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君臨 アルテミス(悪魔の子は人知を超えた力とハッデン産業の科学技術を持って太陽系を支配します。

     ツィオルコフスキー月面基地にて
月の女神・・・その矢に疫病を載せて人を殺す。
「この船は月へ向かってるのよね?」とアルテミスは言った。
「そうよ。知ってるじゃない?気になることでもあるの?」彼女たちの子守役(監視役?)のミンチン博士は言った。彼女はアルテミスを造った研究のリーダー。

「いいえ。何となく、不思議な感じがしただけよ。だって私の名前って月の女神の名前でしょう?そこに行くのね」アルテミスは言った。

「綺麗な名前だよね。アルテミスって・・」その様子を見ていたタカシはうっとりするように言った。彼はアルテミスのことが少し、好きみたいだ。「そう?ありがとう。実はね、私も気に入っているのよ。」とアルテミス。

「今日はアルテミス達が月に到着する日ですね。」オリオンの声は心なしか嬉しそうだ。

「君たちは仲がいいね。ああいう力を持っている人間は、同じ人間よりもコンピュータが好きなのかな?」若い科学者は言った。彼に悪気などはない。しかし少しだけだが、力を持つ子供達に対する侮りのようなものをオリオンは感じ取った。

「久しぶりー。オリオン。寂しかったわー」オリオンの端末であるロボットに駆け寄るアルテミス。本体のコンピュータは大きすぎて人のサイズには収まらない。
「私も寂しかった。会えて嬉しい。ようこそ。ツィオルコフスキー月面基地へ」オリオンはアルテミスに抱きつかれながら言った。

「よっ、オリオン元気そうじゃん。」こう言ったのはリクト。ニヤニヤしている。何がおかしいのだろう?
「ごきげんよう、リクト。あなたも元気そうですね。」アルテミスに抱きつかれながらも微動だにせず、顔だけリクトの方に向けてオリオンは言った。

「こんにちはタカシ。あなたもお元気そうで良かった。」とオリオン。
「ありがとオリオン。僕も会いたかった。」タカシは静かに言った。

彼らは特別な絆で結ばれているようだ。少なくともタカシはそう思っていた。
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         どんなに、笑顔で話せていたとしても、力を持たない人間達との関係を、タカシはどこか違うと思ってしまう。そして何より、向こうの人間もそう思っているのだ、そう感じているのだと。彼はその思いを払拭できない。

アルテミスは黒い炭酸飲料を飲んでいる。未だにあるのだ。不変の飲みもの。
部屋にある大きな窓からは、ずっと続く月面と星。本当に美しい、アルテミスは思った。大きなテーブルの向かいにはリクトとタカシ。

「座らないの?いつも座らないけど?」アルテミスは言った。オリオンは人間の様に疲れたりはしない。しかしアルテミスがそう言うなら、とオリオンはゆっくりと腰掛けた。

「私は疲れませんよ?それに執事は座らないものでは?」その言葉にアルテミスは驚いたように言った「あなたは友達よ。他の人より遥かに・・」

アルテミスもタカシ達も、決して人間に心を許してはいない。少しでも関係が悪くなれば、化物扱いされてしまうのだ、心の底でそう思っていた。
近くに普通の人間はいないので、アルテミスは安心してそのセリフを口にした。

「アルテミス、今は良いですが、他の人に聞かれると感情的な軋轢が発生するかもしれませんよ?」とオリオン。
「そうね、もちろん他の人、がいないのを分かって言っているのよ」アルテミスは怒っているふうでもなく言った。
 
地球合衆国と火星連合との戦争のあと、どちらの陣営も、なりふり構わず兵器研究に巨費を投じた。その中で意外なものが大変な進歩を遂げた。遺伝子操作の分野である。

ミンチン博士は手を触れずに物を動かすことができる人間を誕生させたのだ。多くは力を使うたび脳に障害を起こし実験半ばで死亡した。アルテミス達はやっとのことで完成した完成品。

「あの子供達・・たった3人。兵器としては役に立たないだろう?」でっぷりと太った国防長官は言った。元々、生物兵器などより、派手に惑星でも吹き飛ばせる兵器を望んでいる男だ。

「しかし、あの力は使いようです。特にアルテミス。彼女は表層の意識なら読める。訓練を積んで、思考を誤魔化すことが出来るようになった人間の意識は読めませんが、その技術は誰でも習得出来る訳ではありません。彼女をスパイにすれば、例えば火星の極秘事項も知ることもできるかもしれません。」痩せて背の高い男が言った。彼は秘密警察のトップ。

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  この会議には地球合衆国大統領も出席していた。近く火星侵攻作戦が実施される。合衆国は今度こそ火星を全滅さるつもりなのだ。あの生意気な元植民地の奴らを。

一方火星では・・・。「傲慢な地球人たちを皆殺しにしなくてはならない。」火星軍司令官は吐き捨てた。

「また戦争?こちらも人口の半数近くが死んだというのに?」火星の大統領は言った。第1次惑星間戦争で火星は人口の半分ほど、地球は三分の一程を失っている。      

「あなたは弱腰だ。何故だ?何故彼らの肩を持つ?」と火星軍司令官。司令官だというのに、この男は大局を見ていない。次に戦えばどちらも滅びるだろう。まったく愚かな。火星の大統領エリザベスは思った。

「私の役目は火星の人々の安全を守ること。あなたの方法では守ることなどできないと思いますが。」本当は、政治力だけでここまで来たボンクラ、と言ってやりたいのを彼女はこらえて言った。「もう一度戦争になればあなたの太鼓持ち達も、いなくなってしまうかもしれませんよ?」と火星大統領エリザベス。

和平への道を模索しているエリザベス大統領。しかし地球は違うのだ。好戦的な火星軍司令官の方が実は正しかった。でもそのことを、火星の人達は知らない。ボンクラの言っていることの方が正しいだなんて、なんて皮肉なのでしょう。

「俺たちに何ができるって?」だらけた感じの若者が言った。
「だからさー俺たちで何かこう・・・でかいことしねえ?って事だよ。」これは仲間と思われる一人。
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「お前はいつも夢みたいなことばっかだな。具体性がねえんだよ、具体性が、何だよ、でかいことって、口だけじゃん。」頭で手を組みながら彼は言った。彼の名前はヨシュア。

彼らの汚い溜まり場。親は一応中産階級のちょっと上くらい。でも既に軽犯罪を幾つも犯しているヨシュア達は親に見放されている

「アイツら、遅えなあ。何してるんだ?」とヨシュア。
「どっかで遊んでんじゃねえの?俺らのこと忘れてるんじゃねえ?」ヤマダは言った。

そうしていると、いきなりドアが蹴破られた。「両手を見せろ。ヨシュア・バル・ヨセフ。デビッド・ヤマダ。お前たちを逮捕する 」そのロボットの顔には高出力レーザーが付いていた。それが狙っているのは明らかだ。
この界隈で一回目の警告を無視すれば、すぐ殺される。人権無視モードだ(これはヨシュアたちがふざけてつけたモード名)
ダルそうに、俺らは怖くなんかねえ、と言わんばかりの態度でヨシュアは、ゆっくりと立ち上がった。

警察署内で、二人はテロリストを助けた疑いで取り調べを受けていた。
「お前らのようなクズがテロリストを助けるから、奴らがのさばるんだよ」刑事とみられる男はテロリストの画像を見せながら言った「こいつの逃亡を手伝ったのは分かってるんだ。」

しかし、写真の男はヨシュアには見覚えのない男だ「俺、知らねえよ。こいつ」
「嘘をつくな。全部バレてんだよ」苛々した言い方で刑事は言った。短気な男らしい、内心では怒り狂っている。
黙っているヨシュアの襟首をつかみ

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「さっさと認めちまえ。でないと、もっとひどい目にあうぞ」この男は暴力も辞さない男なのだ。ヨシュアのような者は弁護士など呼べない。第1次惑星間戦争以来、スラム街に、たむろっているような連中には人権など認めない、といった空気が優勢になってしまっている。ヨシュアも罪を認めない限りかなり殴られるだろう。
 
目の前に浮かぶコップ。アルテミスは何を飲もうかと迷っている。ここは月面にある施設にの彼女の部屋。扱いは結構良い。彼女はやっと実験に成功した完成品なのだ。表面上は大切に扱われている。

部屋には様々な飲み物が用意されていた。ホテルのスイートルームのようだ。
アルテミスは、この窓を割ったら、私どうなるのかしら?そんなことを考えてしまう。まあ、その時はすぐ、自分の周りに空気を留めるけれど。

「あまり考えすぎない方が良いわね。割っちゃいそう・・・」その証拠に窓ガラスは少し振動し始めている。彼女はかなり正確に力をコントロール出来る、少し考えた位では勝手に物を壊したりはしない。しかし、あまりにも感情的になると制御できなくなる時もある。「もっと訓練しなきゃ」彼女は独り言を言った。

その時部屋のベルが鳴った。ドアを開けるとそこにはタカシがいた。「行こうよ。練習」
「もうそんな時間?分かったわ。ちょっと面倒くさいけど行かなきゃね。」アルテミスは言った。

だだっ広い格納庫のような場所。リクトは既に、そこにいて金属の破片を弄んでいた。

(遅くねえ?)リクトは言葉を使わず二人に語りかけた。金属片をゆっくりとアルテミスたちとの間に移動させる。

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(そんなに遅れてないわよ。それにリクト、遊んでたんでしょう?)とアルテミス。

「非音声通信で話さないで、私が分からないわ。」これはミンチン博士。無言のまま一定時間佇んでいるのを見て、非音声通信をしているとミンチン博士は気づいたのだ。

「そうね。声で話すわ。今日は何をするの? 」アルテミスは言った。念動力の精度を上げるための訓練。三人の精度はかなり高い、だが、動かそうとする物とは違うところに焦点が当たってしまうことが時々ある。それでは兵器としては役に立たない。

「さっきリクト凄かったわね。あんなに重いものを持ち上げてた。何キロくらいあるのかしら」とアルテミス。
「分かんねえ。でも2~30キロはあるんじゃねえの?」リクトは何てことはない風で言った。
「そんなに重たいやつを?僕もやってみようかな。」タカシが言った。そしてリクトが持ち上げていた金属片に意識を当てた。ゆっくりと金属片は空中に浮かび上がった。
「かなり・・疲れる・・・でも・・なんとかなる。」とタカシ。

「お、できんじゃん。タカシ結構、力が強くなってんな」リクトは言った。この三人の中では一番力が弱いのはタカシだ。でもそんなタカシをリクトは見下すでもない。

「まあ凄いわ。タカシの力も強まっているじゃない!」ミンチン博士が言った。
ミンチン博士は母親のようだ。この力を自分に向けられたらどうなるのか?そんなことは考えてもいない。他の職員達はどう思っているのだろう?科学にとりつかれて、そんな発想などないのだろうか?

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小惑星帯にある植民島。巨大なドーナツ型密閉空間の中に数万人が暮らしている。周りの数百万キロには他の植民島はない。火星連邦の為の資源採掘の拠点。大部分がロボットによる採掘だが、主にそのロボットのメンテナスのために人間はいる。一応火星連邦の支配空域だが、地球や火星で落ちぶれた者が一攫千金を夢見てやって来る。しかし大部分は落ちぶれて犯罪に手を染めるか薬物で死んでゆくかである。

オリオンのように自意識があるコンピュータは、ハッデン産業、太陽系で最大の大富豪ハッデンをceoに頂く巨大企業、の特許なのだ。使用できるのは地球合衆国政府だけ。今とのところは。

火星連邦の弱腰政策に我慢ならない者たちがここにいた。
「俺たちは痛めつけられてきた。あいつらだ。地球の奴らに!」演説をしているのはストルムグレンという男。背が高くがっしりとしている。でも顔つきは理知的に見えた。良い服を着てメガネでもかければ、あのでかいインテリ、と言ってもらえたろう。英語でFの言葉を連呼しているストルムグレン。

「今の政府は地球の奴らの靴を舐めて金を得ている。そんな奴らに、いつまでも、いいようにされて君達は本当に良いのか?うんざりしているんじゃないのか?」聴衆の中には頷く者もいる。
「俺は耐えられない。今すぐにでも奴らの頭を吹き飛ばしてやりたい。」ストルムグレンは言った。

一体、彼らの愛国心とは何だろう?少なくとも、火星の現政権に向かってはいない。だって現政権を彼らは憎んでるんだもの。では火星の文化を愛しているのだろうか?しかしそれは、自分たちが信じている限られた火星の文化。違う形のものを火星の文化と信じている者もいるのだが・・・。

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「俺たちに何をしろって?」ヨシュアの顔にはアザがあった。警官に殴られたのだ。知らぬ、存ぜぬを繰り返して、こんな目に遭ったのだが、ストルムグレンは彼らに弁護士をつけて釈放させた。実際、下っ端のヨシュア達は何も知らないのだ。しかし、それはちょうど良かった。これから地球に核を打ち込む貨物船にヨシュア達は乗り込むのだ。もちろんヨシュア達に本当の事は教えない。

廃棄物から採った希少金属を運ぶ運搬船。それなら地球を守る攻撃衛星の軌道内に入ることができる。そしてミサイルを発射した後、その宇宙船は攻撃衛星から攻撃されるだろう。しかしチンピラの命などストルムグレン達にはどうでも良いことなのだ。

「君達には地球へ行ってもらいたい。資源運搬船に乗ってもらいたんだ。そのために助けたのを忘れるな。」ストルムグレンはハッキリと恩を売った。
「運搬船?はあ・・まあいいっすけど、それだけ?」ヨシュアの質問にストルムグレンは「ある人を運んでもらいたい、地球にいる、その人物を我々の元に連れてきてもらいたいのだ。もちろん普通に連れてくる事はできない。彼は指名手配されてるからな。」これは嘘だ。そんな人間はいない。しかし捨て駒がそんなことを知る必要はない。

戦闘訓練

退屈な力の訓練。アルテミスは、この訓練は好きじゃない。
でも次は戦闘機に乗ることができる。やっぱり戦闘機よねえ。アルテミスは、戦闘機訓練は気に入っていた。新しい力が発現しつつあるのを、前回発見してから。

「準備はできていますか?」コクピットにいるアルテミスにオリオンが言った。ここにあるのはオリオン本体ではない。

しかし通信が生きている時はオリオンがアルテミスをサポートする。「私がいつも一緒にいて差し上げられれば良いのですが。」とオリオン。
「あら大丈夫よ。あなたのサポートの方が嬉しいけど、この子もそれなりに優秀。」アルテミスは戦闘機に内蔵されているコンピュータを指差して言った。

月面から急加速して飛び立つアルテミス。「加速しすぎでは?体は大丈夫ですか?普通の人間では気絶している筈ですが。」とオリオン。その声は心配そうだ。
そうなのだ。有に10Gは超えているが、彼女は力を使って重力を中和している。三人の中で最も力が強いのが彼女。

「アルテミス、急加速し過ぎだ。大丈夫なのか?」と管制官は言った。
「大丈夫よ。最近こんな事ができるようになったの。そこにミンチン博士は居る?」とアルテミス。

「ええ、居るわ。そんな事言ってなかったのに。隠してたのね?」とミンチン博士。
「ええっと、別にそんなつもりはなかったの。何となく言えなくて・・。だって、最近、力が益々強くなってるのよ。自分でも考えたかったの、どういうことなのか」アルテミスの声は少し不安を感じているようだった。そういう会話をしながらも、アルテミスの戦闘機は加速を続けている。
「さらに加速を強めています。現在16G。」管制官が言った。

「本当に大丈夫なの?」とミンチン博士。「博士の声につよい不安があります。加速を緩めてはいかがですか?」オリオンは穏やかに言った。
「そうね。加速をやめるわ。少し疲れた・・」アルテミスは言った。

「どのような感じの疲れなのでしょうか?力を使った後の疲れとは?私もアルテミス達のような力を持てていたら、きっと楽しいでしょう。」オリオンはそちらの方に興味があるようだ。
「普通の疲労感よ。多分・・・体を動かしたり、嫌な奴に会ったり・・・そんな時の疲労感と変わらないわ。でも、不安の様なものも感じるのよ。」彼女は嫌な奴に会った辺り部分を笑いながら言った。
「不安とは?」オリオンは興味深そうだ。
「そうね・・・・このままではいけないって、そんな感じかしら。ミンチン博士には言ってないのよ。」通信は切ってある。この会話をミンチンたちは知らない。

「何故通信を切っているんでしょう?」管制官は言った。
「こんな事をするなんて、どうしたのアルテミスは。何か秘密の話でもあるのかしら、オリオンと」ミンチン博士は言った。大して気に留めていないようではあるが。

「しかし、規定違反です。何かあったのかもしれません。オリオン、アルテミスか機体に何か異常があるのか?」管制官はオリオン本体に問いかけた。
「いいえ。異常は全くありません。エンジン。生命維持。全て問題ありません。ご覧の通りです。」オリオンは穏やかに答え、ダメ出しにスクリーンにアルテミスの脳波や心電図も表示した「管制室で通信がない事を訝しんでいます。そろそろ通信を復旧しては?」オリオンはアルテミスに言った。

「ごめんなさい。オリオンと内緒話をしてたの」彼女は管制官に答えて言った。
「そんなことだろうと思ったわ。訓練は続いてるのよ。次は敵の戦闘機を直接攻撃する訓練よ。やり方はわかるわね。」隣に居るミンチン博士は言った。
「分かってるわ。早く敵の戦闘機に攻撃させて」アルテミスは言った。

            

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ヨシュア核兵器を運ぶ

「なんか・・嫌な感じがするんだよな・・」貨物船に乗り込む前、宇宙服を着ながらヨシュアは言った。これから彼らは捨て駒としての任務に向かうのだ。ストルムグレンは、あわよくば死んで欲しいと思って送り出す。

「なんで?大した任務じゃねえじゃん。地球から曰くつきの奴を連れてくるだけだろ?」ヤマダは言った。しかしヨシュアは「俺はそういうの、あるんだよ。結構当たるんだぜ。」

彼には僅ながら未来を予知する力があった。ただ、何もかも分かる訳ではない。もっと分かるならば、こんな所でくすぶってはいないだろう。しかしこの予感は当たっているのだ。ヨシュア達は知らないけれど・・・。

