備に勤しんでいたようだ.もう船に乗って帰ってしまうので見れなかったのは残念だが,いつか日程を合わせて見に行きたいものだ.

姫島を後にする

姫島から再び船に乗って姫島を後にする.船内では道中で何度かすれ違った男性に再び遭遇し,これまでの旅について話を聞いていた.千葉県から出張ついでに姫島へ訪れていたそうで,実はこの前のコミケにも来場していたようだった.早速Xをフォローさせていただいた.


9. 小倉飲み歩き旅

伊美港に帰って来た

20分の航海で伊美港に到着.ここからは大交北部バスで宇佐駅へ向かう.

宇佐駅行きのバス

宇佐行きのバスが到着.また古そうなバスがやってきた.

宇佐駅に到着

うたた寝をしながらバスに揺られ,終点の宇佐駅に到着.ここからJRに乗り換えて小倉まで向かう.

宇佐駅の駅名標

宇佐駅の近くには宇佐神宮があり,宇佐神宮を意識した駅舎や駅名標が特徴的だ.しかも駅名標を薄ら目で見ると,星条旗に見えなくもない.宇佐とUSAをかけた粋なデザインだ.

中津までソニックに課金

次の中津行きの普通列車まで時間があったので,500円払って中津までソニックに課金することに.やって来たのは885系の白いソニック.振り子装置を働かせて高速で走行する.ちなみに,個人的には無骨なフォルムとガタガタする振り子機構が特徴的な883系青いソニックの方が好みである.

小倉駅に到着

中津駅から普通列車に乗り換えて,18時半ごろ,ついに福岡県の小倉駅に到着した.小倉からは松山・小倉フェリーに乗って四国に再上陸する予定だった.小倉港の出港時間は21:55.出港の1時間前には港に行こうと思うと,あと2時間半の余裕がある.そこで,小倉駅周辺で飲み歩きを敢行することにした.

天ぷら天善

一軒目に訪れたのは天ぷら天善.パチンコ屋の向かいに位置しており,男性の一人客が目立つお店で,一人飲みにも最適なお店だ.福岡には独自の天ぷら文化があり,好きな天ぷらを1つずつ注文したり,定食にしたりと,揚げたての天ぷらを手軽に食べることができる.普通天ぷら屋といえば,高級店でコース料理にして食べるイメージが強いが,福岡は真逆で,すき家や吉野家のようにカジュアルに味わうことができるのが特徴的だ.

夜呑みセット.サク飲みにはちょうどいい

こちらで夜呑みセットを注文.ドリンク1杯と天ぷら3品で700円とお手頃なセットである.ナスとレンコンとキスの天ぷらをつまみにハイボールを流し込む.サク呑みにはちょうどいいセットだった.

駅裏のディープな通りに佇む白頭山

そして2軒目へ.小倉駅の路地裏のディープな通りを進んでいると,一際人だかりができているお店へ.小倉では有名なお店らしい.

ハムカツをアテにクリアアサヒを呑む

こちらのお店では,100円でクリアアサヒを飲むことができる.普段は生ビールしか飲まず,発泡酒は飲まず嫌いだった私が,珍しく発泡酒に手を染めることに.専用のサーバーに小さめのグラスをセットして,100円のクリアアサヒを注ぎ,揚げたてとハムカツとともにいただく.分厚いハムカツと発泡酒の相性は抜群だった.

餃子も注文

調子に乗って餃子も注文した.最終的にクリアアサヒ5杯分くらい呑んだ気がする.これだけ呑んでもお会計は2,000円も行かないので,お財布にもだいぶ優しい.

締めは資さんうどんへ

そして3軒目.商店街を南へ歩いたところにある資さんうどんへ.こちらの資さんうどんは小倉に訪れる度に通っているお店で,福岡名物の柔らかいうどんを楽しむことができる.

福岡の柔らかいうどんには有名なチェーンがいくつかある.ふわっふわなうどんを,やかんで甘めのつゆを継ぎ足しながら味わえる牧のうどん,うどん以外にもつ鍋や焼き肉など,サイドメニューが充実したウエスト,そして北九州に本拠地を置く,細長いごぼう天うどんやおでん,ぼたもちが名物の資さん.この3つのチェーン店がひしめき合っている.ちなみに,個人的には牧のうどんが好みである.(博多バスターミナル店は都会的な店内があんまり好きじゃないが…)

その中でも頭ひとつ抜き出たのが資さんうどん.最近になって岡山を皮切りに大阪,尼崎,さらには東京・両国と全国展開を図っており,その快進撃は止まらない.

