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#1458 護符から公債証書の時代へ

それでは今日も幸田露伴の『風流佛』を読んでいきたいと思います。

今日から「第十回の下」に入ります。それでは早速読んでいきましょう!

下 恋恋恋[レンレンレン]、恋は金剛不壊[コンゴウフエ]なるが聖[セイ]

虚言[ウソ]という者誰[タレ]吐[ツキ]そめて正直は馬鹿の如く、真実は間抜[マヌケ]の様[ヨウ]に扱わるゝ事あさましき世ぞかし。男女[ナンニョ]の間変らじと一言[ヒトコト]交[カワ]せば一生変るまじきは素[モト]よりなるを、小賢[コザカ]しき祈誓三昧[キショウサンマイ]、誠少き命毛[イノチゲ]に情[ナサケ]は薄き墨含ませて、文句を飾り色めかす腹の中[ウチ]慨[ナゲ]かわしと昔の人の云[イイ]たるが、夫[ソレ]も牛王[ゴオウ]を血に汚[ケガ]し神を証人とせしはまだゆかしき所ありしに、近来は熊野を茶にして罰[バチ]を恐れず、金銀を命と大切[ダイジ]にして、一[ヒトツ]金千両也[ナリ]右[ミギ]借用仕候[ツカマツリソウロウ]段[ダン]実正[ジッショウ]なりと本式の証文遣[ヤ]り置き、変心の暁[アカツキ]は是[コレ]が口を利[キキ]て必ず取立[トリタテ]らるべしと汚き小判を枷[カセ]に約束を堅めけると或[アル]書[ショ]に見えしが、是も烏賊[イカ]の墨で文字書き、亀の尿[イバリ]を印肉[インニク]に仕懸[シカク]るなど巧[タク]み出[イダ]すより廃[スタ]れて、当時は手早く女は男の公債証書を吾名[ワガナ]にして取り置き、男は女の親を人質にして僕使[メシツカ]うよし。亭主持つなら理学士、文学士潰[ツブシ]が利く、女房持たば音楽師、画工[エカキ]、産婆三割徳ぞ、ならば美人局[ツツモタセ]、げうち、板の間挊[カセ]ぎ等の業[ワザ]出来て然[シカ]も英仏の語に長じ、交際上手でエンゲージに詫付[カコツケ]華族の若様のゴールの指輪一日に五六[イツツムツ]位取る程の者望むような世界なれば、汝[ナンジ]珠運能々[ヨクヨク]用心して人に欺[アザム]かれぬ様[ヨウ]すべしと師匠教訓されしを、何の悪口なと冷笑[アザワライ]しが、なる程、我[ワレ]正直に過ぎて愚[オロカ]なりし。

「金剛不壊」については#938でちょっとだけ説明しています。

「命毛」は筆の穂先の毛のことで、「誠が少ない」と「すくない命毛」をかけています。「情は薄き墨」も、「情が薄い」と「薄い墨」をかけています。

「牛王」は熊野牛王のことで、熊野三社から出す護符のことです。護符には、75羽の烏の絵を文字のかたちに並べて、「熊野牛王宝印」と書かれています。もし誓いを破れば、神罰により血を吐いて死ぬといわれました。最近ではそのような神罰を「茶にして」、つまり「からかって」、金銀を大事にしている、という意味です。

イカ墨で書いた文字、亀の尿の印肉は、年月がたつと消えるといわれていました。

公債証書に関しては#325でちょっとだけ紹介しています。

「ゴール」は「ゴールド」のことです。

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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