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島崎藤村「夜明け前」について

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小説「夜明け前」についての感想
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島崎藤村「夜明け前」について④【完結】

島崎藤村「夜明け前」について④【完結】

11.父がいた時代夜明け前は、「子にとって父とは何か」という主題にも取り組んでいる。それは単に、主人公・青山半蔵のモデルが作者の父・島崎正樹であることだけでなく、半蔵と彼の父・吉左衛門の関係が、他のどんな人間関係よりも丁寧に描かれていることからも、容易に読み取れる。

父・吉左衛門は、基本的に半蔵の理解者として描かれている。継母も、妻も、子供たちも、村の農民も、馬籠以外の木曽路にある宿場町の庄屋仲

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島崎藤村「夜明け前」について①

島崎藤村「夜明け前」について①

1.読書体験を書くこの文章は書評、などと大げさに構えて、作品の新側面を開いてみせたり、文学史における作品の位置を測ってみたり、そういった、公正に見えて偏見の多い、実りがあるようで虚しいだけの作業ではない。ただただ、自由に読んだ結果としての感想を、自由に書いてみるのである。

自由に書くと言っても、ひとたび読書感想文と銘打てば、書けることはあくまでも、本の内容について感じて想ったことのみに限られてし

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島崎藤村「夜明け前」について②

島崎藤村「夜明け前」について②

5.物語の輪郭夜明け前を読み終えるには、2ヶ月半後の2月15日までかかった。ボリュームもさることながら、幕末明治の歴史を扱っているので、読みつつ調べなければならない所から、これだけの時間を要したのである。

読み終えてまず思ったのは、この小説には様々な見方があるという、至って素朴なことだった。素朴ではあるが、当たり前ではない。様々な見方を特に必要としない小説は珍しくないのだから。

その「様々な見

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島崎藤村「夜明け前」について③

島崎藤村「夜明け前」について③

9.思想と生活の重なり夜明け前における学問の扱われ方は、島崎藤村の学問観を色濃く反映していると思われる。

半蔵が学問によって奇人視され部外者になったことはすでに述べた。彼の同門はどうか?いずれも明治の現実に失望し、不遇や没落といった憂き目を見た点では、半蔵とそう変わらない。

今は師も老い、正香のような先輩ですら余生を賀茂の方に送ろうとしている。そういう半蔵が同門の友人仲間でも、香蔵は病み、景蔵

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