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胸中の手記

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感覚に集中しようとして生きると人はどうなるのかという実験をしている人の生活を描いている日記風小説。
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2024年3月の記事一覧

【日記風小説】3月31日 胸中の手記 心を見透かす

【日記風小説】3月31日 胸中の手記 心を見透かす

 3月31日 日曜日 晴れ

 出世の決まった先達との会話中に、選択肢が現れる。
 こちらから先達がどのような人間に見えているのかを、率直に伝えるのか、気を遣って黙っているのかの選択肢である。
 そこでわたくしは率直であることを選択した。
 研究や探究の程を確認できる小さな機会である。
 出世を喜び恐れていた先達は、自分の心を見透かしてもらったと大変喜んで帰って行った。
 しかしこれは期待していな

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3月30日 胸中の手記 汚れた目で見たくない。

3月30日 胸中の手記 汚れた目で見たくない。

 3月30日 土曜日 初夏のような陽気

 溜め息もつかず、空も見ず、心の内で人を責め、自分を責め、気忙しくて、金曜日は春の地中の虫みたいな本当の自分で過ごしてしまった。
 出来るフリが通ってしまうよりは、良かったのかも知れないね。
 土曜日。何もかも、自分ひとりで解決できたらいいのにと花を仰いだ。
 まだ満開になって欲しくない。
 誰にも頼らないでいることを、守ってくれる人がいないのだろう、孤独

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3月28日 胸中の手記 体に感じる天気がある

3月28日 胸中の手記 体に感じる天気がある

 3月28日 木曜日(直筆では金曜日と書き間違えている。これは明日のことを考えていたためである。) 雨

 ベランダに舞い込んだ花びらが透き通っている。
 花びらはアスファルトやコンクリートの上では圧迫されて、繊維が傷んでしまうように見える。
 春霖が戻ってきた。
 窓べが寒いときには雨が降っている。
 そうやって、天気予報が当たっても外れても、体に感じる天気がある。
 今日は雨の体。たぶん明日も

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3月27日 胸中の手記 うつし世

3月27日 胸中の手記 うつし世

 3月27日 水曜日 晴れ

 過去にはただの弱くて愚かだった自分がおります。
 その前にはこの世の何もかもに真っ直ぐだった自分がおります。
 少し過去には姿勢を変えてでも生き延びようとする自分がおりました。
 今には最初のように一番早い感覚を捕まえようとする自分がおります。
 逃亡していた。厳しい自分様から逃亡するのをやめて、厳しい自分様と遊戯できるように、厳しい自分様が納得することを、できるよ

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3月26日 胸中の手記 催花雨(さいかう)

3月26日 胸中の手記 催花雨(さいかう)

 3月26日 火曜日 雨

 春の長雨を催花雨と呼ぶことを知ると、花も咲くまでには力を振り絞っていることがあると思って胸に光が射す。
 もうそろそろ花を開いても実を結ぶのに困ることはないよ。蜜蜂も巣から出てくるだろう。と雨が知らせるようなら、やさしい。
 今日は憂鬱な外出になるだろうかと、何度も窓を確認すると、町は烟って、車輪は道を行きながら湿った音を立てていた。
 手紙を書く前にまだもう少し自分

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3月24日 胸中の手記 心の温度は

3月24日 胸中の手記 心の温度は

 3月24日 日曜日 雨

 近頃の心は水の流れだの、風の強弱を表す草の揺れだの、太陽や月の光だの、空のブローチのような星だの、時間ごとに変わる空の色だの、それを詠う楽器の音色だの、それが透明に切り取られていたら、心の中に持ち歩きたい。

 手足が冷たい。床も冷たい。この、駅から離れた建物の一室、雨の日の部屋の中で、電話にメッセージが来るのは便利だけど冷たい。雨より冷たい。
 人の言いたい気持ちの

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3月21日 胸中の手記 変わらずここにいる

3月21日 胸中の手記 変わらずここにいる

 3月21日 金曜日 曇り

 21日には鎌倉に行くときに富士山を見た。
 幼い頃には家の近くの坂道に止まっていつまでもいつまでも眺めて富士さん富士さんと言っていた。
 どうしてそんなに好きなのかはわからないけれど、富士山がはっきり見える日は自分の立っている場所に光がよく射して、何かいいことがありそうな何か出来そうな気がしていた。
 そんな気がするということを、家族に本当は言いたかったのだと、今に

