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映画感想 新感染 ファイナル・エクスプレス

 『新感染 ファイナル・エクスプレス』は2016年制作の韓国映画。監督はヨン・サンホ。ヨンだけどあの「ヨン様」ではなく、アニメ監督のヨン。2011年『豚の王』でアニメーション監督としてデビューし、2013年『フェイク~我は神なり』を監督、他にもテレビシリーズ監督、プロデューサー、声優などを経験し、実績を積んできた。実写映画の監督は本作が初めて。『新感染』が劇場公開された2016年7月の1ヶ月後、ヨン監督によるアニメ版『ソウル・ステーション/パンデミック』が劇場公開された。『新感染』によってアニメ・実写を横断して作品を作れる監督へと成長していく。
 映画批評集積サイトRotten tomatoでは125件の批評家評があり、肯定評価が94%。オーディエンススコアが89%。ぶっちぎりの高い評価を獲得する。
 カンヌ映画祭ミッドナイト・スクリーニング部門招待作品、ファンタジア国際映画祭で最優秀作品賞、シッチェス・カタロニア国際映画祭で監督賞・視覚効果賞受賞。他にも第37回青龍映画賞技術賞、第36回韓国映画評論家協会賞で10大映画賞、技術賞、その他多くのアワードを獲得し、世界的にも高く評価された作品である。
 イギリスの映画監督エドガー・ライトは「私が見た中で最高のゾンビ映画」と称賛。スティーブン・キングも「ウォーキングデッドが大人しく見える」と本作を絶賛した。
 2021年にジェームズ・ワンがプロデューサーとなってリメイク権を獲得。現在のところ動きはないが、ハリウッドリメイクされる予定である。

 では前半のストーリーを見ていきましょう。


「常務、いま手放したら証券はただの紙くずになります。原因究明もまだですし、デマの可能性もありますから……」
 ファンドマネージャーであるソ・ソグはそう説得して電話を終えた。件の情報についてネットで探る。“デマ”ではなく、なにかが起きているらしい……。ソグは部下であるキム代理を呼び出し、関連銘柄をぜんぶ売却するように指示する。その後で、
「ちょっと待った。今どきの子供は、どんなものが好きなんだ?」
 帰宅して駐車場に車を止めたところで電話が鳴った。別れた妻だ。妻とはまだ離婚調停だった。今回もその件らしく、ソグは素っ気なく「娘のスアンは俺が育てる」と言う。
「あなたには無理よ。親子の会話はあるの? スアン明日こっちに来るって。聞いた?」
 ……そんな話は知らない。明日は娘のスアンの誕生日。いつの間にか、スアンが母親に会いに行くことなっていたらしい。1人で電車にのって、遠い釜山まで行く……という計画を立てていた。
 ソグは自宅に戻り、スアンと会う。誕生日プレゼントのゲーム機を差し出すが、ふと部屋の中を見ると、同じゲーム機が……。そうだった、今年のこどもの日に同じものを買ったんだった。
「釜山に行きたいんだって? スアン、最近、パパは仕事で忙しい。来週なら行ける。待ってくれるか?」
 しかしスアンは、
「嫌だ。明日がいい。パパはまた今度って嘘をつくよね。私1人でいけるから」
 そんなスアンを1人で行かせるわけには行かない。
 ソグは急遽休暇を取り、スアンと一緒に行くことにした。釜山に着いたら、別れた妻と会うことになるのか……。
 まだ夜が明けぬ時間に家を出発し、新幹線に乗る。
 いよいよ出発……というとき、1人の少女が新幹線に飛び乗った。新幹線は何事もなく出発する。しかし最後に飛び乗った少女は――すでに感染していた。


 感染した少女が駅員に襲いかかり、一気にパニックが広がっていく……という展開は開始20分から。そこまではソグ&スアン親子のかなり地味で静かなシーンが続く。前半20分はあくまでもイントロダクションだ。ここから派手なシーンが続くから、あえて静かなシーンを前半に置いてきている。