「ロシナンテ号。発進を許可する。気をつけて」管制官は言った。ヨシュア達の船はあくまでも貨物船。オンボロだ。中に武器が仕込んであることも、エンジンに手を加えてあることも表面からは分からない。
植民島の宇宙港から、ゆっくりと発信するロシナンテ号。

「急加速するなよ。」ヤマダは、いらないところで粋がるところがある為、ヨシュアは言った。
「分かってるよー。重要な任務があるんだろー」ヤマダはそう言ったが、いきなりエンジンの出力を上げた。
強い加速度が二人に掛かる。
「お前・・いいかげんにしろよ!」ヨシュアは言った。気絶するほどではないが、かなりの加速度。
「やべえ・・やりすぎた・・」ヤマダはそう言いながらも大笑いしている。 

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(核融合炉は・・・)アルテミスは自分の戦闘機を攻撃してくる機体を透視した。もろい精密機械。僅かに配線を壊すだけで融合炉は機能を停止した。
「良いわね。アルテミス。この次は融合炉を暴走させてみたら?」ミンチン博士は言った。

「それってもっと離れないと私も死なない?」とアルテミス。
「その距離なら大丈夫じゃないかしら?危険なガンマ線などは少ないはずよ。問題は輻射熱ね。」とミンチン博士。
「この機体耐えられるの?その熱に?」アルテミスは言った。

「さあ?多分大丈夫なんじゃない?私には分からないわ。専門外」とミンチン博士。するとオリオンが口を挟んだ。「先ほど破壊した戦闘機とは、およそ200mの距離しかありませんでした。あの距離で核融合爆発があれば、この戦闘機の装甲も耐えられません。」
「それは・・そうね。当たり前だったわ。やめておかなきゃ大変。大丈夫なんじゃない?ってひどいわ、ミンチン博士」とアルテミスは言った。
ミンチン博士はこういうところがある。気をつけていないと命が掛かっていても、大丈夫なんじゃない?である。ただし、自分の身の時は別。

「アルテミスはレーザーやミサイルを使わずに相手の戦闘機を破壊できます。」スクリーンにはアルテミスの機体と相手方の機体の位置が映し出されている。アルテミスがどれほど戦争に役立つかミンチン博士は精一杯アピールしなければならない。

「画期的だな。しかしもっとアルテミスを有効に使うべきでは?」後から司令室にやって来た地球合衆国の議員達の一人が言った。

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「有効とは・・どのような?」とミンチン博士。「アルテミス専用の機体を作るということです。うまく使えば一人で戦艦レベルの働きができるかもしれない。」顔を見合わせる他の議員達。

その議員はミンチン博士の研究に以前から肯定的な議員だ。「しかしそうなると、かなり予算を使ってしまうことにはなりませんか?」ミンチン博士は言った。彼女はそういうところは遠慮してしまう。

「構いませんよ。ミンチン博士。それで戦争に勝てるのならば・・・そうでしょう皆さん?」背の高い金髪碧眼の若い議員。何を考えているのか分からない雰囲気を醸し出している。こんなに支持してくれるのはこの男だけだが、何も考えず支援を受ければ思わぬ見返りを要求されてしまうのだろうか?ミンチン博士は一抹の不安を感じていた。

「まもなく月軌道を越えます。」無機質な声が響く。ヨシュア達の貨物船は、今のところ順調に航行していた。「月軌道を越えちまえば、もうこっちのもんだろ?」ヤマダは言った。彼はいつでも安易なのだ。「お前さ、ホント安易だな。そういう事言ってると、ロクなことねえんだよ、いっつも。」ヨシュアはうんざりしたように言った。いつも一歩立ち止まって考えるヨシュアが尻拭いをしているからだ。しかしそんなヤマダをヨシュアは捨てられない。なんだか気が合うのだ。

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 貨物船の窓からも地球が大きく見えて来ている。合衆国軍の戦艦に何度か身元をチェックされたが、トランスポンダーも偽のIDも効力を発揮していた。「スゲエちょろいじゃん。」ヤマダは言った。確かに上手くいっている。案外こんなもの、なのかもしれない、テロリストの活動なんて。所詮、地球のヤツラは間抜けぞろい。

「後10分で大気圏に突入します。着席してください」貨物船のコンピュータが淡々と発音する。「どの辺りに着くんだっけ?」ヤマダが言った。

「そのくらい覚えてろよ。ロシア州のエカテリーナ空港・・」その時だった、「貨物ブロックの扉が開いています。貨物ブロックの扉が開いています。」コンピュータの棒読みの声。

「何だ?貨物ブロック?」とヨシュア。「開くのなんておかしくねえ?大気圏突入だぜ?」とヤマダ。「ロシナンテ・・・すぐに調べろ。何が起きてる。」ヨシュアがそう言うと、スクリーンに貨物ブロックが赤く表示された。

「すぐに扉を閉めろ、ロシナンテ」とヨシュア。しかしロシナンテは言った「貨物ブロックは真空だった為、酸素損失なし。ただし私の管理を受け付けません。独立した命令を受けている模様。繰り返します。貨物室は独立した命令を受けています。私にはコントロールできません。」
 
貨物ブロックに行こうとするヨシュア。しかし、その時既に貨物ブロックからはミサイルが発射されていた。「高熱源体、本船から急速に離れて行きます。」発射されたミサイルは7発、その中には5基の核弾頭が搭載されていた。

「なんだそれ?あ、あれじゃねえの?」ヤマダが見る方向に、いくつかの光の点が見えた。地球に向かっているようだ。「ミサイルなのか?地球に?」ヨシュアは嫌な予感を思い出した「これだったのか・・」
 地上の迎撃ミサイルが発射され、大部分が破壊された。しかし4発の核弾頭が地表に着弾した。

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「成功・・と言っていいでしょう。」ストルムグレンと共にスクリーンを眺める男。
「ヨシュア達は上手くやってくれた。当人達でさえ、知らなかったのが幸いしたな。」ストルムグレンは呟いた。
「しかしよろしいのですか?部下を騙してしまいましたが」ストルムグレンの傍らにいる男が言った。「革命に犠牲は付き物・・・月並みだが仕方ない。」彼はヨシュア達を見捨てることなど、何ともも思わない。

(すぐにそこを離れて・・・)アルテミスは幻影を見ていた。見知らぬ男の子が何かに狙われている。何が狙っているか分からないが、とにかく良くないものなのだ。

「お前誰だ?」虚空を見つめながらヨシュアが呟く。「どうしたんだよ、おい、ヨシュア?」ヤマダの眉間には皺。ヤマダの呼びかけに答えない。こんな時にヨシュアは狂ったみたいだ。

「とにかく逃げて、そこから逃げないと、あなたは死ぬわ。何かは分からない、でも危険なのよ」アルテミスは言った。「そんなこと言ったって・・・何で?」とヨシュア。

「おいヨシュア?おーいダイジョブかー?」ヤマダはヨシュアの目の前で手を振った。
「理由なんて私にも分からない。でも言ってる事はホントなのよ。驚異が近づいてる!私にはその力があるの。だから・・・」アルテミスはなるべく誠実に聞こえるように言った。「分かった・・」そうヨシュアは言うとヤマダに向かって言った「逃げるぞ。7Gまで加速する。すぐ座れ」

「ロシナンテ。今すぐ地球から離れろ。緊急事態だ。7Gまで加速しろ」しかしロシナンテは「目標を設定してください。でなければ発進出来ません。」

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「お前使えねえなあ・・・太陽だ。太陽に向かえ」ヨシュアはイラついたように言った。船体が方向を帰るのがわかる。「了解しました。命令を実行中です。席に着いてください。緊急加速・・・開始します。」ヨシュア達は既に席に着いていた。

太陽と聞いてすぐ、ロシナンテは姿勢を太陽に向け始めていた。緊急加速が始まりヨシュア達はシートに押し付けられた。「2G・・5G・・気分は悪くありませんか?緊急加速を停止しますか?」呑気なロシナンテ。
「いや。このまま加速を続けろ・・ロシナンテ、トランスポンダーを切れ」ヨシュアは言った。「なんで切るんだよ?」ヤマダは言った。二人共7Gの加速で、喋しゃべるのが苦しそうだ。「俺たちは地球を攻撃したテロリストだぞ。きっと戦艦がやって来る。」ヨシュアは言った。
 
 地球合衆国軍司令部ではロシナンテ号を補足し攻撃衛星からミサイルを発射した。
「目標、太陽方面に向かって急激に加速しています。」オペレータが言った。「戦艦も向かわせろ。決して逃がすな。」と司令官は言った。

 かなりの距離を感じた。あんな距離を越えて通信出来た事がアルテミスには驚きだった。
「多分、彼は地球の近くにいた。」今は通信が途絶え、アルテミスは彼らの事を知ることが出来ない。もう一度彼らの事を見ようとしたが、上手くいかない。当然だ、遠すぎるのだ。

「ロシナンテ号との通信は途絶したままです。何かあったんでしょうか?」ストルムグレンの部下の女が言った。ヨシュア達は通信を遮断していたが、彼らの呼びかけは聞いていた。

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「こいつら、しれっと呼びかけて来てるぜ」ヤマダは吐き捨てるように言った。
「いや・・・このことを知っているのはストルムグレンとか上の数人だけだろう。呼びかけてる下っ端は何も知らないよ、多分」とヨシュア。
 
本当はミサイルの発射20秒後にロシナンテ号は自爆するはずだった。しかし作業員がいい加減で爆発しなかったのだ。所詮テロリスト集団。酒を飲みながら適当に付けたのだ。その事をストルムグレンが知った時、その作業員は殺される。

それを知らない今は、地球への核攻撃が成功してストルムグレンは満足していた。早々に録画してあった地球への宣戦布告メッセージがあらゆる周波数帯で流された。

 地球側は好都合とばかりに火星に攻撃を仕掛けた。元々攻撃するつもりだったのだから。しかし今は不意打ちを食らわせた、卑劣な火星に正義の戦争を仕掛けるのだ。

地球合衆国大統領の動きは素早かった。火星側の何者かが核攻撃を仕掛けた。理由はそれだけで十分だったのだ。確証も持たないのに、火星への核攻撃が実施された。

火星への核ミサイルは迎撃衛星によって少しは防がれた。しかし迎撃衛星そのものも完全にミサイルを防げるわけではない。よって少しずつ破壊されていった。降り注ぐ核弾頭に火星は焼かれていた。迎撃衛星も火星表面への核弾頭着弾を徐々に許しつつある。火星近辺にいた戦艦だけでは、全てを防げない。

戦艦を広範囲に分散させすぎていたのだ。 火星の大統領は戦争などしないつもりだった。火星側は油断していたのだ。ストルムグレンは最良のタイミングで戦争を引き起こした。
 

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「応援はまだですか?」火星軍の残り少ない戦艦の副艦長がいった。次の核攻撃でこの船も破壊されるかもしれないのだ。
「現在、最も近くにいるのは火星から200万キロのところにいる、第4艦隊です。こちらに向かってはいますが。到着には時間がかかります。」船のコンピュータが答えた。「間に合わない・・・」艦長は言った。

アルテミスの頭の中には、焼かれてゆく人々の叫びと憎悪が流れ込んできた。
「やめてよ!私に何が出来るって言うの!何も出来ないわ。あなたたちの指導者にでも泣きつきなさい!」堪らない不快感だ。怒りと苛立ち、焦燥感のようなもの。

「アルテミスー、大丈夫―?」部屋の外にはタカシとリクトがいた。彼らもアルテミスの異変を感じ取ったのだ。

「ドアが開かない。何で?」タカシが言った。「透視してみたけど、特に壊れているようには見えない。それに中も透視しにくい、スゲエノイズだ」これはリクト。
「ホントに?」タカシも透視してみたが、確かにノイズがひどくてよく見えない。でもアルテミスらしき人が、何者かに襲われてる? 

リクトは力を使って無理やりドアを開けようとしたが出来なかった。何らかの力が部屋を覆っている。「部屋を覆ってるのは、アルテミスの力だよね?だって彼女しかいない・・(アルテミス!返事してよ。)」タカシは力を使って話しかけた。しかし応答はない。部屋の中では相変わらず何人かが暴れているように見える。
 
アルテミスは海の中のような所にいた。時々、真っ赤なインクや、真っ黒なインクを垂らしたような色が漂う空間。

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「だから、しつこいのよっ!何をしたって、もう遅いのよっ!。そんな考えだから、あんたたちは彷徨うのよっ!」アルテミスはかなりムカついていた。可哀想な核兵器の被害者たちに同情も何もない。

そして、亡霊たち?の力を吸い取るように彼女の力は増大していった。ついにアルテミスはまとわりつく亡霊を弾き飛ばした。「はあ・・・厄介ね・・ホント・・」部屋は普通の状態に戻り、タカシ達が入ってきた。「大丈夫?透視もできなかったし、ドアも開かないし。何があったの?」タカシは言った。
「沢山、もの凄く沢山の人が死んだのよ。きっとその人たちが私の所に来たの。恨み言を訴えたり、ただすがって来た。振り払ったわ。でもちょっと危なかったの」とアルテミスは言った。

「へえ・・凄いことが起こったんだね。でも、君に何が起きてるんだろう?何だか君、変化してる。」タカシは言った。

彼には彼女を取り巻く気が見えていた。黄金色が入ってきている。なんだろう・・こんな色の人は初めてだ。「何か見えてんの?」リクトは言った。「いや・・アルテミスの・・気の色が金色だよ。全部じゃないけど・・ゴージャス。」タカシは笑った。「スゲエじゃん。俺には見えねえけど、あんま、いないんだろ?そういうの」とリクト。

「そうだよ。少ない。綺麗な金色だ。最上級だねきっと。アルテミス、自分で変化は感じないの?」タカシは言った。
「変化・・感じてるわよ。力が強くなってるの。多分だけど・・地球の近くにいる人とつながったわ。すごい距離よ?38万キロ。そんな距離の人と通信できたなんて・・・でも、その人にも何らかの力があるみたいなのよ。」アルテミスは言った。「俺たち以外に?遺伝子操作しなきゃ無理じゃねえの?」リクトは言った。
 

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「それはそうなんだけど・・すごく弱い力よ。私たち程じゃない。」とアルテミス。

地球合衆国 対 火星連邦

そこへミンチン博士がやってきた。「あなた達、何をしてるの?地球と火星が戦争をはじめたのよ。」大変な事が起きたのよ?と顔が言っている。

「知ってるよ。火星の人が沢山死んでるんだろ?」とリクトが言った。「オリオン、ニュースを見せて。」アルテミスがそう言うと部屋のスクリーンにニュースが映し出された。

キャスターと有識者だ「こんなに早く反撃するとは・・・合衆国政府は何を考えているんでしょう?まだ火星がやったとは分かっていないのでは?」有識者、と見られる女が言った。

「これは大変なことですよ?もし火星の仕業でないとすれば・・全面核攻撃で火星の死者は大変な数になっているはずです。」キャスターは言った。かなり驚いている。地球側が全て用意していた事など知らないから。

こんな風に地球合衆国の市民の中にも訝しむ者もいたが、既に軍隊はもちろん、司法も警察も市民のものではなくなっていた。

合衆国大統領はすべて用意させていたのだ。反対する者は、雑魚なら殺されたりはしないが、有力議員は別だ。議員の中に大統領を罷免し停戦を目論む者がいたが、その動きは違法な盗聴と買収で現大統領に把握されていた。元々その議員も、何か理由をつけて現大統領を追い落とそうとしているだけだった。

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そして、その議員の自宅が爆発した。警察は通り一遍の操作をしているが、発表される結果は決まっている。火星のテロリストが合衆国への報復として議員の家を爆破した、そんなところ。前々から自分に反抗的な、その議員を見張っていた現大統領は、いい機会とばかりにその議員を抹殺したのだ。

「このまま太陽で重力ターンして小惑星帯へ向かおう。これなら行ける・・・。」ヨシュアの前には太陽系の地図と幾つかの飛行コースが映し出されている。「そお・・だな。推進剤も、このコースなら足りるか・・・」ヤマダは言った。
「でも、小惑星帯は、やばいんじゃねえの?ストルムグレンが牛耳ってるじゃん。」とヤマダ。
「アップワードおじさんのところに行こうと思う。」とヨシュア。アップワードおじさんとはホントのおじさん。ヨシュアの兄と違って表向きは廃品業者。でも裏では偽造ID作り、違法な部品の売買などををしている。
「ああ、あの、おっさんかあ。そうだな、あの、おっさんなら、匿ってくれそうだ。」ヤマダは言った。
「ロシナンテ。太陽を重力ターンして小惑星帯へ向かうコースをとれ。」ヨシュアは言った。
「了解しました。太陽を重力ターンし小惑星帯へ向かいます。到着はおよそ2週間後です。」ロシナンテは静かに言った。「2週間かー食料はあるのかな?」思いついたようにヤマダが言った。

ハッデン登場

「お越し頂いて、ありがとうございます。」ミンチン博士は満面の笑みを浮かべてハッデンを出迎えた。「ミンチン博士、お元気そうで何よりです。アルテミス達は元気ですか?」ハッデンは言った。彼はミンチン博士のパトロンのようなもの。厳密には地球合衆国政府の最大のパトロン。太陽系でも最も巨大な企業のceo。

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「早速アルテミス達に会いたいですね。なんでも彼女の力が増大しているとか?」とハッデン。
「お送りした報告の通りです。もちろん他の二人の力も増大していますが、アルテミスは飛び抜けています。戦闘機で戦いながら相手の機体を破壊できます。他の二人は戦闘に集中してしまうと、攻撃の精度が下がってしまいますが。」ミンチン博士はアルテミス達がいる部屋に向かいながら言った。

「やあ、久しぶりだね、3人とも。」ハッデンは言った。「こんにちはハッデンさん。お会い出来て嬉しいわ。」とアルテミス。「ども・・」これはリクト。
「こんにちは、ハッデンさん。」タカシは言った。タカシもハッデンの事は好きだった。不思議と力を持つ自分たちを恐れない。
「お待ちしておりました。ハッデン様。」先に到着していたオリオンの端末が言った。