こちらの魚町店は,資さん発祥の地・北九州らしく,質素な店内が素敵な店舗だったのだが,最近になって改装されており,木の温かみのある明るい店内に様変わりしており,全席タッチパネルが導入され,私が通っていた頃とは全く違う店舗になっていた.

ごぼう天うどん

資さんに来たら必ずと言っていいほど頼むごぼう天うどん.平打ちの麺と甘めのお出汁が特徴的で,呑んだ後の締めには最適である.

小倉駅まで戻ってきた

時刻は20時半.小倉駅まで戻ってきた.いよいよ松山行きのフェリーに乗るために小倉港へと歩いて向かうことに.

小倉港に到着

歩いて15分ほどで小倉港に到着.フェリーくるしまが停泊中だった.松山・小倉フェリーは客足の減少に伴い,2024年7月から隔日での運航となっていた.この日は小倉発の運航日だったので乗ることができたが,翌日は松山発のみの運航となる.

2等寝台に乗り込む

21:15ごろ乗船が始まり,1987年から40年近く運航を続けるフェリーくるしまに乗り込んだ.私は2等寝台を予約していた.部屋の中は簡素な2段ベッドになっていた.

小倉で飲み歩いたのが功を奏してか,ベッドメイクをしてシャワーを浴びてから,すぐに寝てしまった.翌朝5時に到着予定のところ,4:30までぐっすり眠ってしまった.


10. 行く島来る島

《8/17(土) 旅程》
JR三津浜駅まで徒歩55分
三津浜5:58→波止浜7:11 JR予讃線
波止浜港まで徒歩20分
波止浜港8:00→馬島港8:20 くるしま
馬島BS8:56→伯方島BS9:23 せとうちバス
伯方島BS9:37→木浦港9:49 瀬戸内海交通
木浦港9:55→岩城港10:08 芸予汽船
岩城港務所10:39→立石港務所11:08 上島町町有バス
立石港11:20→土生港11:23 生名フェリー
【土生港周辺で昼食】
土生港12:30→尾道学園前13:02 本四バス開発
小歌島桟橋まで徒歩7分 
小歌島桟橋→土堂桟橋 福本渡船
【観光 尾道】
尾道15:44→自宅最寄駅 JR山陽本線

松山観光港が近づく

翌朝4:30.目を覚ますと船は松山の沖合にいた.3日前までいた松山が再び近づく.

松山観光港に着岸

船は定刻より少し早く松山観光港に着岸.ターミナルまで長い長い通路を抜けて,松山観光港のターミナルを出た.

道後温泉行きバス

その先には伊予鉄バスが停車中.この時間帯は近くの高浜駅も始発前で,松山観光港を脱出する唯一の公共交通機関となっている.しかしこのバスの運賃はかなり高額で,JR松山駅まで890円も取られる.この後JR予讃線で波止浜駅へ向かう予定だったので,松山駅の1つとなり,三津浜駅まで歩いて向かうことにした.

50分ほど歩いて三津浜駅から電車に乗る

三津浜駅までは,高浜トンネルを抜けておよそ50分かかる.道中のファミリーマートで朝ごはんを確保して,発車の10分前には駅に到着した.スマートえきちゃんアプリで三津浜→波止浜のQRコード乗車券を購入し,列車に乗り込む.JR四国では独自開発アプリ「スマートえきちゃん」にてQRコード乗車券が発売されており,券売機に触れることなくキャッシュレスで乗車券を購入することができる.私も四国に訪問する際にはよく利用している.

波止浜駅ではアンパンマン列車と行き違う

そして波止浜駅に到着.行き違いとなる特急列車はアンパンマン号での運転だった.

波止浜駅の駅舎

私が波止浜駅に来た理由.それは岡山に帰るためである.松山から岡山への移動手段は,最もメジャーなのがJR特急しおかぜ.次いで高速バスだろう.しかし,そんなつまらない移動をしても勿体無い.というわけで,波止浜からは島づたいに移動して尾道へ向かい,尾道からJRで岡山まで戻ることにした.

波止浜港の様子

歩いて20分ほどで波止浜港へ.波止浜港の向かいには今治造船の本社工場があり,ドックやクレーンが建ち並ぶ光景が広がっている.

馬島〜波止浜航路の乗船券うりば

波止浜港からは馬島行きの船が出ている.馬島まで片道310円.途中で来島,小島を経由するようになっている.

