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映画感想 来る

 映画『来る』は2015年に発表された澤村伊智によるホラー小説『ぼぎわんが、来る』を原作とした作品で、2018年に劇場映画化された。
 前評判として聞いていたのだけど、ちょっと変わったことをしているホラー。というのも、後半、謎めいた悪霊と対決するために、日本中の霊媒師が集結するが、呪いによって霊媒師達が次々と倒されてしまう……という少年バトル漫画展開が繰り広げられる。ホラーとされているが、恐怖感はまったくなく、むしろ未知の怪物を倒すために様々な霊媒師達が集まる展開にワクワクさせるものがある。
 しかし、実は【悪霊VS霊媒師】の対決はこの映画の核というわけではなく、むしろその悪霊によってどん底に突き落とされていく若い夫婦の物語が中心となっている。この夫婦の物語が映画の大半を占めるのだが……これがあまり面白くない。
 お話自体、テレビドラマなんかでよく描かれていそうな話だし、この夫婦の物語がホラー的な面白さを作っているかといえばそうでもない。『来る』は少し変わった構成で、主人公が次々に死んで交代していく、という構成を取っていて、主人公が変わっていくごとに視点が変わり、「前半のお話は実は……」と新事実が炙り出されていく構造になっている。しかしこれが「同じストーリーを繰り返されているだけ」という印象になっているし、しかもやっていること自体がテレビドラマでよく見るようなやつなので、やはり面白くない。

 そういうお話はさておき、観ている側の関心としてまず「悪霊の正体は?」という問題。悪霊はどうやら最初の主人公・田原秀樹に取り憑いていたらしい……田原秀樹の少年時代に何かしらの原因があるらしい……というところまではわかるのだが、それ以上に悪霊の正体に追求されることがない。何者だったのか、何が切っ掛けだったのか、何もわからない。前半部分で「ぼぎわん」という名前は提示されるが、それがなんなのかもわからない。
 悪霊ついての謎が多く、由来も不明であればどういった性質……出現場所であるとか、どういうときに力を発揮するのかとか、どうすれば除霊になるのかとか。悪霊に一貫性を持ったキャラクター性がない。ホラーものの定石で、悪霊の正体について掘り下げ、突き止めていく……という展開があるべきなのだが、これがないからモヤモヤする。
 それに、悪霊が主人公の日常生活にどのように作用して、混沌をもたらしたのか……そういったお話もない。最初の主人公が実はクズでした……という話が出てくるが、それは悪霊そっちのけのお話になってしまっている。
 とにかく異常なほど力が強い……という設定だけが示されて、それもなぜなのか、どうしてそこまで凶暴な悪霊になったのか、そういう提示がない。ごく普通の男性に取り憑いていた悪霊に過ぎないものなのに、どうしてここまで凶暴・凶悪だったのか、理由がないからどうしてもスッキリしない。
 ただ、その悪霊の表現がやたらと派手。いきなり大量に出血したり、いきなり腕が千切れて吹っ飛んだり……。ここまでやってしまうと現実感に乏しく、ホラー的な怖さが全くない。ただ、その代わりに「ホラー的な悪霊」ではなく、「バトル漫画的な悪霊」としての面白さがここで滲み出ているのだが……それはもしかすると作り手の意図していないところなのかもしれない。

 主人公が次々と変わる構成で、第1の主人公である田原秀樹が殺され、第2の主人公である田原香奈が殺され……主人公が次々と殺されていく現象に悪霊の怖さを表現しようという狙いがあると思うのだが、いまいち機能しきれていない。
 この映画には様々な枝葉があって、その枝葉が多すぎて面白さの核が見えづらくなっている。特に引っ掛かるのは第1の主人公、第2の主人公にあまりにも尺を使いすぎていること。この第1の主人公、第2の主人公のエピソードが、ほとんどホラーをしていない。ただのテレビドラマ的な夫婦話、というところで映画的な面白さに欠く。
 とにかくもエピソード数が多いため、編集が常に急ぎ気味。登場人物の所作や台詞を切り詰め気味に編集され、おかげでどうにもバタバタした展開に感じてしまう。

 後半30分まで来たところで、いよいよ霊媒師VS悪霊の対決が始まるのだが、惜しいところは、作り手側はこの霊媒師VS悪霊のシーンを作品の中心と見なしていないこと。明らかにいって、そここそが面白い場面なのに。
 悪霊の表現があまりにも過激なので、そこにリアリティがなく、「バトル漫画の敵」にしか見えない。でも……もしかしたらそれは作り手の意図していなかった部分かも知れない。だから「打倒すべき敵」に対するイメージが中途半端になっているのかも知れない。
 霊媒師VS悪霊のストーリーが中心というわけではないから、悪霊の性質についての提示がほとんどなく、この提示がないから霊媒師達がどうしてやられていくのか、霊媒師達の祝詞にどんな効果がでているのか、そういうところが掴みづらくなっている。最終的に勝利するのだが、どうして勝利できたのか、そこもピンと来ない。一番面白くなりそうなところを描き切れていない……ここが惜しい。
 ただ、霊媒師の比嘉姉妹キャラクター感は好き。比嘉姉妹こそ、主人公の据えるべきキャラクターたちだったのに、面白くもない夫婦話を前面に置いたことが失敗。比嘉姉妹を中心に、霊媒師達のキャラ立てをもっとしっかりやっていたら、面白くなっていたんじゃないか……。『来る』はそういう作品じゃないか、と私は考えている。

 映画の引っ掛かりどころを中心に書いてしまったが、しかし面白くない映画というわけではない。楽しみどころは一杯ある。ただ、一番面白いところが存分に活かされておらず、必要かどうかわからないシーンがえんえん掘り下げられ、そのせいで全体的に薄味になってしまっているところが残念。
 まず、第1の主人公、第2の主人公のお話は、映画として必要かというとほぼ必要ない。ああいうのはテレビドラマでやればいい話。映画でやるようなストーリーではない。第1・第2の物語が凡庸なので、映像にも精彩さに欠ける。
 もういっそ、霊媒師VS悪霊のストーリーを分厚くして、バトル漫画的として振り切ってくれていたら、もっと面白くなっていたんじゃないか……。そういうふうに思うとどこかしらモヤモヤ感が残る。そんな作品だった。


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