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【FLASH-POINT】一歩踏み出す瞬間📸

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自分が変わった・新たに挑戦した・選択肢が増えた・目標が定まったetc... 「きっかけ」は誰しもが過ごす日常の中で生まれ、自分に予期せぬ変化を与えます。一人一人の体験は違えども… もっと読む
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記事一覧

スタートアップ代表と一緒に暮らした一年

はじめに人生が変わる方法は3つしかない。 ①住む場所を変えること ②付き合う人を変えること ③時間配分を変えること 「バイト、サークル、遊び」のサイクルを回す一般的な大学生だった僕が、 ①関西から鎌倉へ移住 ②スタートアップの代表と共同生活 ③事業拡大にフルコミット これらを経た結果、果たして人生は変わったのか。 備忘録がてら、スタートアップの生存競争に向き合った一年間をこのnoteに残したいと思う。 ZENFORCEとの出会いZENFORCEと出会ったのは大学2年次の3

皆さん、お待たせしました!!

おはようございます。 たまたま近所の川に行ったら芝桜がめちゃくちゃ綺麗でテンションが上がったきゃたです。 #花っていいよね アップデートを開発中の旅行のアプリ『Travelyst』 、、、この挨拶も何回したことでしょう? いつも読んでいただいている皆さんはきっと読み飛ばしていると思います。笑 でもついに、、、iPhone版・Android版の両方がリリースできました!! それではどうぞ! iPhone版 Android版 アップデートを作り始めたのが10月。

再現性のない私で、再現性のない私たちで

はじめにお久しぶりです。 Noteを見に来てくださりありがとうございます。 海太郎(うみたろう)です。 お元気にしてましたか? ずいぶん暖かくなってきましたね。 "2.3倍"とネット記事にあったので、 「何だろう?」と思ったら "花粉飛散量の前年比"でした。 "有効求人倍率"が上がることは 嬉しいニュースですが、 "花粉飛散量の上昇倍率"は この辺で勘弁してほしいなと思います。 皆さんも元気にしていたら嬉しいです。 さて、ご存じの方もいらっしゃると思いますが、 私

移住者による、移住者に選ばれるまちへの挑戦

2022年12月1日から、広島県三原市の地域おこし協力隊として活動しています。坂江です。 協力隊でのミッションは2つ。瀬戸内海に面し、離島や中山間地域を含む三原市において、人口減少や高齢化による地域の担い手不足の課題解決のため、①移住定住の促進と、②関係人口の創出を行うこと。 そしてこれらを行いつつ、課題解決以外のテーマとして、協力隊の任期満了後の独立に向けた活動を行います。 これから三原市の移住定住施策などに関わる活動をしますが、そもそも、僕自身が移住者となることを決め

人との出会いでつながる、広がる、飛びこえる

人とのつながりで世界は広がる。 今まで当たり前だと思っていたことが、実は当たり前じゃないと気づいたり。 コレが正解と思っていたけれど、別の方法を探ってみようと思たり。 人とのつながりで物の見方は180度変わってしまう。 ■ 長男6才が初めて友達と公園で待ち合わせをした。 「日曜日の朝9時に公園で」 はじめての待ち合わせをして、うれしそうな顔で帰ってきた。 小学校に上がって、早いもので6ヶ月。 「ようやく友達と約束できるようになったか」 成長を感じる。 ウキウキ

【Rikugame】 トコトコ日記について

本アカウントは「学びと社会を繋げる」を始めとして、 ▶大人が形成する「現在の社会」と大人達が見据える「未来の社会」をどのように子供達に伝えていくか(コンテクストの継承)。 ▶子供が今の社会とこれから訪れる社会に「自身の価値、役割、将来」を見出だせる教育(将来のロードマップ形成)の提案。 を目指しています。 投稿記事は、投稿テーマごとに「マガジン」に纏めていこうと思いますので、ご興味あるテーマがございましたら是非とも関連記事にも目を通していただければと思います。 現在

夢を失ったから頑張りはじめた話

こんにちは、yy_filmsです。 突然ですが、僕は以前よりがんばっています。 "挑戦する人間になった"という方が正しいかもしれません。 実際に大学生になってから周りにも同じようなことを言われます。 でも少し前までの僕はかなり保守派の人間で好きなことしかしない、挑戦とは無縁の人生を歩んできました。今回はなぜ僕が挑戦する人間になったのか日記感覚で書き記していこうと思います。 ぜひ「何か挑戦してみたいけどどうすればいいか分からない」「挑戦するきっかけが欲しい」という方に少

人生を変えた一通のメール

僕には人生を“変えた”メールがある。 振り返っても「あの文章のやりとりがなかったら、どうなっていたんだろう」とドキドキする。「よくやったぞ!自分」と過去の自分を何度褒め称えたことか。 迷走大学生2018年10月。当時大学生で「このままでいいのか。何かしないと」焦りと好奇心の半々から、いろんな情報を漁っていた。 そのときは野球を仕事にすることしか頭になく「野球 仕事 イベント マネージャー」のようなキーワードで調べていたな。懐かしい。 情報を見る中で、スポーツ系で起業を

フィンランド行ってきます🇫🇮

まず初めに 新年あけましておめでとうございます。 今年もよろしくお願いいたします。 いきなりですが2022年になり早くも半月が過ぎました。 2021年末に昨シーズンの振り返りnoteを書こうと思ってたのですが、引っ越しやら何やら慌ただしく、書いてる途中で年が明けてしまいました。 昨シーズンは色々濃すぎる1年だったので そのうち、個人としての振り返りをしっかりできたらなと思っています。 今回の本題ですが、冒頭にもあるように わたくし内山、フィンランドへ行ってきます。

#11 挫折と苦悩から生まれた切り絵という選択|くりやまのひと

栗山町には、北海道最古の酒蔵である小林酒造があります。その敷地内にある「小林家」の中に、1人の切り絵作家の作品が展示されています。作家の名前は小林ちほさん。 裁縫好きなお母さんの影響もあり、幼少期から手仕事が好きだったちほさん。今回は、切り絵の世界へ飛び込んだ原点や制作活動の源流についてお聞きしました。 手を動かす興味から美術の道にちほさんは栗山町の出身。短い間でしたが幼少期は栗山の地で育ちます。小学校のころに江別に住所を移しますが、栗山にはちょくちょくおじいちゃんとおば

校長先生の前髪の角度が知りたかった

こんにちは。 小学校3年生の時、授業で「身の回りのものの角度を計ろう」という課題が出された。学校内を自由に歩き回れる。初めて手にした分度器。 廊下を歩いていた私は、向こうから歩いてくる校長先生と担任の先生を視界に捉えた。 「校長先生の前髪の分け目の角度を計らせてください!」 私の第一声だった。校長先生は大爆笑。担任の先生は怒りながらも笑っていた。 結局そのあと、前髪の角度は計らせてはもらえなかった。今思えば、あの時の校長先生の前髪は、「七三分け」であった。 小さな