 まず登場キャラクターたちから見ていこう。

 主人公のソグとスアンの親子。お父さんのソグは夜明け前に起きたので、居眠りをしているところ。

 ミン・ヨングク&キム・ジニの学生コンビ。うーん、爆発してろ。野球チームの遠征で新幹線に乗り込んだらしく、チームメイトと先生が一緒に乗り込んでいる。

 ユン・サンファとその妻ソンギョンの新婚カップル。妻はトイレに入っているところ。
 サンファを演じたマ・ドンソクは本作で一番のイケメン。え? イケメンに見えないだって? 作品を見れば絶対に「いい男」ってわかるはず。

 ヨンソクと駅員コンビ。駅員はトイレの中に体を入れているので、ジャケットの青い袖口だけが見えている。この2人が本作のヘイトを背負う立場になっている。

 お婆ちゃんコンビ。役名はよくわからなかった。

 オマケのホームレス。新幹線の中に乗車券なしで飛び込んできた人。

 と、このようにほとんどのキャラクターたちがコンビとして作られている。ここから新幹線の中は大混乱に陥るわけだが、すると困るのは視聴者は誰を中心に見ていけばいいのか? この作品では上に挙げたキャラクターたちを見ていけばいいように作られている。
 ポイントはそれぞれのコンビが、みんな年代・職業にバラツキを作っているが、コンビ同士では共通点がわかるように作られていること。それぞれでコンビを作っているので、なにかあった時に「誰が誰を助けたくて行動するのか」という動機もわかりやすくなる。例えばソグ&スアン親子の場合は、ソグはスアンを助けたくて行動する。ヨングク&ジニ学生カップルは、ヨングクはジニを助けたくて行動する……とキャラクター名を把握してなくても、カップリングが提示されているからボーッと見ているだけでもわかるように作られている。
 キャラクター設定の時点で誰が見てもすぐにパッとわかるようにカラー分けされている。エンタメ映画のお手本レベルで良くできてた設定だ。

 ここも上手いカット。始めにソグを見せて、その少し後ろに座っているお婆ちゃんコンビを見せ、さらに右へPANしてヨンソクの姿を見せている。1カットでたまたま同じ車両に乗り合わせたメインキャラクターの顔を順番に見せている。

 もう一つうまいのは、どのシーンもかならず「象徴的なカット」が必ず入ること。こういうところで状況を見せている。まず1カットで状況がパッとわかる画を出しておいて、そこから詳細なシーンを見せていっている。初めて見る人でも、画像を1枚出しただけでだいたいの状況がわかるはずだ。

 この作品には一度も「ゾンビ」という言葉が使われていない。これは韓国映画市場で「ゾンビ映画は売れない」という前例があったので、「ゾンビという言葉を使うと客からそっぽ向かれるかも知れない」という事態を避けるために、映画中でも宣伝でもゾンビという言葉が避けられた。
 その結果、「ゾンビ映画らしくない独特のなにか」が生まれた。まずいって、この映画のゾンビは噛みついて感染を広げるだけ。西洋のゾンビは「食欲の権化」となって人間を食べることを目的としているが、本作では食らいついて人体破壊する場面がない。結果として、ホラー映画にありがちな「凄惨なシーン」がほとんどなくなり、そこまで怖くなりすぎていない。「怖い映画は苦手」という人でも本作であれば楽しめるはずだ。

 それから音楽。パニックが始まってからえんえん「ダダダダダダ」と勢いのいいリズムを刻み続ける。そんなホラー映画ありますか。この映画は「恐怖描写」がメインテーマではなく、極限状態に陥ったところでいかに逃れるか……がメインテーマ。そういうところは表現を見ても音楽を聴いていてもわかる。
(ただ音楽がありきたりかな……と思うところも)
 もう一つ、妙に気になった特徴だけど、ゾンビになった人たちはやたらと頭を振りながら走ること。これは西洋ゾンビでも、日本のゾンビにもなかった特徴。そういえば中国のカンフー映画でも、アクションの時にやたらと頭を振るから、その流れかも知れない。

