戦争まで引き起こした「イエロー・ジャーナリズム」⑪~新聞は本当に米西戦争の原因だったのか
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(写真=沈没したメイン号)
アメリカ=スペイン戦争の勃発
イエロー・プレスが主導した一連の報道により、世論は大きく即時開戦へと傾いた。
イエロー・ジャーナリズムの動向をずっと黙殺していたマッキンリー大統領や議会も、世論に押されて同年4月にスペインに宣戦布告する。
軍事力にまさるアメリカ軍はスペイン軍を圧倒し、同年12月に講和が成立。アメリカはキューバを保護国化した上、フィリピンなどの海外領土をスペインから獲得する。米西戦争は、アメリカが帝国主義化するきっかけとなった、世界史でも意義の大きな戦争だった。
アメリカが開戦に踏み切った本当の理由
マッキンリー大統領が開戦に同意したのは、キューバに巨額のアメリカ資本が投入されていたという事情が大きい。キューバでの反乱が拡大して革命にまで至ると、投資した資金が回収できなくなる恐れがあり、政財界にとっては看過できない問題だった。
政治家たちは、さすがに低俗なイエロー・ジャーナリズムの主張に動かされるほど単純ではなかった。「イエロー・ジャーナリズムが米西戦争を引き起こした」という通俗的理解とは裏腹に、マッキンリー大統領は《ワールド》紙や《ジャーナル」紙に目を通すこともなかったという。
歴史学者の冷静な分析に従えば、ハーストがいなくても遅かれ早かれアメリカはスペインとの戦争を決断したはずである。しかしながら、世論を戦争に向けて盛り上げる上で、ハーストらの「イエロー・ジャーナリズム」は極めて大きなインパクトを残したと言っていいだろう。
過剰な報道によって「新聞王」の地位を築いたハーストだったが、その報道姿勢は思わぬところで彼の足をすくうことになった。
1901年に起きたウィリアム=マッキンリー大統領の暗殺事件が、そのきっかけである。
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