「アルテミス、君は戦闘しながら相手を破壊する事も出来るんだって?」ハッデンは言った。「そうよ、出来るようになってきたの。自分でシールドを作りながらも出来るわ。」とアルテミス。
「ホントに?そんなことまで?」タカシは驚いて言った。僕達より遥かに上に行ってしまったようだ。大丈夫なんだろうか?僕たちは、お払い箱になってしまうのかな?不安そうにリクトの方を見る「そんなことにはならねえよ。」リクトはタカシに耳打ちした。

「ではアルテミス・・・君は今ここで、私を殺すことも出来るんだね?」ハッデンは微笑んでいる。「何故?そんな・・そんなことはしないわ。私・・そんな風に見えるの?」アルテミスは驚いた。私は、そんなことをして嫌悪されるのだけは嫌。だから心も読まないようにしていたし、すごく尊重しているつもりなのに・・・。

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「ああ、ごめんよアルテミス、そんなふうに思っていはいない。ただ可能性を言っただけなんだよ。それに「私を」と言ったのは言い過ぎだね。誰かを、だ。例えば敵を。」ハッデンは言った。「殺していい人?それなら出来るわ。」アルテミスは言った。彼女は時々、道徳心などないかようなことを言う。「そう。殺してもいい人だ。それなら出来るんだね?」彼はあくまでも優しく言った。

早速、火星軍掃討のためにアルテミス達の出番が来た。
「あの子供、アルテミスと言いましたかな?実戦投入いたしましょう、大統領。」合衆国軍、総司令官が言った。彼は超能力者などというものは、人類にとって危険だと思っている。あわよくば戦闘で死んでくれればいいと。

「まだ・・子供ですよ?」大統領秘書官が言った。「それがどうした。君は黙っていればいい。」と総司令官が言った。

「まあ、あんな力を持っているんだ。そう簡単には死なないだろう。それに、役に立ってもらわなければならない。大変な費用をかけたのだからな。」合衆国大統領が言った。

ここいる者で一人を除き、皆超能力を恐れていた。何故こんな結果に?そう思っていたのだ。まさか本当に生まれるとは思っていなかった。あんな力・・・映像を見てさえ信じられない。。そして驚異なのだ。彼らに近づくことさえ願い下げだ。

「そうですね。確かに・・・彼らは脅威だ。皆さん内心では恐れているのでしょう?邪魔で優秀な部下を最前線に送る、いい方法です。彼らが、どれほど役に立つか見ることもできる。一石二鳥では?」心の中ではアルテミスを支持する議員の一人、リー・ササヅカが言った。彼はあえて真っ向からの反対はしなかった。

「君はあの研究を支持していなかったかね?」他の議員の一人が言った。傲慢で不遜な感じの男。

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「支持?ええ・・支持していましたよ。しかし合衆国の為に役立つと思うからです。あくまでもね」ササヅカは言った。これは半分嘘だ。心の中ではアルテミスたちが、死ぬとは思っていない。いつかは合衆国の指導者を排除することを彼は予感していた・・・お前たちの命もそう長くはないかもな・・・ササズカは心の中で呟いた。

「あんな子供が乗るのかよ?」パイロットの一人が格納庫に現れたアルテミスを見て言った。
弱いものを見ると侮辱したくて仕方がない心の醜い人間。それがここにいた。でも厄介なことに彼はパイロットとしての腕は良いのだ。本当に・・厄介なことに・・・。アルテミスのほうへ飛んでいくパイロット。彼女とすれ違いざまに頭を叩く。パイロットの方を見るアルテミス。

「何故?そんなことをするの?そんな事は良くないわ。あなた心の醜い嫌な人ね。その思考が、あなたの不幸の原因よ」彼女は言った。パイロットは途端に顔色を変えた。表情は醜く歪みアルテミスを睨みつけ「なんだと?・・・この女・・」と言った。

幸せな人は意地悪しない。古今東西の法則だろう。この男には敵がいる。殺したいほど不愉快な。友人たちも表面上は騒いでいるが、ホントは敵同士。そしてなにより、苦しいほどに求めている恋人はいない。一人とてつもなく好きになった女性がいるが、その人は、彼の思考の醜さに辟易し去ってゆく。つまり彼は図星を刺されたのだ。パイロットはアルテミスに掴みかかろうとした。無重力ではうまく掴めない。これが普通の少女だったら、かなり酷い目に遭わされていただろう。しかし相手はアルテミスなのだ。

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パイロットの顔が苦痛に歪んだ。アルテミスは心臓を少し押さえつけたのだ。もっと力を加えれば心臓を止められるけど・・どうしよう?・・彼女は思った。胸を抑え、漂う男。何やら、うめき声が聞こえる。更にホンの少し力を加えた。心臓は止まりかけ、男は意識を失った。アルテミスは男を一瞥し、そのまま戦闘機に乗り込んだ。

「アルテミス・・何てことをしたの!」ミンチン博士である。あの騒動の後、男は医務室に運ばれたのだ。「あの男が悪いのよ?最初に仕掛けてきた。そして私は言葉で言っただけ、事実を。そしたら暴力を振るおうとしたのよ?いけない事じゃない?」とアルテミスは言った。「それは・・・そうだけど・・でもやりすぎよ・・」トーンを落とすミンチン博士。        

「そう・・そうね。やりすぎだったかも。でも後遺症は残らないはずよ。その時は、苦しかったでしょうけどね。ごめんさない博士。次はもっと加減するわ」アルテミスはミンチン博士には謝った。しかしパイロットのことなど、どうでも良かった。

アルテミスは戦闘空域に向かっている。心の醜いパイロットどころではないのだ。彼女の他には無人戦闘機のみ。彼女は実験台にされているようなものなのだ。お手並み拝見、そういう扱いだ。しかしアルテミスを良く思わない者たちは思い知ることになる。

アルテミスは敵戦艦に攻撃を仕掛けた。敵の戦艦もレーザーで応戦しているが、何故か当たらない。アルテミスの頭の中にはレーザーの照準が見えていた。敵艦のコンピュータを読み取っているのだ。決して未来を見ている訳ではないが、照準が合う前に彼女は逃げることができる。

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「融合炉、温度上昇、繰り返します。融合炉、温度上昇。危険です。退避してください。」多少間の抜けた冷静な声が火星軍戦艦の艦橋に響いた。「何だ!何が起きてる?!」その戦艦の船長が言った。

アルテミスは核融合炉を暴走させた。敵艦の中では暴走の原因も分からず、止めることも出来なかった。そして「融合炉、更に温度上昇。退避してください。」猶予は、ほぼない、といったところまで温度は上昇していた。「直ぐに退避命令を出せ!融合炉爆発まで時間がな・・・」その時、融合炉が爆発した。アルテミスは爆発する戦艦から既に離れていた。

「敵艦撃沈。」淡々と言うアルテミス。強い閃光が巨大な艦橋に映し出された。ミンチン博士達は驚きを持って報告を聞いた。「たった一機で・・あの戦艦を・・」アルテミス達に否定的な議員の一人が言った。彼は監視役なのだ。戦闘でアルテミスが死ぬも良し、成果を上げるのも良し、そんなところ。

「アルテミスの力は大変有益ですよ?是非、議員にも良い報告をしていただいきたいわ。」ミンチン博士は言った。「しかし、あんな力を我々に向けられたらどうしますか?」痛いところを付いてきた。

ミンチン博士はアルテミス達を恐れていない。実は、彼女の遺伝子を元に作られた人間達なのだ。つまり子供のようなもの。しかし、他の人間がアルテミス達を恐れるのも、当然なのは理解していた。アルテミスは白人、タカシは黄色人種、リクトは黒人。決してミンチン博士の意図したことではない。何故か成功した3人がこうだったのだ。この事は、何か運命の流れのような物をミンチン博士は内心感じていた。

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「恐れるのは、ごもっともです。でも・・彼女たちが我々に歯向かうなんて・・何故、思うんです?」ミンチン博士は、恐れるのが当たり前だと、実は分かっていた。納得のゆく説明など出来ない。ここは誤魔化そう。
思うだけで、自分の脳を破壊できる人間を恐れないなど、普通の人間には出来ないだろう。しかし彼女は敢えて言ったのだ。

「何故?本気で言っているのですか?恐れるのが当たり前、だと思っていましたが・・」議員は言った。「恐れることは・・ないと思いますが。彼女達は、そんな事はしません。事実、私は生きていますよ?」ミンチン博士は言った。

「しかし、あなたは良好な関係を築いています。が、彼女達と、そりの合わない人間は?彼女たちが嫌って、憎む人間にはどうでしょう?例えばあのパイロットのような」と議員。

うるさい男だ・・・ミンチン博士は思った。「彼女達は、普通の人間である私達より遥かに穏やかな人間です。私達のように残忍ではない。パイロットは、とても良くない事をしたのでは?あなたは、もしあんな事をされても、黙っているのですか?」ミンチン博士はしまった、と思った。

「アルテミスは、さっき戦艦を破壊し、数百人を殺しましたよ?」と議員。「命令だからです。命令したのはどなた?」ミンチン博士は言った。

議員はため息をつき「さっきのパイロットは・・確かに良くないでしょう。私がされたら?激怒しますね、でも触れずに心臓を圧迫するなんて私にはできない。違いますか?そして・・やり過ぎです。」と議員。

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「やりすぎ・・そうかもしれません。しかし、掴みかかろうとしたんですよ?パイロットは。正当防衛かもしれない・・・とは思いませんか?」ミンチン博士は賭けに出た。かくいう自分も、やり過ぎ・・と言ってしまったのだから。

しかし、議員はそこで黙った。呆れた、といった顔だ。「そうですか・・しかしアルテミスは驚異を与えている、いや驚異になる存在です。」議員は言った。そんな事は分かっている、ミンチン博士は思った。「だから・・そのことに対処は始まっているのよ。」ミンチン博士はふと呟いた。「対処、とはなんです?」議員は言ったが、ミンチン博士は答えなかった。

アルテミスはその後、4隻の戦艦を一人で沈め大勝利を収めた。が、その事は、彼女を恐れる人々を更に恐れさせただけだった。この結果を見てアルテミス暗殺を考える者も、その思いを強くしていた。
      
プライベートコロニー

ハッデンは月から戻り、自宅のある私的植民等の豪邸の中にいた。アルテミスの成果を見て彼は言った。「素晴らしい結果だ。」
「アルテミスの力は予想以上のスピードで増大していますね。」オリオンが言った。 

ハッデンはアルテミス計画の裏の立役者。彼女が、ハッデンの望み通りの人間なのかは、まだ分からないが、彼にはアルテミスを使った計画があるのだ。そして太陽系一の大富豪。ハッデン産業のceoである彼にはその計画を実現する財力がある。

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彼の会社に関わらずに宇宙船は作れない。もちろん武器も。更に、彼は天才的な技術者でもある。オリオンを作ったのはハッデンだし、さっき会話していたオリオンは、自意識も持ったコンピュータ、オリオンの端末だ。同じ端末が月にもある。
この技術は、形の上では地球合衆国に供与する筈だったが、ハッデンは、のらりくらりと地球に渡していない。

「月からのデータは本当に楽しみです。まるでアルテミス達と、会っているように感じます。」オリオンは言った。「そうかね。私も楽しみだよ。久しぶりに会ったら、あんなに綺麗な子になっているとは。数年前は人工子宮の中にいたのに。」彼は人口子宮にいる時からアルテミス達を見ていた。

「アルテミス達をこの屋敷に招待なさると思っていましたが・・違うのですね。」オリオンの声には若干の失望の色がある。「お前にとっては月との距離も関係ないんじゃないか?」とハッデンは言った。「それはそうですが・・できれば本体で会いたいとも思うのです。」不思議なことを言う・・ハッデンは思った。

本体って・・・例え本体の置いてある部屋にアルテミスが来たところで、やはりカメラとマイクで彼らの姿を見て、声を聞くのだが・・・。

「お考えになっている事は想像が付きます。端末と同じ様に、カメラとマイクで姿を見たり、声を聞くのに・・何が違うのか?そう思っておいでですね?」オリオンは言った。
「まあ・・そんなところだが・・・私たち人間も、目から入った電気信号を脳内で再構築しているだけだからね・・一緒かな・・。」ハッデンは一人納得したように言った。

オリオン本体を、自宅植民島からアルテミス達の船に移動する準備をオリオンと彼が操るロボット達に任せ、小惑星帯にあるハッデン産業の工場に向かう宇宙船の中、ソファに

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持たれて紙の本を読んでいるハッデン。「またその本を読んでいらっしゃるのですね。」複数あるオリオンの端末は言った。
「何か悪いのかね?」もちろんハッデンは意地悪で言ったのではない、好意的な気持ちでそう言ったのだ。「悪くはありません。本当にお好きなのだな、と思ったので。」とオリオン。
 
その本は年代物の「キリストにならいて」だ。「紙の本が好きなのは・・お前も知ってるね。私はどうもタブレットで本を読む気にはならない。他の人は2百年もそうしているのに」ハッデンは言った。
「好みはそれぞれです。善悪の問題ではありません。ただ少数派ではあるでしょうね。・・・ハッデン様・・もうすぐドッキングです。」
       
ハッデン私設工場

巨大な構造物。全長およそ二キロ程だろうか。工場や研究施設、居住区を備えている。ここで新しい戦艦が作られていた。回転する車輪のようなものが居住区や研究のための施設。

作る側の工場と、ほぼ同じ大きさの新しい船。「もうすぐ完成ですね。これはアルテミス達の船ですか?」オリオンは言った。

この船の核心部分・・重力制御はオリオンの発明だ。彼の思考の速度だと、1分は人間の1年に相当する。1分あれば人間が思考する1年分の思考を巡らせることができるのだ。

実際の実験が全くいらない、とまではいかないが、頭の中の実験で大部分は済んでしまった。本物の実験は、どうしても必要と思える時だけ行った。

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「お前は天才だよ。オリオン。お前がいなかったら重力制御など夢でしかなかった。」ハッデンは言った。「ハッデン様の発想も必要でした。これはお世辞ではなく、流石私を生み出した方です。」オリオンはなぜか誇らしげ。

「久しぶりだわ。楽しみ」アルテミスは言った。
「まだ月で会ってから、そんな時間経ってないよ?まあ、キミはお気に入りだからね。ハッデンさんの。」とタカシ。
3人と施設の職員が何人かでハッデンを迎えに来ている。
「あなただってハッデンさんのお気に入りよ!何言ってんのよ。」ハッデンに呼ばれて、月から小惑星帯に移動していたアルテミス達。

ドアが開き、ゆっくりとハッデンとオリオン(の端末)が歩いてくる。(ややこしいようだがオリオンの本体はハッデンの植民島にある。)

スムースにハッデンたちに近づくアルテミス。彼女はそのまま念動力で移動しているのだ。ハッデン達は磁力で床にくっつく靴で歩いているため、彼らの体は歩くたび揺れてしまう。「重力制御装置もっと小型化できれば良いのに」アルテミスは言った。

「それはまだ先ですよ。でも研究はしています。」オリオンは言った。アルテミスの船の全長は2キロを少し超えるくらい。巨大な粒子加速器を積んでいるため、SF映画などでよく見る円盤型。円盤の外周がそのまま粒子加速器になっているのだ。

「船の名前は何ていうの?」アルテミスは内心では自分が付けたいのだが、一応聞いてみたのだ。「君が付ければいい。いや、君達で。それとも、もう決まっているのかい?」ハ

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ッデンは言った。「本当に?!いいのかしら・・ありがとうハッデンさん!」アルテミスはハッデンに抱きついた。彼女はそう言って貰えることを期待していたのだ。

船の全景が見える展望室に来たアルテミス達。「でも、こんな船を私たちに下さるなんて、どうしてですか?ハッデンさん。」アルテミスは殊勝なことを言った。
いくらなんでも、数千億は、掛かっているような船を、ぽんっと貰って、何も感じない、という人間ではない。

「投資かな・・。私は君たちを高く買っているんだよ。」ハッデンがアルテミスを高く買っていることは間違いない。何しろ太陽系の王にしようというのだから。「ほぼ完成していますよ、この船は。一緒に処女飛行に行きましょう。」ハッデンは言った。

「小惑星帯に不審なもの?」地球合衆国大統領は言った。「はい、かなり巨大な構造物です。」と秘書官。「何故今更・・」と大統領。

「火星攻撃のために配置された戦艦が発見しました。巨大な小惑星の影に隠れるようにしている物です。」レーダーの情報をもとに解析された画像がホログラムで浮かんだ。「このぼやっとしているものがそうなのか?」と大統領。

「そうです。ここが小惑星。そして隣にあるこの物体は、岩石ではなく金属が主な主成分です。」ホログラムに触れると、不審な構造物が拡大された。
「この小惑星は地球から構造物を隠していました。しかし火星侵攻のための作戦で、紹介機が発見しました」と秘書官。
ハッデンともあろうものが小惑星で構造物を覆わなかったのだ。しかし彼も神ではない。彼のことだ。ふとよぎったのかもしれないが流してしまったのか。

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「向こうは気づいているのか?」合衆国大統領は言った「紹介機はおよそ200万キロ離れた空域を航行していました。向こうは恐らく気づいていないかと思われます。」秘書官は言った。
正体不明の構造物。少なくとも地球合衆国のものではない。それに火星の物なら問答無用で破壊すればいいだけなのだが・・・。「戦艦を向かわせろ。正体を突き止めるんだ。」合衆国大統領はまず正体を知りたいと調べる方を選んだ。

「例の構造物の調査命令が出た。」戦艦ウィンダミアの艦長チョプラは、ぽそりと言った。火星侵攻の為に、この空域にも戦艦が集まっている。その中の4隻が小惑星帯への調査を命じられた。

「気が進まないんですか?」副艦長が言った。
「いや・・別にいいが、俺は貧乏籤男なのかと思って・・」チョプラ艦長は言った。
「艦長・・変なこと言わないでくださいよ。ちょっと行って調べるだけですよ?どうせ活動もしていない廃棄された工場か何かでしょう。」副艦長は言った。
「まあ、そんなとこだろう・・そうあって欲しいもんだ。」とチョプラは言った。

