【連載】「灰かぶりの猫の大あくび」11【学校編~僕たちはどう生きるか~】第三話
登場人物
灰かぶりの猫
久しぶりに小説を書き始めた、岩手県出身の三十代。芥川賞候補作家の三島創一の代役として、夏目の母校での講演を依頼される。
黄昏新聞の夏目
新米記者。アニメ好き。『僕の心のヤバイやつ』第2期にはまり、今はこのアニメを観るために生きている。「旅館編」を経て、すっかり猫の相棒役に。次のシリーズでは、準主役の予定。
モノリス
灰かぶりの猫の自宅のAIスピーカー。知らぬ間に、猫と夏目の会話を学習してしまい、時々おかしなことを口にする。シンギュラリティが訪れた場合、猫と敵対する可能性も。
三島創一
小説家。夏目の高校時代の先輩。学生時代に、大学の個性的な教授陣との交流を戯画化した『シランケド、』で、現像新人賞を受賞しデビュー。人間の母性を地球にまで拡張した問題作『たゆたふ』で、芥川賞候補に。現在は体調不良。本当か?
杉田薫子
聖子ちゃんカットをした女生徒。インターハイ記録も狙えるほどの韋駄天の持ち主。
福田伸一
生物学教師。とにかく口が軽い。
坂本銀八
校長。作家として三島創一のことは認めながら、猫に対しては小馬鹿にしたような態度を取る。
(以下、灰かぶりの猫=猫、夏目=夏目、モノリス=モノリス、杉田薫子=薫子と表記)
※各固有名詞にリンクを追加。
※この物語は疑うまでもなくフィクションです。
前回のあらすじ
学校という制度や教師たちに反抗的な聖子ちゃんカットの女生徒、薫子から突然、作家の定義を求められる猫。自分なりの見解を述べるも、薫子からは、ならおじさんは作家ではありませんね、と決めつけられる。仕方なく、「学校編」では作家の看板を下ろし、猫としてふるまうことになった猫は、薫子の誘いで、同志が集うアジトへと案内される。――実は、薫子は密かに、schoolからscholēへの原点回帰を目論んでいた。
――薫子に付き従い、体育館裏にある倉庫へとやってきた猫と夏目。薫子が鉄条網が巻かれていたドアノブの扉をノックすると、中から返事が返ってくる。
薫子 「開けて」
?? 「薫子。その見知らぬ二人は何者だ?」
――猫と夏目、ドア越しで姿が見えないにもかかわらず、『二人』と名指されたことに驚く。猫はもしや、監視カメラでもあるのかと、上を見上げる。
薫子 「智彦。安心しなよ。二人は全くの部外者。それに猫さんと言う人は、いくらお金を積まれても、奴らに買収されるような人ではなさそうよ」
猫 「イーロン・マスクに億単位の札束を積まれたら分からないぞ」
夏目 「猫さん、shut up!」
智彦 「おい、薫子。本当に大丈夫か?」
薫子 「何度も言わせないで。それとも、あたしの言葉が信用できないとでも?」
智彦 「お前には誰よりも全幅の信頼を置いているさ。だからこそ、危険なんだ。自分が盲目になっていやしないかとね」
薫子 「どこまでも疑り深いね。デカルトまで回帰する気?」
智彦 「あ、それもいいかも。(羊たちのような沈黙を挟み)――分かったよ。待ってて。今開ける」
――建付けの悪そうな木製の扉が、歯ぎしりのような音を立てて、中から外側へと開く。さだまさしのような黒縁の眼鏡を掛けた男子生徒が顔をのぞかる。
智彦 「どうぞ。猫の額のように狭いところですが」
夏目 「失礼します」
薫子 「智彦、椅子」
――智彦がまるで召使のように、薫子の指示に従い、壁のロッカーに立てかけられていたパイプ椅子を組み立て、猫と夏目に提供する。
猫 「ありがとう」
薫子 「ほかの皆は?」
智彦 「昌大のやつは、この間の総括が効いたのか、ここしばらく休んでる。敦子は真司と、今日も潜ってるよ」
薫子 「猫さん、夏目さん、ごめんなさい。他のメンバーの紹介は、またの機会にさせて」
猫 「それは全然かまわないのだが、智彦君、今、総括と言ったか?」
智彦 「ボクたちは常に情報の海の中にいますから、時々変なものを網に引っ掛けてしまうんですよ。――汚れてしまうと言うか。それを漂白するために行っているのが総括です。龍馬も言ってたじゃないですか、『日本を今一度、洗濯いたし申し候』と。ボクたちは常に、澄んだ水のように綺麗なままでいないといけないんです」
猫 「それは分かるが、総括とは具体的に?」
智彦 「汚れをすべて吐き出させ、浄化するだけです。ほら、思い切り泣いたら、すっきりするでしょう。それと同じです」
夏目 「猫さん、どうしたんですか。総括って、そんなに変なことなんですか」
――猫、隣に座る夏目に顔を寄せ、耳元でささやく。
猫 「(連合赤軍は聞いたことがあるだろ。そこで総括と称して行われていたのが、仲間に対する罵倒や暴力なんだ)」
夏目 「(え。それじゃあ)」
猫 「(さすがに彼らが同じことをしているとは思わないが、言葉の選択がまずい。それこそ赤狩りならぬ、言葉狩りの対象になってもおかしくはない)」
夏目 「(ちゃんと教えてあげた方が良いんですかね)」
猫 「(それはダメだ。薫子君を見ていれば分かるように、彼女たちは先生と呼ばれる者たちからの教育を拒んでいる子たちだ。こちらが上の立場に立ち、指導するなどもってのほかだよ。そんなことをしたら、僕らが総括されかねない)」
夏目 「(そうですか。じゃあ、わたしたちはこれからどうすれば?)」
