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俺のバレンタイン必勝法

彼とはとても仲良くやってた。理科の授業中にクラスメイトの誰が将来ハゲそうかについて、授業参観に来た父親の頭部を根拠に議論を繰り広げた仲だ。けれど、小学3年生の1月末あたり、俺たち、白玉と餡子の仲に一筋のマヨビーム(女優の広瀬すずさんが炎上したCMでお馴染みの)が注がれた。

彼とは、可愛いあの子を取り合う同担だということが判明した。おれは必死で同担拒否の姿勢を作った。保健の教科書だって読んだ。応急処置のノウハウが載ってる15ページのコラムにある、同担拒否の姿勢だ。

そこで、俺は一世一代の勝負に出た。2月の初週に、三角公園に彼を呼び出し、ブランコに座らせた。そして俺は真剣な面持ちでこう伝えた。

「バレンタインデーに、チョコレートをあの子に渡して白黒つけよう。」

彼は「望むところだ、お前より反復横跳びの回数が5回多いから余裕で勝てる」と言った。

「確かに、俺、無理かも」と思った。

そして、ブランコを5回ねじって、その日は公園を後にした。

こうして、バレンタインチョコを作る運びになったってわけなのだが、体力テストで彼に負けている、という時点で一歩引けをとっている。

ここだけの話、小3の時点で本当に運動神経がいいやつは、「反復横跳びができる」という事実に気付いていたから尚更ダメージがでかい。

ここは頭脳で勝負しないといけない。そこで俺は、彼より頭脳で勝っている証拠を記憶の隅から引っ張り出し、「3学期の漢字ドリルが彼より半周早く進んでいる」という安心材料(もちろん、それが頭脳で優っている本質的な根拠にはならない)をようやく得てから、戦略を練りはじめた。

当時の俺は、賢かった。なぜなら、手作りチョコレートを作る上で、素材は所詮「板チョコ」(広瀬すずさんも好きな「LOTTEガーナのチョコレート」)なので、「味」で他人と差がつくことはないと知っていたから。 

だから、俺は「見た目」に全てを賭ける方向で、この大一番、手合わせ願うことにした。

漢字ドリルが俺より半周遅れている彼は、到底賢いとは言えないので、今頃はおそらく「味」について研究を重ねているところだろう。

材料はいたって普通だ。広瀬すずさんのCMでお馴染みの「LOTTEガーナのチョコレート」を、友達のおじいちゃんが店長をしているので、無法地帯と化していた近所のセブンイレブンで購入した。ポケモンバトリオ1回分を我慢した。ダメージはデカかった。でも、バトリオ1回分を引き換えにあの子の気持ちが手に入るのなら、命以外の何でも差し出すつもりだ。こっちはそういうつもりなんだ。

加えて、装飾用の、「これ食べれんの?」でお馴染みの金箔や食用ビーズをこれまで貯めていたお小遣いのお釣りを叩いて購入した。ポッケに入った小さいアディダスのATMの中身はもう、「もう、、、」という感じだ。

家に帰って、板チョコをボウルにあけて、湯煎を始めることにした。溶かしている間、出来上がったチョコレートを渡すタイミングや場所、受け取った後のあの子の反応まで50パターンくらいあったが全てを頭の中でシミュレーションした。

やがてチョコレートが溶け始め、かき混ぜられるくらいになったので湯煎をやめ、ボウルをキッチンの上に出したところで気づいた。「見た目」を重視するべきだという判断ができた自分に見惚れすぎて、どんな見た目にするか、を一切考えていなかったのだ。こいつはバカだ。

普通であればここで型なども用意すべきはずだが、あるわけがない。だから精一杯考えた、エジソンもビックリするくらい脳みそを回転させた。かのエジソンはこう言ったそうじゃないか。「おバカとは、1%のひらめきと99%の自惚れである」と。

だから最も身近な女性こと、ママに聞いたんだ。好きな形とかマークってある?って。そしたら、「イブ・サンローラン」って返答がきた。なんやそれ。言葉の冷徹な響き的に、聞くのはまずい雰囲気があったから、角が欠けた濃紺の3DSのブラウザで調べたんだ。

初めてイブ・サンローランのロゴを目にしたその時、知恵の輪だと思った。考えた、解法を。けれど違かった。ハイブランドのロゴだった。勝手ながら母親のことを恥ずかしいと感じた。

ここだけの話、作ると決めてからは早かった。まず、YとSとLそれぞれをチョコレートで作り、Yの角2本の間にSの上フックをひっかけ、LをSの下フックにかけて終わりだ。その後、買ってきた金箔をこれでもか、という具合に貼り付けていく。あ、もうイヴ・サンローランのロゴだ。あ、もうイヴ・サンローランだ。ミズノの水筒につけてみたりした。あ、もうイヴ・サンローランの水筒だ。表参道で売ってるやつだ。5万はするぞ。

このようにしてイヴ・サンローランのロゴと化したバレンタインチョコを5つほど作って、タッパーに入れて当日まで冷蔵庫の上の段で冷やしておいた。下の段に置いておくと、ママが夕食の小鉢を埋めるべく、キムチを取り出した拍子に落としてしまう恐れがあるからね。

一方その頃、ライバルの彼はというとGODIVAのチョコレートを溶かしていた。終わりだ。そうだ、あいつの父親はパティシエだったんだ。あいつは父親から変なノウハウを吸収してGODIVAを溶かす奇行に及んでいるんだ。絶対そうだ。

そして、その溶けたGODIVAをおにぎり用の三角の型に流し込んで満足げな表情を浮かべているではないか。「味」で勝負するとはこういうことなのだ。いや、本当にこういうことなのか?なんか、キャラメルとか、ラズベリーとか入れたりする、そういうやつなのではないか?違うか?