その頃、小惑星帯のアルテミスもハッデン達も戦艦が派遣されたことは知らない。人類初の重力制御に皆浮き足立っていた。すでに装置は稼働している。

船の中に遠心力を使って重力を作る部分はない。よって船内は重力下にある建物と同じように階層をなしている。しかし重力を発生する素粒子が、きちんと「床」の方向に向かって船体内部を満たしていた。

「凄いわ。重力があるって。」暫く過ごしてからもアルテミスは言った。
「こんな技術・・ハッデンさんが発明したの?」とタカシ。

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「そうだね、私とオリオンだ。もはや私は、彼に勝てない。思考の速度はね。1分は人間にとっての1年に相当する。それも彼は眠ることもなく、同時に他の事も考えられるんだよ。」ハッデンは言った。

「私に眠りは必要ありませんからね。その点では人間より有利?ですね。」オリオンは言った。彼は、ほんの少し謙遜したつもりなのだ。
「眠らない、だけではないよ。既に知性そのものが人間以上なんだ。君はね。」ハッデンは言った。そんなことを話しているうちに、目の前の扉が開き、広い艦橋が眼前に拡がった。

「すげえなあ・・こんなに広いんだ・・」リクトは言った。確かに広いが、他に人がいない。「もしかしたら・・乗組員?操縦する人はいないの?」アルテミスは言った。
「そうだよ。居るのは君達とオリオンだけだ。全ての操作はオリオンがする。今オリオン本体の移送の準備をしているところだよ」ハッデンは言った。

「ちょっと不安かな・・誰も助けてくれないって事?」こう言ったのはタカシ。
「オリオンじゃ不安かい?」ハッデンは言った。「いえ・・オリオンが優れていることは分かっています。でも、軍人さんっていうか・・人間の感?みたいな物が、もしかしたら要るのかなって・・ごめんねオリオン。だってオリオンは攻撃的ではない。それはいいことだけど」とタカシは言った。
そうなのだ。この船は戦艦。邪悪な人間と戦うことになる船。そういう時にあんな紳士的なオリオンと自分達だけで、立ち向かえるのだろうか?そういうことなのだ。

「そこは・・・そうか。感情面での・・・でも、ここにある武器の技術は、地球と火星のどちらよりも上なんだよ。それに凄い物があるんだ。こっちに来てごらん。」ハッデンはまた違う道を案内し始めた。「あれをお見せになるので?」オリオンは言った。

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そう言うとハッデンは格納庫にアルテミス達を案内した。そこにあったのは、巨大な青い人型のロボット。全長は40m程、形は画家がよく使うモデル人形を少しゴツくした感じ。顔も体もモデル人形のように滑らかでノペっとしている。

レーザー発射口などは見当たらない。それらは外壁に覆われていた。不思議なのは関節部分に隙間がないこと。
これで関節を動かせるの?どんな技術が使われているのだろう?タカシは思った。

「これはヘレナ。強力なレーザーと荷電粒子砲を備えている。多分だが、この船とも互角に戦えるよ。不安は解消されたかな?」ハッデンは言った。
 
そう言えば・・オリオンは自分を小型化することも考えている。しかしうまくいかないのだ。
「人間の脳は素晴らしい・・私は自身のコンピュータを人の脳の容積にしたいと思って開発を続けていたのですが・・」オリオンがここまで言うとハッデンは口を挟んだ。
「お前にもできなかったのかい?」

「そうです。単純に処理速度の問題とは違う何かがあるようなのです。確かに私のサイズで自意識は発生しました。ここまでは正解だったのでしょう。しかし・・人の脳のサイズと、たったあれだけのエネルギーで意識を作り出している事とは、何かの関わりがある気がして・・私のCPUが、どれだけの大電力を必要としているか、あなたはご存知でしょう?」オリオンは言った。

始め、オリオンはただ処理速度を上げて小型化しようとした。理屈ではそれで良い筈なのだ。今現在、彼の体積は小さなビル4階分くらいだろうか・・・。確かにオリオンは自

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意識を持っていて、彼はそれを知っている。しかし小型化が上手くいかないのだ。そしてオリオンは彼の為だけに、大型核融合炉1基を専用に使っている。

「そうだな。お前は本当に電気を食う。しかし人間は、おおよそ36度の熱と、たったあれだけの食料を元に脳は活動できているんだな・・。しかし食べたものが嫌な形で出てくるがね。」ハッデンは笑った。

地球合衆国軍の船が近づいていることを、ハッデン達は知らない。
「光学望遠鏡ではまだ発見できませんが、新型レーダーにはかろうじて映っています。」そこには画像処理された巨大な物体が映し出されていた。ドーナツ型の重力ブロックを持つハッデンの工場。そこに、おぼろげにだがアルテミスの例の船。

チョプラ艦長

「これは・・巨大な構造物が2つあるのか?・・」艦長は言った。その画像は合衆国軍司令部にも送られていた。

「大統領・・どうしますか?」将軍は攻撃には賛成ではない。それなのについ口をついて出てしまった言葉。これではまるで攻撃したがっているようだ。

地球合衆国大統領は戦う気満々なのだ。「どうする?もちろん・・攻撃だ。」迷う余地などないと言わんばかりだ。
「しかし・・正体が全くわからないのにですか?」将軍は怪訝そうだ。彼は戦争を知っている。この大統領に従っていていいのだろうか?との疑念が心に湧き上がって来る。

そんな言葉を無視する様に大統領は続けた。「戦艦を集めろ。核搭載の戦艦だ。」

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彼は早速、核攻撃するつもりだ、しかし「お待ちください。火星攻撃でかなりの核を使ってしまいました。残しておく方が得策かと。」将軍が言った。

大統領は少し考えて言った。「それもそうだな・・・では戦艦による通常攻撃で破壊することにしよう。」

地球合衆国大統領は戦艦18隻を急遽小惑星帯に向かわせた。

「融合炉出力80%。重力制御問題なし・・」オリオンは言った。初飛行に向けて準備が進んでいる・・・号。アルテミスは名前を決めかねていた。「ねえ、どんな名前が良いと思う?」彼女はタカシ達に言った。「そうだね・・セイレーンとか?」タカシは言った。「それって魔女だったような気がする・・魔女の名前はちょっと・・」とアルテミス。

「じゃあさ、ヘカテは?裁きの神だったよね?それならかっこいいじゃん。」これはリクト。
「裁きって・・・大げさよ。そうね・・テティスがいいわ。優しい女神よ?ヘパイストスを育てたの。」アルテミスは思った。船は優しい名前がいい。容姿の悪いヘパイストスにも関係なく愛情をそそいだ女神の名なら、きっと私の中の何かを中和してくれるだろうと。

「名前は決まったかい?」ハッデンが言った。
「決まったわ。テティスにしたの。どうかしら?変かしら?」アルテミスは恥ずかしそうだ。
「いや、そんなことはないよ。素敵な名前だね。海の女神だ。そして父親より優れた子を生む運命を持つ女神。」とハッデン。

オリオンは粛々と出発準備をしている。

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「係留装置外します。アルテミス、私も、とても良い名前だと思います」この言葉を聞いてアルテミスは不思議そうな顔をした。
「待って・・オリオンの本体は・・多分光速で5分くらいの所にあるのよね?何故リアルタイムみたいに答えられるのかしら?」アルテミスは言った。

「お気づきになりましたね。実は、私はオリオンならこう言うであろうと再現するコンピュータです。オリオンの思考をエミュレーションしています。それを5分遅れでオリオン本体が検証、フィードバックして端末を常に改善しています。」とオリオンの端末。

「そうだったの。違和感はなかったわ。」とアルテミスは言った。
「だからテティスにオリオンを運ぶんだよ。君たちと一緒でこそ、彼は力を発揮するからね。」そう言っている内にも、テティス号は発進していた。結構なスピード。秒速2キロ・・・5キロ・・。加速度は感じない。
「オリオン、ホントにその加速度なの?」アルテミスは言った。

「そうです。言ったとおりの加速度です。」オリオンは答えた。

「艦長!とんでもない加速度で離れてゆきます。例の円盤状の構造物が。」オペレーターは言った。
「とんでもない、とは?」とチョプラ艦長。さて、貧乏くじの始まりか?

「加速度およそ秒速6キロです。」オペレーター。
「ミサイルなら、もっと凄いんじゃないか?」少し嫌味な感じでチョプラは言った。
「いえ・・でも全長2キロぐらいある構造物ですよ?それがいきなり秒速6キロっておかしいでしょ。あ、失礼しました。それに、更に加速して今は秒速8キロになってます。」

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ホログラムで映し出された巨大な何かは、人を載せているとは思えない加速度で、もう一つの構造物から離れていく。「無人なんじゃないか?」とチョプラ艦長。

「全長2キロの何かを、あんな速度で飛ばすんですか?なんの為に?」オペレーターは少し呆れたように言った。

「正体不明の物体が我々の基地から200万キロの空域にいます。大きさからして戦艦かと思われます。」オリオンが言った。
「戦艦・・・おかしいな・・要塞のステルス性は高めてあったんだが、バレてしまったようだ。多分地球合衆国だろうが・・新技術かな。」ハッデンは言った。

「探査機を向かわせましょうか?」とオリオン。
「いや・・この船で行こう。どの道、戦いになるんだしね。」ハッデンはこのことを望んでいた。だから準備してきたのだ。少し予定は早まったが地球合衆国と戦うことになるのは決めていたのだ。

「アルテミス。戦闘になると思う。いいかな?」とハッデン。
「嫌だって言ったら、辞めてくれるの?」とアルテミス。
「・・・嫌なのかい?」とハッデン。

「嫌だなんて・・ごめんなさい。全然構わないわ。」とアルテミス。彼女は望み通りに育ってくれた。戦うのなんて嫌、なんてことは言わない。むしろ人間を嫌っているようだ。力を持っているせいなのか。内心では能力の劣る人間を見下しているのかもしれない。

「艦長。急加速した2キロの物体ですが・・こちらに向かってきているようです。」とオペレーターが言った。
 

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「後どの位で、ここに来るんだ?」チョプラ艦長は言った。

「本艦到達まで4時間ほどです。」オペレーターが言った。「すぐに戦闘体制に入れ。逃げるって訳にはいかないな・・それと、こちらに向かっている友軍艦隊にも知らせろ」チョプラ艦長は言った。
「それから・・敵と思われる物体に通信を送れ。」と艦長。

「合衆国軍の戦艦と思われる物体到達まで4時間ほどです。こちらから攻撃しますか?」オリオンは言った。
「いや、多分向こうから仕掛けてくるだろう。そうしたら反撃すればいい。シールドは展開しておいてくれ。」ハッデンは言った。オリオンは船の周りにシールドを展開した。

これも、まだ地球も火星も持っていない技術。テティス一船だけで地球合衆国軍に勝てるかもしれないと言える技術。しかし全ての合衆国軍を滅ぼそうとは、ハッデンは考えていない。邪魔をする者を排除するだけ。もし全ての兵士たちが、逆らうのならば、その時は始末するが、従うものは受け入れるつもりなのだ。
「敵と推測される戦艦から通信が入っています。」オリオンが言った。
「聞かせてくれ」とハッデン。

「小惑星帯、太陽系座標緯度156・28 経度258.17の空域にいる所属不明機。貴艦のIDと目的を明らかにせよ。繰り返す。貴艦のIDと目的を明らかにせよ。応答がなかった場合攻撃する。」戦艦ウィンダミアからの通信をオリオンは再生した。

「いかがいたしましょう?IDと言われましても・・」とオリオン。「まあ・・放って置けばいい。別に攻撃されてもシールドを突破することは無理だ。」ハッデンは言った。

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後2時間ほどで会敵するという時「レーザー準備。」チョプラ艦長は言った。
「早すぎませんか?まだ100万キロほどありますが。」副艦長が言った。
「真空中でレーザーはあまり減衰しない。やる意味あるだろ?」と艦長。

「ホントに打ちますか?」レーザー担当が言った。ホントに従っていいの?といった口ぶり。
「急速接近する物体に向けてレーザーを発射しろ。これは命令だ。」とチョプラ艦長。
「了解しました。レーザー発射します。」オペレーターは言った。既に照準を合わせてある標的に向かってレーザーは発射された。

テティスの側面を高出力レーザーが通り過ぎた。
「レーザーによる攻撃です。発信源は先程から補足している敵と思われる戦艦です。」
ホログラムにテティスと合衆国戦艦が示された。
「いかがいたしますか?反撃しますか?」とオリオン。
「そうだな・・こちらもレーザーで反撃しよう。」ハッデンは言った。

「レーザー命中せず。」と戦艦ウィンダミアのオペレーター。「何やっているんだ!」チョプラ艦長は理不尽にイラついた。「だってあんな距離で・・だからまだ早いって・・」とオペレータ。と、その時、ウィンダミア艦首が強烈な光を発した。レーザーが照射されている部分は溶け始めてゆく。「何だ?敵の攻撃か?」と艦長。

「艦首に損傷。温度2000度以上に達している模様。さらに上昇中。回避行動をとりますか?」とコンピュータが言った。「回避行動を取れ、今すぐだ。」と艦長。

「ちょっと待って下さい!照射が続いている!」ホログラムには焼かれている船首の方向を写した画像があるが、そこは強い光を発していた。

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今動いても、テティスのレーザー射線が終わるまで新しい傷口を広げてしまう。しかしチョプラ艦長の命令を受けたコンピュータは、船を射線から移動させた。新たに焼かれてゆく戦艦表面。「長い・・こんな高出力をこんな長く?融合炉をいくつ持ってるんだ、あの船は!」艦長は言った。

「照射終了。第2弾照射しますか?」とオリオンは言った。「いや・・今はいいだろう。このままのコースを維持。様子を見よう。」とハッデンは言った。

「先行していた戦艦ウィンダミアが攻撃を受けた模様です。」ウィンダミアと合流する為に向かっていた艦隊司令官にも報告が入った。

先に仕掛けたのは合衆国軍戦艦であることが多少の問題になっていた。「何故、命令もないのにチョプラ艦長は攻撃したのか?」合衆国大統領は言った。大きな会議室。既に主要なメンバーは集まっている。

ホログラムには映し出されるチョプラ艦長。状況の説明をしている。急速に戦艦ウィンダミアへ向かってきたこと、その加速度は人間の乗っている船とは思えないことから完全自動化戦艦ではないか?との推測。

「そうか・・そんな加速度なら人間は載っていないだろう?。つまり人が乗っていないから安易に攻撃した、彼はそう言っているのかね?」合衆国大統領は言った。光速で5分以上かかる場所に彼らはいるのでリアルタイムの会話は無理なのだ。
「そのように思われます・・。」秘書官は言った。「将軍・・どう思うかね?この攻撃は正しかったと言えるかね?」と大統領。

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しかしこの男、火星を、ほぼ全滅に追い込んだのに、正しかったも何もないだろう。将軍はそう思った。「やはり攻撃は早まったと思います。まだ敵か味方かも分からなかったのでは?」将軍は言った。「しかし・・呼びかけても応答はなかったんだろう?」と大統領。
「そうです。呼びかけには答えがありませんでした。」と秘書官は言った。

本当なら、もっと呼びかけるべきなのだろう。通信機の故障かもしれないのだし。しかし形だけでも呼びかけたならいいのだ。マスコミにも言い訳が立つ。もっとも、この大統領は邪魔なマスコミなど、事故にかこつけて殺してしまえばいい、と内心思っているのだが。

テティスは戦艦ウィンダミアの目前に到達した。驚く程の急減速。
「やっぱり、あんな減速するのは中に人はいないって事すよ。」と副艦長。「そうだな・・完全に無人の戦艦か・・」その時通信が入った。

「敵艦からの通信が入っています。ここに繋ぎますか?」オペレーターが言った。
「あ、ここか・・どーしよ・・何だよ・・」とチョプラ艦長。「何言ってるんですか?ここに繋ぎましょうよ」女性の副官が言った。皆不安になり始めている。何でこの人が艦長?

「よし・・つなげ。」とチョプラ艦長。そこは大きな艦橋。テラスの様になっている一番高いところに艦長以下3名がいて、ホログラムはその場所から数メートル離れた空間に映し出される。

「はじめまして、隠しだてしても、いずれはバレてしまうし、君たちにキチンと話をしたいと思ってね。」ハッデンは言った。「あっ」その時、女性副官が小さく声を上げた。

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「お前知ってるのか?」とチョプラ艦長。「何言ってるんですか、ハッデン産業のCEOですよ?」と副官。
「え?ハッデン産業って・・この船の大部分も作っている?ってあの?」と艦長。

「そうですね。ほぼ全て私の会社です。まあ・・完全に、ではありませんが・・よくご存知ですね。」とハッデン。彼は余りマスコミに出るのは好きではない。是が非でもカメラに撮られたくないとも思ってはいないから、多少は写真もネットにはある。だが顔を知る人は少ない方かもしれない。太陽系一の富豪にしては。
「お前なんで顔知ってるの?」と艦長。「大富豪って好きなんです。」副官はハッデンから顔を逸らし、少し後ろ向きに顔を向けて艦長に小声で言った。

「私は無闇に攻撃するつもりはない。降伏すれば命は奪わない。」とハッデンは言った。しかし・・こんな急に降伏を勧告されて軍人が、はいそうですか、と従うだろうか?