本編とはあまり関係ない話だけど……ホームと車両の間、空きすぎじゃない? 下が見えてちょっと怖い。

 本作の秀逸なところは、新幹線の中にゾンビが出現してから。そこから数分刻みで「大状況」「小状況」が刻々と変化するように作られている。そこを見ていこう。
 ちなみに大状況・小状況なんて映画用語はありません。ここだけで使う言葉です。

 ここから「ネタバレあり」です。

開始20分。大状況:ゾンビ出現
 ∟野球少年ら、ゾンビの出現に気付く。
 ∟駅員、「逃げて! 逃げて!」と叫びながら電車の後ろのほうへ走って行く。
 ∟7号車でソグとスアン合流。一緒に逃げる。
 ∟サンファ、ソンギョンを連れて逃げる

開始25分。大状況:避難完了。ゾンビ達を向こうの車両に押し込める。  ∟チョナン駅を通過する予定だったが、ヨンソクの命令で止まることに。
 ∟29分。ソグ、母からの電話。母も感染している。
 ∟31分。チョナン駅、すでにゾンビで陥落しているので、そのまま通過。
 ∟35分。スアン、お婆ちゃん達に席を譲る。
 ∟ソグ、個人投資家のミン大尉に電話する。

開始38分。大状況:テジョン駅到着。
 ∟全員、一度下車。
 ∟44分。テジュン駅の軍隊がすでに崩壊していることに気付く。
 ∟51分。乗客を乗せてテジョン駅出発。この時点で、全員バラバラになる。

開始52分。大状況:新幹線再び出発。全員バラバラの車両に乗り込む。
 ∟9号車のソグ、サンファ、ヨングク。仲間達を救いながら15号車を目指す。
 ∟57分。11号車でヨングクのチームメイトがゾンビになっている姿を目撃する。
 ∟58分。トンネルの中に入る。
 ∟1時間。スアン、ソンギョン、お婆ちゃん、ホームレスと合流。
 ∟1時2分。ソグ、サンファ、ヨングク、トイレの中に逃げ込み、語り合う。
 ∟1時5分。再び行動。ソグ達、網棚を移動して通り抜ける。
 ∟1時8分。14車両までやってくる。しかし次の扉がロックされている。
 ∟1時15分。ソグ、ヨングク、15車両目到着。
 ∟1時18分。お婆ちゃん、15車両目のドアを開ける。

開始1時20分。幕間。
 ∟1時20分。車掌、管制室に電話するが、繋がらない。
 ∟ソグ、スアンと語り合う。
 ∟1時24分。キム代理からの電話。

開始1時26分。テグ駅。線路に障害物。緊急停車。車両を移ることに。
 ∟車掌が新幹線を出て、運行可能な列車に移動。
 ∟1時29分。ソグチーム、移動開始する。
 ∟1時30分。ヨンソク、移動開始。
 ∟1時32分。暴走機関車、激突。
 ∟ヨングク&ジニ、車両に入る。
 ∟1時34分。ソグ、気絶状態から目を醒ます。
 ∟1時39分。ソグ、スアン、ソンギョン、電車に乗り込む。
 ∟1時41分。車掌室にすでにゾンビが。
 ∟1時47分。○○電車から飛び降りる。
 ∟1時50分。トンネルの中へ入っていく。

