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映画感想 ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY

 2月2日視聴。
 『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒』は『バットマン』などを擁するDCコミック原作の映画で、『スーサイド・スクワッド』で華麗にデビューし大きな好評を得たマーゴット・ロビー=ハーレイ・クインの単独映画化作品である。
 監督はキャシー・ヤン。中国系アメリカ人で、DC映画を監督することになった2人目の女性監督であり、アジア系監督としては初めての作品となる。脚本クリスティーナ・ホドソンも女性で、メインとなるスタッフに女性を立たせ、女性が中心となって指揮する映画としても注目ポイントが高い。

 さて本編。
 ハーレイ・クインの生い立ちからジョーカーとの破局を、カートゥンアニメで一気に表現される。その後もジョーカーと別れて単独になったハーレイ・クインの日常が描かれていくが、この辺りの描写もハーレイ・クインの視点で描かれている。ハーレイ・クインのテーマカラーである強いピンクの照明があちこちに使われているし、プロローグシーンのクライマックス、トラックで工場に突っ込むシーンでは花火が打ち上がっている。実際にあんな場面で花火が打ち上がるわけがないので、ハーレイ・クインの目線で描かれた、やや妄想の入ったシーン作りとなっている。
(後で刑事が駆けつけるシーンでは爆発のエフェクトが違っている)
 そういうわけで、ハーレイ・クイン視点のストーリーなので、どこまで本当かどうかよくわからないシーン。ジョーカーに捨てられた、というエピソードもどこまで本当なのやら……。

 そのプロローグを抜けて、映画はレニー・モントーヤというゴッサム市警刑事の目線に移る。そうすると、ちょっと刑事物っぽい重厚な画面構成に変化する。ここからは映画は中立的な視点で映像が描かれていくことになる。
 それでも、ハーレイ・クインの存在感はあちこちに示される。新しい登場人物が出現するたびに画面が止まり、落書きが入っていくカットがそうなのだけど、それ以上にお話の進行が真っ直ぐに進まない。時間があちこちに飛び交って、行ったり来たりを繰り返す。
 ここに精神に異常のある人の目線を感じる。精神になしかしらの病を抱えている人というのは物事の時間軸を真っ直ぐに捉えていないし、文字や文章を書かせるとあちこちで抜けたり飛んだりする。物事を順序立てて思考するということができない。編集でそういう異常さをうまく表現しているし、ナレーションが入ってくるからハーレイ・クインの存在感をずっと感じられる。またそういう見せ方をポップなコラージュで作られている感じがあり、それが今時なガーリーな雰囲気を装っている(ここはあくまでも「装っている」であり、実際にはその背景にサイコパスっぽい空気を持たせている)。

 一見すると秩序なく物語進行を引っかき回している印象だが、でも意外に合理的で、この物語にはハーレイ・クイン、ヘレナ、ダイナ、レニーの4人の視点があるのだが、全員の視点を平等に見せつつ、ひと連なりの物語として乖離していない印象を作っている。時間が行ったり来たりで引っかき回していると見せかけて、それぞれの主人公をきちんと掘り起こそうとしている。このアプローチ方法はなかなかうまい。

 ところで、今回のゴッサムシティは、今までの映画とだいぶ印象が違う。ゴッサムといえば高層ビルが多く、その屋上にバットマンが立っているイメージだ。
 ところが『ハーレイ・クイン』に登場するゴッサムは建物が低く、出てくる店もずいぶん安っぽいし、市場みたいな場面が描かれている。
 なんだろう……と思ったが後半に入り、舞台となっている街の向こうに摩天楼が立ち上がっているのが見えた。あれがいつも『バットマン』が舞台にしている都市の中心地で、今回『ハーレイ・クイン』が舞台にしたのはその周辺の、「下町」っぽいところだということがわかる。
 バットマンが普段活躍しているのはゴッサムシティの中でも高級な地域で、『ハーレイ・クイン』はそこから一段も二段も落ちる場所。ハーレイ・クインは犯罪王たちがひしめく界隈から排除されて転落してきた……という立場がこういうところからも見えてくる。