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3月20日 胸中の手記 虎落笛(もがりぶえ)恋のような文

3月20日 胸中の手記 虎落笛(もがりぶえ)恋のような文

 3月20日 水曜日 春分の日、強風

 こんなに風が強いだけで力を入れても前に進み難い。
 こんなときいつも考えることがある。
 風に背中を向けたら、寄りかかって楽になれるのではないか。
 そうして、寄りかかると、風はわたしの全体重を支えるわけではないから、転ぶ前に転ぶ予感がする。転んでいる余裕はないので階段を上る。
 下から虎落笛が聞こえる。谷底にいるような心地のする音。
 風が笛のように鳴る

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3月19日 胸中の手記 本当のところ

3月19日 胸中の手記 本当のところ

 3月19日 火曜日 晴れ

 床を拭いていた。部屋のものを、何もかも全部捨ててしまって、本と机と楽器だけで暮らして行こうか、と考えて、風呂に入る。
 頭と体を洗い終えて浴槽に浸かったところでインターホンが鳴る。
 荷物を運んできた。
 紙を買ったのである。タオルだけ巻いて出ると、係の方が驚いて、部屋の前でうんざりしていたのに大慌てで謝りながら荷だけ手渡して去って行く。
 暮らすのにはやっぱり服も

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3月18日 胸中の手記 砂の味

3月18日 胸中の手記 砂の味

 3月18日 月曜日 晴れ強風

 寒の戻りの風で飛んだ砂が顔に打つかってちりちり痛んだ。口にも入った。
 仕事上がりの帰り道に、本当に砂を噛んで、胸中も全く同じ。
 態と味のあるものを持っていることを装えば、尚更味気も力もない自分を感じ取ってしまうから、引き続き本当の自分を見つめようとする。
 そうすればするほど中身のないことを感じて、大袈裟な感情を持ちたがり、言いたがって、溜め息が出そう。
 

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3月17日 胸中の手記 鐘は美しいかどうかということよりも。

3月17日 胸中の手記 鐘は美しいかどうかということよりも。

 3月17日 日曜日 晴れ

 3月16日は机に向かう時間も楽器に触る時間もなく、とんでもない速さで思い付いたことを口にする人々の中で忙しなく自分は何を思っているのか確かめようとするも、脊椎反射して流されてしまう。

 そして日曜日。挑んでおいでと人は言う。
 もう少し、話が長くなっても伝えて来るようにと促して来る。
 橋を渡りながら、もし、心に真っ直ぐに見つめたら、世界はどのように見えるかと考え

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3月15日 胸中の手記 自分を探して

3月15日 胸中の手記 自分を探して

3月15日 金曜日 晴れ

 自分自身の本音に辿り着く速度が少しばかり上がっているのを感じている。
 どうやって辿り着くのかというと、目を閉じる。
 周りに人がいても、本を読んでいる途中でも、会話の途中でも、心の声が必要になると目を閉じて自分を覆っている立て前(建前の誤字)を取り外している。
 人が小気味良さそうに笑うのを見て、曇りない語感に快感を覚えている。
 敬意ならもう沁みついている、と自信

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3月14日 胸中の手記 冷蔵庫の中で咲いた花を

3月14日 胸中の手記 冷蔵庫の中で咲いた花を

3月14日 木曜日 晴れ

 夜の間年長の知人と文化や精神のような、気の持ち方のような話をして、自分はどうなるのだろうかと思っていても、わたしよりも年長の人も同じように沢山考えたりするのだと安堵したり、自分の知らない長所を教えて頂いたりして、そのような機会のあることは、わたしには有り難いことではありませんか。
 世の人には当たり前にあることだろうかわからない。わたしには滅多にないことでした。

 

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3月12日 胸中の手記 唐突に泣き唐突に泣き止む

3月12日 胸中の手記 唐突に泣き唐突に泣き止む

 3月12日 火曜日 雨

 風呂場で落ち着こうと深呼吸していたところ、突然「ひ」と声が出て涙があふれる。そこから何十秒かは嗚咽していた。
 人に嫌なことを嫌だと言った4時間後のことだった。嫌なことは言いたくないもんです。
 懸命に生きるのを憐れまれたりして、密やかに傷付いたり、(わたしに向かっては)言い得ぬことを外で声高気味に言われるのが嫌だったりしたのだと気付いてからは数秒号泣して、湯冷めした

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