 タイムを取り忘れたところが結構あるけど、だいたいこんな感じ。
 「閉鎖空間」は映画的な舞台として魅力的なものらしく、色んな人が挑戦している。飛行機の中や、エレベーターの中。そういった閉鎖状況からいかに脱出するのか……がエンタメ映画としての醍醐味だが、しかしエンタメとして成立させるのは難しい。閉鎖した空間だから、そこでできることは限られてしまう。うまくいかない場合、展開も奥行きもない、薄っぺらい作品になってしまう。意味のない対話シーンを増やしてどうにか尺を増やす……そういう作品は多い。列車が舞台の作品も多く、進行方向が必ず1方向……と物語の進行を提示しやすい一方、単調になりがち、という問題が起きる。
 もちろん本作は大成功作品。いかにして閉鎖空間をエンタメとして成功させたのか……。まず主人公を5チーム+1人の合計11人としたこと。単純に11人だったら多すぎだが、それぞれでコンビを組ませて、危機に陥った時「誰が誰を助けたくて行動するのか」が明確になる。
 実はそれぞれのキャラクターが持っているドラマは薄い。そこまで奥行きはない。主人公ソグ&スアンコンビはどうして新幹線に乗って、どこへ行こうとしたのか……が掘り下げられたが、それ以外のキャラクターはよくわからない。その辺りは別に「わからなくてもよい」というふうに作られている。
 ただ、それぞれで小さなドラマを必ず持たせているから、それが良いタイミングでポンと出すと盛り上がる……という設計になっている。
 次に展開。まず「大状況」があるのだが、これが10分から長い場面で20分以内。さらにその中に「小状況」が展開するのだが、これが2~3分で必ず変化するように作られている。2分単位で状況が変化し、次なる大状況へ移っていく……という構成だから、状況が絶えず動いているように感じさせる。

 大状況を見ると、大きなポイントは開始38分のテジョン駅。ここで一旦停車し、全員が降車する。その後、テジョン駅がすでに陥落していることに気付き、再び電車に乗る。ここで全員の乗っている場所がシャッフルされる。ここから次なる状況、「ソグ、サンファ、ヨングクの3人で仲間を救出しつつ15号車を目指す」というストーリーが作られている。状況でストーリーを作っている、というのが良い。余計な説明台詞が一切ない。誰が見ても明快で、緊張感ある展開がこの時点で保証されている。
 時間配分もテジュン駅のシーンが13分、救出シーンが長めで22分。次なるテグ駅のシーンが20分ほど……とすべてのシーンが15~20分で収まっている。おかげで全体がギュッと締まった感じになっている。余計なものをぜんぶ切り詰めているから、ずっと緊張感が続く映画になっている。
 キャラクターの構成、展開の構成、どちらもお手本にしたいくらい良くできている。この作品をパニック映画の教科書にしてもいいくらいだ。

 途中で書いたように、これはいわゆるな「ゾンビ映画」ではない。ゾンビの怖さとか、それがもたらすグロテスクな表現というのがほとんどない。『ウォーキングデッド』でもそうだけど、ゾンビがいるという状況から、どんな人間のドラマが生まれるか。そういう意味で『ウォーキングデッド』と本質的には同じ内容だが、それを小さくパッケージングされて構成されている。5組+1人のキャラクターが作り出すドラマに、3分ごとに展開していく物語。すごく見やすい作り方だ。
 それで、それぞれのドラマは実は薄い。主人公ソグ&スアン以外はどういう素性なのかよくわからない。ホームレスのおじさんは最後まで行動動機がわからなかったし、ヨンソクと同調した駅員もどういう人間なのかぜんぜんわからない。それっぽいドラマを一口サイズでダーッと並べたような作品。そういう意味で、実はドラマとしては薄い作品だが、しかしエンタメ映画としてとことん痛快。エンタメに全面振り切った結果、とてつもなく楽しい映画になっている。
 最終的にはゾンビ映画とは思えないような感動的なシーンがやってくる。ゾンビ映画なのに、クライマックスで泣けるって……。そんな映画はこれが初めてかも。
 ゾンビをあえてメインに据えなかったからこそできた作品。ゾンビ映画の新たな世界を切り拓いたかも知れない。

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