 お話はというと、ごくシンプルにとある一族のお宝のありかを記したダイヤを巡るお話。そのダイヤを、スリの少女カサンドラが飲み込んでしまった。それで仕方なく、カサンドラを守って悪党から逃れていく。
 そこに色んなキャラクター達が絡み合って、少しずつクライマックスへと歩を進めていく。
 正直なところ、物語の進行はキャラクター数が多いし、さらに頻繁に前後するから、かなりモタつく。お話が動き始めたと思ったら、前の場面に戻ってしまうを繰り返す。時間を見ても30分や40分くらい動いていないような錯覚すら感じてしまう。
 でも中盤モタつきがあったぶん、4人のキャラクターが充分掘り下げられ、後半のキャラクター集合と共闘の展開がうまくハマっている。『スーサイド・スクワッド』では最後までキャラクター達にピンと来なかったし、共闘に盛り上がりを感じなかったが、『ハーレイ・クイン』はこの辺りがうまくいっている。

 ただ引っ掛かりの多い作品でもあって、まず画作り。冒頭はハーレイ・クインの視点で映像が作られていて、映像にもハーレイ・クインの妄想が入っていてうまくいっている感じがあったのだが、それ以降はもう少しフラットな画面作りになっていく。そうすると、ハーレイ・クインの存在がどうにも風景から浮いて見えてしまう。ハーレイ・クインと周囲の世界観とがうまくはまり込んでいるように見えず、どうにもあの可愛い風体が居心地悪く見えてしまう。実写の背景にアニメのキャラクターを放り込んだみたいだった。
 ハーレイ・クインの目線が随所に挿入されるのだけど、例えば朝食を落とすシーンのスローモーション映像や大袈裟なリアクションにしてもそこだけあまりにも漫画的で、その他のシーンと浮いちゃって見えてしまう。そういった場面に中途半端さを感じてしまう。

 次にハーレイを中心にヘレナ、ダイナ、レニーという女性を中心とするヒーローが集結するのだが、この3人の風貌が地味。ハーレイ・クインだけがあまりにもアニメ的な存在に対して、残りの3人が普通にどこにでもいそうなオバサン。ヘレナことハントレスだけは暗殺者ということで特異な存在感を持っているが、やっぱり風貌が地味。ヒーロー物としてのかっこよさがない。
 歌姫ダイナには超音波という秘技を持っているのだけど、なんかとってつけた感があった。超音波を使うのは1回だけで無理矢理使わせた感があるし、その時の画がやっぱり浮いてしまっている。
 あの地味な3人をヒーローとして立たせようとしたことで、かえってメインとなっているヒロインの存在感が薄れてしまった感があって惜しい。いろいろ描きすぎて薄味になっちゃった……という感じ。

 悪役であるブラックマスクは狂気を孕んだマフィアとして存在感を放っていたが、最後の場面でマスクを被り始めて、それが単なるコスプレに見えない。一応それがコミック映画ですよ、というフォローとなっているのだが、コスプレ姿が画面から浮いちゃってるし、そこまでにキャラクターがしっかり作り込まれているのだからマスクは必要なかったのではないか。マスクを付けた蓋然性もよくわからないし。
 アクションにも引っ掛かりがあって、どの場面も作り物っぽく感じる。華奢な女に殴られて、巨漢の男達が大袈裟にのけぞったり吹っ飛んだりするのだが、そこまでの力がかかっているように見えない。どのアクションもわざとらしさがあっていまいち乗り切れない。ハーレイ・クインの警察署襲撃シーンにしても、訓練を受けた警察なら、あんなに簡単に倒れないでしょう。
 でもハーレイ・クインことマーゴット・ロビーのスタントそのものは見事なもので、どの動きも非常に優美。どのシーンも一癖二癖あるアクロバティックな動き(振り付け)が披露されるのだが、その動き自体は非常に美しい。ハーレイ・クインというキャラクターらしさがうまく出ている。

 総合的に見ると、ハーレイ・クインの視点で描かれた、一見するとガーリーだがどこか歪なサイケデリックさが全編に満ちあふれていて楽しい作品になっている。ハーレイ・クインが登場していないシーンでもナレーションで存在感を示していて、ずっとハーレイ・クインが感じられる。それに、やっぱりマーゴット・ロビーはチャーミングだ。あの独特なチャーミングさと寄り添える映画なので、充分楽しめる作品でしょう。


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