行き当たりばったりで生きて構わない
こんにちは@tateshina_lifeです。
今日は自分の都合で朝令暮改をして生きて構わない、ということについて書いてみます。
僕は割と”行きあたりばったり”で生きてます。一度決めたことは徹底してやり続けるという印象をもたれるかもしれませんが、その実勝手な方向転換を割と頻繁に行っています。
先日もすでにエントリーして1万円前後を参加費として支払っていた志賀高原で行われるトレイルランニングの大会をDNS(スタートしない=不参加)しました。
ロードバイクをメインにしている僕にとっては使用する筋肉が違うことと、身体への負担が大きいこと、トレーニングの時間効率があまり良くないことなどを考えての判断です。
代わりにロードバイクで志賀高原を長野県側(湯田中温泉郷)から群馬県側(草津温泉郷)まで往復してヒルクライムして楽しんで来ました。トレーニングとしてもちょうど良い負荷でしたし、渋峠から見える景色や草津白根山の圧倒的な雰囲気、草津温泉の抜けて開放的な感じなど味わうことができました。
以前、中国に駐在していた際に日本の自動車運転免許の更新を忘れて失効しました。その後は「ハンドルを握るとカッとすることも多いし、僕の人生にとって運転とは縁のないものなんだ」と思っていました。というよりもそう思い込んでいました。
ところが蓼科の山に住むという判断をした僕にとって車は必須となりました。宮崎県日向市の自動車学校で合宿コースを選び、大学生たちに混ざって再び免許を取得することになりました。
普段の生活では大学生と接することなどありません。
確かに毎日夜遅くまで飲めや歌えやでうるさいことこの上ないのですが、友人の合否で涙をこぼし、つかの間で好きになった男の子への想いがつのり、一緒にいる時間を増やしたいが故にわざと卒業検定で車をチョコンとポールにぶつける女の子などを見て、今への真剣さ、純粋さに心打たれたりしました。
一貫した意見を言わないこと、行動をとらないことについて社会の風当たりが強いような気もします。一方で、”一貫”というくらいなのですからそれを選び取ること自体、試行錯誤です。
やる時は一生懸命に打ち込む。けれど一気に2つ3つをやることは難しい。だからこそ朝令暮改、行きあたってばったりした先に人生で向き合うべきものが手に掴まれていればそれで良いのだと思っています。
人はそれを開き直りというかもしれませんが、言わせておけば良いのです。分かりにくくて良いのです。分かりやすい人生なんて面白くないでしょう?
興味、好奇心のアンテナが立ったら即行動。それを一生やり続ける覚悟は後からで良いし、持たなくても良いのです。行動した結果の感覚、感情を思いっきり味わうことです。
道は勝手に拓かれていきます。
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