映画「ドライブ・マイ・カー」喪失と再生のドラマが心深くに突き刺さる至福の3時間。
予想を遥かに超える傑作。
映画「ドライブ・マイ・カー」喪失と再生のドラマが心深くに突き刺さる至福の3時間。
原作は読んでいた。
不思議な雰囲気が漂う短編だ。
村上春樹の短編小説集「女のいない男たち」に収録された短編「ドライブ・マイ・カー」をベースに他の短編もモチーフに使われている。
それを「偶然と想像」でベネチア国際映画祭銀熊賞を受賞し、「寝ても覚めても」も記憶に新しい濱口竜介監督・脚本により映画化され、昨年のカンヌ国際映画祭脚本賞含む日本映画初の4冠。
非常に高い前評判。
異様に長い上映時間。
179分か。
長いなと思っていたが杞憂だった。
村上春樹と濱口竜介。
世代を超えたコラボレーションの奇跡。
その相性の良さに思わず唸ってしまった。
舞台俳優で演出家の家福悠介は、元女優で今は脚本家の妻・音を心から愛していた。
主人公・家福を西島秀俊。妻への強い想いと内なる葛藤にあえぐ深い心の揺らぎを繊細に演じて、素晴らしかった。
家福の妻・音を霧島れいか。「ノルウェイの森」の映画でもレイコ役を好演したが、彼女の内から滲み出る色香は村上春樹作品のイメージによく似合うが、この作品では本当に美しかった。
冒頭から幾度と積み重ねる2人のベッドシーンが物語的で、どこか切なげで、とても美しい。西島秀俊と霧島れいかの研ぎ澄まされた身体の綺麗さもあるが、こんな絵になる自然な性描写は日本映画では珍しいと思う。
前半、この2人の描写が重ねて描かれるからこそ、後半の喪失と再生のドラマが心深くに突き刺さる。
そしてそんな夫婦の間にある秘密。
愛する妻は他の男と寝ていた。
その秘密を知って傷つきながら、目を背け平穏を望んだ夫と、秘密を残したまま他界してしまう妻。
2年後、喪失感を抱えながら生きていた彼は、広島の国際演劇祭の演出を任されるが、そこで愛車のサーブの運転を依頼した寡黙なドライバーのみさきと過ごす中で、家福はそれまで目を背けていた真実に気づかされていく。
ドライバーのみさきを三浦透子。地味な風貌と寡黙な性格。作品のトーンに馴染んでいる。
物語の鍵を握る俳優・高槻を岡田将生。浅はかさと愚かさが滲み、非常に合っていた。
他に演劇祭に出演していたキャスト役の中国と韓国の女優も素晴らしく、国際色豊かな人間関係も興味深かった。
劇中劇で再現されるチェーホフの「ワーニャ伯父さん」と家福の感情の揺らぎが重ね合わさる構成も見事。
原作短編の世界観が予想以上の広がりを見せ、より豊穣に味わい深く心に沁みた。
私が敬愛する村上春樹作品群の中で、最も成功した映画化と言えるだろう。
後半は単なる自己再生ドラマで収まらない心の奥を抉るような畳み掛けるサスペンスも待っている。
そして思いがけず、最後は涙した。
映画芸術の新天地を垣間見た感覚。
至福の時間に浸り尽くした3時間。。
今はその余韻からまだ離れたくない。
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