というわけで、彼女がチョコレート選びを行うにあたって、「消去法」が強制されることになったわけでありますが、当日を迎えます。朝、俺はイヴ・サンローランのロゴが入ったタッパーを冷蔵庫の上の段から取り出し、一瞬なんだっけ?となったがすぐにイヴ・サンローランのロゴか、と我に帰った。違う、イヴ・サンローランのロゴじゃなくて、チョコレートだ。

さて登校の時間だ、下駄箱で見かけたライバルの彼は、タッパーに茶色い三角形を入れて持ってきていた。完全に泥三角おにぎりだ。小さい子供の泥団子遊びのために親がこしらえてくれた使われなくなったおにぎりの型で作った泥三角おにぎりだ。あれがGODIVAのチョコレートだなんて流石にGODIVAのCEO(ヌルタック・アフリディさんね)も気づかないって。

渡すタイミングは、彼と同時。帰りの会が終わった後の誰もいなくなった教室に呼び出して渡そう、と約束していた。だから、あの子の友達に帰りの会が終わっても3-2に残るよう頼んでもらった。昼間の授業中は、ライバルのあいつより優れている点を必死に見つけ出そうとした。でも、ほとんどにおいて負けていた。体力テスト、実家の太さ、「瞬足」を履いていること、九九を覚えるのが俺よりも早かったこと。おまけに出席番号もあいつの方が早い。俺が勝っている点なんて、漢字ドリルの進みが早いことと座高くらいしかなかった。それでも俺は、自分が作ったイヴ・サンローランのロゴを信じた。

信じるということは、確率や意見、時事すらを向こうに回した本当らしさをこの目に映し続けることである。

俺が彼に勝っている点の3つ目(友達の家の麦茶を嫌がらずに飲める)を見つけたところで、その日最後の授業が終わった。

幸いにも、掃除がない日だったから、
そのままスムーズに帰りの会に移行した。
先生の話が始まった。

「みんなは義理チョコって知ってるか?義理チョコっていうのはな、好きでもない人に対して、仕方なく分け与えるチョコレートのことなんだ。先生は今日、25個もらった。九九でいうところの「ゴゴ」だな。じゃあ、また明日。」

こうして、俺からしてみれば「いざ尋常に」の「さようなら」を言い放ち、戦いが始まった。気づけば2人だけが教室に残っていた。肝心なあの子がいない。俺たちは無言で顔を見合わせた。それぞれのチョコレートを作ったあの日の風景と感情が走馬灯のように全身を駆け巡りかけた、後少しで昇天するところだったが、ようやくのところでターゲットのあの子が来た。

「お待たせ!チョコレート食べすぎて、トイレで大きいチョコレート出してた!で、要件は?」

緊張で何にも聞こえなかった。本当だ。そう信じてる。

信じるということは、確率や意見、時事すらを向こうに回した本当らしさをこの目に映し続けることである。

「えっと、俺ら、君のためにチョコレートを作ってきたんだ、気に入った方と付き合ってほしい!」

一世一代の告白だ。そして、俺たちは同時にGODIVAで作った三角泥団子とイヴ・サンローランを差し出した。戸惑ってはいたが、すぐにイヴ・サンローランの方へ目移りしていた。やっぱり最高のナオンだぜ、イヴ・サンローランがよく似合う。そう思った。そして、俺の「見た目」で攻める戦略に間違いはなかったと確信した。そして、彼女が口を開いた。

「では、返事させてもらうわね_____ 」

ただ、そこからの記憶がほとんどない。失神してしまったのだった。

気づいたら保健室だった。あの黒いウネウネが描かれたあの天井だったから間違いない。彼に聞いたところによると、好きだったあの子は他クラスの男(体力テストはB、お父さんの年収は600万円、「瞬足」着用、座高は72.3cm、出席番号は15番、漢字ドリルは1周目終了)からすでにチョコレートをもらっていて、そいつと付き合うことにしたらしい。

そいつのステータスは置いておくとして、気になるのはもらったチョコレートの方だ。失神したから定かではないが、微かな記憶によると、その人気の高さから「小学女児の殿堂」という異名を持つ「レピピ・アルマリオ(repipi armario)」のロゴを象ったチョコレートをもらったらしい。

なんだか、イヴ・サンローランよりもレピピ・アルマリオの方が偉大に思えた。レピピ・アルマリオの次はWEGOに通い、そしてZARAへと巣立っていくんだ、とその先の未来まで見えた気がした。ZARAにひとしきり浸かった後で、「結局ね」と言い放ちユニクロに回帰するタイプの女の子だと思った。そこまで見えた。当時の俺はそれくらい賢かった、賢者だった、賢者タイムだった。宇宙ができた後にビッグバンが起きたのではなく、ビッグバンが起きた後に宇宙ができたこともこの時気付いた。

体調も回復して、保健室から家に帰ろうと、扉を開けようとしたところ、保健室の先生に渡したいものがあると呼び止められた。

「はい、これ、義理チョコ。」

業務用のミルクチョコレートを両手一杯に渡された。

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