#1463 いよいよ影法師の仕業に定まったるか!
それでは今日も幸田露伴の『風流佛』を読んでいきたいと思います。
正直は馬鹿の如く、真実は間抜けのように扱うあさましい世の中。男女の間変わらないと一言交わせばいいものを、こざかしい祈誓三昧なげかわしいと昔の人はいうが、最近では熊野の護符をからかって金銀を大事にし、女は男の公債証書の名を自分の名前にかえ、男は女の親を人質にして召し使う。亭主もつなら理学士・文学士、女房もつなら音楽師・画工、婚約にかこつけて華族の若様のゴールドの指輪を一日に五、六個取るくらいの世界なれば、珠運よ、よくよく用心して欺かれないようにすべしと教訓されたのを、なんの悪口と冷笑したが、なるほど自分は正直すぎて愚かである。お辰を女菩薩と思ったのは第一の誤り。いずれ近い内に父様に申し上げてやがてお前様のおそばにいらるるよう神かけてなどと嬉しがらせしこと憎し。柱にもたれ、力ない頭をすこし上げて睨み、彫像をみて、ほっと息つき、これほどの麗しきお辰、互いに飾らず疑わず固めた約束……。あるとき、身をなげかけて、艶やかな前髪を我が膝におしつけ、泣き伏しながら「つたない私を思いこまれて厚き仰せ、有難しとも嬉しともこの喜び申すべき言葉知らぬ愚かさが口惜しい」。櫛に数々の花を彫り付けたとき、昼は頭に挿し、落ちるのを気を着けて立ち居振る舞い、夜は針箱の奥深くに納めて枕近くに置きながら、幾度か開けて見てようやく眠る。「重々の御恩を担って余る甲斐なき身、せめて肩揉め、足擦れとでも私を使うならまだしも、口をきくにも物腰柔らかく、歯磨きの準備するわずかばかりのことさえ、私が早起きの癖ゆえにあなたも早起きして私を庇うお言葉。いままでは構わなかった形振り、髪の結いよう、どうしたら褒められるかと鏡にむかって小声で問い、湯上りに薄化粧して、可愛がられてみたい願い。吉兵衛様との、婚礼せよせぬの争い、立ち聞きして魂ゆらゆら足定まらず、せぐりくる涙、私は何になって何に終わるべきと悲しみ、珠運様も珠運様、あまりにすげなきお言葉。あなたはそれよりダンマリで亀屋をお立ちなられ、尼にでもなるよりほかになき身の行く末を嘆いているところ、あなたがご病気と聞き看病するを嬉しく、快癒めでたけれども、このまま旅立つかと思い屈していると、吉兵衛様が、珠運と縁つぎたくば、珠運の髪を抜いて自分の髪と結び合わせ呪文を唱えて川に流すのがよいとの事。やってみようかと惑うほど胸が苦しく、ひとり悔しく悩んでいたところ、あなたからのありがたき仰せ。一生あなたにと熱き涙」。「新聞こそあてにならぬが、女房を疑うのは我ながらあさましいとは思うものの形なきことを記すとも思えず、見れば侯爵、位は貴く、姿は美しく、才があり、自分はその逆で、比べられては相手にならず。生若いものの感情、都ふうの軽薄に流れて変わったに違いない。移ろいやすい女心、我を侯爵に替え、ひとり栄華を誇る」。「情けなき仰せ、この辰が……」。あっと驚き、仰向けば、日は傾きかかって夕映えの空。吉兵衛の意見あたり、妄想の影法師に馬鹿にされ、ありもしない声まで聞く愚かさ。これほどまで迷わせたるお辰め、天上の菩薩と誤り、後光までつけたること口惜しい。勝手に縁組、勝手に楽しめ!「あまりのお言葉……定めなきとはあなたのお心……」。これもまだ醒めぬ無明の夢かと眼をこすってみれば、しょんぼりとしている像。ああ無心こそ尊い。眼をふさげばお辰の面影ありありと……。
読んでいるこっちも、何が過去の回想で、何が珠運の妄想なのか、わからなくなってきました。なんて怖い小説なんだ!
#1462で紹介した手毬唄のつづきですね。
ということで、この続きは……
また明日、近代でお会いしましょう!
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