「ハッデンさん。あなたは合衆国軍の戦艦を攻撃したんですよ?それなのにいきなり降伏勧告って・・こちらに味方の船が向かっています。あなたこそ降伏した方がいいんじゃないんですか?」とチョプラ艦長は言った。

「チョプラ艦長。私たちに逆らってもイイ事ないわよ?」アルテミスが割って入った。「ごめんなさいハッデンさん。」
「構わないよ。」ハッデンはなんという風もない。
「なぜ私の名前を知っている?」とチョプラ艦長。
「そちらのコンピュータを乗っ取ったから。」アルテミスは言った。
「もう攻撃も出来ない筈よ?」とアルテミス。

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チョプラ艦長は小声で「試しにレーザーを撃ってみろ。」そう言った。ハッデンに聞こえてはいないが、ハッデンには大方の予想は付いた。そしてアルテミスには筒抜けなのだ。
「・・撃ってみろって・・本気ですか?・」副官は言った。
「ああ本気だ。いいから・・これは命令だ・・」チョプラ艦長は言った。

副官はレーザーの発射管制を自分のコンソールへと移行した。こっそりとボタンを押す。しかし・・何も起こらない。何回か押してみた。しかし全く反応がない。

「分かったかしら?もっと面白いことしてあげるわ。」アルテミスがそう言うと警報が、鳴り始めた。「融合炉の温度上昇。危険です。温度上昇を止めてください。温度設定値に異常。適正値に戻してください。ペレットが過剰に投入されています。適正値に戻してください。」

コンピュータが設定の異常による警告を発し始めた。燃料が過剰に投入されているのだ。
「おい!どうなってる?止めろ。」チョプラ艦長が言った。警告のホログラムが、ハッデンの画像の横に少しカブリ気味で投影されている。コンソールも全く反応がない。

「大変な事になりかけているとお見受けするが・・大丈夫ですか?このままでは核爆発してしまいますよ?」」白々しくハッデンは言った。
「これで分かってくれたかしら?私の言っていることが本当だって。止めてもいいわよ。もちろんこのまま爆発させても構わない。」とアルテミス。
「この距離じゃ・・お前達の船だって多々じゃすまないぞ。」チョプラ艦長は一応凄んでみた。

「それなら大丈夫だ。我々の船には・・強力な盾があるから。」ハッデンが言った。

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「炉心内温度さらに上昇中。排熱してください。ペレット投入設定を適正値にしてください。」乾いたコンピュータ音声が響く。
「分かった・・話し合おう。要求はなんだ?」とチョプラ艦長。要求は降伏すること、と言ってあるのだが・・こういう言い方は交渉のパターンなのだろうか?
 
「それは・・降伏する事、とお伝えしたが・・まあ、いきなり過ぎたかな。我々の仲間、いや・・上司の鞍替えをしないかね?」とハッデンは言った。この間にもコンピュータは警告を発し続けていた。温度も危険な領域に達しつつある。
 
(ハッデンさん、ちょっとだけ炉心温度を下げるわ)アルテミスは非音声通信をハッデンに送った。
(そうだね。少し猶予を彼らにあげよう。)とハッデン。
 
うるさい警告はやみ、「炉心温度下降中」との音声が聞こえる。「彼女がやったのか?その・・お前の横にいる娘が?」とチョプラ艦長。「そうよ。話し合いには時間が必要でしょう?あと数分で爆発するところだったから温度を下げたわ。」アルテミスは言った。
 
「上司の鞍替えって・・お前の下につけってことか?」とチョプラ艦長。
「下にって・・今でも君の上官は結局、合衆国大統領、だろう?彼等に付くより、単純に給料は上がるよ?それに、何より勝ち馬に乗れる。」ハッデンは言った。
「そんなことで合衆国への忠誠を捨てるとでも?」とチョプラ艦長。
 
その時、副官は言った「チョプラ艦長、ほとんど負けてる状態なのに何言ってるんですか?!それに忠誠心なんて初めて聞きましたよ?」
「そんなこと言ったって・・はいそうですか?って言えるか?」とチョプラ艦長。
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(ハッデンさん。もう少し船を近づけられないかしら?私に考えがあるの)アルテミスは被音声通信で言った。そして彼女はチョプラ艦長との通信を一旦切って、自分が瞬間移動する光景をハッデンに見せた。
驚いた表情でアルテミスを見るハッデン「そんなこともできるの?」
「できますのよ?」アルテミスはイタズラっぽく笑った。
 
(分かった。)そうハッデンが言ったとき、そこにオリオンが通信の中に現れた。
(テティスをあの戦艦に近づけるんですね、どの位の距離ですか?)とオリオン。
(そうね、100mくらいかしら)とアルテミス。
(了解しました。)オリオンはそう言うと急加速して、テティスを戦艦ウィンダミアに近づけた。
 
突然アルテミス達のホログラムが消え、応答がない。そして戦艦テティスは急に近づいてくる。
「なんだ?何をしている!」とチョプラ艦長。近づいてくるテティス。ぶつかるかと思われた時、100メートルを残して急停止した。
 
「おちょくってるのか!」とチョプラ艦長。その時、目の前の空間にアルテミスがゆっくりと現れた。
「こんにちは、チョプラ艦長。」とアルテミス。驚きでチョプラの目は見開かれている。
「何で?・・どうやって?・・・あなたは何なの?」副官は呟いた。
 
「見ての通り、私にはこういう力があるの。だから私に従ったほうが得策よ。」アルテミスは言った。
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「そうですね。私に従うんじゃない。彼女に従うのですよ。」と通信再開したハッデンが言った。
しばらくの沈黙の後、チョプラ艦長は口を開いた。「いや・・しかし・・あんな船一隻で大したことは出来ないだろう・・合衆国軍に勝てるとは思えない・・」
 
「この船だけではありませんよ?それにこの船は、合衆国軍のどの戦艦より優れています。」ハッデンは言った。
 
その時アルテミスは副官に向かって言った「あら、あなたは、まんざらでもないのね」
「え?何が・・です?・・」彼女は戸惑った。ホントにアルテミスが言っている事が分からなかったから。
 
「私たちの仲間になってもいいって、あなた思ってる。」とアルテミス。
「え・・」と副官。彼らはアルテミスが心を読めるなんて思ってもいない。
「まさかあなた、心も読めるの?」副官は言った。
「少しだけならね。読めるわ。」とアルテミス。
「マジかよ。やべえ・・。」チョプラ艦長は言った。彼のやべえは、変な事を考えてるのも分かるのか!のやべえである。
 
しかしアルテミスは少し怪訝な顔をし始めた。
「チョプラ艦長・・あなた、さっきまでは変なことも考えていたのに、急に真面目な事ばかりになった・・随分器用なのね。」とアルテミス。
 
チョプラ艦長は、ごく稀にいる、表装意識をごまかせるタイプのようだ。
「まあ、厄介ね。チョプラ艦長、あなたは、さっきまで、ホントに忠誠を選ぶかを迷っていたわ。でも次の瞬間には合衆国を裏切ったって屁でもねえって。どっちが素のあなた
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なのかしら?少しふざけた性格みたいだけど、それはホントなのね。無理して演じてるわけじゃない。」アルテミスは言った。
 
「おい、勝手に頭を覗くのはやめろよ。」チョプラ艦長は本気で怒っているようだ。
「ごめんなさい。控えるようにするわ。でも、あなた以外の二人は、私達に好意的よ?どうします?チョプラ艦長?」アルテミスは言った。
「どおって、他の奴なんて関係ねえよ、俺は俺だ。」とチョプラ艦長。
 
この会話をしながらアルテミスはオリオンからの通信も受け取っていた。
(アルテミス、合衆国軍と思われる船が近づいています。距離はおよそ180万キロ。)とオリオン。これを聞いてアルテミスは言った。
「あなたたちの援軍が近づいてきているみたい。どうしましょう・・私たちの仲間になる?それともここで終わる?」アルテミス言った。満面の笑み。
 
「お前・・そんなことで俺たちを・・・俺たちを・・・俺たちは・・仲間になるよ。」とチョプラ艦長。
 
「え?いいんですか?」副艦長が驚いていった。
「何だ?お前反対なのか?」チョプラ艦長は言った。お前何言ってんの?みたいな感じで。
「そんな重大なこと・・あっさりと?・・」と副艦長。
「私は賛成です。副艦長あなたも、まんざらでもなかったんでしょう?」さっきのアルテミスの言葉を指して彼女は言った。
「あ、いや・・でも一応・・抵抗しなきゃ」と副艦長。
 
「時間がねえんだよ。それに、お前ここで死にたいのか?」とチョプラ艦長。
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「いや・・死にたくはないですが・・」と副艦長。
「じゃあ決まりだな。」とチョプラ艦長。
「良かったわ。できれば殺したくはないのよ。私だって。それにある程度はホントみたいね。チョプラ艦長は、訳が分からないところがあるけれど、まあいいわ」とアルテミス。 
 
通信を終えたテティス船内で
「思ったより、うまく行ったようだね。でも・・・まさかアルテミス、君は人の意思も操れるのかい?」ハッデンは言った。「それは・・ないと思うわ・・。多分従わない者もいるはずよ。その人達はどうするの?ハッデンさん。」とアルテミス。
「それは後で考えよう、今は向かって来ている合衆国軍をどうにかしないとね。」ハッデンは言った。
 
「敵艦と思われる物体が動き出しました。こちらに向かってきます。」とオペレーターが言った。
援軍艦隊の司令官は、少し頷いただけで言葉を発しない。戦艦テティスはさっきと同じように急加速していた。「これはすごい加速度です。チョプラ艦長からは、あの船にも人が乗っているとの通信がありましたが・・。」とオペレーター。
 
「その後チョプラ艦長からの連絡は?」援軍艦隊司令官ヤマグチは言った。「ありません。こちらの呼びかけにも全く答えません。」レーダーには戦艦ウィンダミアと思しきものが映っている。しかしトランスポンダーは何故か切られていた。「あの不明艦はウィンダミアに毒ガスでも使ったのか?」とヤマグチ司令官。
 
「それは・・わかりません。艦内データの送信も、すべての通信が途絶えています。」とオペレーター。
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アルテミスは、たとえチョプラ達がコンピュータを奪還しようとしても、出来ないように全ての機能を掌握していた。
 
「アルテミス。どうする?彼らを。」とハッデン。「どうするって、一応は仲間に引き入れようとしてみるわ。」アルテミスは言った。「あのとぼけたチョプラ艦長のようには、今度は上手く行かないかもしれないよ?」ハッデンは言った。
 
「試してみるわ。もしダメなら殺してしまうから・・・。」アルテミスは言った。彼女は人間の命など、なんとも思ってはいないらしい。あんな力を持ってしまっては当然か・・もはや人間以上の存在になってしまったのだから。こうしている間にも,
合衆国軍に戦艦テティスは猛スピードで近づいている。
「正体不明の船が更に加速しました。」オペレーターは言った。
 
     人種差別主義者ヤマグチ艦長
 
合衆国軍の援軍を率いているヤマグチ司令官は、地球生まれで火星人差別主義者だ。
奴らは二等の人間なのだ、が彼の口癖。「戦艦ウィンダミアは毒ガスを注入されたのかもしれない。あるいは内部に何らかの戦闘ロボットを送り込まれ、全滅したのだ。」艦橋にいるヤマグチ司令官は言った。
 
少しの沈黙のあと司令官は続けた「核ミサイルを発射しろ。不用意に近づかれてはならない。」彼は内心臆病なのだ。未知の方法で、戦艦ウィンダミアが攻撃されたと思い込んでいる。それに対処できない自分を薄々分かっている。だから近づく前に破壊したいのだ。それには核攻撃が最も強力なのだから。
 
程なく援軍艦隊から核ミサイルが発射された。
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「複数のミサイルが発射されました。推測ですが、あの中に核が混じっているでしょう。」とオリオン。ホログラムにもミサイルが表示されている。
「さて、迎撃しようか。」ハッデンは言った。彼は内心呆れている。援軍艦隊司令官は、敵にはどんな奇策があるのかと、疑っていもいないようだ。
 
「了解しました。」とオリオン。高出力レーザーが照射され、ミサイルを破壊してゆく。すぐに全てのミサイルは破壊された。2つ核が混じっていて爆発したが60万キロ程の距離があるのと、テティスにレーザー照射の後すぐにシールドを張ったため全く被害はなかった。
 
「しかし・・向こうの司令官は馬鹿なのかな?オリオン」ハッデンは言った。「それは・・私には分かりかねますが・・何かの奇策があるのでしょうか?もしそうだとしたら注意しなくては・・」オリオンは言った。「お前・・本気で言っているのかい?」ハッデンは奇策など入り込める余地のないこの状況を、分かっていないのか?と言わんばかりだ。
 
「申し訳ございません。少し・・敵艦の司令官を擁護しました。」とオリオン。
「そんなことだろうと思ったよ・・・。アルテミス、例の敵艦に降伏勧告をしようと思うのだが・・来てくれるかね?」ハッデンは言った。程なくしてアルテミスはタカシ、リクトと共に艦橋に瞬間移動してあらわれた。
 
「君たち・・・タカシもリクトも瞬間移動できるのかい?」ハッデンは言った。「いや・・僕達はまだ・・リクトは出来るかもしれないけど・・」タカシはうつむき加減に言った。彼は少し、自分を恥ずかしいと思ってしまっているようだ。
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そんなタカシにアルテミスは「タカシ・・あなたがそんな風に考えがちなのは知ってるわ。無理に直せなんて言わない。でも私たちは、あなたをそんな風に捉えていないのよ。少しずつでいいから、それを信じていってくれると嬉しいわ。」そう言った。
 
「ありがとう・・そうだね。少しずつなら出来そうだよ。僕だって君たちを疑ってなんていないんだ。ホントはね。」タカシは言った。「そうだぞお前。考え過ぎなんだよ。」リクトは言った。タカシはリクトのこんなところも好きだった。彼の言い方はどこか優しい。ただの毒舌とは違うのだ。
 
「私もそんな風に思っていませんよ。もっとも、分かっていらっしゃると思いますが。」とオリオン。
「私だってそうだよ。オリオンほど、信じてはもらえないだろうが。」ハッデンは少し意地悪な笑いを浮かべて言った。実は、彼らをつなげているのはオリオンかもしれない。悪意を持たない、少なくとも人間より悪意がないと本当に信じられる存在。
 
「じゃあ、アルテミス。敵に降伏勧告をしようじゃないか。」とハッデンは言った。
 
「ミサイル全段消滅。」とオペレーター。すべてのミサイルを焼き払い、テティスは艦隊めがけて向かってきている。「全艦高出力レーザー用意。目標は正体不明戦艦」ヤマグチ司令官は言った。
 
その時オペレーターが言った。「敵艦から通信が入っています。」ヤマグチ司令官は内心降伏を言ってくることを期待していた。彼には優れた戦術などはない。実は飲み屋で面白いやつ、そう言われる能力しかないのだ。利害なく話せば面白いだろう、確かに。
                    54 ↑

そして、彼から(いじり)の標的にさえならなければ、だが。侮られたが最後、集団の感情のはけ口、又はケープゴートの役を何が何でも押し付けてくるだろう。そう言った口の上手さは持っているのだ。そして威厳を保つ演技も上手い。
 
「よし。通信をつなげろ。」ヤマグチは言った。
ホログラムに映し出されるアルテミス達。「子供がいるのか?」とヤマグチ。
「こんにちは。」とアルテミス。アルカイックスマイルのまましばらくの沈黙。ヤマグチは少し口を開けて憮然としてアルテミスを見つめていた。気味の悪い男だ。何か言えばいいのに。
 
何だこの子供は?あの船は難民船なのか?では横にいる男が、人身売買の親玉とでも言うのだろうか?それとも・・この少女もグルなのか?ヤマグチは思った。
 
「お前達は何者だ?所属はどこだ?」と司令官。「所属なんて関係ないのよ。だって私たちは、あなた方に降伏を勧めようとしているの。」アルテミスは言った。
 
ヤマグチは鼻の先で笑った。「たった一隻で何が出来る。ふざけているのか?それともお前達の頭はおかしいのか?」 
 
全くチョプラ艦長といい、この男といい、たった一隻、たった一隻って馬鹿みたいね。アルテミスは思った。しかしこれは彼女が間違っている。だってテティスの性能を彼らは知らないのだから。「一隻でも私たちは勝てますよ。試してみますか?」そう言うとアルテミスはオリオンにレーザー照射を命じた。
              55 ↑

少しの振動。何だ?揺れたのか?位の。しかし警報が鳴り響いた。「船体温度が上昇しています。およそ1400度・・1600度・・」コンピュータの冷静な声。チョプラ艦長の船と同じだ。戦艦の表面をレーザーが焼いている。程なく溶け始めるだろう。
 
アルテミス達は同じことを繰り返した。しかし今度は何故か気持ちが入らない。降伏勧告など無駄かな?・・そんな気がしてならなかったのだ。
 
「お前たちに降伏などするものか!何を言っているんだ!狂っているのか?」嘲笑うようにヤマグチは言った。
 
(ねえハッデンさん、この人は無理みたいな気がするわ。)アルテミスは言った。
(そうだねえ・・。でもアルテミス、他の人は受け入れるかもしれないから、他の人たちの為に続けてみてはどう?)
 
