しゅり

母という属性に甘んじているのか否か。3兄弟、双子の母。もぐら会☕️

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母という属性に甘んじているのか否か。3兄弟、双子の母。もぐら会☕️

最近の記事

2020.04.24 夫婦喧嘩。

朝からだるく、体が鉛のように重かった。昨日子どもたちと公園で長時間遊んだためだろうか。こういう日は幸先が良くない。年と共に、疲れが取れにくくなっている気がする。子供の時なんて、眠くて眠くてたまらないときはあったけど、朝起きてぐったりと疲れているという感覚はなかった。疲れってどうしたら取れるんだろう、もうこれは若返りでもしない限り取れないんだろうか、なんてつらつらと考える。 子どもたちの朝は早い。6時頃に容赦なく起こされる。しばらく寝たふりをしてみても、通用しない。ああ疲れた

    • 2020.04.23 1ヶ月ぶりに本を読んだ日。

      今日はよく眠れて、久々に体調良く元気に目覚めた。 家事が一段落した後、SNSをチェックする。私が所属しているもぐら会のslackに4月初旬、「今日の体調」というスレが立ち上がった。ほぼ毎日何となく書き込んでいるのだが、これによって客観的に自分の体調について振り返る習慣がついた。そして、私の場合「寝る前にスマホを長時間見てしまったとき」というのは、翌朝必ず疲れていることがわかった。寝る前にスマホを見るのは、1日の終わりに育児から解放された至福のひと時でだったのだが、どうやら止め

      • 2020.04.21 毎日同じように過ぎていく日々を愛おしく思うために。

        昨晩は色々と考え事をしてしまい、夜更かしをしてしまった。しかし、子どもたちは容赦なく7時前に起きる。私も重い体を起こして朝が始まる。 コロナの影響で、子どもたちが保育園に行けなくなって約2週間が経った。大変だが良いこともある。その一つが、朝時間に追われないこと。それまでは、チーズトースト+野菜orフルーツというすぐに出せるメニューが子どもたちの朝食の定番だった。今はそれが、白米+卵焼き+野菜スープor味噌汁になった。白米は1歳の双子が食べ散らかすので、心に余裕がないとあげら

        • 2020.04.20 雨の日に。

          前回のnoteを書いてから、早3ヶ月以上経ってしまった。あれから、双子が歩き回るようになり、夜になるとクタクタで、本すらろくに読めない毎日だった。当然、文章を書く余裕もなかった。 しかし、3ヶ月前には全くその存在すら知られていなかったウイルスによって、私たちの生活は大きく変わることとなった。この未曽有の出来事の記憶を残しておきたい。あの時、何を考えていたのか記しておきたい。そう思い、パソコンを開いた。 *** この週末はついていなかった。一昨日発熱したのだ。といっても3

        2020.04.24 夫婦喧嘩。

          石井ゆかりさんの年報を読んで考える2020年。

          特段占いが好きという訳ではないが、毎年必ず読んでいる占いがある。 石井ゆかりさんの年報だ。 石井ゆかりさんを知ったきっかけは、本好きの友達が石井ゆかりさんの本を薦めてくれたことによる。 「天秤座」について書かれたその本は、度重なる引っ越しでどこかに行ってしまったけど、それ以来私は、何となく毎年大晦日に石井さんの年報を読む習慣が出来た。 年報に強く共感したのは2016年のこと。 当時私は、長男を出産して元の会社に復職したものの、進学したいという思いがムクムクと芽生え始めた頃

          石井ゆかりさんの年報を読んで考える2020年。

          10歳の私が教えてくれた、体は全て知っているということ。

          その痛みに気付いたのは、今はもう記憶の中にしか残っていない、曾祖母の家でのお正月の昼下がりだった。私は認知症を患った曾祖母とふたりで、いつも家族が集っていた部屋のこたつに入っていた。なんでそういう状況になったのかはわからない。伯父も伯母も従妹たちも、両親も弟も不在だった。きっと初詣にでも行ったのだろう。部屋には私と曾祖母だけが残されていた。 当時10歳の私は、最早私が誰なのかもわかっていなかった曾祖母とどんな会話を繰り広げていたのか。噛み合わない会話の中で、「辛いな」と思っ

          10歳の私が教えてくれた、体は全て知っているということ。

          2019年。双子ともぐら会と。

          大晦日なので、手帳を見返しながら2019年を簡単に振り返ってみたいと思います。 2019年を漢字一言でいうと「円」。そう、ほぼ育児に専念して非常に円環的な時間を過ごした。 年初に書いたやりたいことリストは4/12個達成した。 (保育士試験合格、保育士試験の勉強、ヨガ、読書会)  達成率は低いけど、他に色々出来たからいいかな。 年初に手帳に書いた抱負、「子供たちに集中しつつ、自分の好きと幸せを突き詰める年にする」。これもまあまあ達成できた気がする。 年初に書いていた悩みは、

          2019年。双子ともぐら会と。

          2019年年末。最後の赤ちゃん。

          双子の次男と三男が1歳4か月になった。 はいはいの期間が長かった双子も、1歳3か月の終わりにはかなり歩くようになり、言葉も出てきた。 でもまだまだ可愛い赤ちゃん。はいはいもするし、何より怒りを含んだ「NO」という主張をしない天使だった。 しかし、ここ1週間ほど三男が、おもちゃを取り上げられたりドアを閉められたり、気に入らないことがあると、ふんぞり返って怒るようになった。 私は思った。「ああ、もう赤ちゃん時代は終わったんだな」と。 後追いが酷く、ママじゃないと寝ない次

