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ショートショートバンク

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ショートショートを書きたい気持ちになったときに書いたショートショートを、置いています。
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2018年6月の記事一覧

カスタマーセンター

カスタマーセンター

「お電話有難うございます。ハヤテカスタマーセンターです。只今電話が大変込み合っております。恐れ入りますが、このままお待ちいただくか、暫く経ってからおかけ直しください」

山野が電話をとらないから、女の声は永遠に続く。風が駆けていく。プールの水が揺れる。

「できるだけ長く。それがお客様のご要望だ。まだ早い」と、係長。

山野は、うなずく。マンゴージュースを口に含む。入社初日の係長の言葉を、頭の中で

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名医

名医

「原因はわからないんです。お腹が膨れて苦しくて」と患者が話し始めるのと同時に、ハンスは管を相手の腹に刺す。ゆっくり液体が流れる。「圧迫感が消えました!」患者は喜ぶ。

抽出した液体を、ハンスは瓶に詰める。橙色のは1番、黄色いのは2番、レモン色のは3番の瓶に。人によって色が違う。でもきっちり3種類に分かれる。それがハンスには不思議だ。

ハンスは液体を酒場に運ぶ。だんまりの姪っ子、ゼルマが働いている

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恋文どろぼう

恋文どろぼう

花垣さんは人のラブレターを盗んでいる。
彼女はさりげなく遠くにいるのがうまい。今時それでも机やロッカーにラブレターを入れる人というのはいて、そういう人は大抵、朝早く学校にやって来る。

花垣さんは学校で2番目に登校が早いので、そんな人たちを見守る。例えば、渡り廊下を挟んで向かいの教室から、とか。ラブレターを素早く収めることに腐心している人たちは、もちろん彼女に気づかない。彼女は向かいの教室の、一番

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エイプリルフール

エイプリルフール

「ぼくは、へろりん」

「何言ってんの、太郎。へろりんは金魚でしょ」

「昨夜1時頃、私と太郎くんの中身は、入れ替わったのです」

「じゃあ、あれが太郎なわけ?」

「そうですよ」

水槽に目をやると、へろりんは、水面に力なく浮かんでいる。

「わ、へろりん、どうしたんだろう」

「死んでしまったみたいです」

水槽を人差し指でそっとノックしてみる。無反応。


「ね、言ったでしょう。亡骸は、ト

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不眠症の召し使い

不眠症の召し使い

前を行く人がメガネケースを落とした。拾って渡そうとしたら煙、痩せたのっぽが現れて、「ほどほどの願いだったら叶えますよ」と言う。

「私は89年生まれで、小さい頃テレビでスキーのCMを観ていました。CMの切ない雰囲気が好きで、大人になったら私もと思ったのです。でも私が大学生になったとき、みんなが行くスキーはどうしようもなく明るいもののようでした。それじゃないんです。私は灰色のスキー場に、どうしても行

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