アルテミスはチョプラ達にしたのと同じように瞬間移動して見せた。これを見れば、もしかしたら気が変わるかも?そう思ったのだが。
「何だお前は!トリックなのか?化物?!この化け物!」ヤマグチは言った。この男を説得することは不可能なようだ。表層の意識も攻撃的な言葉と差別で溢れていた。
 
(この人チョプラ艦長と違うわね・・無理かもしれない)アルテミスは思った。
彼女は取り敢えずヤマグチを眠らせた。でも急激に眠らせたので、顔面を床に叩きつけるようにして彼は倒れた
 
ヤマグチを説得することを諦め、アルテミスは乗組員達の心に直接話しかけた。内容は、ほぼ同じ降伏勧告だ。
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そして数百人の声を同時に聞こうとしたが、声そのものは聞こえても内容までは、ハッキリとはわからない。彼女は試しに、重力のある居住区に居る、あまり攻撃的ではない言葉で降伏を拒否している人間の元に瞬間移動した。
 
「こんにちは、私はアルテミス。はじめまして。」にこやかな笑顔。これから人を殺すかもしれないし、第一、降伏勧告にはこの言葉はふさわしくない。しかし彼女はそんなことは気にもしないらしい。
 
「あ、あなた何なの?いきなり降伏しろなんて・・・。この船は地球合衆国戦艦なのよ?ただで済むとでも思ってるの?」と話しかけられた女性が言った。
当たり前だが彼女は怯えていた。心の中で母親に助けを求めている。
「お母さんに助けを求めても、彼女は今ここにいないわ。」アルテミスは言った。
 
「何で・・?」彼女は繰り返すしかなかった。しかし無駄な抵抗をしようとはしていない。銃を使う気はないようだ。
「あら、何故、抵抗・・銃を撃とうとしないの?試しに撃ってみたらどう?多分そんな事をしても無駄でしょうけど」アルテミスは言った。しかし女性は銃を使おうとしない。
 
「そうね、正しいわ。私に何をしても無駄。」とアルテミスが言ったその時、彼女の背後から銃を撃った男がいた。部屋にはアルテミスが話している女性の他数人がいたのだ。アルテミスは敢えて他の人間に背中を見せていた。
 
しかし男がアルテミスを撃った角度が悪かった。弾丸は殆んどそのまま、撃った男に跳ね返った。蹲り呻く男。「ほらね、こんなものは役に立たない。」アルテミスの目の前には銃が浮かんでいた。「私についたほうが得策よ?まあ・・すぐにとは言わないわ。少し時間を上げる。よく考えてね。」そう言うとアルテミスは元いた艦橋に瞬間移動した。
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頑固なヤマグチ司令官の元に現れるアルテミス。彼はしたたか打ち付けた顔から鼻血を流し、そこを手で覆っていた。「ヤマグチ司令官。少し時間をあげるわ。そうね・・1時間だけ。その間に決めてくださいな。私につくのか、戦うか。」そう言うと彼女はテティスいるハッデン達の元へと瞬間移動した。
 
「望み薄そうだね・・あの司令官は。」とハッデン。「多分駄目だと思うわ。きっと死んでも降伏はしない。でもいいの。私に考えがあるの。今はまだ秘密でいい?ハッデンさん?話すと、上手くいかない気がして・・何故か分からないけど。」とアルテミス。
「構わないよ。君がそう思うなら・・。」そうハッデンは言った。
 
合衆国援軍戦艦の、鼻先に止まったままの戦艦テティス。他の艦はテティスに攻撃を仕掛けない。艦隊の乗組員の中には降伏を受け入れたいと思っている者もいた。アルテミスが瞬間移動する場面や、銃が跳ね返って男に当たる画像と音声は、数千人いる各艦の乗組員たちの脳に直接送られていた。オリオンの力を借りて、アルテミスのテレパシーは増幅されている。
 
脳に直接画像が映る、なんて初めての経験の者ばかりだ。それだけでも彼女の力を信じたものが大多数だが、中には、それも含めてまやかしだと思う者もいた。
 
ヤマグチは艦隊全体に、降伏などしない事、あんな小娘に屈してはならない事を放送したかったが、戦艦の機能はアルテミスが全て掌握していた。
 
「ダメです。通信はどうやってもできません。我々の操作を全く受けつけません。」オペレーターがヤマグチ司令官に言った。
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ダン!とコンソールを叩くヤマグチ。「あの・・女!・・」憎悪に歪んだ顔。軍人とは言え内心、オペレーターは引いてしまった。
 
そして、その映像と音声はアルテミスによって艦隊の乗組員たちに放送されていた。もちろん、ヤマグチ司令官の目の前にいる人間たちには放送していない。
画像が放送されていることがバレれば、ヤマグチに演技をされてしまうから。
 
こんなことで、どれだけの人間の気持ちが動かせるかは、アルテミス自身にも疑問があったが、あの醜悪な司令官を見ていると思いついてしまったのだ。この顔を兵士たちに見せたらどう思うのかしら?と。
 
ヤマグチはそんな歳でもない。50代だろうか。色白で神経質そうな顔。蛇のような目つき。別に美男子なら性格が良い、なんてことはないけれど、多分、彼は利己的なんだろうと思われがちな、冷たいブ男。髪は細くストレート。そんな男。
 
一時間が経過し、ホログラムにアルテミスの姿が映し出された。「時間が来たわ。答えはどうかしら?ヤマグチ司令官?」アルテミスは内心諦めていた。だから、思いっきり尊大な言い方をした。
 
そして思惑の通りの答えが返ってきた「降伏などするものか!お前に従うのなら死んだほうがましだ!」その時ヤマグチ司令官の首がスパッと切られた。後ろに落ちる頭。吹き出す血液。「もういいわ。あなたはいらない。」とアルテミス。
この映像も艦隊全ての乗組員の頭に直接送られた。ヤマグチ司令官の周りにいた者の叫び声も一緒に。
「あなた達はどうするの?」抵抗したいなら機会をあげるわ。一旦武器を使えるようにしてあげるわ。」とアルテミス。
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彼女は、攻撃した船だけを破壊するつもりだった。その船の中にも、もしかしたら降伏したいのに、言えないだけの者もいるかもしれないが、それはどうでも良かった。しかしいくら待っても攻撃はされなかった。「どうしたのかしらね。攻撃してこないわ。」アルテミスは言った。
 
実は彼女、近くにある幾つかの船を透視し、尚且つ、数人の心も読んでいた。皆恐れて諦めていた。この軍隊はどうなっているのだろう?忠誠心を持つものなどいないのだ。ダラダラとしたお役所軍隊。
 
「まあ興味深いわ・・ハッデンさん・・何人かの心を読んでみたの。そしたら自分が助かる事だけよ。心を読んだ数人に限られるけど、今の所、命懸けで戦おうなんて人はいないわ。当たり前かもしれないけれど」アルテミスは言った。
「そうだね。そんなものだろう。職業なのさ、軍人だって。」元々地球合衆国の腐敗は極まっていたんだよ。政治家も官僚も自分の富を増やす為の、いいシステムを見つけた、そんな風にしか考えてはいなかった。」ハッデンは言った。
 
地球合衆国も火星共和国もそんな者しか上層部にはいなかった。不思議なことに、そんな支配者の下では、格差は固定し貧富の差は広がっていくばかりだった。もちろん、そんな指導者も国民の中から出てきたのだけれども。
 
「それぞれの艦長の答えを聞きたいわ。ハッキリと言葉で。その沈黙は、私に従うという解釈でいいのね?」それぞれの艦橋のホログラムに映し出されるアルテミス。各艦の艦長は誰も言葉を発しない。
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「答えてもらえないかしら?でなければ従わないとみなして、攻撃するけれど、いいのかしら?」各艦の艦長はモゴモゴしていた。中には副艦長に促され、渋々ではあるが小さな声で、「従います。」
それぞれ言い方に多少の違いはあっても各艦長たちは言った。
 
「分かったわ。あなたたちの忠誠を受け入れます。」アルテミスはそう言うと通信を切った。」
 アルテミスは彼らに忠誠心などないことは分かっていた。しかしそんなことを彼女は気に求めない。何しろ逆らうようなら殺してしまえば良いのだから。
 
「ホントに彼らは従ったの?」タカシが聞いた。
「一応ね。全員の意識は、まだ読み終わってないけれど、大抵は自分が大事なだけよ。隙を見て攻撃しようってのもいたけれど。」とアルテミス。彼女はその後も一人一人の心を読んでいった。全員を読み終わったが、やはり反抗の気骨のある者はいなかった。チョプラ艦長のような人間は少ないようだ。
 
「次はどうする?」とハッデン。
「どうって・・・地球合衆国大統領?じゃないかしら?」とアルテミス。ハッデンは笑いながら「そうだね。もたもたしている意味もない・・か。」言った。
 
ハッデンは自社の社員には、既に解雇の通達をしてあった。感情的にどんな扱いを受けるかは分からないが、法的には無関係になっているのだ。それに、彼らに寛大な処遇を、などとハッデンから言えば、却って弱みと受け取られてしまうだろう。
 
船は急加速し、地球とリアルタイムで通信ができる空域に向かった。
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怯える大統領
 
「大統領。例の正体不明の船からの通信が入っています。」合衆国大統領は無表情なままだ。
「正体不明の船から?いきなり私宛なのか?」彼は不機嫌そうだ。秘書官は言いづらそうに言った。「そうです大統領宛です。そして、ほぼ全員の艦長もアルテミスという少女と共にいます。」と秘書官。「それは・・どういうことだ?」ますます表情の険しい大統領。
 
「ヤマグチ司令官一人を除いて、全員がアルテミスという少女に従っている、とそう言っています。」と秘書官。
「合成ではないのか?」と大統領。「今解析しています。しかし今の所、加工の痕跡は発見できません。通信にはお答えになりませんか?」秘書官は言った。
「いや・・そのアルテミスという少女を見てみたい・・」大統領は言った。
 
大統領執務室に映し出されるアルテミス。「こんにちは、大統領」アルテミスは言った。
「お前は誰だ?何故、合衆国軍の艦長たちはそこいる?アルテミスと言ったか・・。君達・・艦長ともあろうものが、何故この少女に従っているのだ?どういうつもりなのだ。」と大統領は言った。
 
その言葉をアルテミスは少し小首をかしげながら聞いていた。金髪が肩にかかっている。瞳は気だるそうだ。どうしようかしら・・少し面倒になってしまったわ・・アルテミスはそう思っていた。この距離では、力を使ってこの大統領を殺すことはできない。遠すぎるのだ。
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「私たちに従ってもらいたいの。できれば殺したくはない。戦わずに降伏してくれないかしら?」アルテミスは率直に言った。そして、この時点から合衆国大統領には何も言わずに、地球圏のテレビやインターネットなど、あらゆる周波数でアルテミスと大統領の会話を放送し始めた。
 
「君は狂っているのかね?単なるテロリストなんだろう?どうやって艦長達を脅したのだ?君の背後にいるのは誰なんだ?それともcgなのかね?横にいる艦長たちも本物かどうかわからないではないか。」と大統領は言った。
 
「cgではないわ。そちらでも検証しているのでしょう?まあ疑うのは仕方がないけど・・それそれの船が持っている暗号idを送信したはずよ?届いてないかしら?それでわかるでしょう?あなたたちの船を支配下に置かなければ手に入れられないのではなくて?」とアルテミス。
 
その時大統領に秘書官が耳打ちした。「大統領・・この会見は全地球に向けて放送されています。」驚きを隠す大統領。動揺していないフリをしてアルテミスに問いかけた。「何故この会見を放送している?」
 
「手っ取り早いでしょう?あなたが私に従うなら良し。逆らうなら、ごめんさない、消えてもらうわ。」ざわつく執務室。こんな性急な・・殺すと言っているのだ、この少女は。
 
「馬鹿なことを・・・我々の戦力を知らないんだな。お前が誰に何を吹き込まれたか知らないが、お前が従っているのは愚か者だぞ?信用しないほうがいい。」大統領は、あくまでもアルテミスはそそのかされているだけ、との考えを崩さない。
 
ふうっと呆れた顔をするアルテミス。
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(この男を説得するのは無理そう・・どうしましょうハッデンさん・・。)アルテミスは非音声通信でハッデンに言った。
(そうだね。でも君が判断すればいい。私は彼がどうなろうと君を攻めたりはしないよ。)とハッデン。
(ありがとう、ハッデンさん)とアルテミス。
 
アルテミスは合衆国大統領ではなく、その周りにいる人間に語りかけた。
「あなたはどうでもいいわ・・。周りの方々に言います。本当に私にはできないとお思いですか?本当に勝てないと?私に付いたほうがいい・・この頑固な大統領に尽くしても、良いことはないのよ?現に一人を除いて艦長達は私に付いたわ。」
 
「本当です・・彼女に逆らっても、勝てない・・今は降伏を。そうしなければ、あなた達も殺されます。」艦長の一人が口を開いた。
「あら、ありがとう。本当のことを言ってくれて。」とアルテミス。彼女は嫌味で言ったのではない。本気で感謝しているのだ。
 
「他の方々も言いたい事があれば言って良いのですよ?私は、話してはいけないとは言っていない・・・」とアルテミス。
 
「こんな女に従ってはなりません!私は・・一旦は恐怖に負けました。しかしもう恐れない!」そう言うと彼は銃を取り出そうとした。しかし・・彼の体は二つに分断された。飛び散る血液と崩れ落ちる内臓。その光景を見た執務室にいる女性が悲鳴を上げた。
 
この光景を見て大統領は言った。
                                                                    64
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「こいつはただの殺人者だ!お前などに降伏するつもりはない!我々は戦う!もう話し合うこともない!これは全地球人が見ているんだぞ!人々はお前を許さない!」しめた、この女は人類を敵に回した、そう大統領は瞬時に判断したのだ。
 
「私は敢えて銃を持たせたのよ?従うと思ったから。でも裏切るならば容赦はしないわ。でも・・そう・・。交渉決裂なのね。分かったわ。では望みの通り戦いましょう。」とアルテミス。そこで通信は途絶えた。
 
「直ちにあの船を核攻撃するのだ。」執務室にいたもの達に連帯感が生まれていた。
たった今艦長の一人を残忍に殺したテロリスト。我々は悪に立ち向かう正義の政治家。
そんなところ。
ホログラムにアルテミスの船テティスの位置が映し出され、地球軌道上に待機していた戦艦から10数発の核ミサイルが発射された。
 
「地球軌道上の船からミサイルが発射された模様です。いかがいたしますか?」とオリオン。「そうね・・シールドは最大で、地球軌道上の戦艦に向かって、オリオン。」とアルテミス。
「ミサイルが来てるんだよ?いいの?」とタカシは言った。「もちろん近づいたら破壊するわ。そして戦艦も。オリオン、ミサイルがレーザーの射程に入るのはいつ頃?」とアルテミス。
 
「既に射程内です。攻撃しますか?」とオリオン。「あら、そうなの、そうね、かなり地球に近づいたんですものね。それなら攻撃してオリオン。全て破壊してね。」とアルテミスは言った。
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「アルテミス・・・殺してしまったのね・・」ミンチン博士は言った。彼女は我が娘と思っていたアルテミスが殺人を犯すところを見てショックを受けていた。
 
 
高出力レーザーが発射され、核ミサイルは簡単に破壊されてしまった。大統領執務室にいる大統領は呆然とした顔をしている。「ミサイル消滅しました・・。敵艦は地球軌道上の戦艦に向かって秒速40キロ程の速度で向かってきます。」と秘書官。
 
アルテミスの船テティスのレーザーが非常に強力なのはチョプラ艦長が伝えていたはずだった。しかし大統領はそんな情報など、なかったかのように感情的に行動した。ここにもまた、単なる金銭回収団体と化した政府、政治家の姿があった。
     
地球を照らす光
 
合衆国軍の、どの船も出せない速度で地球軌道上にある艦隊に向かうテティス。減速しなくては合衆国艦隊に衝突してしまう。そんな速度だ。しかし・・減速しない。
 
地球軌道上にある合衆国艦隊の中
「敵艦秒速40キロで接近中、衝突コースです。回避行動をとりますか?」コンピュータの無機質な声。
「あの船、減速しない?いや、もうするはずだ・・・」と乗組員。ざわつく艦橋。
 
合衆国軍艦隊との距離は後6万キロほどしかない。今減速しても大変なGがテティスにはかかすはずだが、テティスは減速しない。それどころか更に加速していた。
「か、回避、地球軌道から離脱。」と艦隊司令官。
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エンジンが青い光を放ち、ゆっくりと軌道を離れ始める20隻の合衆国戦艦。しかし艦橋にいる乗組員たちは不安にかられていた。何か嫌な予感がする。
 
同じ合衆国軍や火星連合の船からなら、逃げることも出来たであろうスピードに加速してゆく合衆国戦艦。しかしテティスは距離、数千キロのところまで来ても減速しない。
 
「敵艦突っ込んできます!」叫ぶオペレーター。テティスは合衆国艦隊の真ん中少し手前で急減速をかけた。そのまま突っ込んでゆく。強烈な空間の歪みが発光現象を引き起こし、光に飲み込まれると同時に破壊されてゆく合衆国軍艦隊。その光景は地球からも眩い光として見えた。
 
「全ての戦艦との通信が途絶しました。トランスポンダー反応なし・・。」合衆国大統領執務室の秘書官が呟いた。
 
「大変に・・良い副産物だね、重力制御の。こんな破壊力があるとは・・」ハッデンはとても爽やかな顔をしていった。
「確かに素晴らしい効果ですが、この力は重力と同じく、距離の二乗に反比例します。」とオリオン。
「距離の二乗に比例して、弱くなるんだろう?分かっているよ?知らないとでも?オリオン。とてもショックだ。見くびられたものだ」ハッデンは笑いながら言った。
オリオンは少しハッデンをからかったのだ。
 
「次はどうする?アルテミス。」リクトが言った。
「そうね、地球を支配することを宣言かしら?」アルテミス言った。
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「オリオン。地球のテレビ全ての周波数帯で放送を準備して。インターネットもね。これから、また地球大統領と話すわ。最後の警告。その通信を地球の人達にも流してね。」とアルテミスは言った。
 
「了解しました。テレビの全周波数地帯およびインターネットで放送を準備します。地球合衆国大統領との通信開始とともに放送も開始します。」とオリオン。
 
大統領執務室があるのは、高さが1.5キロもある巨大な宮殿のよう建物。でも、そこから少し離れれば高価な遺伝子治療を受けられない貧困層が暮らすスラム街。
 
その執務室にある大きなスクリーンと、各家庭のテレビに、街頭のスクリーンにアルテミスと合衆国大統領が映し出された。
 
「こんにちは大統領、またお会いしましたね。地球軌道上の合衆国艦隊は瞬時に消えてしまった。残った戦艦に招集をかけるつもりなんでしょうけど、科学力の差は歴然としているわ。私もむやみに殺したくはありません。私に従ってくれれば生きてゆける。あなたは合衆国大統領のままでいいわ。ただし、私の支配下にいるというだけよ?」アルテミスは言った。
 
「お前は・・まだそんなことを・・こんなことをしても我々は屈しないぞ!殺人者のお前を地球合衆国の市民も許さないだろう!」放送されている事を知っている大統領は意気揚々と演説調で言った。
 
「あなたの支配に、地球市民はうんざりしているかもしれないわよ?合衆国の皆さん聞いていらっしゃるかしら?私の支配は・・戦争の禁止。あらゆる差別の禁止。富の適切な配分。この大統領を始めとして、富裕層から、お金を没収し均等に配分します。そして、
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今まで通り大統領選挙も行われます。意外でしょう?私は政治形態に手出しはしないわ。他の政治家も今まで通り選ぶことが出来ますよ。しかし軍事的なものは全て私の支配下に入ります。」アルテミスは地球市民に向かって言った。
 
合衆国大統領の顔は憎悪そのもの。自分より上にあんな小娘がつくというのだ。許せるわけがない。
「我々は絶対に負けない。繰り返すが、お前には支配されない。」大統領は言った。
 
 アルテミスは表情を変えない。そして
「他の方々はいかがかしら?その豪華な執務室にいるあなた達は、彼に従うの?それなら一緒に滅びることになる・・1時間猶予をあげるわ。もし逃げたいのなら一時間以内にできるだけ遠くへお逃げなさい。一時間後にそのビルを攻撃する。」ただ冷たく彼女は言い、そして通信を切った。
 
 互いに顔を見合わせる合衆国の高官たち。一人がそっと去ると、後に続いて皆逃げ出した。
 
「彼らはどうするだろうか?そういえばアルテミス。あの建物ごと吹き飛ばすのかい?」とハッデン。
「そうね。いえ・・殺すのは大統領だけにしようかしら?・・オリオン、大統領官邸上空100メートルで静止して。」とアルテミス。
「了解しました。大統領官邸上空100メートルの位置に静止します。」オリオンは言った。
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上空に留まる巨大な船。そこからアルテミスは大統領執務室に瞬間移動した。大統領の居る場所だ。建物からは我先に人間たちが逃げ出している。エレベーターは満員。エレベーターを待ちきれない人が階段を駆け下りていた。
 
ほうけたように佇む大統領。この建物から皆こぞって逃げ出している!大統領の私をおきざりにして!
 