馬島行きの船に乗船

壮大な今治造船を背後に,馬島行きの船に乗り込む.

波止浜港を出港.造船が盛んな街だ

船は波止浜港を出港.左手に今治造船,右手に新来島どっくがあり,造船が盛んな街だと見て取れる.

来島を通過

船は村上水軍の拠点にもなった来島に着岸すると思いきや,乗る客も降りる客もおらず,そのまま通過してしまった.

小島では降りる客がいた

次の寄港地・小島では降りるお客さんがいた.前から船を突っ込むようにして着岸し,2人のお客さんが降りていった.

来島海峡大橋のたもと・馬島へ向かう

小島を離れて,来島海峡大橋が次第に近づいてくる.目的地の馬島は,来島海峡大橋のたもとにあり,島民用のインターチェンジも設置されている.

来島海峡大橋の真下を通過する

船は来島海峡大橋の真下を通過して,馬島に着岸する.

馬島に到着

馬島に上陸.頭上を通る橋のスケール感に圧倒される.

馬島神社

港から少し歩いていると,左手に新しそうなグランピングの施設が見えてきた.さらに先に進み,奥の階段を登ると馬島神社があった.馬島神社は島の南端にあり,境内の裏には灯台が立っている.

馬島の集落.島民以外は立入禁止だ.

港の裏手にはこじんまりとした集落が広がっている.島民以外は立入禁止となっていた.

馬島インターチェンジ.橋の上までエレベーターが設置されている

島の奥に進むと馬島インターチェンジが現れる.大きな橋脚にはエレベーターが設置されており,自転車や原付を乗せることもできる.

エレベーターに乗って橋の上へ

エレベーターに乗って橋の上に出てきた.橋の上には馬島バスストップが設置されており,ここから松山・広島・福山方面の高速バスや,今治・大三島方面の路線バスに乗車することができる.

※注:瀬戸内海交通では現在バスの撮影が禁止されている.そこで本記事ではバスの写真は紹介できないことをご了承いただきたい.

馬島バスストップからは大三島行きの路線バスに乗車し,大島を通過して,伯方島バスストップまで向かうことにした.

伯方島バスストップ

しまなみ海道を進み,大島を経由して伯方島までやってきた.ここでバスを降りて,瀬戸内海交通のバスに乗り換える.

これは何?

伯方島バスストップの隣にあったローソンには謎の張り紙が….意味がわかる人がいれば教えて欲しい.

瀬戸内海交通の路線図

伯方島の島内のバスは瀬戸内海交通によって運行されている.路線図を見ると,島をぐるり一周するような路線図になっている.これから向かうのは木浦港.木浦港へ行くには北浦経由と有津経由の2系統があり,2本のバスが同じ時間に出発する.木浦港へは有津経由の方が早いので,有津経由のバスに乗ることにした.

2本のバスが到着.前側に北浦経由,後側に有津経由のバスがやってきた.後側のバスに乗って,木浦港へ向かう.

木浦港から芸予汽船に乗船

木浦港でバスを降りて,6分後に芸予汽船に接続する.芸予汽船は,今治から大島,伯方島,岩城島,佐島,弓削島,生名島を経由して因島に至る航路で運航されている.ここで伯方島から岩城島へ渡ることにした.

遠くにしまなみ街道・多々羅大橋を望む.右手に岩城島が見える.

岩城島の岩城港までは約13分の航海.船内からはしまなみ海道・多々羅大橋が見え,奥に生口島,そして右手前に岩城島が近づいてくる.

岩城港に到着

船は岩城港に到着.「青いレモンの島」と書かれた看板があり,レモンの名産地であることがうかがえる.ここで次のバスまで30分時間があるので,早めに昼食をとることにした.

レモンポーク丼

岩城港には物産館とレストランが併設されており,そのレストランの名物・レモンポーク丼をいただくことに.豚肉に目玉焼きがのっており,今治名物の焼豚玉子飯がベースとなっているのだろう.一口食べてみると,想像よりもしっかりとレモンの風味を感じる.見た目は少し重そうだが,レモンの爽やかさでそこまで重たい印象は受けなかった.最後にカットレモンをつまんで口をさっぱりさせて,完食.

上島町有バスで生名島へ

岩城港からは上島町有バスに乗って生名島へ向かう.岩城島と生名島の間には橋が架けられているが,開通したのは2022年とつい最近のことである.岩城から生名,佐島,弓削の各離島を結ぶ橋は,しまなみ海道に対抗してか「ゆめしま海道」と呼ばれており,人気のサイクリングルートの1つになっている.

