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#1462 勝手に縁組、勝手に楽しめ!

それでは今日も幸田露伴の『風流佛』を読んでいきたいと思います。

正直は馬鹿の如く、真実は間抜けのように扱うあさましい世の中。男女の間変わらないと一言交わせばいいものを、こざかしい祈誓三昧なげかわしいと昔の人はいうが、最近では熊野の護符をからかって金銀を大事にし、女は男の公債証書の名を自分の名前にかえ、男は女の親を人質にして召し使う。亭主もつなら理学士・文学士、女房もつなら音楽師・画工、婚約にかこつけて華族の若様のゴールドの指輪を一日に五、六個取るくらいの世界なれば、珠運よ、よくよく用心して欺かれないようにすべしと教訓されたのを、なんの悪口と冷笑したが、なるほど自分は正直すぎて愚かである。お辰を女菩薩と思ったのは第一の誤り。いずれ近い内に父様に申し上げてやがてお前様のおそばにいらるるよう神かけてなどと嬉しがらせしこと憎し。柱にもたれ、力ない頭をすこし上げて睨み、彫像をみて、ほっと息つき、これほどの麗しきお辰、互いに飾らず疑わず固めた約束……。あるとき、身をなげかけて、艶やかな前髪を我が膝におしつけ、泣き伏しながら「つたない私を思いこまれて厚き仰せ、有難しとも嬉しともこの喜び申すべき言葉知らぬ愚かさが口惜しい」。櫛に数々の花を彫り付けたとき、昼は頭に挿し、落ちるのを気を着けて立ち居振る舞い、夜は針箱の奥深くに納めて枕近くに置きながら、幾度か開けて見てようやく眠る。「重々の御恩を担って余る甲斐なき身、せめて肩揉め、足擦れとでも私を使うならまだしも、口をきくにも物腰柔らかく、歯磨きの準備するわずかばかりのことさえ、私が早起きの癖ゆえにあなたも早起きして私を庇うお言葉。いままでは構わなかった形振り、髪の結いよう、どうしたら褒められるかと鏡にむかって小声で問い、湯上りに薄化粧して、可愛がられてみたい願い。吉兵衛様との、婚礼せよせぬの争い、立ち聞きして魂ゆらゆら足定まらず、せぐりくる涙、私は何になって何に終わるべきと悲しみ、珠運様も珠運様、あまりにすげなきお言葉。あなたはそれよりダンマリで亀屋をお立ちなられ、尼にでもなるよりほかになき身の行く末を嘆いているところ、あなたがご病気と聞き看病するを嬉しく、快癒めでたけれども、このまま旅立つかと思い屈していると、吉兵衛様が、珠運と縁つぎたくば、珠運の髪を抜いて自分の髪と結び合わせ呪文を唱えて川に流すのがよいとの事。やってみようかと惑うほど胸が苦しく、ひとり悔しく悩んでいたところ、あなたからのありがたき仰せ。一生あなたにと熱き涙」。「新聞こそあてにならぬが、女房を疑うのは我ながらあさましいとは思うものの形なきことを記すとも思えず、見れば侯爵、位は貴く、姿は美しく、才があり、自分はその逆で、比べられては相手にならず。生若いものの感情、都ふうの軽薄に流れて変わったに違いない。移ろいやすい女心、我を侯爵に替え、ひとり栄華を誇る」。「情けなき仰せ、この辰が……」。

アッと驚き振仰向[フリアオムケ]ば、折柄[オリカラ]日は傾きかゝって夕栄[ユウバエ]の空のみ外に明るく屋[ヤ]の内[ウチ]静[シズカ]に、淋し気に立つ彫像計[バカ]り。さりとては忌々[イマイマ]し、一心乱れてあれかこれかの二途[フタミチ]に別れ、お辰が声を耳に聞[キキ]しか、吉兵衛の意見ひし/\と中[アタ]りて残念や、妄想[モウゾウ]の影法師に馬鹿にされ、有[アリ]もせぬ声まで聞[キキ]し愚[オロカ]さ、箇程[カホド]までに迷わせたるお辰め、汝[オノレ]も浮世の潮に漂う浮萍[ウキクサ]のような定[サダメ]なき女と知らで天上の菩薩と誤り、勿体なき光輪[ゴコウ]まで付[ツケ]たる事[コト]口惜[クチオ]し、何処[イズコ]の業平なり癩病[ナリンボ]なり、勝手に縁組、勝手に楽しめ。あまりの御言葉、定めなきとはあなたの御心。あら不思議、慥[タシカ]に其[ソノ]声、是もまだ醒めぬ無明[ムミョウ]の夢かと眼を擦[コス]って見れば、しょんぼりとせし像、耳を澄ませば予[カネ]て知る樅[モミ]の木の蔭[カゲ]あたりに子供の集りて鞠[マリ]つくか、風の持来[モテク]る数え唄。

「なりんぼ」とは、ハンセン病患者を罵る語です。

一寸[チョト]百突[ツイ]て渡[ワタ]いた受取った/\一つでは乳首啣[クワ]えて二つでは乳首離[ハナ]いて三つでは親の寝間[ネマ]を離れて四つには綯[ヨ]り糸[コ]より初[ソ]め五つでは糸をとりそめ六つでころ機[バタ]織りそめて――

「あんたがたどこさ」や「まるたけえびすにおしおいけ」など、たくさんの手毬唄がありますが、上の唄は木曽地方で唄われていたものです。ちなみに、このあとはこんなふうに続きます。

七つでは錦織りそめ、八つでは金襴織りそめ、九つでは嫁にし初めて、十で殿様と馴れそめて、十一で玉のやうなるぼこを儲けて世話にする、世話にする、スウトントトント殿様、お年が若いとてご油断なさんな、清水の清水の千本柳に、一羽の雀が鷹にとられた、チチヤポンポン一寸百ついて渡いた渡いた

それでは続きを読んでいきましょう。

と苦労知らぬ高調子、無心の口々長閑[ノドカ]に拍子[ヒョウシ]取り連れて、歌は人の作ながら声は天の籟[オト]美しく、慾は百ついて帰そうより他なく、恨[ウラミ]はつき損ねた時、罪も報[ムクイ]も共に忘れて、恋と無常はまだ無き世界の、楽しさ羨[ウラヤマ]しく、噫[アア]無心こそ尊[タット]けれ、昔は我も何しら糸の清きばかりの一筋なりしに、果敢[ハカ]なくも嬉しいと云う事身に染初[シミソメ]しより、やがて辛苦の結ぼれ解けぬ濡苧[ヌレオ]の縺[モツレ]の物思い、其[ソノ]色[イロ]嫌よと、眼を瞑[フサ]げば生憎[アイニク]にお辰の面影あり/\と、涙さしぐみて、分疏[イイワケ]したき風情、何処[ドコ]に憎い所なし。

苧とは、からむしの茎を水にひたし、蒸してあら皮を取り、繊維をつむいで糸にしたものです。濡苧は、濡れた苧と、愛欲のもつれをかけています。

というところで、ちょっと長くなってしまいましたが、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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