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#995 天造人為すべての美を貫きたる時間に限られざる思想

それでは今日も森鷗外の「早稲田文学の後没理想」のつづきを読んでいきたいと思います。

鴎外若し逍遙の所謂理想(作者の哲學上所見)をシエクスピイヤが作中にて見得たりとなさば、かれ宜くこれを解釋すべし。若し又逍遙の所謂理想ならぬ理想を鴎外理想としたらましかば、そは彼が誤解のみ。若し又古の諸家がシエクスピイヤの着想の根據なりといへるが如きものを、鴎外見出だして我黨に告げむか。我黨は廼すなはち五大洲を睥睨へいげいして彼の千魂萬魂といはれたりし怪物、わが日の本の鴎外將軍が審美の利劍に劈つんざかれて、つひにこそそが正體をあらはしつれと、洽あまねくとつ國びとにのらまくす。若し又鴎外おのが理想を言ひがたき理想なりといはむか。吾黨望を失はむといふ。

これに関する鷗外の意見はこうです。

わが所謂理想は逍遙子の所謂理想ならねど、この間にはわが解することの誤りたるところなくして、却りて逍遙子が説くことの誤りたるところあること、既にしば/\辨ぜし如し。逍遙子が所謂理想(作者の哲學上所見)のシエクスピイヤが曲中にて求むべきものならぬことも亦同じ。逍遙子が鴎外若しシエクスピイヤの千魂萬魂を一つに統[ス]べたるものを見出さば、おのれこれを歐羅巴に吹聽して呉れんずといはるゝは、あはれめでたき厚誼[コウギ]なるものから、原來シエクスピイヤが千魂萬魂はレツシングが所謂、快樂を寫さむとするときはエピクウルと共に語り、徳操を寫さむとするときはストアと共に語るものにて、其根據たる一系といふものあらむやうなし。さればわれ將[ハ]たいかにしてかその無きものを見出し得べき。又逍遙子が知らむとするシエクスピイヤが理想、即ちシエクスピイヤが平生の哲學上所見及其實感を尋ね出さむこと、これも歴史上におもしろかるべき事業なれば、逍遙子若しまことにこれを發見せむ折には、われに五大洲を睥睨する大眼力もなく、われに洽くとつ國人に告げ知らすべき大音聲もなけれど、我力の及ばむ限は敢て披露の勞を取りて、早稻田黨の厚誼に酬いんずること勿論なり。またわが使ふ理想といふ語に至りてはむづかしきものにもあらねば、いひがたきこともなし。天造人爲すべての美を貫きたる時間に限られざる思想なりとも、審美世界の論理的なりとも、ひとへに言はゞ言ひつべし。

鷗外にとっての「理想」とは、「天造人為すべての美を貫きたる時間に限られざる思想」であり、「審美世界の論理的」である、と……

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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