2022年竣工の岩城橋

バスは岩城島を時計回りに進み,ついに岩城橋へと差し掛かる.

岩城橋を渡る

真新しい橋の上からは,瀬戸内の島々を見渡すことができる.

対岸に見える内海造船の工場

生名島に入った.すぐ近くの対岸には因島が見える.生名島までは愛媛県.因島からは広島県となる.因島の方を見ていると,見覚えのある太陽のマークが.こちらは内海造船の工場で,商船三井さんふらわあ向けの新造船「さんふらわあ かむい」が建造されている.すでに浸水式を終えているので,艤装工事の最中だろうか.よく見ると奥にもさんふらわあの太陽マークが見える.手前の「さんふらわあ かむい」の僚船を建造中なのだろうか.

生名島・立石港に到着

バスは終点の立石港に到着.立石港はお隣因島の中心市街地・土生港の真向かいに位置している.

船で県境越え.運賃は破格の70円.

立石港からは向かいの因島までフェリーで渡ることに.フェリーは20分に1本の頻度で運航されており,運賃は破格の70円という設定.

因島行きのフェリーに乗船

フェリーがやってきたので,早速乗船.サイクリストたちが多く乗船してきており,サイクリストの聖地だということがよく分かる.

生名島・立石港を出港

フェリーは立石港を出港.ついに愛媛県を離れ,旅は広島県に突入する.

因島・土生の街並み

因島までは数分程度の短い航海.すぐ向こうに因島の中心地・土生の街並みが見える.

広島県・因島に上陸

船は因島に着岸.車も結構載っていたようで,次々と車が出てくる.因島では次のバスまで1時間程度の待ち時間があったので,ここで2度目の昼食を取ることに.

因島のお好み焼き.中華そばではなくうどんが入っている.

港から少し歩いた街中にある上田お好み焼にてお好み焼きを注文.お客さんは結構入っていて,忙しそうな印象を受けた.鉄板の真ん前のカウンターに陣取り,お好み焼きを焼く様子をまじまじと観察する.因島のお好み焼きは「インオコ」とも呼ばれ,基本は広島風お好み焼きがベースとなっているが,因島では中華そばの代わりにうどんを入れて焼き上げる.

食べてみると,普通の広島風とは違って麺が太くもちもちしており,しっかりした食感で美味だった.中華そばのカリッとした食感も好きなのだが,うどんのもちっとした食感もまた良い.

カウンターで隣席だった女性は,どうもポルノグラフィティの大ファンだったようで,お店の人からステッカーらしきものを貰っていた.その他にも,島の中ではポルノグラフィティを思わせるものがいくつも見られた.

バスのラッピングに「島ごとぽるの展」の文字が

まず,土生港のバス停に停まっていたバスには「島ごとぽるの展」のラッピングがされてあった.

バス停の近くにあったのぼり

そのバス停の近くには,「ありがとう!ポルノグラフィティ」の文字が.

写真撮影用のパネル?

そして疑念はここで確信に変わる.バス停の向かいにあった多目的ホールに入ると,ポルノグラフィティの大きなパネルがあった.

「◯ぽ」のラッピングが施されたバス

実は因島はポルノグラフィティのメンバーの故郷であり,今年のデビュー25周年に合わせて,「島ごとぽるの展」というイベントがまさに開催中だったようだ.島中を覆い尽くすように,「◯ぽ」の文字が踊る因島.先ほどの大きいパネルがあった多目的ホールでは写真展が開催中で,熱狂的なポルノファンが因島まで駆けつけているようだった.

「◯ぽ」ラッピングのバスで向島へ

土生港からは「◯ぽ」のラッピングがされたバスで向島へ向かう.このバスは尾道駅行きだったが,せっかくなら向島から尾道へ向かう渡船にも乗ってみようと思い,途中の尾道学園前でバスを降りる計画だった.

路線バスで向島大橋を渡る

この旅で最後となる本四架橋・向島大橋を渡り,いよいよ向島に突入.

ギリギリセーフ?なお店

尾道学園前でバスを降りた.すぐ目の前にはMONSITER HUNTENというお店が.略してモン……,おっとこれ以上はやめておこう.

尾道行きの渡船乗り場

川をつたって歩いていると,尾道行きの渡船乗り場が見えてきた.こちらの渡船では尾道の駅前まで出ることができる.しかしこの時目指していたのはもう一つ先の渡船だったので,ここはスルー.