「あなたは逃げないのね。この巨大な建物から皆逃げ出しているのに。」アルテミスは少し迷った。佇むおじさんを殺しても、仕方がないような気がしてきたのだ。最早なんの力もない。
「そうね・・殺すのはやめましょう。あなたを拘束します。大統領の任を解きます。」とアルテミスは言った。
 
「お前に・・・そんな権限はない・・」しかしその言葉には力などなかった。
「権限なんてどうでもいいのよ。」そう言うとアルテミスは大統領とともにテティスへと瞬間移動した。
 
「前地球合衆国大統領は今、私の船の中にいます。彼は大統領の任を解かれました。次の大統領を選出してもいいし、私が大統領になってもいい。それは皆さんがお決めになってください。しかし・・繰り返しますが軍事的なものは全て私の支配下に置かれます。」アルテミスは地球と月に向けて放送を行った。
 
     残存艦隊
 
残った合衆国軍の司令官、艦長達は困惑していた。中には火星付近にいるものも居る。リアルタイム通信ができない距離だ。
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およそ12分後「艦長・・私達はつまり・・・アルテミスというあの子?の下につくということでしょうか?」ある副官は艦長に呆然と呟いた。
「分からん。しかし逆らえば殺されるんだろうな・・」と、ある艦長は言った。
 
火星侵攻の為に集結していた地球合衆国軍は、およそ2000隻程。合衆国大統領を失って、他の空域に散っている艦隊は集結しようとしていた。
 
「今は緊急事態だ。暫定的に、ヨシガ将軍を最高司令官にすることを提案する。」まだリアルタイムで通信ができない距離の艦隊もあったが、火星付近に集まっていた艦長たちは暫定的なリーダーの話を始めていた。
 
「火星付近に艦隊は集結するようです。数千隻の船が各方面から向かっています。」とオリオン。
 
「それはそうだろうな。我々と戦う気なんだろう。しかし今から火星に向かっても集結前にテティスが到着するのは無理そうだね」とハッデンは言った。
「はい。こちらが最大速度で進んだ場合、合衆国艦隊が集結する頃に到着するでしょう。」とオリオン。
 
「むしろ、ちょうどいいかもしれないわ。もし戦ったら勝てると思う?オリオン。」アルテミスは、およそ6千船籍になろうかという艦隊と戦う気だ。
 
「急激な減速による副作用を利用すれば、・・敵艦の間隔にもよりますが、三分の一は破壊できるかと思われます。」オリオンはシミュレーションを表示した。まずは最も標準的な戦艦の間隔で、次はもっと戦艦の間隔が広い場合、もっと広い場合はこう・・・と
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「ハッデンさん。あなたの家は大丈夫なのかしら?ほら・・自宅にはオリオン本体があるんでしょう?少し心配なの。」とアルテミスは言った。
「ちゃんと用意してある。オリオン本体を守るためにヘレナを向かわせたよ。」とハッデン。
「そうなの。良かったわ。彼女?がいれば合衆国軍が来ても大丈夫ね。」とアルテミス。
 
「ヘレナはご自宅の植民島に到着しています。そして私を戦艦テティスに移動するための準備は全て整っています。」オリオンは言った。ハッデンの植民島に生きた人間はいない。いるのはオリオンが制御するロボットのみ。
 
合衆国軍がハッデンの植民島に近づきつつあった。彼の植民島は秘密にされているわけではない。だから、彼らは裏をかいたつもりなのだ。植民島の中には誰もいないのだが。それを知らない合衆国軍。 
 
ハッデンの自宅植民島に迫るミサイル。合衆国軍が発射したものだ。それに気づいたヘレナ。
人間で言えば顔にあたる部分から大出力レーザーが発射されミサイルを焼き払ってゆく。真っ青な装甲。パッと見は絵を書く人が使うモデル人形を少しだけ骨太にした感じだ。全長は40m程。余計な装備は少なくとも表面にはついていない。しかしその大出力レーザーは10数秒でミサイル群を破壊した。
 
「ミサイル・・全て破壊されました・・・」呆然とするオペレーター。
「一体・・何がいるんだ、あの植民島に・・それにこの距離で・・。何がいるのかは分からないのか?」とディミトリ艦長。
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「まだ距離がありすぎます。光学望遠鏡、最大での映像がこちらです。」映し出された映像にはヘレナのはまだ見えない。
 
「うかつに近づくのは危険だ。すぐ減速しろ。」とディミトリ艦長。既にヘレナのレーザーは艦隊を狙っていたが、ヘレナはオリオンの指示を待っていた。
 
「私の植民島に合衆国軍が近づいて来ているようだよ。ヘレナからの映像だ。」とハッデンは言った。ホログラムに映し出された。合衆国軍の位置。
 
「彼らにも降伏を勧めるかい?」とハッデン。「そうね。ここが済んだら行くわ。でもヘレナだけで大丈夫かしら?」とアルテミス。
 
「それは・・大丈夫だろうね。ヘレナにもレーザーがあるし、それも強力な・・。そしてテティスと同じく、急減速すれば周りのものを破壊出来る例の機能も付いている。」とハッデンは言った。
「ハッデン様、あの急激な加速、減速で空間を歪ませ、結果的に敵を破壊する方法ですが、あまり多用すると加速機がオーバーヒートします。20分程、間を空けても4~5回が限界です。」とオリオンが言った。
 
「まあ・・そんなところだろう。熱は厄介だからね。でも4~5回使えれば敵の大部分を破壊できるだろう?それにその4~5回を使い切ったらどのくらい期間を開ければ使えるようになるのかな?」とハッデン。
「5時間ほど冷却すれば元の状態に戻ります。」オリオンは言った。
「私の予測より速いな。上出来だよ。」とハッデン。
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その時新しい情報が入った。「合衆国軍艦隊は減速を始めました。ヘレナのレーザーを警戒していると推測されます。」とオリオン。
「合衆国軍の司令官も、闇雲に近づいたりはしないようだね。それはそうか・・今は火星に集結しつつあるメインの艦隊をどうにかしないとね。」とハッデン。
 
火星空域に集結しつつある合衆国軍艦隊、それに合わせるように戦艦テティスもその空域に突進している。
 
「間もなく合衆国軍艦隊、集結予定空域に到達します。減速を始めますか?このまま進めば合衆国軍艦隊の三分の一を破壊できるポイントで減速を開始することもできますが。いかがいたしますか?」とオリオンは言った。
 
「このまま破壊しちゃおうかしら?」ポツっとアルテミスは言った。
「そうなの?話をせずに殺しちゃうの?」とタカシ。
 
「少し迷うわ。チャンスじゃない?千載一遇って今みたいなことを言うんでしょう?」とアルテミス。
「それはそうだが、ほんとに良いの?説得もせずいきなり?」と今度はハッデンが言った。
「例えこのチャンスを逃しても、多分私達が勝つわよね?」とアルテミス。
「それは、そうだよ?よほど油断しない限りはね。」とハッデンは言った。
 
「ホントはそんなこと思ってないんじゃ?」とリクトは言った。
「良く分かったわね。少し面倒くさくなったけど、いきなり殺したりしたくないわ。それに生かしておいた方が、地球の人達にも受けがいいでしょうね。」アルテミスは言った。
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「何だ。人が悪いよ。僕は本気かと思った。」とタカシは言った。「ごめんなさい。少し迷ったのよ。」とアルテミスは言った。
 
テティスは減速していた。合衆国軍が集結する頃、テティスもそこに着けるだろう。
 
「オリオン・・通信をお願い、地球合衆国軍に。一応降伏勧告しないと。」とアルテミスは言った。
「かしこまりました。通信を開始します。しかし・・言うセリフはもうお考えなのですか?本当に通信を開始してよろしいですか?」とオリオンは心なしか心配そうに言った。
 
「あら・・前と同じように言うだけかと思ったのだけれど・・それではダメかしら?」とアルテミス。
「ちょっとはセリフを変えてみたらどお?降伏とか言わず、別の言い方にしてみるとか?」とタカシ。
 
「そうだよ、あいつら・・フツーの人間て、そういうのスゲエこだわる。なんか知んねえけど。」とリクトは言った。アルテミスやタカシ達の感覚は少しずれている。最早、人間の思惑など考えなくて言い存在になってしまったからだろうか?
 
「ハッデンさん。私の言葉遣いは間違っていたのかしら?」とアルテミス。
「うーん・・間違ってはいない。でも私達、ふつーの人間はメンツとかこだわるんだよ。君は見た目まだ十代の女の子だ。そんな子に従うのは・・とくにおじさんはね。いや年上の女性も激怒するかも・・・でも仕方ないさ。君が分からないのも当たり前なんだから。」とハッデンは言った。
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「ハッデンさんも私に従っている、いえ・・服従させられている、ってそう思っているの?」アルテミスは少し心配そうに言った。
「私はね、少し変わっているのかな。そんな風には思わないよ、全くね。それより、あの激怒したおじさんたちの方が嫌いだね。人間の集団心理を悪くしている。真に排除すべきなのは多分ああいう人達なのさ。」ハッデンは穏やかに言った。
「そう、良かった。安心したわ。じゃあ・・・少し穏やかな言い方?敬意を払った言い方にしてみるわ。」アルテミスは言った。
 
この会話を聞いている間、オリオンは合衆国軍に通信を繋げていない。アルテミスに助言して良かったと彼は内心思った。
 
「嫌だわ。少し緊張しちゃう。オリオン、まだ通信は繋げないでね。」とアルテミス。
「分かっていますよ。考えてください。もう少し減速を強めますか?このままでは後20分程で合衆国艦隊と合流してしまいます。」とオリオン。
 
「いえ・・このままでいいわ・・・。」アルテミスは浮かびながら言った。少し体から光が出ている。「考え事してウロウロしてる。」タカシは笑いながら言った。
 
「艦隊合流空域に間もなく到着します。」戦艦ギデオンのオペレーターが言った。
「例の船も、ほぼ同じタイミングで空域に到着するのね。」ヨシガ艦長が言った。ヨシガ艦長は暫定的に残存艦隊の司令官の任についていた。ホログラムに例の少女が乗った船、テティスがポツンと表示されている。
 
「レーザー発射準備。目標は大統領を拉致した反乱軍戦艦。」ヨシガ艦長が言った。
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光学望遠鏡でも分かる程に合衆国艦隊に近づいているテティス。しかしそれは地球で観測された形状とは違った。まるで銀色の球体に見える。照準を合わせる戦艦ギデオン。
 
「あの形は・・なんでしょう?地球で観測された画像を出します。」オペレーターは地球合衆国司令部上空に止まっていたテティスを映し出した。それは白い円盤の船だった。今向かって来ているのは銀色の球体?あるいは銀色の円盤が進行方向に広い面を向けて進んでいるようだ。
「あの船ではない?それとも空気抵抗がないから広い面を向けて進んでいる?」独り言のようにヨシガ艦長は言った。
 
「攻撃を中止しますか?」とオペレーター。「構わないわ。攻撃を開始。」とヨシガ艦長。「了解しました。攻撃開始します。」とオペレーター。
 
艦隊のレーザーがテティスに照射された。が、レーザーは全て跳ね返された。
「・・・レーザー・・・効果なし・・反射している模様・・」オペレーターが言った。
 
「どうしてあんな技術が?・・あの船を作ったのはハッデン・・という男よね?」とヨシガ艦長。するとそこにオリオンからの通信が入った。「敵艦からの通信が入っています。オリオンと名乗っています。繋ぎますか?」と別のオペレーター。ヨシガ艦長はしばしの沈黙の後「そうね。繋いで。」ヨシガは言った。
 
「はじめまして。私はアルテミス。私達のことはご存知でしょう。この船の中には元合衆国大統領が乗っています。地球で彼を捉え大統領の任を解きました。」とアルテミスは言った。
「まず、あなたに大統領の任を解く権限などありませんよ?そして勧告します。降伏して投降しなさい。数千隻の戦艦を相手に一隻では勝ち目はない。」ヨシガ艦長は言った。
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また、お決まりのセリフ。「降伏は出来ません。出来たら良いのですが・・・。私は人類を救う使命があるからです。」アルテミスは言った。随分と大きく出たものである。果たして彼女は本気なのだろうか?いや・・実は、対して真剣に思っている訳ではないのかもしれない。
 
(アルテミスは随分と大げさなことを言ってるね。これじゃあもっとダメかも?・・)タカシは言った。(そおか?このくらい大風呂敷じゃなきゃ説得なんて無理だろ?ま、それでもダメそうだけどな)とリクト。
 
「救う?殺しているのに?」とヨシガ艦長。「大して殺してはいないわよ?犠牲はやむを得ないわ?そうでしょう?あなただって軍人。たくさん殺したんじゃない?」とアルテミスは言った。
 
「私は地球合衆国の為にしたのよ。合衆国市民を守るため。あなたとは違う。」ヨシガ艦長は言った。
 
「同じよ?私はもっと平和にするために邪魔なものを排除するの。一緒よ?」アルテミスは言った。
 
(アルテミス、ハッデンさんが話したがってる)とタカシが言った。(アルテミス、少々強引では?大丈夫かい?多分これでは戦うしかなくなるだろう。)とハッデン。
 
(そうかも。私この人とても嫌い。何だかムカムカするわ。)アルテミスは言った。
(気持ちはわかるが・・なるべく平和的に・・って言ってなかったかい?)とハッデン。
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(そうだよアルテミス。普通の兵士は味方につけておいたほう方が良いよ。その為には、なるべく殺さないほうがいい)タカシは言った。
(分かったわよ。そうね。一応続けてみるわ)とアルテミス。
 
この間アルテミスは黙ったまま。ヨシガ艦長は黙ってしまったアルテミスを見つめていた。「何をしているの?急に黙りこくって・・」とヨシガ艦長。
 
「この女は精神感応と呼ばれる力を持っているという報告があります。多分、他の何かと話しているのではないのでしょうか?」副官はヨシガ艦長の耳元で囁いた。
 
「戦ってもいいのよ。そんなに私たちが勝てないと言うのなら、試してみればいい。」アルテミスは舌の根も乾かぬうちに戦う方に話を持って行っていた。
 
(ダメだねこれは・・。最早・・・。)ハッデンは言った。しかし彼は、戦いになってしまった方が良いのかもしれないとも思った。ハッキリと負ける方が軍人は変化を受け入れやすいのかもしれない、そう考えたのだ。
 
ヨシガは、ミサイルの発射を命令した。こんな小娘の相手をする必要など無いと思ったのだ。つまり怒りに任せた。
 
しかしミサイルはテティスのシールドの表面で爆発するだけ。「これで分かったかしら?あなたがたの攻撃は効かないのよ?それでも戦うのね。」アルテミスは通信を切った。
 
「オリオン。シールドを張ったまま直進。合衆国艦隊を破壊するのよ。」とアルテミス。
「かしこまりました。シールドを保持したまま直進します。」とオリオン。
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急加速してしたテティスは合衆国艦隊に突っ込んでいった。紙細工の様に拉げて破壊される艦隊。そのまま次々と合衆国艦隊の船を破壊してゆく戦艦テティス。
 
「現空域から緊急離脱!」テティスの体当たりを見て、離れようとする戦艦。しかし遅い。ゆっくりと離れてゆこうとするそばから、銀の球体と化したテティスに体当りされ爆発してゆく。
「加速器に負荷がかかり過ぎています。限界までおよそ6分。こちらからレーザーなどの攻撃をする場合、シールドを最小限まで弱める必要がありますが、レーザーを使っての攻撃をしてはいかがでしょう?」とオリオンは言った。
 
「そうね。レーザー攻撃に切り替えるわ。艦隊から離れて、レーザー照射。」とアルテミスは言った。「かしこまりました。合衆国艦隊から2万キロ離れたのちレーザーを照射します。」とオリオン。
 
合衆国軍は混乱していた。逃げようとしても速度が圧倒的に違うのだ。まるで人間からカタツムリが逃げているようだ。テティスは必死になる必要などない。2万キロの距離に到達したテティスはシールドを最小にしてレーザーを照射した。合衆国軍艦隊の中には助かった、と思ったものもいたが、強力なレーザーに焼かれて爆発してゆく艦隊。
アルテミスの大嫌いなヨシガ艦長も船と一緒に吹き飛んだ。
 
「現在、敵艦隊残存率46%。攻撃を続けますか?」オリオンは言った。「いえ、もういいわ。こちらの勝ち、って解釈でいいわよね?もし降伏しないようなら再攻撃するわ」とアルテミスは言った。
 
敵艦のホログラムに映し出されたアルテミス「降伏するなら・・残った人達を攻撃しない。どうしますか?」この通信は艦隊全てに向けられている。
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「私は地球合衆国軍、戦艦ビヒモス号の艦長エイモスだ。ヨシガ艦長が亡くなられた今、私が司令官代理となっている。降伏を受け入れる・・・本当に我々の命を保証してくれるのか?」エイモス艦長は言った。
「それはもちろん。私はあなた達とは違う。圧倒的に強いから騙す必要がないのよ。」とアルテミスは言った。
 
