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映画感想 エスター

 難しい映画を観た後は、気楽なホラーを見たくなるものです。そんなふうに見はじめたホラーは……エグいやつでした。

 『エスター』は2009年のアメリカ映画。原題は『Orphan』。直訳すると『孤児』となる。邦題は主人公の名前をタイトルに持ってきている。
 『エスター』は当時、ホラー界隈でかなり話題になった作品だね。私もこの作品の存在を知っていたけど、その当時は作品を見る手段がなく、なんとなく見逃してそれきりになっていた。それがふと気付けばNetflixで配信されていた。ああ、あの頃の……! というわけで10年越しに見たかったホラー映画を視聴することになった(映画が配信で見られるって良い時代になった)。
 監督はジャウム・コレット=セラ。スペイン出身の映画監督で、2005年にジョエル・シルバープロデューサーにチャンスが与えられ『蝋人形の館』をリメイクしている。『蝋人形の館』は批評的には芳しくなかったものの、そこそこの商業的成功を収めることになり、次に繋がる。『エスター』はジャウム・コレット=セラ監督の3作目。ジョエル・シルバーが再びプロデューサーを勤め、ロバート・ゼメキスらが発足したホラー映画専門レーベル:ダークキャッスルエンターテインメントで制作されることになる。
 今から14年前である2009年、この映画はホラー映画界隈ではかなり高く評価され、伝説的な1本として現在に至るまで何度も名前が挙がるほどの作品になる。その14年後である今年、まさかの続編が公開されるほどに。
 制作費20万ドルに対し、興行収入は78万ドル。映画批評サイトRotten Tomatoesによれば肯定評価は58%。オーディエンススコア63%となっている。話題になった作品だったが、実は評価は低い。話題になったからこそ……なのか、それとも当時からこの評価だったのかはわからない。
 2010年ブリュッセル国際ファンタスティック映画祭で国際長編コンペンティションゴールデンレイヴンを受賞する。

 それでは前半のストーリーを見ていきましょう。


 順風な生活を送っていたケイト&ジョン・コールマン夫婦は、3人目の子供を出産しようとしていた。しかし分娩が間近という頃になって急にケイトの体調が崩れてしまう。3人目の子供は死産だった。
 それ以来ケイトは精神的に不安定な日々を過ごし、一時アルコール依存にも陥っていた。その状態からようやく回復し、生まれてこなかった3人目の代わりに養子を引き受けようと考える。
 聖マリアナ女子孤児院を尋ね、そこでケイト&ジョン夫婦は、回りの子供たちと少し違う雰囲気を持った《エスター》という少女と会い、強く惹きつけられる。
 9歳の子供なのに、回りの子供たちよりずっと大人びている。絵画を趣味にしているけど、すでに大人のような技術を身につけている。それにとても美しい。
 エスターと少し話をしているうちにすっかり魅了されてしまったケイト&ジョンは、彼女を引き取る決心をする。


 こうして美少女エスターを引き取る……という展開まで20分ほど。

 まず主人公ケイト&ジョン夫婦のお住まいを拝見しましょう。

 いやぁ、立派ですね。オシャレなモダン建築。ジョンが設計士で、ケイトは現在は休業中だが大学の音楽教師を務めていたらしい。ステータスがかなり高めの夫婦のお屋敷……という設定だ。
 ポイントは画像の右手に見えているガラス張りの部屋。家の中に「植物園」のような空間があるんだよね。ここが物語の大きな舞台となる。わかりやすい舞台を作れる、いいお屋敷です。
 ホラー映画は「場所」がもう一つの主役。いいホラー映画にはいい建築物が出てくるもの。いい“配役”です。

 さて、本作の主役である“サイコパス・チルドレン”は……。

 か、かわいい~~!! マジな美少女! あーもう好き。
 作品の中では「ロシア出身の9歳」となっているけど、エスター演じるイザベル・ファーマンはアメリカ生まれのロシア系アメリカ人。『エスター』出演時は12歳だったとか。女優としてのキャリア2本目の作品だった。
 イザベル・ファーマンは現在26歳。『エスター』以降も女優として様々な映画に出演したけれども、残念ながらあまりいい役に恵まれず。有名作品としては2012年の『ハンガー・ゲーム』のクローヴなどがあるけど、いまだに代表作が『エスター』となっている。26歳の今でもものすごく可愛い女優さんなのに、惜しい。12歳で猛烈なポテンシャルを見せてくれたのだから、これからの成長を期待しよう。

 現在のイザベル・ファーマン。26歳。今でも可愛い!