もう一つの渡船・福本渡船

もう少し先に歩いていると現れた福本渡船.着くや否や,出港直前なので急ぐように言われて,大急ぎで船に乗り込む.運賃はたった60円.あまりの安さに聞き返してしまうほどだった.

人用の乗船スペース.レトロな趣

慌てて船に乗り込み,すぐに出発.人用の乗船スペースに入ると,なんとも言えないレトロな趣を感じる.

船から尾道の街並みを望む

そして目の前には尾道の街並みが近づいてくる.

東側にはもう1つ別の渡船が

東側を見てみるともう1つ別の渡船があった.こちらは尾道渡船という会社が運航している別の渡船だった.

尾道に到着.4日ぶりの本州上陸.

そしてあっという間に尾道に上陸.8月13日に羽田空港を出発してから4日ぶりに本州に戻ってきた.


11. 尾道散策記

旅は路地裏から

福本渡船で尾道に渡った後,すぐにJRに乗って帰ってもよかったのだが,せっかく尾道に来たということで,少し散策することにした.

レトロな商店街が残る

この日はお盆最後の土曜日.尾道の商店街は多くの観光客で賑わっているようだった.

千光寺山ロープウェイのりば

観光地である千光寺山ロープウェイも多くのお客さんで賑わっているようだった.

「猫の細道」と呼ばれる路地を進んでいく

私はロープウェイには目もくれず,「猫の細道」と呼ばれる路地に入った.運が良ければ猫に出会えるらしいが,この猛暑の中日向に出てくる猫の姿はない.

一向に猫は現れない
 三重塔を見下ろす高台

少しづつ標高を上げていき,三重塔を見下ろす高台までやってきた.山頂はまだまだ先.

ポンポン岩と呼ばれる景勝地

さらに登っていくと,ポンポン岩という岩が現れる.岩の上に置いてあるハンマーで叩くと,確かに「ポンポン」という音が聞こえる.岩の中が空洞になっているのだろうか.

はっさくソフトで一休み

そしてついに山頂に到着.すでに汗だくになっており,売店ではっさくソフトを買って少し一休みすることにした.ソフトというよりシャーベットのような食感で,はっさくの酸味が効いておいしかった.

山頂の展望台.奇抜なデザインをしている.

そして隣の展望台を上って頂上へ.展望台はすごく奇抜なデザインをしていた.

山頂から西側を望む
山頂から東側を望む.奥に尾道大橋・新尾道大橋が見える.

山頂では,息を呑むほどの絶景が広がっていた.細長い尾道水道を隔てて向かいあう尾道の街並みと向島の街並み.渡船が行き交う尾道水道.そして奥には尾道大橋・新尾道大橋が架かっており,交通の要衝の雰囲気があふれる光景だ.

展望台を降りてよくわからない道へ突入

上り道は観光客がよく通る王道ルートを通ってきたので,下り道は適当に選んで入ったよくわからない道を進んでいく.

ついに現れた猫

ずんずん標高を下げていくと,日陰に猫の姿が.こちらの方がもしかすると「猫の細道」なのかもしれない.

旅の締めは尾道ラーメン

路地を抜けて,旅の締めとして尾道ラーメンを食べて帰ることにした.こちらの丸ぼしという店は特に人気店で,もう15時前だというのに行列ができていた.

30分ほど待ってようやく着丼

醤油ベースのスープにたっぷりと背脂が乗った尾道ラーメン.背脂と小魚の風味を存分に感じる一杯.熱かったがスルッと食べることができた.

そしてJR尾道駅からいつもの黄色い電車に乗って岡山へ.旅が終わる虚無感と仕事が始まる絶望感に苛まれつつ,岡山の自宅まで戻った.

翌日の日曜日はお盆休み最後の休日だったので,自宅でゆっくり過ごした.8月10日から17日まで8日間も旅をしていたのでその疲れもあったのだが,私の場合は家にいると余計に疲れてしまうようだ.家でゆっくりするとは言っても,何をしていいかわからないし,何をしていいかわからず時間を無駄にするのも嫌だし,しかも翌日から仕事が始まるしで,まるで休まらない日曜日だった.

最後に,3万字もの超大作となってしまった旅行記をすべて読んでいただきありがとうございました.コミケから始まり,高知,愛媛,大分,福岡,再び愛媛,広島へと至る今回の旅行.皆さんの旅の参考になることはまあないと思うが,離島旅の素晴らしさを久しぶりに味わったいい旅行だった.

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