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往復書簡:テラとTERAの音楽をめぐって②音楽と寺/仏教の関係

by 田中教順、グリット・レカクン

互いに演奏家であり研究者でもある日本とタイ両バージョンの『TERA』の音楽家、田中教順とグリット・レカクンが、お互いの作曲や音楽観についてオンラインで書簡を交わしました。この記事では、全6通の往復書簡のうち第三便と第四便をご紹介します。

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第三便:田中教順より

グリットさん

研究活動でお忙しいところご返信いただきありがとうございます。
とても興味深いお話、拝読させていただきました。TERAタイ編の音楽はタイの音楽をベースにグリットさんが作曲されたものなのですね。おっしゃる通り、タイという国の雰囲気を表しながら、同時にどこか他の場所や国にいるような不思議な感覚にもさせてくれる、素晴らしい音楽でした。グリットさんが目指した音楽的効果が見事に表れていたと思います。

タイの寺院や宗教がメインになっているためにタイの音楽をベースとした、というタイ編に対して、テラ日本編ではむしろ日本の伝統的な音楽との結びつきを避けようとしました。それは日本における仏教の受容のされ方や僕自身の生い立ちと関係があると思います。

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日本において仏教は、宗教というよりもある種の社会的な慣習というようなものに近いのではないかと思うことがあります。昔からの習慣で先祖の墓参りや親戚の葬式などの際に寺に行きますが、だからといって自分が仏教徒であるという自覚をしている人はそう多くないのではと思います。

もう一つ、自分の父は僧侶で仏教学者です。日本では坊主は世襲することが多く、自分も生まれたときには坊主になることを期待されていましたが、結果的に仏教の道には進まず、西洋の楽器ばかりを演奏する人間になりました。「テラ」の音楽に日本の伝統的な仏教音楽の模倣のようなものは作れたかもしれませんが、それでは自分と日本の仏教との関係の本質を描くことはできないと思いました。

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▲『テラ 京都編』公演会場:臨済宗 興聖寺

多くの日本人にとっても自分自身にとっても、仏教って「すぐそばにあるけど、よくわからない」ものだと僕は思っています。そんな背景のもとで、荘厳な日本の寺院で伝統的で豪華な音が鳴ってしまうのは、「仏教って素晴らしいですね」と、よくわかりもせずに言っているような、とても表面的なものになってしまうと思いました。そしてその荘厳さと薄っぺらさが聴衆との間に壁を作ってしまうのではないかと思いました。豪華さや荘厳さを感じさせないような音で寺院と仏教をもっと聴衆側に近づける必要を感じていました。「よくわからない」感じを音楽にも込めたかったのです。

このあたり、おそらくタイ編とは考え方が大きく違うと思います。よろしければグリットさんの中での仏教観や、仏教と音楽の関係性についてお伺いしたいです。それはきっと日本の音楽家とは明らかに違ったものなのではないかと思いますし、個人的にもとても興味があることです。

田中教順


往復書簡.002

第四便:グリット・レカクンより

教順さんへ

えーと、美しい、あるいは素晴らしい音楽というのはどういう意味でしょうか?タイ版TERAのテーマと台本はラーンナー文化に関連しており、音楽もそれに基づいています。特にパーラート寺院の物語は、仏教や他の様々な文化圏の宗教の教えにつながるものです。

タイ版TERAでは「プラサートワイ」を除き伝統的な楽曲はほとんど使っていません。ただ、タイの楽器の音の特徴を応用して、新しいTERAの音楽を表現しようとしました。例えばトーポンさん(『TERA เถระ』もう一人の音楽家)と私は、タポン[太鼓]やチン[フィンガーシンバル]、ピーチュム[フリーリード]といった楽器を用いて、地震や滝、民話などのサウンドスケープを作りました。

また、音楽を用いて演者たちの怒りや幸せ、不安や興奮などを表現しました。ほとんどが伝統的でも西洋的でもない私たちオリジナルの音楽で、シーンごとに演者の表情や内面の声、彼らがいる場所を伝えられるようにしました。私は感情や状況を様々な方法で表現できて、なおかつ文化に結びついた楽器の音がとても好きです。前の手紙でも書いたように、私たちの音楽は伝統的というよりコミュニケーション的で、演じている人の内面の声を伝え、観る人をいろんな場所へ連れていくような音楽です。

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タイの仏教については、多様な宗派や政治との関係など、長い話になります。いずれにせよ、タイの音楽は主に仏教の祝い事や葬式で用いられるものです。タイの文化では、ほとんどの人がいまだに仏教の教えを信仰し、僧侶や仏像(ほとんどの家には仏像があります)に対して敬意を示します。人々は今でも仏教の祭りや葬式のために寺院に行きます。

この点で、伝統音楽は儀式や式典において非常に重要な役割を担います。師に礼を示す「ワイクルー」の儀式では、ピーパート[笛と打楽器の合奏]やパーカッションを使って様々な音楽の神や師の霊を表現します。タイ楽器の音の特徴やタイの音階から、ほとんどの人は儀式的な空間や時間を感じ取ることができるようです。

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▲『TERA เถระ』公演会場:パーラート寺院(チェンマイ)

私は西洋の音楽をこの儀式に用いるのには賛成しません。なぜなら、それは仏教の間違ったメッセージをタイの人に伝えてしまうからです(現代的なドラマや劇においては自由です)。概して、音楽とタイの仏教を切り離すことはできません。タイの音楽や楽器の音は、仏教の社会的な意味や人々の考え方を表しているのです。

グリット・レカクン

(翻訳:澤島さくら)

日本人と仏教のあいだに存在する距離感を繋ぎ止めるように、寺院よりもむしろ観客にコミットする音楽を選択した田中教順と、「音楽とタイの仏教を切り離すことはできない」と語るグリット・レカクン。次号はどんな会話が繰り広げられるでしょうか。

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関連プログラム

田中教順とグリット・レカクンがそれぞれ音楽を担当した『テラ 京都編』と『TERA เถระ』の公演映像は、2021年11月19日(金)~12月26日(日)まで配信中。詳細・チケット情報はこちらのぺージをご覧ください。
※チケット販売は12月12日(日)まで


筆者プロフィール

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田中教順
1983年生まれ。ドラマー・パーカッショニスト/作曲家。東京藝術大学在学中より演奏活動を行う。ジャズミュージシャン菊地成孔主宰のdCprG等で活動後、博士号を取得(学術)し、現在「抱きたいリズム」をモットーに世界を旅するリズム大好き大学職員。自身のユニット「未同定」やラテン・ジャズバンド「Septeto Bunga Tropis」などで演奏活動を行っている。近年はミャンマーの打楽器を主体とした伝統音楽「サインワイン」の研究・習得をミャンマーの国立文化芸術大学にて行っている。ミャンマー音楽の研究で令和2年度科研費若手研究にも採択。坂田ゆかり演出作品への参加は「テラ」(2018)が初。2019年には本作でチュニジア公演も経験。

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グリット・レカクン
バンコクのマヒドン大学音楽学部卒業後、ロンドン大学SOASで博士課程(民族音楽学)を修了。SOAS音楽学部でタイの伝統音楽を教えたのち、現在はチェンマイ大学芸術学部の音楽講師を務める。専門はタイの木管楽器。実験的な音楽に関心があり、2003年からタイの伝統音楽と現代音楽のバンドKorphaiのメンバーとして活動。2004年にはタイの伝統音楽映画「Home
Rong」のサウンドトラックを担当。2012年にはASEAN・韓国伝統音楽オーケストラと共演し、2019年には現代舞踊劇「Mahajanaka Dance
Drama」英国ツアーで演奏した。

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