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今日の夕飯4 (カレー)

「ただいま」と家に帰ると

玄関に座ってジャガイモの皮をむく嫁が出迎えた

「おかえりなさい今日はカレーですよ」

なんだか機嫌が良さそうな
でも何故ここでやっているのか

「宅配がなかなか来ないのです」

そう言えば先日買った圧力鍋が
今日届くんだと言ってたっけ
待ちきれずにここにいるわけか

「台所にいるとチャイム聞こえない時があるので」

玄関を陣取る嫁の脇をくぐり抜け
ひとまず部屋着に着替えていると
今までに聞いたことのない雄叫びが
玄関の方から聞こえて来た

鳥か小動物でも飼ってたっけ?
いやそんなはずはなく
見に行くと嫁の指から血が垂れていて
下に置かれたジャガイモが真っ赤に染まっていた

慌てて台所に連れていき
洗い流して止血をする

指を押さえながら嫁は

「この指ははじめてだわ」

と慣れっこなのか至って冷静で
自分の方が動揺していた

そんなわけで
負傷退場した嫁は玄関で宅配待ち専属になり
代わりにカレーを作ることをまかされた

一人暮らしが長かったのもあり
ある程度の料理は作れたから

「今日は作ろうか?」

結婚したての頃は言ったこともあったけど
嫁は頑なにそれを拒否して
台所には一切立たせてくれなかった

「ねーまだ来ないよー迷子かなー?」

玄関からの声にも対応をしながら
手際よく具材を入れてルーを入れあとは煮込むだけ
あっという間に完成した

カレーだから誰が作ってもそんなに変わらないけど

「圧力鍋使ったらカレーも違うのかな?」

嫁に大声で話しかけたら

「そりゃ圧力が違うもの!」
と隣の家まで聞こえそうな声量で帰って来た

皿によそい食卓に並べ

「いただきます」
とスプーンを口に運んだ嫁の様子が

なんだかおかしい
固まったまま動かない

嫁に合わせていつも甘口にしているから
辛いとかではないはず

「どう?おいしい?」と聞いてみた

嫁はスプーンでカレーをかき混ぜながら言う

「なんか、隠し味入れた?」

「隠し味と言うか、トマトジュースとハチミツと
 あまってたワイン少しくらいかな」

それを聞いた瞬間に、嫁のスプーンは手から離れ
机でひとつ跳ね、真っ白なブラウスの上に落ちた

そして何かに絶望したかのような顔をして
絞り出すような声で言った

「なんで、なんでそんなことするの?」

「え?おいしくなかった?」

「おいしいよ、すごくおいしいんだよ!」
そう言い三口ほどがっついた

「ならよかった」
「よくないよ、よくないんだよ!」

「え?だめなの?」
「だって私よりうまく作ったら、私はもう
 カレーを作る資格を失ってしまうんだよ!」

「いや、そんなことは」
「あるの!」

嫁の中での自分ルールなんだろう
料理ではこの家の一番のシェフでいたいんだろう
自分よりもうまく作れる人がいたら
それはもう立場がなくなってしまうんだろう

だからずっと
「作ろうか?」と言っても断られていたのか

嫁はその後も無言で食べ続け
豪快にたいらげて、結局三杯おかわりをし

水を一気に飲み干して大きく息を吐くと

「シチューなら負けないから!」

と敵意をむき出しにして言い放ち
玄関へと退いていった

下手に手伝うのも考えようだと知った
嫁の限りある献立を奪いかねないと

この家のシェフが
こんなにプライドが高いとは思わなかった

玄関で膝を抱えて丸くなる嫁の隣に座り
「来るの遅いね」と諭したら

「次は圧力かけまくった料理で返り討ちしてやる」
と肩に頭を乗せて全体重で寄りかかって来た
まぁ、一晩寝ればいつも通りになるだろう

玄関で寄り添いながら
一向に来ない宅配を無言で何時間待ったことか

結局この日はチャイムは鳴らないまま
いや夕飯中のやり取りの間にでも来ていたんだろう

翌朝に玄関先に置かれているのを
出かける時に見つけることになる


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