 で、この可愛い女の子が……

 こうなって

 こうなる……というのがこの映画。

 とにかくも、イザベル・ファーマンの名女優ぶり。見た目が可愛いだけじゃなく、主演のケイトを演じたヴェラ・ファーミガがかすんで見えるほどの悪女演技。
 描き方もなかなか良くて、最初のエスター登場シーン、やわらかな光が当たって、すごく優しい雰囲気で描かれている。でも、こういう照明で描かれているのは最初のシーンだけで、その後は顔に暗い影が乗っていき、表情の作りも冷たくなっていく。後半はその冷たい顔に不気味な微笑みが浮かぶようになっていく。怪物エスターをいかに描くか……そこに全神経が注がれている。

 ただし……前半30分くらい面白くないんだ。
 前半30分は事件が起こらないから……というのがあるんだけど、5分おきに意味もなく思わせぶりなシーンが入ってくる。これがすごく余計。これがあるおかげで、エスターの怪物ぶりがじわじわと見えてくる……というお話しなのに、最初から「そういう雰囲気」になってしまっていて、意外性が失われてしまっている。この演出のせいで、「このエスターっていう女の子は実は怪物ですよ」と正体がバレちゃってる。
(確かに宣伝用ポスターの段階でバレちゃってるんだけど、映画の最初の部分は観客を騙すつもりで作って欲しかった)

 どうして余計な思わせぶり演出が入るのか……というとこの作品があくまで「大衆娯楽映画」だから。アメリカ映画はあまり「教養レベルの高くない人」を想定して描く場合が多い。そこでホラーなのに、前半の展開でホラーっぽい演出がないと、教養レベルの低い観客はこの作品がホラーだということを忘れてしまう……というのがある。例えばモンスターが出てくる映画なのに、前半1時間モンスターが出てこなかったら、アメリカの大多数の観客は「もっと早くモンスターを出せ」とクレームを入れてしまう。
 『エスター』の場合、前半30分くらいは事件が特に何も起こらない。そこからじわじわとエスターの怪物ぶりがわかってくる……という構成なのだけど、そこに至るまで本当に何もないシーンが展開してしまうと、「教養の低い観客」は退屈だと感じて映画館から出てしまう。
 そういう「残念な観客」の関心を引きつけておくために、意味もなくとも思わせぶりなシーンをポンポンと入れなくてはならない。監督が反対しても、プロデューサー判断でそういうシーンが一杯入れられてしまう。
 でも、そういうシーンほど余計に感じられるものはない。
 観客の教養レベルはみんな同じではない。どの観客にレベルに合わせるか……の判断は難しい。どうやら『エスター』は「低い方」に合わせることにしたようだ。

 もう一つの引っ掛かりどころは画面。画作りの平坦さ。どのカットも奥行きを感じない人物のクローズアップばかり。日常描写のルックはあまりにも平坦で退屈してしまう。2000年代以降の作品なのに、まるでその以前のテレビドラマのような画面ばかり。
 あくまで「普段から低予算テレビドラマくらいしか観ない」ような観客を想定して描かれた映画だ。

 でもいいシーンはあって、ケイトが娘マックスに手話で絵本を読み聞かせている場面。難聴のマックスが補聴器を外すと、完全な無音になり、BGMがゆったりと挿入してくる。そこから手話だけの演技が続く。
 こういうところを見ると、脚本や配役はすごくいいんだ。

 聴覚障害を持つ娘マックス。この子も可愛い!! 演じたアリアーナ・エンジニアは本当に聴覚障害だった。

 前半と画作りに難あり……な作品だけど、中盤を越えた辺りからじわじわと面白くなっていく。美少女:エスターの怪物ぶりが現れてきて、ケイトはそのことに気付き始めるのだけど、夫のジョンはぜんぜん気付かない。なぜならエスターはケイトに対して露骨に敵対的態度を取る一方で、ジョンに対しては「かよわい美少女」を演じているからだ。なぜそうするかというと、エスターの目論見はケイトを排除して、ジョンを「寝取る」こと。美少女を装った「色ボケババア」がエスターの正体。
 エスターはケイト&ジョン夫婦の仲を引き裂こうと企て、ケイトはその目論見にうすうす気付き始めるのだけど、ジョンは気付かず騙されていく。そういう状態に陥ってからは、お話しに緊張感が出てくる。前半の「余計な思わせぶり演出」もだんだん不要になっていって、脚本と演出のテーマが合致してくる。そうなってからは脚本の良さが楽しめる作品になってくる。

 クライマックスはホラー映画らしい、殺戮と流血。この辺りの描写が凄い。過去に描かれたレジェンド級ホラーモンスターにも負けていない。見た目が可愛いのに凶暴……そのギャップが怖いというのもあるのだけど、殺人鬼が子供だから見ている側の倫理観を壊してくるものがある。生理的に嫌な気分になる。いかにも殺人鬼……という風貌のモンスターが殺戮をやるよりも怖く感じられた。12歳の子供によくあんな芝居をやらせるよね。
(いたいけな少女が凄惨な世界に放り込まれる……といえば『魔法少女まどか☆マギカ』といった作品もある。やはり少女だからこそ、ああいう作品はゾクゾク来るんでしょうね)
 エスターは確かに伝説として残りうるだけのホラー・キャラクターになっている。しかもイザベル・ファーマンという女優のこの時でしか演じられない作品だから、再演不能の1本。「もう一度同じものが作られない」作品だからこそ、その後も伝説となるほどの作品になったのだということがわかる。

 でも……やっぱり可愛い子には可愛いことをしてほしいよね。女の子がただ可愛いだけ……の映画ってそうそうエンタメにならないんだけど。誰かの悲劇こそが極上のエンタメになる……そんなものを楽しんで見る人間も業が深い。
 そんなぬるいことを考えながら、視聴を終えるのだった。

続編・エスター2 ファーストキル感想文


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