薫子 「――それもこの物語のお約束ですか? 一応、この場での出来事は全て、カメラに記録されているんですけど。もちろん音声も」
猫 「――ギクリ」
夏目 「あ、すみません。猫さんがこの後の講演について、少し聞きたいことがあったみたいで」
智彦 「講演?」
薫子 「ええ。どうやらあの、三島と言う人の代役が、今目の前にいる猫さんという人みたい」
智彦 「(眼鏡のフレームを人差し指で上げ)そうですか。そちら側の人間でしたか。まあ、作家にも、上上下下左右左右BAと、様々いますからね」
猫 「(ん? 今のはコナミコマンド?)」
薫子 「見たところ、インド人を右に、じゃなくて、左に寄っているように見えるけど、寄っているように見せているだけで、その実、臆病なノンポリみたい」
猫 「ああ、だから僕は、君たちの思想に大いに共感するところはあるが、これから行おうとしていることについては、一切口は出さない。舌も出さない。もちろん猫の手も貸さない」
薫子 「初めから、そんなつもりないですよ。あなたたちには、歴史の証人になってほしいだけ。勝者によって都合よく捏造されて語られる歴史ではなく、ありのままの歴史の。猫さんにお願いしたいのは、例えるならそう、〝戦場カメラマン〟。」
猫 「なるほど。学校は君たちにとって戦場ということか」
智彦 「命懸けなんですよ。だって、ボクらの将来がかかっていますから」
夏目 「――将来、ですか。重たい言葉ですね」
猫 「(膝を叩き)よし、分かった。これから僕らは、君たちのドキュメンタリーを撮ることにするよ。お望み通り、戦場カメラマンとして。それなら文句はないだろう?」
薫子 「あたしたちの勝利の暁には、猫さんを、令和のロバート・キャパにしてあげますよ」
――猫、薫子の瞳に、巨人の星の星飛雄馬のように、炎が宿るを目撃する。すでに猫のカメラは回り始めていた。
――夏目、今度は自分が猫の耳に顔を寄せ、ささやく。
夏目 「(猫さん。そんなこと引き受けて大丈夫ですか? いくら『学校編』では作家ではないからと言って、いきなり戦場カメラマンだなんて)」
猫 「(乗り掛かった舟さ。沈没して巻き添えを食らう可能性も十分にあるが、漂流してジョン万次郎にはならないだろう)」
夏目 「(浦島太郎もごめんですよ。わたしこう見えて、泳げないんですからっ)」
猫 「(悪魔の実の能力者みたいじゃないか。かく言う僕も、トカトントンなんだが)」
夏目 「(じゃあ、救命胴衣が必要じゃないですか)」
猫 「(夏目くん、今回僕らには力強い味方がいるじゃないか。場合によっては、チートとも言えるような存在が)」
夏目 「(でも、四次元ポケットを持っているわけではないですよ)」
猫 「ペンは剣よりも強し。智は時に暴力に勝るはずさ。な、モノリス」
薫子 「モノリス?」
猫 「あ、カフを下げるの忘れてた」
薫子 「すみません。この部屋を出る前に一度、お二人の身体検査をさせていただいてもいいですか?」
――格好をつけたばかりに、自分のセリフに括弧を付けるのを忘れ、身ぐるみを剥がされることになった猫。間もなく終了する『日立 世界・ふしぎ発見!』のように、例のBGMが流れた後、薫子にモノリス=スマートフォンをボッシュートされる。
薫子 「(猫のスマートフォンを指先でつまみ)こちらの所有権は猫さんにありますから、時期が来たらきちんとお返しします。ですが、いましばらくはこちらで預からせてもらいます」
猫 「だが、もしもの時、君との連絡はどうすればいい?」
智彦 「そういう時はこちらをお使いください」
――智彦、背後のロッカーを開け、小さなお菓子の缶を取り出すと、中から弁護士バッジのような代物を手のひらに乗せて猫に提示する。
智彦 「これを、――そうですね、ジャケットの襟の裏にでもつけてください。バッジの上から指先で長押しすれば、応答が可能になります」
猫 「これは君が?」
智彦 「いえ、昌大です。昌大はアキハバラのラジオ会館で育ちましたから。こういうメカには強くて」
猫 「(そうなると、この学校の情報は、ほとんど筒抜けと言っても良いかもしれないな。福田先生は曰くがあるとは言っていたが、もしかしたら学園ドラマには到底収まりきらない、爆発物のようなものを抱えているのではないだろうか。もしそうだとしたら、これは大事件になるぞ)」
智彦 「ん? どうかしましたか?」
猫 「あ、いや。君たちに感心してしまってね。少し言葉を失っていただけだよ」
薫子 「ではそろそろ、あたしたちも活動を開始します。猫さん、夏目さん、戦場カメラマンとしてあたしたちに付いてきてください。ただ、くれぐれも、カメラに映り込むような真似はしないでください」
夏目 「――猫さん、この流れって?」
猫 「ああ。また僕らのタイトルが、気が付いたら変わっているかもしれない。火の用心、マッチ一本火事の元」
薫子 「智彦。敦子と真司を例の場所に集めて。そこでまず、作戦会議を開く」
智彦 「了解!」
――今回の物語の舞台である学校はこうして、薫子の言う戦場へと趣を変えた。果たして、この後の猫と夏目、それからモノリスの運命やいかに。そして、初のタイトル防衛なるか。こうご期待!
つづく
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