出産の「いきみ」と正拳突きの話。
作家の輝井永澄です。
アクションやバトルものを中心に小説・シナリオを書いています。
↓小説原作のコミック版(連載中・単行本は既刊3巻)
↓小説の方
20代を空手と総合格闘技と殺陣アクションに、30代を音楽と小説に費やしてきましたが、この度なんと父親になってしまいました。びっくりです。
子どもを可愛いと思うのかどうか割と不安だったんですが、生まれてみるとちゃんと可愛いものです。そりゃもう世界一可愛い。人間はこうして親になるんだなぁ……
ところで、親が親になるのと並行して、生まれた子供も日に日に人間へと変化していきます。
そりゃもう、1日ごとに変化していくんですよこれが。
まるで武術の初心者が毎日上達していく様を見ているかのよう。めちゃ面白いです。
「人間」への入門
自著でも記していますが、「二足歩行」というのは人間が最初に習得する「技」であり、武術のみならずあらゆる人間の技の基礎となるもの。
人として生まれた子供はまず、この技を身につけなくてはならず、その体得には1年あまりの時間を要します。
しかし、生まれた子供を見ていると、人間が「二足歩行」の習得に至るまでにはどうやら、とても多くの段階を踏んでいることがわかります。ぜんぜん「基本技」なんかじゃなかったよ、奥義だよこれ。
それだけでなく、表情ひとつの変化やおむつ回りのことに関してさえ、武術的、身体操作的に興味深い事象が詰まっており、日々目を丸くすることしきりです。
せっかくのそうした発見を、広く世に知らしめ……というのはおこがましいのですが、普通にこれ面白い話だな?と思ったので、自分への記録も兼ねて文章に残しておこうと思い、このマガジンを書き始めました。
世に育児の本、赤ちゃんの発達に関する研究は山ほどありますが、せっかくなので、武術マニア、身体操作マニアなりの視点での記録を残していこうと思います。
「いきむ」とはつまりなにをするのか?
で、いきなり話は生まれる前のことに遡ります。
うちの奥さんはいきなり破水から始まり、その後子宮口が完全に開くまでに4時間と、超高速で出産に至りました。(初産だと通常、18時間くらいかかるらしいです;)
反面、激しい陣痛に苦しむことにもなりましたが、なんとか麻酔をして落ち着き。子宮口の状態を確認したところ、まだ赤ちゃんが出口まで降りてこないので、ここから徐々に子供が外に出てくるフェーズとなります。
この時、助産師さん曰く「痛みがきたら、ゆっくり呼吸を吐きながら、下に降ろすようにいきんでください」とのこと。
下に降ろすように呼吸を吐き、力を込める……わかるようなわからないような気がしますが、ともかくも奥さんは言われたとおり、下腹部に発生した異物感を下に降ろすようにして息を吐きながら、力を込めていきます。
これ、ある程度武術の心得がある方ならお分かりになるんじゃないでしょうか。
「息吹《いぶき》」なんですよね。
息吹とは、空手などの日本武術で行う呼吸法のこと。いわゆる腹式呼吸なんですが、丹田(へその下三寸の箇所、人体の重心位置と言われる)に息をため、一気に吐き出すことで重心を下に降ろし、重心を下に落として足を踏ん張るという動作です。
あらゆるスポーツ、特に武術で特に重視されるのが、身体の内部への意識。
お腹から股の間を通って出てくる赤ちゃんに対して、まさに「下に降ろす」という動作を、身体の内部で行う……まさか出産と武術に共通点があるとは思いませんでした。
「いきみ」の後ろ脚
ちなみにですが、この「下に降ろすいきみ」については、無痛分娩を選択しなかった場合、陣痛の痛みに耐える形で自然に行われるらしいです。なんだそれすごい。
まあつまり「踏ん張る」ということなんでしょうね。武術の稽古でも、丹田に力を込める感じを「重い物を横から押す感じで」とか説明すると案外、伝わりやすかったりとそういうことなのかもしれません。つくづく、人間の身体にとって丹田って重要なのだと思います。
さて、いよいよ赤ちゃんが子宮口まで降りて来て、いざ産むというタイミング。
それまでボーっとするしかなかった出産立ち合い中の僕にも役目がまわって来ました。
「奥さんがいきむのにあわせて、背中を抑えるように」と助産師さんからの指示が飛んできたのです。
つまり、下へといきむ時に力が逃げないように、背中に壁を作れというわけですね。陸上競技のスターティングブロックみたいな役割。
これ、実際にやってたら「もっと強く!」と奥さんから言われ、けっこう力を込めて押し返すことになりました。
「せーの!」「うー!!」
なんてことを何度もやっている間、考えていたこと。
「……あーこれ、正拳突きの後ろ脚と同じだわ」
閑話休題。
僕が20代のころにやってたのはフルコンタクト系の空手で、突きや蹴りはキックボクシングみたいな動きだったんですが、今年になってから松濤館流の道場で伝統派の空手を学んでいます。
ボクシングのストレート・パンチでは前の足をしっかりと踏ん張ることで、身体の「ねじり」を直線の動きへと変え、弓矢から拳を発射するようにして撃ち出します。
一方、松濤館の正拳突きは、後ろ脚をしっかりと踏ん張るように教えられます。拳を弾丸のように「撃ち出す」ストレートパンチに比べ、こちらはパイルバンカーのように拳を「打ち込む」動きに近いです。
ねじりを直進運動に変えるのでなく、後ろ足から拳まで一直線に突き立てるわけですね。
すなわち、「いきみ」の時の背中を支える手がこの「後ろ脚」にあたるということになります。後ろ脚でいきむ力を支え、赤ちゃんを打ち出す……!
先の息吹と「いきみ」だけではなかったのです。出産の現場では、武術における身体操作の意識が日常のものとなっていたのです。
医療というのはもちろん、科学の領域なわけですが、助産師さんの仕事というのはしかし、こういう身体操作に関することが非常に多い。赤ちゃんの寝かしつけや、その反応から赤ちゃんの意図を推察するというようなところにまで、呼吸や身体の領域で仕事をしているため、どうも武術との近接領域が多いように思います。
世のあらゆるものに術理の蓄積が行われていく……そのことに感嘆しつつ、高度に身体的、武術的な活動である「育児」、そして「子どもの成長」ということについて、こうして書き記そうと思ったきっかけとなったのでした。
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