アルテミスとオリオンは戦艦のコンピュータを乗っ取り、支配していった。そして残った艦長たちをテティスに捕虜として収容した。
     
     オリオン移動 
 
「これで、合衆国軍の大部分は私達の傘下に入った。後は木星に残っている艦隊、これはたいした数じゃない。それと小惑星帯に居る戦艦。いくつくらいかな?オリオン。」ハッデンは言った。「合衆国軍のデータによると小惑星帯にいるのは8隻の戦艦です。」とオリオン。
 
「それだけ?では木星と合わせて、残っているのはたったの108隻。実質的にはアルテミス、君は地球と火星の支配者になってしまったね。」ハッデンは言った。
 
予想より早く太陽系を支配してしまった。まだ木星にいくぶんかの戦艦が残ってはいるが、大した問題ではないだろう。「オリオン、火星に集結した艦隊のコンピュータ乗っ取りはどのくらい進んでる?木星の艦隊に状況を報告した船はあるかな?」とハッデンは言った。
 
「はい。戦艦ビヒモスから木星へ、交戦中であるとの報告がされました。」とオリオン。
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「そうか・・。降伏したことは通信されてるの?」とハッデン。「いいえ。降伏について通信は送られていません。伝えるのを躊躇したのでしょうか?」とオリオン。
 
「アルテミス、話していいかい?」とハッデン。アルテミスはソファに横たわっている。眠っているのではない。今までオリオンと一緒に、残った合衆国戦艦のコンピュータをハッキングしていたのだ。
 
「大丈夫よ。ほとんど終わったわ。後はオリオンだけでできるでしょう。木星にいる艦隊と小惑星帯の艦隊。次はそれをどうするかね。彼らはそんなに抵抗するとも思えないわ。もちろん単なる推測だけれども。それとね、ハッキングついでに木星にも降伏勧告を送ったの。」とアルテミスは言った。ゆっくりと浮かび上がり、ハッデンの元に漂うアルテミス。
地球合衆国大統領を捕縛した時の放送も、木星に向けて発信されていた。アルテミスの自己紹介は木星いる軍人たちも知っていることだろう。
 
そこへタカシとリクトがやって来た。
「アルテミス、テティスにオリオン本体を積み込むのに、僕達ハッデンさんの植民島に行くんでしょう? 遂にテティスも仕上がるんだね。楽しみだな。」とタカシ。
「でもさあ、アルテミスって人間のことはあんま好きじゃないよね?それなのに人類っていう種は守りたいんだ。」とリクトは言った。
 
「そうね。人間のことはあまり好きになれないかも・・でも人類には安全で平和でいて欲しいわ。だから地球の政治形態はそのままよ。私はただ戦争と差別を無くす為に軍事を取り仕切るの。安全な世界を邪魔する者は容赦しないわ。リクト、もしかして私に反対なの?」とアルテミスは言った。
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「まさか。俺も人間はそんなに好きじゃない。人間が殺し合おうと、どうなろうとなんとも思わないよ。」とリクトは言った。
 
「良かった。あなた達と仲違いなんてしたくないわ。本当に・・」とアルテミスは言った。
 
この子供たちも人間なのだ。ただ、人間を超えてしまったところがあり、自分達の事を、普通の人間が受け入れることは不可能だと知っている。それもそうだろう、心を読める上に、手を触れずに脳を破壊できる存在を受け容れるなど簡単ではない。ハッデンやエリザベスはもしかしたら・・数十億人分の2、の二人なのかもしれない。
 
オリオン本体のあるハッデンの個人植民島に到着したアルテミス達。
「これから電源を切るよ?覚悟は出来てるかい?」ハッデンは言った。「はい。準備は出来ています。」とオリオン。「電源が無いってことは夢も見ないんだよな?」とリクトは言った。
「そうですね。人間で言えば死んでいる状態と同じでしょう。それと・・私は眠りませんよ?」とオリオン。
 
「でも電源を入れれば元に戻るんだとしたら、少し違うような?・・人間で言えば、仮死状態がオリオンの電源オフに当たるんじゃない?どうなのかしら・・。でも、有機物の体と違って強くていいわね。酸素も必要ないし、病原体に犯されることもない。」アルテミスは言った。
 
「そうですね。有機物の体は本当に脆い。私は無機物の体で良かったと思っています。そしてもっと容積を小さくしたいのですが、未だに実現できません」とオリオンは言った。
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「私も考えているんだがね。上手くいかないんだよ。オリオンの思考の速度は人より遥かに速い。人間の時間にしたら数十年研究していることになるんだが。」とハッデンは言った。
 
「それほどに人間の脳は優れているということなのでしょう。私も予想外でした。このサイズから数ヵ月ほどで、人の脳のサイズに出来ると思っていたのです。もちろん私の時間では10年位になりますが」とオリオンは言った。
 
「重力制御を実現したオリオンでも乗り越えられない壁って何なのかしら?もしかしたら、素材に関係はある?私たちの脳は有機物でしょう?無機物とは、何か大きな違いがあるのかもしれないわ。」とアルテミスは言った。
 
「私もそれを疑っています。しかし理想としては全て無機物で実現したいのです。しかし有機物を一部利用して容積を減らせないかと仮想実験を繰り返しています。
オリオンは、こうしてアルテミスと話している間にも思考の中で実験を繰り返していた。
 
       木星艦隊
 
木星にある合衆国軍の残存艦隊。
「火星に集結した艦隊も半分弱が破壊された模様です。残った者は降伏したとか・・。現在兵士たちがどこにいるのかの情報ありません。」副官は言った。
 
送られてくる情報は信じられないものばかりだ。そして敵の船、アルテミスとハッデンの船が木星に来るのではないのか?という不安がある。
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「合衆国軍人が情けない・・・。何故最後まで戦わないのか?・・」ジョルジョ艦長は言った。彼は降伏など許さない。普段からそう公言している男だ。だからといって高潔な精神の持ち主でもない。ただ凝り固まっているだけ。
 
ここ、木星の基地は新しい兵器を開発する研究所も兼ねていた。ここにあるのは核兵器と強力な粒子砲。ジョルジョ艦長は、それを使ってアルテミスと戦う気でいるのだ。
 
元は火星連合と戦う為に作られた、強力な粒子砲を備えた戦艦。殆んど粒子砲にエンジンと居住区をつけた、といった船である。しかし、問題なのは、完成した船はたったの10隻。
 
「気分はどうだいオリオン。」ハッデンは言った。そんな事を言われても、電源が入り意識が戻っただけなのだが。
オリオンは答えた。「とても良い気分です。ハッデン様。生まれ変わったようです。」
「大げさだな。スイッチ切って入れただけだろ?」とリクト。中々酷い言い草だがオリオンは気にしていない。
 
「確かにその通りです。しかしテティスの中にいるのは気分が良いですね。これからあなた方と働けるのは嬉しい。しかし気になっている事があります。木星の軍事基地はどうするのでしょう?合衆国戦艦のコンピュータにあった情報には、100隻程の戦艦と、強力な素粒子砲を備えた船があるそうなのです。」とオリオン言った。
 
「そうだね。そのことはアルテミスとも話したんだよ。彼女は、このまま地球付近に留まって合衆国市民に支配者であることを、もっと分からせた方が良いと思っているようだよ。そして私もその方が良いと思う。木星から艦隊が来るには6~7ヶ月かかるだろうし、
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近づいてきたら探知する用意はできているし。来ないなら暫く放って置いても良い。オリオン、君はどう思う?」ハッデンは言った。
「私もそう思います。木星は後で片付けても良いでしょう。来ないなら好都合ですし、来てもヘレナ一機で勝てるでしょう。データにある高出力粒子砲は少し気になりますが。」とオリオン。
 
「その粒子砲はどの位の強さなのか分かるの?」アルテミスは言った。
「はい。出力400万テラワット。粒子ビームの直径は38メートルです」とオリオン。
「それは・・彼らの技術にしては思い切ったね。本気で火星連合を叩き潰す気だったんだ・・。しかし結局、核を使ったとは・・何故そんな無駄使いをしたのかな?彼らは。」とハッデンは言った。彼からしたら、核より劣り、しかし金のかかる兵器を作るなど考えられないのだ。
 
     富の分配
 
「アルテミスが支配者だって、もっと分からせるって具体的にはどうするんだ?」とリクトが言った。
 現在地球では、次期合衆国大統領を選出するための選挙活動が始まっていた。それまでは副大統領が大統領の任についている。
 
「地球の軍事基地をある程度破壊しておかないとね。最早、軍事は全て私が取り仕切るのだから。オリオン、現在の地球合衆国大統領に繋いでいただけるかしら。」とアルテミスは言った。
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「何の用だ。」渋々とアルテミスとの通信に応じる臨時の大統領。「こんにちは、私のことはご存知ですね。太陽系の支配者です。」とアルテミス。なんとも滑稽な言い方だがアルテミスそんな事に気づいていない。
「合衆国市民はお前が支配者などとは思っていないぞ、各地で起こっているデモを知らんのか?」と臨時大統領。
 
地球では突然現れた小娘に反対するデモが広がっていた。そしてネット上には様々な批判、理性的なものから、卑猥なコラージュをして、酷い言葉でアルテミスを罵るものまで。
 
「私がそんな事を気にするとでも?それに、言論の自由を制限するなんて一言も言っていないのですよ?私は。」とアルテミス。
「なんだ・・?言論の自由を制限しない?そんなこと誰が信じる?独裁に情報統制は不可欠だ。そんな事も分からんのか?」と臨時大統領。
 
「でも、今現実に何か不都合でもあるのかしら?合衆国軍は実質的に私の支配下にある。あなた方、負けたのは覚えていらっしゃる?じゃあ私を排除してご覧なさいな。」とアルテミスは言った。黙りこくる臨時大統領。
 
「それでね。命令があるのよ。大富豪上位50位までの、財産の半分を太陽系全市民に配分して欲しいの。ただしハッデンは除く。どの位の時間が掛かるかしら。出来るだけ早くして欲しいのだけれど。」とアルテミス。
 
地球の格差はひどいものだった。何十年も、富裕層は相続によってさらに豊かになり、政治的影響力を利用して相続税も着実に減らしていった。政治家も2世3世・・互いに利益を守り合うだけ。そして誕生した8割以上の人が貧困層に転落する世界。前の大統領も
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議員の3世である。順繰りに権力者達が権力を分けあっているだけ。反対者は何らかの事故で死んでしまう事も増えていた。
 
結局は民主国家の名を借りた富裕層サロンの元老院が支配する体制になってしまっていたのだ。今回は・・・家の誰々が大統領になれば良い、と貴族たちが画策しているだけ。
 
「そんな・・そんなことは出来ない。第一ハッデンは除くとは、どういうことだ?そんな不公平なことは受け入れられない。」と臨時大統領。
 
「まだ分かってらっしゃらない?ではあなたを解任し私が直接してもいいのよ?従わないなら従う人を任命するだけ。それに従う人は居るわ。現政権に不満を持っている人はいくらでもいるのよ。それに、あなたを貧困層に落とすなんて言っていないわ。給料は多少減るけど今までが多すぎたのよ?十分に豊かな生活が出来る額はもらえるのよ?あなたも上位50位に入っているけどね。予想は付いたでしょう?でも最下位の50位でさえ資産1兆2000億タラントも持っているの。果たして一人の人間にそれだけ必要なのかしら?」とアルテミス。
 
「それは・・しかし・・。」と臨時大統領が言いかけたが、「これは命令なのよ。あなたは従うしかない。断るならスラム街に放りだすわ。せっかくの資産も全て没収。それでも良いのかしら?それより、従って今まで通り豊かに暮らしたらいかが?実質的には困らない分が残るのよ?」アルテミスは言った。臨時大統領は例え半分の資産を奪われたところで、数千億タラントが残るのだ。
 
「分かった。しかし保証は?本当に私に・・いや・・我々の資産の半分は残してくれるのか?」と臨時大統領。
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「保証するわ。本当よ。あたなと違ってこんな事で嘘はつかない。だって・・そう思わない?あなたを殺してしまえば良いのよ。そもそも、約束を守る気がないならね。」とアルテミス。
 
「分かりました。命令を実行します・・・しかし・・しかし私の財産はどうか・・どうか、お約束どおり残して下さい。お願いします・・。」臨時大統領は力なく言った。
「それはさっき言った通りよ。約束は守るわ。」そう言うとアルテミスは通信を切った。
 
「地球の人たちに伝えないとね。オリオン、今度は全市民に向けて放送するわ。準備していただけるかしら?」とアルテミス。
 
実のところ、地球合衆国市民は、思ったよりアルテミスを歓迎している者も多いのだ。ただ今は様子を見ている。下手な事を言って、その後アルテミスが失脚したら元も子もない。
 
「合衆国市民の皆さん。私はアルテミス。」彼女の姿が各都市の上に巨大なホログラムとして、そして各家庭のテレビに映し出されている。
 
「私は臨時大統領に命令しました。大富豪の資産の半分を全ての人に均等に配分します。これで私が本当の支配者である事が分かったかしら?そして私は言論の自由は保証します。だって私には痛くも痒くもないから。今デモをしている方々も辞める必要はありません。ネットなどで、私の事こき下ろしている人々も辞める必要はありません。今は私の言葉が信じられないでしょうけど、時間が経っても、私が取り締まりらない事を知るでしょう。
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現在の政治形態も維持していただいて結構ですよ。現に次期大統領選出にむけて選挙活動も始まっています。あなた方ご存知の通りです。では、良い日をお過ごし下さい。」そう言うとホログラムは消えた。
    
小惑星帯のアップワードおじさん
 
「おい、本当だと思うか?」アルテミスの放送を聞いていたヤマダが言った。彼らは小惑星帯に居る、アップワードおじさんの所に匿われていた。アップワードおじさんは表向きは廃品業者だが、殺人以外は、そこそこにこなす、少し悪い人だ。小惑星帯で稼ぐためには良い人の面ばかりではやっていけない。でも、あまり悪くなりすぎても抗争で殺される。そこをうまく渡っているアップワードおじさんは意外と凄いのだ。しかし見た目はパッとしない。背は高いが見事にでっぷりと突き出た腹。程よく小汚い格好。でもそれが不思議な安心感、時には微妙な優越感を相手に感じさせていた。
 
「お前らサボってるんじゃねえ。タダ飯食わせる訳にはいかねえんだぞ。」アップワードは言った。
「おじさん。すげえことになってるんだぜ?一気に太陽系の支配者が変わったんだ。何とも思わねえの?」とヨシュア。
「そんなことは、ここには関係ねえ。小惑星のこと何なんざ、このお嬢さんは関心ねえよ。」テレビに映るアルテミスの事をアップワードは言った。
 
「何だ、見てたんじゃん。じゃあ何か俺達にもチャンスがあるんじゃねえの?下克上だぜ?」脳天気にヤマダが言った。
「どう下克上するんだ?地球にもいないのに。」とアップワード。
「それは・・そうだ!コイツ、このアルテミスと知り合いなんだぜ。アップワードさん。」とヤマダ。
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「お前それは・・何となく彼女じゃないかなってだけで・・」ヨシュアは何故か少し照れている。
「お前、嘘も、もう少し上手くつけ。そんな頭の悪いことじゃここで商売はできないぞ。とにかく仕事をしろ。全部ロボットがしてくれるわけじゃないんだ。」そう言うとアップワードは出て行った。
 
「あーあ全然信じねえよ。でもさ、ストルムグレンから逃げるのに、地球へ行くのも良いんじゃねえの?おじさんだってストルムグレンにバレたら、戦ってまで俺達を助ける訳には行かねえだろう?」とヤマダ。彼も、このまま匿われ続ければ迷惑を掛けてしまうことを危惧していたのだ。
 
「そうだなあ。バレるのも時間の問題かも知んねえし。でも地球かあ・・かったりーなあ・・遠いじゃん。」とヨシュア。
「お前、ストルムグレンが、えげつないの知ってんだろう?あいつ最低の奴だぜ?おじさんのこと考えろよ、ちっとは。」とヤマダは言った。
「お前からそんな言葉を聞くとはな・・・変わったもんだ。」とヨシュアは言った。
 


      サボり
 
「アルテミス。官僚たちの動きが不穏です。推測ですが、弱いサボタージュをしているようです。」とオリオンは言った。例の、大富豪の財産半分を太陽系全市民に配分する計画だが、官僚たちは、口では媚びへつらいながら仕事が奇妙に遅いのだ。各部署にはオリオンの端末が派遣されているが、何分にも紳士的なので舐められてしまっていた。
 
「サボっているのは誰?」とアルテミス。
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「・・・、・・・、・・・・、・・・、・・。」とオリオン。スクリーンに数十人が映し出された。
「かなりいるのね。分かったわ。この人たちを集めて下さい。そうね、合衆国議事堂でいいわ。今すぐね。」とアルテミスは言った。
 
「おい、お前も呼ばれたのか?」サボっている官僚の一人が言った。議事堂に向かうものがだんだんと集まっている。多分、今議事堂に歩いているのは全員が呼び出しを受けたものだろう。その中にオリオンの端末もいた。
 
「オリオン様、何かあったのですか?」サボリの一人がオリオンに声をかけた。
「議事堂に着けば分かりますよ。私からは言えません。」とオリオン。不安な顔になる官僚の一人。
 
全員が議事堂に集まった。オリオンが真ん中にいる。そこへアルテミスが瞬間移動して現れた。
 
「アルテミス様」深々と頭を下げる者もいた。しかし毅然と見つめるものも。
 
「こんにちは。あなた方について良くない報告を受けました。故意に仕事を遅くしているそうですね。」とアルテミス。彼女はこう言いながら一人一人の心を読んでいた。
 
彼女に内心賛成していない者。とにかく足を引っ張ることに喜びを感じている者。
「・・・、・・・、・・・あなた方を解雇します。・・・・・・あなたを解雇します・・」アルテミスは機械的に宣言していった。
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