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便利だけど、嫌い。

「出来るだけ使わない」と決めている言葉が、いくつかあります。

「嫌い」もそこに含まれます。
頭の中で考えたりアウトプットノートに書いたりなど、自分だけの場面では気にしません。
でも日常会話で他者に対して使うと、私個人の趣味嗜好の範疇を超えて、相手が内に秘めている嗜好や感情を否定する可能性がある。
それぐらい強い響きだと感じるからです。

(ちなみに、どうしても言葉にする必要がある時は「苦手」ぐらいに置き換えるか「申し訳ないけど」などのクッション言葉を足します)

ですが、今回はタイトルに使ってみました。
会話以外なら、ここぞの場面で使う分にはつくづくフックのある言葉ですね。

「嫌い」と同列とは言わないまでも。
出来るだけ使わないようにしている言葉に
「エモい」
があります。

エモいは「emotional(エモーショナル)」(英語)が由来である日本のスラング(俗語)かつ若者言葉。 「感情が動かされた状態」、「感情が高まって強く訴えかける心の動き」などを意味する。

Wikipediaより

この「感情が高まって強く訴えかける心の動き」の範囲が、あまりにも広すぎると思うからです。

「大は小を兼ねる」とも言います。
受け皿があまりにも大きいから、ヘタするとあらゆる感情の滾りを全部「エモい」の三文字で表現できてしまう。
「エモい」と一言にまとめ、言葉にしなかったことで失われるものも大きい。便利でちょっと怖い表現だと感じます。

加えて、Wikipediaには「感情が動かされた状態」とありますが、他のサイトをいくつか見ると
・郷愁
・レトロ
・ノスタルジック

などの要素を含むものを、特に「エモい」と称すると説明がありました。

同じものを見て、十代の人が「レトロ」と感じ、五十代の人が「ノスタルジック」と感じたとします。
その心の動きを、お互いに「エモいね」の言葉で分かち合う。

パッと見では会話として成立しています。
でも「レトロ」と「ノスタルジック」って微妙に意味が違うから、お互いの真意は届いてないのでは……と感じてしまうんです。

「エモい」の単語からこぼれ落ちた衝動や感情のほうを言葉で聞きたい。
偏屈かもしれませんが、私はそう思います。
会話に限らず、アウトプットするからには、それを念頭に置いておきたいです。


最後に余談として、
宇佐美りん『推し、燃ゆ』を推します。

十代の少女が「やばい」や「えぐい」という表現に至るまでの感情のうねりが、とても生々しくかつ切実に言語化されていて、読ませます。
未読の方はぜひ。


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