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Forget Me Not

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#連載小説

Forget Me Not(第10章)

Forget Me Not(第10章)

これは何?
 絵を描けなくなった画家である日向理仁を中心に、湖畔で起きた失踪事件の解明を試みるお話。

第10章
 「どうも、こんばんは。青葉です。ちょっと、一緒に飲みませんか。」
雨粒が屋根を叩く音に混じってインターホン越しに聞こえる声もまた、湿気を帯びていた。
何かしらの期待や希望で織られたソフトな手触りの布に包まれていながらも、そこから漏れ落ちる滴。

こういうものは立ち止まって分析するよう

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Forget Me Not(第9章)

Forget Me Not(第9章)

これは何?
 絵を描けなくなった画家である日向理仁を中心に、湖畔で起きた失踪事件の解明を試みるお話。

第9章
 天は貪欲に空の瑞々しさを飲み干し、地はほんの僅かなおこぼれによって照らされている。ある日の昼間。とぼとぼと重い足取りで、しかし確かに歩み寄ってくる冬の準備をしていた。冬を越すための暖炉用の薪や保存のきく食糧を手の届くところに集めた。そして、ウィスキーやラム酒も。気が付けば、本数と銘柄を

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Forget Me Not(第8章)

Forget Me Not(第8章)

これは何?
 絵を描けなくなった画家である日向理仁を中心に、湖畔で起きた失踪事件の解明を試みるお話。

第8章
 手紙が届いた。手触りの良い白色の封筒、装飾はなし。宛名は「日向理仁」で、差出人は宝生青葉。久しぶりに目にする名前だった。
それは唐突にやってきた。私にとっては。
しかし、私の生活に亀裂を入れようとする矢尻のついたものではなさそうだということが感じられる手紙。

 テラスに出た。楽しかっ

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Forget Me Not(第7章)

Forget Me Not(第7章)

これは何?
 絵を描けなくなった画家である日向理仁を中心に、湖畔で起きた失踪事件の解明を試みるお話。

第7章
 過去の記憶というものは、大切なものも目を背けたいものもみなドリップされ、各時代において象徴的な、また印象的な出来事が抽出されていく。
雑味は取り除かれ、人生に潤いをくれる酸味や苦味が滴り落ちる。

かつて交際していた女性との日々もノイズは取り払われ、将来の不安について話をした夜の公園で

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Forget Me Not(第4章)

Forget Me Not(第4章)

これは何?
 絵を描けなくなった画家である日向理仁を中心に、湖畔で起きた失踪事件の解明を試みるお話。

第4章
 私は湖の上に浮かぶ曇天の空を眺めている。ひとこと「雲」と口にして思い描くイメージは、部屋の隅に人知れず溜まっている埃のようなものであった。繊細な心にずっしりと重くのしかかる。きっとこの地域に住む子供たちもみな、同じ感覚だろう。綿菓子?そんな清潔で誘惑のセンスを持つ夢の塊のようなものはこ

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Forget Me Not(第3章)

Forget Me Not(第3章)

これは何?
 絵を描けなくなった画家である日向理仁を中心に、湖畔で起きた失踪事件の解明を試みるお話。

第3章
ヒトリで寝る私。夜。
1階で寝るパパとママ。

ヒトリで寝る私。夜。
いつものこと。普通だよ。

ヒトリで寝る私。夜。
今夜はお友達と電話した。
よく眠れない。

ヒトリで寝る私。夜。
今夜は帰りが遅くなるみたい。
よく眠れない。

ヒトリで寝る私。夜。
いつものこと。普通だよ。

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Forget Me Not(第2章)

Forget Me Not(第2章)

これは何?
 絵を描けなくなった画家である日向理仁を中心に、湖畔で起きた失踪事件の解明を試みるお話。

第2章
 雨が降らない日、私は車に乗って近くの町へ出掛ける。時間はだいたい決まって午前10時ごろ、コーヒーとパンの簡単な朝食を済ませてからになる。ひどい寝坊グセのある新聞配達人だって、その時間までに朝刊を投函しなかったことはない。遅くなった朝には一口サイズに個包装されたチョコレートが一緒に入って

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