          2019年年末。最後の赤ちゃん。

          山田ズーニーさんの表現講座に参加して~第1回~

          そのメールが来たのは、先月下旬のことだった。 ずっと前に申し込んでいた山田ズーニーさんの表現講座の受講案内メールが届いたのだ。 確か申し込んだのは今年の初旬。 人気の講座なので、ウェイトリストに登録されるのだが、とうとうその順番が回ってきたらしい。 申し込んだことすらすっかり忘れていたが、来年度は忙しくなる予定なので、このタイミングで受けられて良かったと私は嬉しかった。 山田ズーニーさんとの出会いは、私が2回目の大学受験を志した際に試験で必要となった小論文の勉強を始めた時

          山田ズーニーさんの表現講座に参加して~第1回~

          人々の中にある狂気~『この国の不寛容の果てに』を読んで

          自分の中にある「内なる植松」先日、雨宮処凛さんのインタビューを読んだ。 そして、衝撃を受けた。社会保障制度が危うくなった現代日本は「『命の選別』を匂わせるような空気」が漂い、「生きられる資格がある人の枠がどんどん狭まっていく」社会であるという。一体、今の日本に何が起こっているんだろう。私はそう思い、この本を手に取った。 植松聖被告によって19人の障害者が殺害された相模原事件が起きた朝のことは、よく覚えている。ニュースを見て、背筋が凍り付いた。しかし、私は自分とは関係のない

          人々の中にある狂気~『この国の不寛容の果てに』を読んで

          選ばなかった人生に思いを馳せる。

          元会社の同期が、とあるメディアに載った。同期は大ヒットした新製品の開発ストーリーを記事の中で語っていた。 記事の中の彼女はキラキラと輝いていて、毎日育児しかしていない私には眩しくて、羨ましかった。そして思った。 「そうか、これも私が選ばなかった人生なんだな」と。 私は新卒でメーカーに就職した。 元々メーカーを志望して就活していたが、特にやりたいことがあったからではない。銀行やインフラ関連の説明会にもせっせと足を運んだけれど、仕事のイメージが全くわかなかった。 その点「物を

          選ばなかった人生に思いを馳せる。

          育児が辛い本当の理由。線的・円環的時間の中で。

          私は焦っていた。会社を辞めて入学中した大学在宅中に出産したら、双子のひとりに先天性の心疾患が見つかり、やむなく2年間も休学することになったのだ。 それに、育児中心の毎日は苦しかった。1歳になりパワーアップした双子に加えて、やんちゃな長男の相手をしなければならない。夜になると体力気力は残っておらず、子供と一緒に寝落ちする日々。自分のことなんて、ほとんど出来ない。 私は一体、何をやっているんだろう・・・ 子供たちはすぐに大きくなることはわかっている。長男だって、ついこの間ま

          育児が辛い本当の理由。線的・円環的時間の中で。

          『居るのはつらいよ』を読んで~看護学生が「ケア」について考えてみた。

          私は約10年の社会人経験の後に大学に入り直した看護学生である(現在は妊娠・出産により休学中) 入学した当初の1年間は「看護とは何か」ということについてひたすら考えてきた。 国際看護師協会(ICN)の看護の定義はこうだ。 看護とは、あらゆる場であらゆる年代の個人および家族、集団、コミュニティを対象に、対象がどのような健康状態であっても、独自にまたは他と協働して行われるケアの総体である。 (日本看護協会訳、2002年) つまり「ケアの総体」が看護というわけだ。しかしその「

          『居るのはつらいよ』を読んで~看護学生が「ケア」について考えてみた。

          インタビューを受けたら、セラピーを受けたみたいに気持ちが前向きになった話。

          人生で初めて、インタビューというものを受けた。 きっかけは、友人が私の話をインタビューして原稿にしたいと言ってくれたこと。 二つ返事で引き受けたのはいいものの、インタビューの前はただただ不安だった。 論理的に筋道を立てて話すことは私の非常に苦手とすることだし、そもそも私のインタビューなんて果たして面白いのだろうかという疑問。 友人は前もっていくつか質問を用意しておいてくれたので、私は生真面目にWordに回答を書き起こして臨んだ。 しかし不安とは裏腹に、緊張して臨んだイン

          インタビューを受けたら、セラピーを受けたみたいに気持ちが前向きになった話。

          読書感想文を書けなかった私が、文章を書きたいと思ったわけ。

          この11月から、エッセイストの紫原明子さん主催のもぐら会書くことコースに入会することに決めた。 私が書くことコースに入会を決めた理由、それは「他人に見せる文章を書くなんてありえない」と思っていた私が、外部の目を意識して書くことで、何か自分の殻が破れるかもしれないという兆しを感じたからだ。 *** まずは「書くこと」を苦手としていた私の「書くこと」の歴史を振り返ってみる。私が一番最初に文章を書いた記憶は、小学1年生の夏休みの自由課題で、オリジナルの絵本を作ったことに遡る。幼

          読書感想文を書けなかった私が、文章を書きたいと思ったわけ。

          女35歳、我が身を振り返る。

          1984年10月生まれの私が35歳になった。35歳になるということ、それは私にとって特別な意味を持つものだ。 そもそもこの日本社会に生きる女性達にとって、年齢というものは大変意味があるものとされている。 この記事にあるように、日本社会においては周囲から求められるように感じてしまう女性が歩むべきた「タイムライン」が未だに歴然と存在する。 私は20代こそタイムラインを気にしていたような気がするが、結婚と出産に関しては日本女性の平均的なタイムラインを歩んだため、30代前半は自

          女35歳、我が身を振り返る。